僕、逃亡中【BL】

いんげん

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不信感

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「……で、どうしたんだっけ?」
 そこまで思い出して、その先が出てこない。畳の上をゴロゴロと転がっても、何も変わらなかった。

「あっ、やばい……アイス付く」
 Tシャツのお腹の辺りについたアイスのチョコが、危うく畳に移るところだった。夕太郎のTシャツ借りよう、とすぐ横の押し入れを開いた。夕太郎の押し入れは、綺麗に整っていた。
「意外と綺麗好き?」
 確かに、この部屋は古いけど綺麗だ。

「ここかな?」
 下の段にある衣裳ケースを引き出した。蝶の絵が描かれた箱、めっちゃ薄いと書かれた箱、ほぼ裸肌と書かれた箱。が並んでる。パンツも。
「何コレ?」
 箱の後ろを見て、コンドームだと知った。こんなに沢山持ってる必要があったのか。イラッとして捨てちゃおうか、と、もう一箱掴んだ。

「……あれ?」
 手にした箱の中で、何か硬くて薄い物がスライドし、カタっと音を立てた。左手で持っていたコンドームの箱と持った感じが全然違う。内容量の問題じゃ無くて、右手のは何か違う物が入っているような感じだった。

 普通の箱を衣裳ケースにしまった。違和感を感じた方の箱を、観察した。
 上にも下にも、セロテープが貼ってある。上下に振るとカタカタと音がする。多分、カードみたいな物が入っている。

「……」
 駄目だと思う。夕太郎が隠しているものならば、このまま中を見ずに仕舞うのが正解だ。だけど、隠されていると、見て見たくなる。綺麗に元に戻せば、大丈夫。もっと知りたい。夕太郎のこと。少しだけ、ちょっとだけ見てみよう。
 すこし端が捲れ上がっているセロテープに爪をかけた。

「っ!」
 やばい、箱の紙がテープに付いてきそう。でも、この中身を知りたい願望に取り憑かれた僕は、半ば無理矢理、ソレを引っ張った。
「あっ……」
 ほんの少し、箱の紙がめくれてしまった。しまった。顔を顰めてどうしようかと悩み、とりあえず中を見てみることにした。
箱をひっくり返す。すると、中身が僕の手の中に落ちて来た。

「免許証?」
 掌に落ちて来た免許証を眺めた。夕太郎のものじゃない。男性の物だ。
 星野 剛。そう書かれている。写真の男は、ぼさっとした髪に覇気の無い髭の生えた顔だ。よく日焼けして、体格は良い。

 何だか、見覚えがある。この目は……。

「……あ……あっ……」
 遺体だ!
 夜空を見上げ、腹を刺されて死んでいた男だ。僕が殺したかも知れない、あの男だ。

「うわあぁ」
 化け物にでも会ったかのように、免許証を投げ捨てて、尻餅をついた。

「なっ……なんで……なんで⁉」
 なぜ、あの遺体の免許証が、夕太郎の部屋に隠されているのだろうか。あの日に拾ったの? そういえば、カッターナイフは? 後で処理しなきゃと思った、血の付いたTシャツは?
 ドクドクと鼓動が五月蠅い。

「……」
 唐突に疑問が生まれた。
「夕太郎、なんで……あそこに居たの?」
 記事には、誰も来ないような山だと書いてあった。やってくるのは不法投棄の車ぐらいだと。一体、どんな用事で、あんなタイミング良く現れたのだろうか。

「ちがう……」
 もしかして、あの男を殺したのは夕太郎なんじゃないか。湧き上がる不信感を必死に押さえ込んだ。だって、嫌だから。それに怖いからだ。
 僕は、今までで一番、温かい場所に居る。自由で、気兼ねなく、毎日、僕が居ることを喜んで微笑んでくれている夕太郎が……僕を満たしている。失いたくない。これが嘘だったなんて信じたくない。
「あはは……」
 僕が殺したんじゃない。その可能性も生まれたのに、ちっとも嬉しくない。心は少しも軽くならない。むしろ沈んでいく。もし、夕太郎が僕に罪を着せるつもりだったら……。

 深くため息を吐くと、外から夕太郎の鼻歌が聞こえてきた。階段を上る足音が近づく。
「隠さないと!」
 僕は急いで体を起こし、免許証を箱に戻し、少し紙がめくれてしまったセロテープを必死に戻した。

 どうしよう、間に合うかな⁉
 焦って手が震え、上手く動かない。コンドームの箱を必死に綺麗に並べていると、ドアノブをガチャガチャ動かす音が聞こえてきた。

「っ⁉」
 もう駄目だ!
 そう思ったけれど、夕太郎はまだ家に入ってこない。再び手を動かし、なんとか衣裳ケースの引出しを戻し、押し入れを閉めた。

「理斗。鍵忘れちゃたよぉ。愛しのワンワンが帰ってきましたよ、開けてぇ」
「まっ、まって。今、行くから」
 僕は、夕太郎の部屋を確認してから、玄関へと向かった。鍵を開けて、夕太郎を迎え入れた。
「お、おかえり」
「……ただいま」
 玄関に入り、鍵を掛けてた夕太郎が、僕を不思議そうに見ている。僕の視線が泳ぐ。手汗が止まらない。僕は見ていられなくて、夕太郎に背を向けた。
「理斗」
「な、なに⁉」
「様子、おかしくない? 具合悪いの?」
 夕太郎が僕の肩を抱いた。思わずビクリと震えてしまった。
「そ、そんなこと無い」
「……もしかして、理斗」
 夕太郎が真剣な顔で覗き込んできた。
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