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第4章 晩秋に舞う想い
第32話 視線
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そして、文化祭の開催日がやってきた。
ちょうどその夜は、新月にあたる。出来すぎた偶然だと、由美は内心複雑な思いだった。
「やっぱり受付には華があったほうがいい!」
紗奈子のこだわりにより、受付担当は由美と哉太が務めることになった。押し付ける意図があったのではなく、裏方としての書類整理や連絡係は他の二人が行うという役割分担だ。
小規模な催しのため、入場者はさほど多くない。それでも、二人で捌くにはそれなり以上の労力を要した。そもそも由美は対人関係が得意ではない。
結局、受付以外の問い合わせや、難しい応対については哉太に任せきりだった。自分の性格を恥じつつも、頼る相手がいることは嬉しかった。
午前中で入場者の受付時間は終わり、隣り合って座った二人は軽く体を伸ばす。
「あのさ」
「ん?」
哉太が話を振る時は、いつも同じ一言から始まる。そして、由美はいつも同じ相槌をする。お決まりのようなやり取りは、疲れた由美の心を落ち着かせた。
「今日終わったら、さっさと帰ろうな」
「……そうだね」
学校として大きく力を入れていない催しは、日が傾く前に終わる予定だ。どうしても当日に処理する必要があるものを除き、片付けも翌日へ回される。
今宵のことを考えれば、大変助かる配慮だ。もしかしたら、組織が裏から手を回したのかもしれない。
「《操》の作戦があるもんね。少しでも休まなきゃ」
「いや、それもあるけど」
「ん?」
哉太の発言は、由美が賛同したこととは別の意図だったようだ。冬の足音がするような、澄みきった空を見上げた哉太は照れ笑いを浮かべた。
「あの二人さ、今日は俺達がいない方がいいと思って」
「ああ!」
由美は軽く両手を合わせた。紗奈子の宣言を伝えたわけではない。ただ、哉太もどこかで普段とは違う雰囲気を感じ取っていたのだろう。
「今朝から二人とも妙にそわそわしてただろ?」
「言われてみれば」
「もしかしたら、両方ともが告白しようとしてるのかもってな」
「だったら、笑っちゃうね」
「そうそう、早く言えばいいのにって」
友人同士の恋を応援したい気持ちは強い。哉太も同じだったと感じられるのは嬉しいことだ。相棒との会話は楽しかった。代人と言う名の戦士になるための準備としては上等だ。
結果のわかっている報告を聞くのが楽しみだ。そのためには今夜を生き延びねばならない。由美の戦う理由がまたひとつ増えた。
「それじゃ、片付けはじめようか」
「うん……待って、哉太」
「ん?」
哉太が受付に使っていた長机に手をかけようとした時だった。由美は視線を感じたような気がして、周囲を見渡した。
「どうした?」
「なんか、見られてる気がして」
「また矢部か?」
真っ先に警戒すべき相手として哉太が挙げたのは、最早懐かしく思える名前だった。しかし、由美が感じたのはそういった普通の視線ではない。単に見られているのではなく、自分自身を監視されているように、奇妙な感覚だった。
「ううん、そういうのじゃなくて、なんだろう」
「言いにくい感じか?」
「そういうのでもなくて」
問われても説明しづらいため、哉太に気を遣わせてしまった。なんとか適切な言葉を絞り出そうとしている間にも、見られている感覚は続いていた。
「そうだ!」
「あん?」
ようやく正確な表現を思い付いた由美は、軽く手を合わせた。状況が理解できず半眼の哉太が、曖昧に相槌を打つ。まともに考えればあるはずのないものだが、これ以上は考えられない。
「《調》で見られてるんだよ」
「は?」
哉太の反応は当然のことだ。今は新月の夜ではないし、《調》を使うことのできる代人は二人ともここにいる。ならば、考えられるのはひとつだ。
「荒魂を操っている人は、本当にいるってことだよ」
「ああ、そういうことか。どこからだ?」
「探ってみる」
由美の意図を理解した哉太の目が細くなる。発信元を探ることができれば、今からでも正体を明かせるかもしれない。
両の掌を合わせた由美は、意識を広げるように目を閉じた。しかし、当然のように《調》は発動しなかった。
「だめっぽい」
「そうか」
「でも、向こうは使っているんだよね」
「だよな、きっと何かある」
新月の夜でなければ、代人の力は使えないはずだ。ならば、由美を見ている相手は一体何なのか。目的も手段もわからないままというのは、気分のいい話ではない。
「とりあえず、報告だけはするね」
「だな。片付けをサボることになるけど、早めに詰め所へ行こう」
「うん」
由美も哉太の意見に賛成だ。万が一ここに荒魂が現れでもしたら大惨事だ。急ぎ鞄から携帯電話を取り出し、優子を呼び出した。
幸いにも電話はすぐに繋がり、由美は現状わかっていることを報告する。優子の指示は冷静で端的だった。ただ通話の最後に『報告ありがとう。気を付けて帰ってくるのよ』という、母親らしい言葉は忘れなかった。
「学校には母さんから連絡しておいてくれるって」
「わかった」
実際、優子の動きは早かったようだ。荷物を取りに教室へと戻った時には、早退の旨が担任に伝わっていた。家庭の事情という以上には聞かされておらず、由美と哉太を急かすだけだった。
「紗奈子に声かける余裕なかったよ」
「メッセージ送っておこう」
「うん」
先に帰ることへの謝罪と、この後の応援を簡単に文章にして送信する。できれば直接言いたかったが、事が事だけに諦めざるを得なかった。
小走りに校門を出る頃には、由美への《調》に似た感覚はなくなっていた。それでも念のため、周囲を軽く警戒しながら駅へと走る。体力をつける訓練を嫌という程受けている二人は、息を切らすことはなかった。
「戻りました」
電車とバスを乗り継ぎ、幕森大社内の詰め所へ到着する。由美と哉太が中に入った時は既に、対策会議は大詰めを迎えていたようだった。
「おう、おかえり」
眉間に皺を寄せた矢辻 嗣久が、代人の若者を出迎えた。
通常よりも更に物々しい空気が室内に漂う。今夜は人払い役総動員で、《調》を使ったであろう者の捜索に当たるそうだ。
「報告ご苦労。代人は荒魂の対処に専念してくれ」
「はい」
「はい」
由美と哉太は、嘘をついている罪悪感を抱えつつ、表向きは素直に返事をした。
そして、太陽は傾き、夜が近付いて来る。今夜は月が見えない。
ちょうどその夜は、新月にあたる。出来すぎた偶然だと、由美は内心複雑な思いだった。
「やっぱり受付には華があったほうがいい!」
紗奈子のこだわりにより、受付担当は由美と哉太が務めることになった。押し付ける意図があったのではなく、裏方としての書類整理や連絡係は他の二人が行うという役割分担だ。
小規模な催しのため、入場者はさほど多くない。それでも、二人で捌くにはそれなり以上の労力を要した。そもそも由美は対人関係が得意ではない。
結局、受付以外の問い合わせや、難しい応対については哉太に任せきりだった。自分の性格を恥じつつも、頼る相手がいることは嬉しかった。
午前中で入場者の受付時間は終わり、隣り合って座った二人は軽く体を伸ばす。
「あのさ」
「ん?」
哉太が話を振る時は、いつも同じ一言から始まる。そして、由美はいつも同じ相槌をする。お決まりのようなやり取りは、疲れた由美の心を落ち着かせた。
「今日終わったら、さっさと帰ろうな」
「……そうだね」
学校として大きく力を入れていない催しは、日が傾く前に終わる予定だ。どうしても当日に処理する必要があるものを除き、片付けも翌日へ回される。
今宵のことを考えれば、大変助かる配慮だ。もしかしたら、組織が裏から手を回したのかもしれない。
「《操》の作戦があるもんね。少しでも休まなきゃ」
「いや、それもあるけど」
「ん?」
哉太の発言は、由美が賛同したこととは別の意図だったようだ。冬の足音がするような、澄みきった空を見上げた哉太は照れ笑いを浮かべた。
「あの二人さ、今日は俺達がいない方がいいと思って」
「ああ!」
由美は軽く両手を合わせた。紗奈子の宣言を伝えたわけではない。ただ、哉太もどこかで普段とは違う雰囲気を感じ取っていたのだろう。
「今朝から二人とも妙にそわそわしてただろ?」
「言われてみれば」
「もしかしたら、両方ともが告白しようとしてるのかもってな」
「だったら、笑っちゃうね」
「そうそう、早く言えばいいのにって」
友人同士の恋を応援したい気持ちは強い。哉太も同じだったと感じられるのは嬉しいことだ。相棒との会話は楽しかった。代人と言う名の戦士になるための準備としては上等だ。
結果のわかっている報告を聞くのが楽しみだ。そのためには今夜を生き延びねばならない。由美の戦う理由がまたひとつ増えた。
「それじゃ、片付けはじめようか」
「うん……待って、哉太」
「ん?」
哉太が受付に使っていた長机に手をかけようとした時だった。由美は視線を感じたような気がして、周囲を見渡した。
「どうした?」
「なんか、見られてる気がして」
「また矢部か?」
真っ先に警戒すべき相手として哉太が挙げたのは、最早懐かしく思える名前だった。しかし、由美が感じたのはそういった普通の視線ではない。単に見られているのではなく、自分自身を監視されているように、奇妙な感覚だった。
「ううん、そういうのじゃなくて、なんだろう」
「言いにくい感じか?」
「そういうのでもなくて」
問われても説明しづらいため、哉太に気を遣わせてしまった。なんとか適切な言葉を絞り出そうとしている間にも、見られている感覚は続いていた。
「そうだ!」
「あん?」
ようやく正確な表現を思い付いた由美は、軽く手を合わせた。状況が理解できず半眼の哉太が、曖昧に相槌を打つ。まともに考えればあるはずのないものだが、これ以上は考えられない。
「《調》で見られてるんだよ」
「は?」
哉太の反応は当然のことだ。今は新月の夜ではないし、《調》を使うことのできる代人は二人ともここにいる。ならば、考えられるのはひとつだ。
「荒魂を操っている人は、本当にいるってことだよ」
「ああ、そういうことか。どこからだ?」
「探ってみる」
由美の意図を理解した哉太の目が細くなる。発信元を探ることができれば、今からでも正体を明かせるかもしれない。
両の掌を合わせた由美は、意識を広げるように目を閉じた。しかし、当然のように《調》は発動しなかった。
「だめっぽい」
「そうか」
「でも、向こうは使っているんだよね」
「だよな、きっと何かある」
新月の夜でなければ、代人の力は使えないはずだ。ならば、由美を見ている相手は一体何なのか。目的も手段もわからないままというのは、気分のいい話ではない。
「とりあえず、報告だけはするね」
「だな。片付けをサボることになるけど、早めに詰め所へ行こう」
「うん」
由美も哉太の意見に賛成だ。万が一ここに荒魂が現れでもしたら大惨事だ。急ぎ鞄から携帯電話を取り出し、優子を呼び出した。
幸いにも電話はすぐに繋がり、由美は現状わかっていることを報告する。優子の指示は冷静で端的だった。ただ通話の最後に『報告ありがとう。気を付けて帰ってくるのよ』という、母親らしい言葉は忘れなかった。
「学校には母さんから連絡しておいてくれるって」
「わかった」
実際、優子の動きは早かったようだ。荷物を取りに教室へと戻った時には、早退の旨が担任に伝わっていた。家庭の事情という以上には聞かされておらず、由美と哉太を急かすだけだった。
「紗奈子に声かける余裕なかったよ」
「メッセージ送っておこう」
「うん」
先に帰ることへの謝罪と、この後の応援を簡単に文章にして送信する。できれば直接言いたかったが、事が事だけに諦めざるを得なかった。
小走りに校門を出る頃には、由美への《調》に似た感覚はなくなっていた。それでも念のため、周囲を軽く警戒しながら駅へと走る。体力をつける訓練を嫌という程受けている二人は、息を切らすことはなかった。
「戻りました」
電車とバスを乗り継ぎ、幕森大社内の詰め所へ到着する。由美と哉太が中に入った時は既に、対策会議は大詰めを迎えていたようだった。
「おう、おかえり」
眉間に皺を寄せた矢辻 嗣久が、代人の若者を出迎えた。
通常よりも更に物々しい空気が室内に漂う。今夜は人払い役総動員で、《調》を使ったであろう者の捜索に当たるそうだ。
「報告ご苦労。代人は荒魂の対処に専念してくれ」
「はい」
「はい」
由美と哉太は、嘘をついている罪悪感を抱えつつ、表向きは素直に返事をした。
そして、太陽は傾き、夜が近付いて来る。今夜は月が見えない。
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