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十年前の記憶
しおりを挟む家へと戻り、軽めの夕食を取った。
「じゃあ、俺、ちょっと体鍛えて来まーす」
「んー、いってらっしゃい」
夜の八時、夕太郎はジムへと出かけて行った。
夕太郎を見送って、箱に六個入っている一口サイズのアイスを食べながら、事件についてスマホで調べ始めた。これは、もう日課となりつつある。
「二〇二三年、九月二日 事件っと」
出てくるのは、最初に新聞に載った情報ぐらいだった。検索のワードを変えたら、何か見つかるかな? もしかしたら、あの男性の家族が、探しているかも知れない。
「二○二三年、九月二日、失踪。行方不明かな?」
何度かワードを変えながら、検索していると、突然、僕の写真が出てきた。
「うわああ!」
驚いて、ピックに刺したチョコのアイスがお腹の上に落ちた。慌てて拾い上げて口に詰める。
すでに顔写真まで出て、指名手配されているのかと、ドキドキしながら、そのページを開いた。
「拡散希望、行方不明になった弟をさがしています? 兄さん……やっぱり心配して探してくれているんだ」
結婚して、もう僕とは疎遠になっているのでは? と少し寂しく思っていた。でも、こうして探してくれている事を知り、嬉しさと、申し訳なさが込み上げてきた。クリックして詳細が出てきた文章を食い入るように読んだ。
「え?」
記事には、二○一三年、アルバイトに出かけてから、洋菓子店に寄り、その後、行方不明になっている。と書いてあった。
「どういうこと⁉ え、ちょっと待って。 僕、十年も行方知れずなの⁉ はぁ?」
頭の中がこんがらがっている。
「……僕は、この十年、兄さんの側には居なかったってこと? え? 僕、本当にこの十年、どんな生活を? あの男の人を殺した以外にも、なにか悪い事をして兄さんの所へ帰れなかったとか? ああー。もう! 全然思い出せない!」
僕は、椅子から降りて、ドアが開いていた夕太郎の部屋で仰向けに転がった。スマホを目の前に翳して、もう一度読む。
松山 理斗 当時十八歳。僕の基本的な情報と、高校の卒業式の日に撮った写真が載せられている。プライバシーに配慮して、後ろにいたはずの施設の弟には、ぼかしが入っている。
「あっ……あ……そうだ! 思い出した!」
ボンヤリと映る少年の一人の姿を見て、記憶が湧き上がった。
「紳一だ! 僕、あの日は紳一の誕生日で、ケーキを買って公園で待ち合わせした!」
紳一は、僕が十六歳になったときに入って来た子だった。最初は、凄く取っ付きにくい子で暴力的な面もあって、職員の人達に煙たがられ、同じ子供達からも敬遠されていた。最初に同室になった子に、紳一が夜中に叫んで起きて五月蠅いから、部屋を変わってといわれ、断る事が出来ない僕は、紳一と同室になった。
「いつものヤツはどうした?」
僕が部屋に行くと、睨み付けるように見てきた紳一が言った。紳一は、満足に食事をさせて貰えていなかったのか、痩せていて、同じ年の子供より小さかった。そんな彼が虚勢を張って強がる姿は、可哀想に思えた。
「えっと……そのぉ」
「押しつけられたのか、お前。気の弱そうな、良いように使われそうな顔してるもんな」
「そんな事無いし! 僕が好きで此処に来たし!」
結構年下の少年に鼻で笑われて、大人げも無くむっと来て言い返したら、紳一はビックリした顔をしていたから、勝った、と思って紳一の隣に座った。
「仲良く楽しく過ごそうね。一緒に寝てあげようか?」
「馬鹿じゃねーの、あっちいけ!」
怒る紳一が何だか可愛くて、割と仲良く出来そうな気がした。確かに紳一は、嫌な夢でも見るのか、時々、夜中に目を覚ましていた。そのたびに、起こされて「大丈夫?」と下に降りるのが面倒に感じて、あるときから、もう最初から一緒に寝れば良いじゃんと思い立って、紳一のベッドに入るようになった。
「変態! セクハラ! 訴える!」
紳一は、最初はギャンギャン五月蠅かったけれど、二日目から何も言わなくなり、三日目から夜中に起きなくなった。もう、大丈夫かなって、一ヶ月後に、自分の上のベッドに寝たら、今度は紳一から僕のベッドに来るようになった。それも中学生になったら無くなったけれど。
「どうせ、兄貴と暮らすようになったら、俺の事なんて忘れるんだろう」
施設を出る時に紳一が唇を噛みしめて、赤い目で言った。僕は、それが、とても胸にギュッと来た。
「遊びにくるから」
そう約束し、実際に何度も足を運んだ。
あの日も、施設の近くの公園で待ち合わせして、カラオケ店で誕生日パーティをする予定だった。
でも、紳一は時間に現れなかった。
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