僕、逃亡中。

いんげん

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恋人のキス

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「理斗」
 風呂から上がって来た夕太郎が、僕の部屋に入ってきた。これから僕らはキスをする。しかもディープな恋人のキスだ。そう思うと恥ずかしくて、夕太郎の顔が見られない。つい正座で待っていてしまって、今更どう動いて良いか分からない。
「……」
 電気は煌々と点いている。消した方が良いかと悩み、いや、キス以上の事をするわけでもないし、と思いとどまる。

 夕太郎が僕の目の前に胡座を掻いて座った。床に手をついて、僕の顔を覗き込んでくる。
 つい、唇に目が行ってしまう。
 キスしたいなぁ。そう思ってしまい、自分の唇をしまって舌先で舐めた。

「ああー、理斗が可愛すぎてツラい」
 夕太郎は、上体を伏せて畳をベシベシと叩いた。体、柔らかいなぁと、関係ないことに感動してしまった。
「はあ? 別に僕、女の子みたいな顔してないよ」
「そう、そうなんだよ! 理斗って、元の作りはキリッとしてて凜々しいんだけど、そのマシュマロほっぺかなぁ? なんか、柔らかさもあって、格好いい赤ちゃんなんだよ! 格好いいのに、可愛いんだよ! 最強だよ。分かる?」
 自分の容姿について熱弁されて、僕は恥ずかしさで夕太郎を叩きたくなった。でも、顔を上げた夕太郎が僕の手を掴むから出来ない。
「分かんないよ」
「もー、センス無いなぁ。とにかく理斗は最高に愛おしいってこと。何度も襲いたくなってるけど、なんか背徳感凄いんだよ。初々しくて可愛い高校生カップルの彼氏の方にイケない事するような、こう……ピュアな何かを汚染するような……全世界から批判されそうな気がする」
「よくわかんないけど。僕が子供っぽいから、恋人のキスしたくないってこと?」
「違う違う! します。したいです。ぜひ、理斗と恋人のキスを」
 夕太郎が僕の目をジッと見つめて、何故だか吹いて笑い出した。

「ねぇ! やっぱり馬鹿にしてる⁉」
「あはは、ごめん、ちがう……最高に気分上がって、降りられない、あははは」
 お腹を抱えて、笑いながら夕太郎は目尻の涙を拭った。僕は、両手で夕太郎の顔を捉えて睨んだ。
「笑わない!」
「はい!」
 まだニヤニヤしている。

「真剣な顔して!」
「はい!」
 返事をした後で、夕太郎の喉の奥が、クッてなった。僕が更に顔を近づけて目を細めると、夕太郎が、蕩けるように微笑んだ。少し潤んだ目は、弧を描いて細められ、眉は情けなく下がっている。 
 なんて、幸せそうに微笑むんだろう。
 もし、これが演技ならば、僕は誰も信用することが出来なくなる。

「ねぇ、夕太郎……僕のこと、好き?」
 うん。そう答えるように、夕太郎の目が伏せられ、頷いた。
「理斗、キスしていい?」
 夕太郎が僕の手をすり抜けて顔を近づけて来た。僕は緊張して、目をギュッと閉じて、夕太郎の首の後ろに腕を回した。
「恋人のキスに正解なんて無いよ。俺は、理斗の顔を見ればキスしたくなるけど、深く口付けるよりも、見つめ合って笑っちゃうようなキスが好きだな」
「……」
 夕太郎がそう言うから、目を開けたら、直ぐ側に夕太郎の顔があって、恥ずかしくて、つい笑ってしまった。夕太郎の頬も膨らんで、おでこをくっつけて、微笑み合った。それから、ちゅっと啄むように夕太郎の唇が、僕の唇に触れた。

「……ほんと、笑っちゃうね」
「でしょ」
 僕らは、小さく笑いながら、お互いの顔に一杯キスをした。いつの間にか、寝転んで抱きしめあった。夕太郎の首元に顔を埋めて、逞しい腕に包まれ、泣きたくなった。

 もういい。騙されていても良い。
 だから、お願い。最後まで幸せに浸らせて欲しい。そう、思った。

 しかし――

「ねぇ、理斗。やっぱり、すんごいディープなキスしていい? そんで、なし崩し的に、抜き合ったりとか……」
「……雰囲気返せ」
 僕は、夕太郎の膨らんでいる股間部分を平手で叩いた。

「のぉぉ! 駄目だよ理斗! そこだけは鍛えられないから! 他は何しても良いけど、ジュニアは大事にしてあげてぇ」
 夕太郎が、ゴロゴロと転がりながら股間を押さえ、内股になっている。あれ? ちょっと可哀想な事をしたかな。

「ちんちん、なでなでして」
 動きを止めた夕太郎が、かわい子ぶって上目遣いで僕を見つめた。

「……怪我には圧迫が良いって聞いたことある」
 僕が両手をギュッと握りしめて笑うと、夕太郎は転がりながら襖を開けた。
「大丈夫! 自分で何とかするから。この襖の向こうで、理斗を思いながら、一人でなでなでするから」
 夕太郎が向こうの部屋に入り、顔の隙間だけ残して襖を閉めた。小顔過ぎて、めちゃくちゃ狭い。何だか余計にイラッとした。

「宣言しないで! 禁止、今日は禁止!」
「射精管理……わかった。俺、包帯巻いておくね!」
「……ねぇ! 夕太郎は変態なの⁉ 馬鹿なの⁉ 折るよ! あっち行って」

 僕は、夕太郎のおでこを押して、襖を閉めた。向こう側から「夢で会おうね」という呟きが聞こえてきた。
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