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第5章 魔剣と魔人
第71話『私を押さえ込んだのは忘れません』
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ブレイダによると、ルヴィエの剣は壁の街からかなりの距離をとっていた。大まかな方向は把握できても、近寄ってみなければ詳細な場所などはわからないようだ。
『あまりお役にたてず、すみません』
「いや、大丈夫だ」
通りすがりに人型魔獣を全滅させたリュールは、ブレイダの身を濡らす血を軽く振り払った。申し訳なさそうな言葉を聞いても、特に問題とは感じなかった。
方向さえわかれば、あとは向かうだけだからた。自称魔人となったリュールには、常人の十倍以上の速度で移動できる程度の自負があった。
「それに、その前に行くところがある」
『どちらへ?』
「ゴウトの斧へ」
『ああ! なるほど』
「気は進まないが、確認しておきたいからな」
ルヴィエと対峙する前に、知っておきたいことがある。武器が人の姿になる意味、白と黒の違い、そして、人を滅ぼすという意志の根源。
それらを本人の口から聞くのは、事実上不可能だろう。理知的であったゴウトですら会話にならなかったのだ。
『だから、武器に聞くと言うわけですね』
「そういうことだ」
主人を亡くした武器が素直に話すという保証はない。ただし、少なくとも戦いにはならないはずだ。
「朽ちる前の置き土産くらいは、してもらうさ。残酷だけどな」
『リュール様に牙を剥いたのだから、それくらいはしてもらいましょう。私を押さえ込んだのは忘れません』
「場所はわかるか?」
『もちろん!』
方向を確認したリュールは、ブレイダを鞘に納め走り出した。闇の中を、黒い外套が駆ける。
林の中にある小屋に到着するまで、さほど時間を要しなかった。道中、何体かの人型魔獣と遭遇した。
恐らくはゴウトの作った個体だろう。恩人が最期に残した物が未ださまよっている。もの悲しい思いを抱きつつ、リュールはブレイダを振るった。
『リュール様、近いです』
「ああ」
木々の隙間から小屋が見える。そのすぐ近くに、黒紫の髪を持つ少女が佇んでいた。
「ブレイダ」
「え、いいんですか?」
「戦う気はないからな」
こうも接近すれば少女はブレイダに気付いているはずだ。それでも微動だにせず、足元を見つめていた。
虚ろな目線の先は、周りと土色が違っており、少し盛り上がっている。そこに何があるのか、リュールはすぐに理解できた。そして、周囲には人型魔獣の死骸が異臭を放っていた。
「墓参りか?」
「ああ」
リュールとブレイダが近くまで寄ると、スクアは顔を上げた。その拍子に、黒紫の三つ編みがはらりと解けた。
幼くも整った容貌には表情がなく、全身には大小のひび割れが目立つ。白い肌と黒い衣装には、乾ききった魔獣の体液がこびり付いている。
尊大な物言いはそのままだったが、以前と比べて遥かに弱々しくなっていた。
「ゴウトは恩人だった」
「ああ、知っている」
ゴウトの眠る地中に向け、リュールは目を閉じた。はなむけになどならないことは、わかっている。それでも、悼まずにはいられなかった。
「こうなってしまった理由が知りたい」
「そうか」
呟いたスクアは、再び足元へと視線を移した。魔獣の死骸にたかる虫の羽音だけが辺りを支配する。
リュールは黙ってスクアに付き合った。普段は気が早いブレイダも、小さな口が開くのをじっと待っていた。
「ゴウトが死なねばならなくなった理由はな……」
「ああ」
「はい」
「儂らと、ルヴィエの坊やだよ」
覚悟を決めたように、スクアはゆっくりと語りだす。口を動かす度、頬の亀裂が少しずつ深くなっていた。
『あまりお役にたてず、すみません』
「いや、大丈夫だ」
通りすがりに人型魔獣を全滅させたリュールは、ブレイダの身を濡らす血を軽く振り払った。申し訳なさそうな言葉を聞いても、特に問題とは感じなかった。
方向さえわかれば、あとは向かうだけだからた。自称魔人となったリュールには、常人の十倍以上の速度で移動できる程度の自負があった。
「それに、その前に行くところがある」
『どちらへ?』
「ゴウトの斧へ」
『ああ! なるほど』
「気は進まないが、確認しておきたいからな」
ルヴィエと対峙する前に、知っておきたいことがある。武器が人の姿になる意味、白と黒の違い、そして、人を滅ぼすという意志の根源。
それらを本人の口から聞くのは、事実上不可能だろう。理知的であったゴウトですら会話にならなかったのだ。
『だから、武器に聞くと言うわけですね』
「そういうことだ」
主人を亡くした武器が素直に話すという保証はない。ただし、少なくとも戦いにはならないはずだ。
「朽ちる前の置き土産くらいは、してもらうさ。残酷だけどな」
『リュール様に牙を剥いたのだから、それくらいはしてもらいましょう。私を押さえ込んだのは忘れません』
「場所はわかるか?」
『もちろん!』
方向を確認したリュールは、ブレイダを鞘に納め走り出した。闇の中を、黒い外套が駆ける。
林の中にある小屋に到着するまで、さほど時間を要しなかった。道中、何体かの人型魔獣と遭遇した。
恐らくはゴウトの作った個体だろう。恩人が最期に残した物が未ださまよっている。もの悲しい思いを抱きつつ、リュールはブレイダを振るった。
『リュール様、近いです』
「ああ」
木々の隙間から小屋が見える。そのすぐ近くに、黒紫の髪を持つ少女が佇んでいた。
「ブレイダ」
「え、いいんですか?」
「戦う気はないからな」
こうも接近すれば少女はブレイダに気付いているはずだ。それでも微動だにせず、足元を見つめていた。
虚ろな目線の先は、周りと土色が違っており、少し盛り上がっている。そこに何があるのか、リュールはすぐに理解できた。そして、周囲には人型魔獣の死骸が異臭を放っていた。
「墓参りか?」
「ああ」
リュールとブレイダが近くまで寄ると、スクアは顔を上げた。その拍子に、黒紫の三つ編みがはらりと解けた。
幼くも整った容貌には表情がなく、全身には大小のひび割れが目立つ。白い肌と黒い衣装には、乾ききった魔獣の体液がこびり付いている。
尊大な物言いはそのままだったが、以前と比べて遥かに弱々しくなっていた。
「ゴウトは恩人だった」
「ああ、知っている」
ゴウトの眠る地中に向け、リュールは目を閉じた。はなむけになどならないことは、わかっている。それでも、悼まずにはいられなかった。
「こうなってしまった理由が知りたい」
「そうか」
呟いたスクアは、再び足元へと視線を移した。魔獣の死骸にたかる虫の羽音だけが辺りを支配する。
リュールは黙ってスクアに付き合った。普段は気が早いブレイダも、小さな口が開くのをじっと待っていた。
「ゴウトが死なねばならなくなった理由はな……」
「ああ」
「はい」
「儂らと、ルヴィエの坊やだよ」
覚悟を決めたように、スクアはゆっくりと語りだす。口を動かす度、頬の亀裂が少しずつ深くなっていた。
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