溺愛攻め×ツンデレ受け

のんさん

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攻めも完璧じゃない

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(小鳥遊視点)

「キスとハグ、どっちがいい?」

玄関先で靴を履き終えた仁坂がくるっと俺のほうを振り向いてそう聞いた。

「…………よく朝っぱらからそんな恥ずかしいこと聞けるな」

「僕は全然恥ずかしくないからね。で、どっち?」

「…………………………………………。」

早く答えないと行っちゃうよ、という仁坂は俺がどっちを答えても────というより俺がこの問いの答えを考えていること自体を楽しんでいるようだった。
悔しくなって「……………別にどっちもしなくていい」とぶっきらぼうに答える。
どんな反応するのか見たい気持ちもあった。

「え、いいの?」

俺の返答に意表を突かれた表情の仁坂を見て優越感に浸ったのもつかの間、「──じゃあ、行ってくる」とにっこり笑顔で返された。

「………え」

思わず仁坂の左手を掴む。

「なに?」

笑顔なのに仁坂のその口調はどこか冷たく感じた。

「え、あ、いや……………本当にそのまま行くのか?」

「うん、だってどっちもしなくて良いんでしょ?」

俺の手をするっと解くと「明日の終電で帰るから」と言い残し引き止めるまもなくドアを閉め──────仁坂は1泊2日の研修に出掛けてしまった。



─────────────────


(仁坂視点)

「────以上で本日の講義は終了となります。明日も参加の方は開始時間が本日とは異なりますので注意を────」

やっと終わった、と席を立ち出口に向かおうとすると肩をガッと掴まれた。
振り向くと研修に一緒に参加している同期の榎本が僕の鞄を持って立っていた。赤い髪に会場のライトが反射してキラキラ光っている。

「お前は鞄置いてどうやってホテルいくつもりなんだよ。しかも出口逆だし」

「………………トイレだよ」

「トイレも出口のほうだよ阿呆」

「………………………………。」

それ以上の言い訳はやめて礼を言い榎本から鞄を受け取る。

「お前その調子じゃ今日の講義もちゃんと聞いてなかったんじゃねーの?」

会場を出て会社が予約してくれたホテルに向かう道中、隣を歩く榎本が顔を覗き込んできた。

「………………聞いてたよ。めっちゃ聞いてた」

「めっちゃ聞いてたってなんだよ、小学生か」

うるさいな、と返すと「どうせ彼氏と喧嘩でもしたんだろ」と言われ思わず一瞬足が止まった。

「図星?」

「………………彼氏の話なんて今してないだろ」

ニヤニヤする榎本を振り切るようにさっきよりも歩くスピードを速める。

「でも仁坂がぼーっとしてたり調子出ない時って大体彼氏と何かあった時じゃん」

「………別に喧嘩なんてしてないよ。ちょっと意地張った自分を後悔してるだけ」

今朝の小鳥遊とのやりとりをかいつまんで話す。
恋人がいることは社内でも公言しているがそれが男だというのはゲイであることをオープンにしている榎本にしか言っていなかった。

「なんだ、結局惚気かよ」

僕の話を一通り聞き終えた榎本が面白くなさそうに言う。

「惚気けてなんてないけど」

「朝から彼氏にキスかハグか迫った話が惚気以外のなんだっていうんだよ」

俺なんて好きな人と冗談でもそう迫れるような関係になれないんだよ、と言う榎本は一瞬本気で悲しそうな表情になった。

何かあったのと尋ねたが「別に……ってかこれでお前が家帰っても彼氏に拒まれたらウケるな」と言って榎本は一瞬見せた悲しそうな表情を誤魔化すようにまたニヤニヤした顔に戻った。

「なんにもウケないんだけど」

「そうなりたくなかったら早く電話なりメールなりして謝れば?今朝は悪かったって」

「………………わかってるよ」

正論に何も言い返せない。

ちょっとからかって可愛い反応を見たいだけだったのに小鳥遊に「しなくていい」と言われて自分でも驚くほどショックだった。
加えて本心じゃないとわかっているのに変に意地を張ってよけいに傷つけてしまった。
講義を受けている間────それどころか今朝家のドアを閉めてからずっと小鳥遊の顔と掴まれた左手の感触が消えなかった。

「────着いたぞ。ドアにぶつかんなよ」

「………………ありがと。ぶつかるところだった」

「お前マジで彼氏絡むとポンコツだな。なのになんでずっと売上No.1なんだよ」とため息をつく榎本と受付に向かい会社名を告げそれぞれの部屋の鍵を受け取る。

鍵を受け取った榎本は「じゃあ明日ロビーに8時な。明日はシャキッと出来るように今晩中に仲直りしとけよ」と言い自分の部屋へ向かっていった。

その遠ざかる榎本の背中を見ながら自分も部屋に向かう。
部屋に入ると荷物を適当に置きベッドにダイブした。
横になりながら講義中電源を切れと言われていたスマホの電源を入れる。

「………………はぁ」

メールも電話も1件も入っていない。
家に帰っても拒まれたらというさっきの榎本の言葉が現実味を帯びたようで少し怖くなった。

昨日の夕方で終わっている小鳥遊とのメール画面を開きなんて打とうか考える。
『今朝は意地悪してごめん』?『今何してる』?

どれもしっくりこないような恥ずかしいような気がして結局『今さっき今日の研修終わったんだけど、小鳥遊はまだ仕事?』というこれはこれで無理矢理話題を作った感満載のメールを送ってしまった。
送って10秒もしないうちに既読がつきメッセージが送られてきた。

『もう終わった。………今、電話していい?』

いいよ、と短く返信するとすぐにかかってきた。

「もしもし」

『もしもし、研修お疲れ』

家を出てからあんなに色々考えていたのに小鳥遊の声を聞いただけで思わず顔が綻んだ。

「………ありがと。今何してたの?」

『………別にいつも通り洗濯まわしながら夕飯作ってた』

「今日の夕飯なに?」

『カレー。お前の好きな鶏肉いっぱいのチキンカレー』

「僕食べれないのになんでカレーの詳細言うの?食べたくなるんだけど」

『じゃあ明日早く帰ってきたらいいじゃん………明日の夕飯分まではあるから』

小鳥遊はそう言うと『…………なあ、本当に終電で帰ってくんの?』と続けた。その声は少し震えているように聞こえた。

「明日17時に研修終わるから17時15分の電車に乗って18時には帰る」

電話口で小鳥遊が笑うのがわかった。

『………………終電なんじゃないの?』

「一緒にカレー食べて一緒に風呂入ってキスしてハグして一緒に寝るには終電だと時間が足りなすぎるから」

『………………仁坂、酒飲んでんの?』

「飲んでないけど、なんで?」

『………………だってそんなこと仁坂からあんまり言ってくれないじゃん』

「あんまり言わないけどいつも思ってるよ」

『…………今日、ちょっとは俺のこと考えてた?』

「考えてたよ。早く会いたいなって考えてた」

考えすぎて今日1日ポンコツだったというみっともない現状は伏せた。

『………俺も早く会いたい………』

小鳥遊の言葉に明日の研修もポンコツ継続するかもと考えながら日付が変わるまで電話は続いた。


─────────────────

(小鳥遊視点)

「カレー、美味しかった?」

「美味しかったよ。ありがとう」

そう言ってベッドでぎゅっと俺を抱きしめる仁坂からはさっき一緒に風呂に入って同じシャンプーで洗いあったとは思えないほど良い匂いがした。

早く帰ってきて良かったと言い、そのまま仁坂は俺に口付けた。

「んっ…….…ぁっ……はぁ……………」

仁坂の舌が俺の口の中にゆっくり入ってくる。
気持ち良くてすぐにキスのことで頭がいっぱいになった。

「っ……ぁ、っは……!ふぁ……ぁ……」

舌で口の中を掻き回されると気持ち良いを通り越して頭の先からつま先まで電気が通ったような感覚に襲われた。

「ん………あれ、小鳥遊キスだけでイッちゃったの?」

しばらく自分の心臓の音しか聞こえず口を離した仁坂のその言葉をしっかり理解するのに時間がかかった。

「……………!や、ちがっ……!ちがうっ……」

恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

「ふふ。違うの?」

可愛い、と微笑む仁坂がちゅっとまた口付けてくる。
嬉しいと思う反面、普通の触れるだけのキスでも敏感になった身体にはキツかった。

「やっ……いま、ちゅーやだっ……」

必死に首を横に振ると「ごめん、身体辛かったね」と唇を離しかわりにふわっと優しく抱きしめられた。

「キスはしないから────かわりに何かして欲しいとかある?」

「………手繋いで」

そう言って右手を出すと仁坂の左手がぎゅっと握り返してくれる。
昨日の朝のように解かれることもないという安心感に胸がキュッとなった。

「他には?何かある?」

「………………もう怒ってない?」

表情も雰囲気も昨日の朝とは違うことはわかっていたけれど、どうしても不安が残りそう尋ねた。

俺の言葉に一瞬きょとんとした仁坂だったが質問の意図がわかると俺を抱きしめる腕に力がこもった。

「怒ってないよ────はじめから」

不安にさせてごめん、と耳元で囁かれる。

「あ………いや………俺も悪かったし……別に仁坂が謝ることじゃないけど………」

俺もごめん、と返す。

「──────身体、どう?」

俺の唇をすらっと長い指でなぞりながら仁坂がそう尋ねてきた。
キスしたい、と言われているのがわかった。

「………1回くらいなら大丈夫」

俺が答えるのとほぼ同時に柔らかい唇が重なった。



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