僕、逃亡中【BL】

いんげん

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捜査2 悪魔

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「すみません。お待たせしました。できるだけ素手で触らないで持ってこいと指示されまして、少し手間取りました。あれですかね、指紋とかとるんですか?」
 医療用のグローブを付けた中年の女性が、ステンレスの盆の上に乗せてきたのは、シロクマのマスコット人形だった。コーヒーカップの中に収まりそうな大きさだ。何処かで見たことがある。有名なキャラクターだろうか。
「ありがとうございます。そんなような所です」
 桜川警部補が受け取って、テーブルに置いた。こちらが簡単に自己紹介をすると着席を勧められ席に着いた。

「星野紳一さんを担当しておりました、永井です」
 永井と名乗った看護士は、パーマの掛かったショートカットの女性で、見た目からも雰囲気からも、ハッキリとした物言いをしそうな人だ。
「さっそくですが、星野紳一さんと、そのお父様についてご存じのことを話して頂けませんか?」
 桜川警部補が、手袋を外しキャップ型のペンを取り出した。

「あっ、すみません」
 桜川警部補がペンのキャップを取り落とし、永井看護士の足下へと転がった。
「拾いますよ」
 そう言って彼女が頭を下げ、キャップを拾っている間に、桜川警部の手がシロクマのマスコット人形に触れた。
「どうぞ」
 彼女が差し出すキャップを、俺がありがとうございます。と受け取ると、少し不思議そうな顔をしていた。俺は、キャップを桜川警部補の前に立てた。

「紳一君は、相当綺麗な顔をした青年でしたか?」
「え?」
「違いましたか」
 桜川警部補が探るように彼女を見ている。

「あっ……どうだろう。目を開けて動いたりした所を見たことがないので。かなり痩せてましたし。それに、ほら……暴行事件で、ああなったでしょ。顔の骨も結構変形してしまっていて、機能に問題が無い所は、そのままだったから……。そうだ、身長は高かったですね。ベットの尺が一九○なんですけど、ちょっとリクライニングとかで起こすと体が下がっちゃって、足がベッドの柵に当たってましたね。移乗の時も手足が人より余ってた。あー何だか、色々思い出してきました。そうそう、よく来てくれたお友達が、凄く綺麗な顔をしてたわ」
 彼女の目が輝き、口調が早くなった。

「お友達……」
「そうなのよ、それが良い子でね。お父さん、お金が無いとかで、そのお友達……なんて名前だったかしら……職員には、ゆーちゃんって呼ばれてた、その子が紳一君の入院費用を払ってたわ。毎月十五万くらい掛かるのに。彼、相当な男前で、色んな人の車で送られて来てたし、ホストかしらって噂されてたわ」
「友達が?」
 俺と桜川警部補は目を合わせた。普通、友人の為にそんなに金を出すだろうか? 警察に入ってから、友人間の良い話よりも、悪い話ばかり耳にするので、俄には信じられなかった。

「その、お友達について、もう少し詳しく」
「んー、とにかく人当たりが良かったわよね。彼も凄く背が高くて、良い身体してたわ。歩いているだけで人の視線を集めるタイプ。詳しい事は分からないわ、紳一君、この病院に来て二ヶ月くらいで亡くなってしまったので」
「そうですか。では、星野紳一君のお父様についてお聞きしますが……」
 桜川警部補がスーツのポケットから、星野剛の写真をとりだした。永井看護士が顎に手を当てて、写真に見入る。

「うーん。こんな感じの人だったかなぁ、多分。まぁ、お父様、割とマスクしてたし、皆、ゆーちゃんの方ばかり見てたから、ちゃんとは覚えてないけどね」
「金に困っている感じでしたか?」
「そうね、粗末な格好で来ることが多かったわね。常に昔の便所サンダルみたいなの履いてたわ。実際はわからないけどね。粗末な格好のお金持ちって意外といるしね」
「星野剛と、その青年が言い争うようなことは?」
「ないわね。意識も無い我が子を、ずっと面倒見てくれている友達よ。感謝しているって感じだったわ」
「そうですか」
 二人の会話が途切れた時に、俺は、疑問に思った事を聞くことにした。

「すみません。その人形は、何故まだ此処にあったのですか」
「あっ、それは紳一君が此処より前に入院していた病院の忘れ物みたいで、此処に送られてきた時には、もう亡くなって引き上げてしまった後で。お父様の連絡先にかけたけれど、全然違う方が出て……住所も存在しない場所でした」
 住所不定無職。確かプロフィールもそうなっていた。

「友人の連絡先は?」
「そっちも繋がりませんでした」
「書類があればコピーを頂けませんか?」
「はい。ちょっと待っていてください」
 彼女が席を立ち、ドアが閉まった。


「……普通、友人が植物状態になって、入院費払ったり世話したりしますかね?」
「お前だったら、そんな人間も居そうだがな」 
 俺が漏らした疑問に桜川警部補が答えた。
「居ませんよ。そんなことより、何が見えたんですか?」
 シロクマのマスコット人形を手にして聞いた。

「その友人という青年だろうか、綺麗な顔をした男が、とても喜んでコレを握って泣いていた。相当、強く感情が動いたのか、鮮明に残っていた」
「マスコット人形で泣きます?」
 俺には人形を手にして泣く状況が想像出来なかった。だからサイボーグと呼ばれるのだろうか。人形で、何か感情が動く事を想像してみるが、理斗がくれれば嬉しく思うだろう位だ。

「松山……今、笑ったか?」
 隣に座る桜川警部補は、少し仰け反りながら目を見開いている。
「いいえ。それより、このキャラクターは有名ですか? 見覚えがあります」
「十年以上前に流行ってたな。世の中にグッツが溢れていた」
「そうですか、イマイチ捜査が進みませんね」
 きっと、今後はその青年について調べ、星野剛の新たな交友関係が浮かび上がれば、少しは進展しそうだが、特殊能力については、何も分かっていない。

「そういえば、お前の弟についてはどうなんだ?」
 桜川警部補が、マスコット人形を袋に詰めて、鞄の中に落とした。
「以前住んでいた部屋に、怪しい業者が来たので調べましたが、存在しませんでした」
「は? 詳しく話せ」
 俺は、介護タクシー、メイドのみやげについて桜川警部補に説明した。警察のデータベースも利用して色々調べたが、メイドのみやげなんて業者は存在しなかった。

「怪しすぎるだろう……」
「そう思います。弟がとても心配です」
「松山……あのレシートは何処で手に入れたんだ」

 桜川警部補の細い目が、俺を探るように見つめた。リーディングの時に、理斗以外の物も見えたのだろうか。例えば……武装する俺の姿とか? 俺は、桜川警部補を威圧するように視線に力を込めた。そして、微笑んだ。

「話す必要がありますか?」
「……何処がサイボーグだよ……悪魔だろう。お前、こんなことバレたら首になるぞ」
「俺の首が飛ぶくらいで弟が見つかるなら、何本でも斬り落としてくください」
 俺は喉元に手を当てて言った。

「お前の弟は能力者か?」
「それは有り得ません。弟は事件に巻き込まれた被害者ですよ」
「あぁ……勘弁してくれ。お前と同じチームになった俺達が被害者だ」
 頭を抱えた桜川警部補から深いため息が聞こえる。

「弟が見つかるまで黙っていて貰えませんか?」
「……もし、弟が加害者だったらどうするんだ……」
「そうですね。収監されそうもない、執行猶予つきそうな感じでしたら自首を勧めるかもしれません」
 理斗が、今まで見てきた犯罪者達と同じ塀の中に入るだなんて、想像しただけでも恐ろしい。

「そうでなければ?」
「そうですよ。理斗が故意に人を殺すなんて有り得ません。必ずそこには、やむにやまれない事情があったはずです」
「お前が今まで犯人の家族の供述を信じたことは?」
 質問を受け、目を細め桜川警部補を見て、つい鼻で笑ってしまった。
「人を見る目はある方です。実際、貴方は余計な事を何も喋らず、俺に協力してくれている。とても感謝しています」
 ありがとうございます。そう言いながら桜川警部補の肩を抱いた。

「……戸田には協力させないのか?」
「戸田は貴方とは違う。気の良い奴ですが頼りにはしていません」
「……悪魔め」
「弟は天使ですよ」
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