上 下
64 / 86
第4章 仲間殺し

第61話『私を信じてください』

しおりを挟む
 人型魔獣は一定距離でリュール達を囲んだまま動かない。亡骸を無理やりに変質させられた、哀れな者達。

「あれは、使わないのか?」
「ああ、お前を逃がさないために立たせている」
「悪趣味になったな」

 戦場で命を散らした傭兵の成れの果ては、闘技場の壁として扱われていた。今のリュールであれば、ゴウトを振り切って街へ向かうのは難しくない。それを知っているからこそ、ゴウトは障害物を用意したのだろう。
 死者を冒涜する行為に、リュールは虫唾が走る。ゴウト達はもう、そんな感覚を持っていない。人を滅ぼすことを最優先にした彼らには、手段など関係ないのだ。

「さぁ、やろうか」

 ゴウトは斧槍を頭上で回転させる。動きを見る限り、重量は見た目通り。遠心力をそのままに、リュールへと切りかかるつもりだ。

「やらせるかよ」

 リュールは最軽量にしたブレイダを構え、前方に低く跳躍した。斧槍が振り下ろされる前に、体を支える足を切り落とす算段だ。
 地面を這うような軌道で、ブレイダを左から右に薙ぐ。ゴウトは斧槍をリュールに向け振るが、このタイミングでは間に合わないはずだ。白銀の刃が脛に食い込む。

『リュール様!』

 その叫びだけで愛剣の言わんとしていることがわかった。リュールはブレイダを上に向けた。
 咄嗟の反応では、充分に加速されたスクアを受け止めきれなかった。分厚い斧刃がリュールの左肩に深く埋まった。黒い鎧の肩当ては、いとも容易く切断されていた。

「ぐっ……」

 呼吸が苦しい。傷は肺近くまで達している。ブレイダで防がなければ真っ二つになっていたところだ。それでも、常人ならば命を失うほどの深手を負ってしまった。

「もう少し深くしたつもりだったがな。なかなか良い鎧だな」
『一瞬でも儂を止められる鎧なんて、珍しい』
「そりゃ……どうも……」

 人になる武器での怪我は、通常のものより治りが遅い。それはジルとの戦いで実証されていた。今の危機を乗り切ったとしても、手負いで戦うのは厳しい相手だ。

「しかし、俺とスクアの速度を見誤ったな。まだまだ未熟ということだ。なぁリュール」
『素直に誘いに乗るなど、儂とゴウトを相手にするには早かったな』

 小さな目をさらに細めたゴウトは、スクアをリュールの肩口から引き抜いた。激痛が走るが、治癒が始まっており流血は少ない。

「手を、抜くのか?」
『リュール様……』

 脂汗を流しつつ、精一杯の悪態をつく。リュールの失態は、ゴウト達の言う通りだった。愚かにも、足を狙えと教えられたことを繰り返してしまった。

「お前を殺すのは、例の騎士団が全滅したのを見届けてからだ」
「余裕かよ……」
「仲間になるのなら、そちらの方が良いのだけどな」
「お断りだ。あんたを止めて、俺は街へ向かう」
「街を守ったとしてもその後はどうする? 俺に勝てない程度では、ルヴィエには到底敵わないぞ」
「うるせぇ……」

 後方に飛び退き、右手でブレイダを構える。左手には力が入らない。

「その傷でどう戦う? 治りきるまで待ってはやらんぞ」
「どうにでも、するさ」

 いくつかの作戦が頭に浮かぶ。例えば、斬りかかると見せかけブレイダを人にした隙を突く。例えば、ブレイダを投げつけ弾かれたところを人にして、その隙を突く。どれもがただの奇襲であった。ゴウトほどの男であれば、その程度予想できるようなものだ。
 正攻法では勝てないとの認識がリュールを支配していた。情けないが、今はそれしかない。

『リュール様、私を信じてください』

 ブレイダの声が頭に響く。元気な普段と違い、優しくゆっくりとした話し方。

『先程おっしゃってくれたみたいに、信じてください。私のことも、リュール様ご自身のことも』
「信じる?」
『はい。リュール様と私ならば、あの丸いおじさんなんて、敵ではありません』
「そうか……」
『はいっ!』

 自分が愛剣に向かい叫んだ言葉をわすれていた。ブレイダに言われ、そう気付いた。
 いつの間にか、肩の傷が塞がっていた。

「わかった。やるぞ」
『もちろんです』

 リュールは両手でブレイダを強く握った。
しおりを挟む

処理中です...