人魚の餌

いんげん

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ばなな

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次の日、晴れ渡った太陽の下、一歩、足を踏み出した。

逃げ続けるのは、何だか気に食わない。

怖いけど、私は四人目とは違う方法で生還を目指そうと思う。
いつか、おかめや兄さんに会えると信じて。

「あの~、昨日は、すみませんでした」

家の梯子に腰掛けて、大きな声で語りかけるように話した。

「お話ししたい事があります。出てきてくれませんかぁ」

雨水を溜めたとっくりを煽り、しばらく待ったけれど、相手は姿を見せない。

お腹が鳴る。
そういえば、昨日の夜も何も口にしていない。
フラフラする。
 
梯子を登り、家の前に寝転び、庇を見上げた。


「うー」

上手くいかない状況に、唸るように声をだしてゴロゴロと転がった。
すると、慌ただしい足音が聞こえてきた。

「おっ、おい……」
「……っ」

体を起こして、走り寄ってきた相手を見た。

そして、思わず、目を見開いた。

 ちぐはぐだ。

化け物は、端正な顔をしていた。

背が高く、首が長くて綺麗、なのに、下手くそに身を包んでいる着物から覗く手足は、異形のものだった。

鱗に覆われた足は、草履など履ける大きさではない。鳥の足にも似た、鋭い爪と水かきを持つ足だった。
果物を抱く手も、足ほどでは無いが、人の手とは違う。

そんな姿形のなかで、私が思わず見つめてしまったのは、瞳だった。

黒い真珠のような、美しい瞳だ。

貝が隠している、その秘宝は……儚く悲しい光を放っているように思えた。

化け物、確かに、相手の姿形を見たら、そう表現するのかもしれない。

でも、私は、目の前に立つ、この化け物に――知性を感じ、人間のように思えた。


それが、少し、怖くもあった。
この男に喰われる姿が、どうしても……陰惨な光景になる。

人が、人を喰らうようで。

「どうした」

躊躇いがちにかけられた声は、優しく聞こえた。

それも、また何だか怖かった。
罠にはまりかけているようで。

「……わ……わたし」

体を、起こし背筋を伸ばした。
相手が目を見張って、一歩引いた。

「貴方の事なんて、怖く無いのよ」

そう言いながら、つい目は逸らし、誤魔化すように笑った。

「……は、はあ」
「千代って言うの」
「……あ、ああ」
「おにぎり、美味しかったわ」
「……よ、良かった、です」

怖く無いと言いつつ、私は、背を向けてしまった。実は、怖かった。

果物を握る彼の爪は、攻撃的な形だった。尖ってた。
でも、恐怖を誤魔化す為に、いつもの高飛車で気ままな女のふりして、立ち上がった。
相手の顔を見ず、腕の中から細長い果物を取った。

「貴方の名前は?」
「……」
答えが返ってこなかったので、振り返ると、男は微笑みながら俯いていた。
前髪が瞳に影を落としている。
なぜだろう、とても寂しそうに見えた。

「ばけもの、と……もしくは、あわれな生き物だと」
「それは……まぁ、いいわ、じゃあ、此処は何処なの? 貴方は……私を食べる?」

黄色い棒のような果物をぎゅっと握りしめた。

「ここは、君が住んでいた島よりも、もっと南にある。私は、人を食べたりはしない」
「……本当に? じゃあ、なんで昨日……私の足を囓ったの?」

もし、人を食べないという鮫に出会って、会話が出来ても……それを、ただ信じることが出来るほど、私は素直な人間じゃ無い。
言葉にして聞いたのは、私だけど……。

「あれは……食べようとしたわけではない……あれは……」

男が険しい顔をして俯いたので、私は怖くなって他の話題を探した。


「どうして、私は此処に居るの? あなたが助けてくれたの?」
「……偶々、あの近海を泳いでいたら、騒ぎに気がついた。人間は君を助ける様子が無かった、だから……此処へ」

男は、謝るように申し訳なさそうに話をした。

「ありがとう、御礼をいうわ」

言ってから、随分偉そうな女だと思った。
だけど、引けない。家畜ではなく、愛玩動物になるには、とても素直で従順になるか、気まぐれで傲慢だけど愛嬌がある、というのが定番だ。

私には、素直で従順という道は難しい。

あとは、どうやって……愛嬌を出すかだ。人の間では容姿が褒めそやされたけれど、姿形が違いすぎてよく分からない。

「人間は、嫌いじゃ無いの? あの……人面魚は、あなたの仲間?」
「あの人面魚たちは……仲間ではない、です」
「そう……」

じゃあ、あなたは何なの?

聞こうとして、いきなり根掘り葉掘り問うのも、相手が嫌がるのではと危惧した。

私の命は、この男の掌の上。
少しずつ駒を進めないと。

「どうしました」
「ううん、何でも。 それより、この果物はどうやって食べるの?」

黄色い棒のような果物を、男の目の前に翳した。

「……バナナです」
「ばなな」
「皮を剥いたら、そのまま食べられますよ」
「そうなの」

黄色い棒の、尖っている部分を引っ張った。
が、何も変わらない。ちらっと男に視線を送った。

「……」

男は、他の果物を戸の前に置いて、その武骨な両手をお皿のようにして構えたので、私はバナナを男の掌に置いた。
男の掌は、手の甲よりも柔らかそうだ。

「へー、そうなってるのね」

バナナは、花開くように半分だけ白い実を露わにした。
その天辺を掴んだら、二つに割れた。

「いただきます」

ぱくり、その実を咥え込んだ。
これからも、食事を貰うために、大袈裟に喜ばないと、そう思ってた。口にするまでは。

「んー! ん、んー、おいしい!」

甘くてネットリとしたバナナは、想像以上に美味しかった。

私は、頬を押さえながら、歓喜して食べた。
もっとよこせ、そんな目で、男を見たら、彼は慌てて半分の皮を剥き、バナナがつるんと地面に落ちた。

「ああー!」

まだ食べられる。
私はすぐに拾おうとしたけれど、男の動きの方が早く、すばやく取られたバナナは彼の口に詰め込まれた。

「……」

至極真面目な顔をした化け物が、必死にモグモグしている。
そして、私をじっと見つめながら、腕だけを動かして、別のバナナを取って差し出してくれた。

凄く、おかしかった。

「ふふ……あはは……はは」

張り詰めたいた緊張の糸が弾けて、大暴れし始めた。

自分でも不思議なくらい笑えて、お腹を抱えて、目尻に涙を浮かべて笑った。
愛玩動物になろうと思ったのに、むしろ……男の方が、面白くて愛嬌がある。

男は、呆然と私を見下ろしていた


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