18 / 28
ばなな
しおりを挟む次の日、晴れ渡った太陽の下、一歩、足を踏み出した。
逃げ続けるのは、何だか気に食わない。
怖いけど、私は四人目とは違う方法で生還を目指そうと思う。
いつか、おかめや兄さんに会えると信じて。
「あの~、昨日は、すみませんでした」
家の梯子に腰掛けて、大きな声で語りかけるように話した。
「お話ししたい事があります。出てきてくれませんかぁ」
雨水を溜めたとっくりを煽り、しばらく待ったけれど、相手は姿を見せない。
お腹が鳴る。
そういえば、昨日の夜も何も口にしていない。
フラフラする。
梯子を登り、家の前に寝転び、庇を見上げた。
「うー」
上手くいかない状況に、唸るように声をだしてゴロゴロと転がった。
すると、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「おっ、おい……」
「……っ」
体を起こして、走り寄ってきた相手を見た。
そして、思わず、目を見開いた。
ちぐはぐだ。
化け物は、端正な顔をしていた。
背が高く、首が長くて綺麗、なのに、下手くそに身を包んでいる着物から覗く手足は、異形のものだった。
鱗に覆われた足は、草履など履ける大きさではない。鳥の足にも似た、鋭い爪と水かきを持つ足だった。
果物を抱く手も、足ほどでは無いが、人の手とは違う。
そんな姿形のなかで、私が思わず見つめてしまったのは、瞳だった。
黒い真珠のような、美しい瞳だ。
貝が隠している、その秘宝は……儚く悲しい光を放っているように思えた。
化け物、確かに、相手の姿形を見たら、そう表現するのかもしれない。
でも、私は、目の前に立つ、この化け物に――知性を感じ、人間のように思えた。
それが、少し、怖くもあった。
この男に喰われる姿が、どうしても……陰惨な光景になる。
人が、人を喰らうようで。
「どうした」
躊躇いがちにかけられた声は、優しく聞こえた。
それも、また何だか怖かった。
罠にはまりかけているようで。
「……わ……わたし」
体を、起こし背筋を伸ばした。
相手が目を見張って、一歩引いた。
「貴方の事なんて、怖く無いのよ」
そう言いながら、つい目は逸らし、誤魔化すように笑った。
「……は、はあ」
「千代って言うの」
「……あ、ああ」
「おにぎり、美味しかったわ」
「……よ、良かった、です」
怖く無いと言いつつ、私は、背を向けてしまった。実は、怖かった。
果物を握る彼の爪は、攻撃的な形だった。尖ってた。
でも、恐怖を誤魔化す為に、いつもの高飛車で気ままな女のふりして、立ち上がった。
相手の顔を見ず、腕の中から細長い果物を取った。
「貴方の名前は?」
「……」
答えが返ってこなかったので、振り返ると、男は微笑みながら俯いていた。
前髪が瞳に影を落としている。
なぜだろう、とても寂しそうに見えた。
「ばけもの、と……もしくは、あわれな生き物だと」
「それは……まぁ、いいわ、じゃあ、此処は何処なの? 貴方は……私を食べる?」
黄色い棒のような果物をぎゅっと握りしめた。
「ここは、君が住んでいた島よりも、もっと南にある。私は、人を食べたりはしない」
「……本当に? じゃあ、なんで昨日……私の足を囓ったの?」
もし、人を食べないという鮫に出会って、会話が出来ても……それを、ただ信じることが出来るほど、私は素直な人間じゃ無い。
言葉にして聞いたのは、私だけど……。
「あれは……食べようとしたわけではない……あれは……」
男が険しい顔をして俯いたので、私は怖くなって他の話題を探した。
「どうして、私は此処に居るの? あなたが助けてくれたの?」
「……偶々、あの近海を泳いでいたら、騒ぎに気がついた。人間は君を助ける様子が無かった、だから……此処へ」
男は、謝るように申し訳なさそうに話をした。
「ありがとう、御礼をいうわ」
言ってから、随分偉そうな女だと思った。
だけど、引けない。家畜ではなく、愛玩動物になるには、とても素直で従順になるか、気まぐれで傲慢だけど愛嬌がある、というのが定番だ。
私には、素直で従順という道は難しい。
あとは、どうやって……愛嬌を出すかだ。人の間では容姿が褒めそやされたけれど、姿形が違いすぎてよく分からない。
「人間は、嫌いじゃ無いの? あの……人面魚は、あなたの仲間?」
「あの人面魚たちは……仲間ではない、です」
「そう……」
じゃあ、あなたは何なの?
聞こうとして、いきなり根掘り葉掘り問うのも、相手が嫌がるのではと危惧した。
私の命は、この男の掌の上。
少しずつ駒を進めないと。
「どうしました」
「ううん、何でも。 それより、この果物はどうやって食べるの?」
黄色い棒のような果物を、男の目の前に翳した。
「……バナナです」
「ばなな」
「皮を剥いたら、そのまま食べられますよ」
「そうなの」
黄色い棒の、尖っている部分を引っ張った。
が、何も変わらない。ちらっと男に視線を送った。
「……」
男は、他の果物を戸の前に置いて、その武骨な両手をお皿のようにして構えたので、私はバナナを男の掌に置いた。
男の掌は、手の甲よりも柔らかそうだ。
「へー、そうなってるのね」
バナナは、花開くように半分だけ白い実を露わにした。
その天辺を掴んだら、二つに割れた。
「いただきます」
ぱくり、その実を咥え込んだ。
これからも、食事を貰うために、大袈裟に喜ばないと、そう思ってた。口にするまでは。
「んー! ん、んー、おいしい!」
甘くてネットリとしたバナナは、想像以上に美味しかった。
私は、頬を押さえながら、歓喜して食べた。
もっとよこせ、そんな目で、男を見たら、彼は慌てて半分の皮を剥き、バナナがつるんと地面に落ちた。
「ああー!」
まだ食べられる。
私はすぐに拾おうとしたけれど、男の動きの方が早く、すばやく取られたバナナは彼の口に詰め込まれた。
「……」
至極真面目な顔をした化け物が、必死にモグモグしている。
そして、私をじっと見つめながら、腕だけを動かして、別のバナナを取って差し出してくれた。
凄く、おかしかった。
「ふふ……あはは……はは」
張り詰めたいた緊張の糸が弾けて、大暴れし始めた。
自分でも不思議なくらい笑えて、お腹を抱えて、目尻に涙を浮かべて笑った。
愛玩動物になろうと思ったのに、むしろ……男の方が、面白くて愛嬌がある。
男は、呆然と私を見下ろしていた
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる