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第五十五話 おしまい
しおりを挟む起き上がれるようになって数日は、目の前がグルグル回っていた。
段々と繋がれている医療機器が減って、リハビリをして、家に帰れたのは一ヶ月後だった。
「あー、やっぱり、お家が一番ですね」
たった一ヶ月なのに、懐かしくなって、家中を歩いて回る寧々を、詠臣が追っている。普段はピンと伸ばされている姿勢が、前屈みになり、手が広げられて子供を追いかける父親のようだった。
「寧々……座りましょう、とりあえず休みましょう」
間違いない、それが我が部隊の最善の作戦だ、とばかりに真剣な顔で提案してくる詠臣に寧々が苦笑した。
「詠臣さん、たくさん心配とご迷惑を掛けましたが、もう、私、とっても元気です」
不自然に広げられていた詠臣の手を両方繋いで、頷いた。
「いえ、まだ早いです。一ヶ月は養生して下さい」
「そんなに、ゆっくりしてたらカビが生えちゃいますよ」
繋いだ手を引かれて、いつの間にかポスンとソファに座らされていた。
「生えません。それに、良い知らせが」
「なんですか!」
詠臣がこんな発言をするなんて珍しい事だった。寧々の期待は高まり、頬が膨らむくらい笑顔になった。
「美怜さんが、仕事で通訳をしに、ここに来るそうです」
「美怜ちゃん! 本当ですか⁉」
寧々は、ソファから立ち上がって、ウロウロと歩き出した。日本で最後に会った時。親友は寧々の事をとても心配してくれていた。
「落ち着いて下さい、興奮しないで……」
再び、手をひかれて今度は詠臣の足の間に座らされた。
「え…詠臣さん、これは……興奮します」
「少しだけ……このままで」
詠臣の大きな体に、すっぽりと覆われて抱きしめられた。コメカミあたりに詠臣の頬が当たり、胸の前で逞しい腕が交差している。
(とっても、心地良い……ここが一番幸せで、安心できる場所……)
寧々は、溢れてくる愛しさに、うっとりと目を閉じて詠臣の胸に体重を預けた。
「寧々……愛しています」
詠臣の低い声が、少しだけ震えていた。寧々が振り返ろうとしたけれど、その動きを閉じ込めるように。ぎゅっと抱きしめられた。
「……良かった……無事で……貴方を失わずにすんで、本当に良かったです」
「詠臣さんは、私のヒーローですね」
(本当は、自分の為なんかに危険な事をして欲しくない……でも、最近……ちょっと思った……詠臣さん、私が居ないと駄目なんじゃないかって……図々しい考えだって自分でも思うけど……ちょっとくらい調子に乗っても……良いよね。夫婦だし)
寧々は、詠臣の腕を中から押して緩めると、くるりと後ろを向いて向き合った。
「ヒーローに助けられたヒロインの物語の終わりは、やっぱり……キスですよね」
へへへっと照れて笑いながら、寧々は詠臣の唇に、ちゅっとキスをした。
一瞬、目を空中に泳がせた詠臣が、笑って寧々の唇を追いかけた。
「終わりません。今までが一章で、ずっと続きます」
「二章の始まりは、セクシーなシーンから始まりますか?」
「それは違います。妻が良い子で大人しく療養する所からです」
「ええ……添い寝はついてきますか?」
「良いでしょう」
二人が、ソファから立ち上がると、玄関のチャイムが鳴った。
「寧々! 退院おめでとう」
「早く開けろ」
外から聞こえてくる隣人の声に、詠臣が、ため息をついた。
「二章にも、邪魔な隣人が出てきますが、妻の心が揺れるシーンは回避して下さい」
「はい! 職場の後輩と不倫展開も絶対駄目です!」
寧々がビシッと手を上げて言った。
「ありえません」
詠臣の躊躇無い答えに満足した寧々が、微笑んだ。
「ねー、寧々! まだ⁉ まさかイチャついてる? 勝手に鍵開けるよ!」
「はーい、今出るよ」
「私が出ます」
詠臣の背中を見ながら、寧々は笑いを堪えていた。
おしまい
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