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第3章 開戦

第38話『こいつら、目的がありますね』

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 剣がブレイダになって以来だろうか、リュールは妙に夜目が効くようになっていた。心なしか五感や身体能力も上がっているような気がする。傷の治り同様、異常なことだ。
 理由は不明、ブレイダも「わかりません!」と言う。リュールほどではないが、レミルナにも同じような現象が起きているらしい。騎士団ですら、その要因について調べきれていない。

 剣が人になり、さらに特殊な剣となった。その現象の正体を、いつか解明する必要があるとは思う。しかし、今この瞬間は、魔獣を斬り捨てるために活用せざるを得ない。

 リュールを囲む狼型の魔獣は、先日と違う動きを見せた。周囲を囲むまでは変わらないが、距離をとったまま襲ってくる気配がない。

「なんだ?」
『恐れをなしたわけでは、ないですね』

 ブレイダも空気の違いを感じ取っていた。何があっても素早く対応できるよう、彼女は羽根のように軽い。

「つついてみるか」
『お気を付けて』

 このまま睨み合いを続けていても時間が過ぎるだけだ。リュールは意を決して正面の一頭に斬りかかった。
 最軽量のブレイダを振り下ろした。魔獣は血と内臓を散らし、縦に真っ二つとなる。そのままの勢いでブレイダを横に薙ごうと、右に目を向けた。

「ちっ!」

 視線の先に魔獣の姿はなかった。一足飛びではブレイダが届かない距離を維持したまま、再びリュールを取り囲んでいる。

『こいつら、戦う気がないのでしょうか』
「まさか、いや、そうかもな」

 魔獣の様子を見る限り、ブレイダの意見は的を射ているように感じられた。一向に攻撃してくる気配がないのだ。ただ、隙を見せたら終わりだという殺気は感じる。

「足止めか?」
『こいつら、目的がありますね』

 魔獣を警戒しつつも、リュールは周囲を探る。月明かりだけでも、見渡すのには充分だ。しかし、不審なものは見当たらない。原因不明の膠着は、無限に続くかのように思えた。
 その時、ブレイダを持つことによって鋭敏になった聴覚と嗅覚が異常を感じとった。

「おい」
『はい』

 言葉にするなら、人間の血の臭いと悲鳴。それは町の方から発生している。

『陽動ですね』
「魔獣が作戦とはな」

 町を襲うため、魔獣狩りを引き離しておく。事を起こした後も、戻らないように釘付けにしておく。ブレイダの言う通り、これは陽動作戦だ。
 そして、リュールをここに呼んだのは。顔に刻まれた傷痕がよぎる。

『リュール様』
「すまん、とりあえずは後にしてくれ」
『はい』

 ブレイダの言葉を遮り、リュールは魔獣を睨みつけた。まともに戦っていては、町が全滅してしまう。

「突破するぞ」
『はい』

 リュールは踵を返し、町の中心部へ走り出した。通りすがりに魔獣を一頭、右手に持ったブレイダで斬り伏せる。ざっと数えた限り、残りは八頭。

「こいよ!」

 身体能力が人間離れしているとはいえ、走る速度は狼には及ばない。反応の早かった二頭がリュールに追いついた。

「ぐっ……!」

 右足と左肩に痛みを感じる。ブレイダを握っていなかったら思考が止まるほどの激痛だったことだろう。軽装の革鎧など、まるで防御効果はなかった。鋭い牙が強固な顎に支えられ、リュールの身体にくい込んだ。
 意図的に姿勢を崩し前転しつつ、噛み付いたままの二頭を切断した。抉れた肉体は、間を置かずに治癒している。

『リュール様!』
「大丈夫だ」

 傷は治り、痛みはすぐに収まる。ただし苦痛を受けることには変わりない。それでもこの方法で進むことを決めた。どの程度の怪我まで治るかなんて、知ったことではない。

「くそが!」

 左手首に食いついた魔獣を斬り捨てて、リュールは走り続けた。
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