僕の“鑑定眼”は未来まで見通します~【神眼】スキルを持つ辺境貴族、滅びの運命(デッドエンド)を回避してハーレムを築く~

のびすけ。

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第1章 デバッグ不可な異世界

生存へのアルゴリズム

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夜の静寂を切り裂いたカイルの絶叫は、即座に結果をもたらした。
バタバタという慌ただしい足音が廊下から近づき、ナーサリーの扉が勢いよく開かれる。そこに飛び込んできたのは、寝間着姿のまま髪を振り乱した、彼の美しい母親エレノアだった。
その表情は、愛する我が子の一大事を察した母性本能からくる、純粋な不安と愛情に満ちていた。

『まあ、カイル、どうしたの? 怖い夢でも見たのかしら』

彼女はベッドに駆け寄り、優しい声で語りかけながら、カイルをあやすようにその小さな体にそっと手を伸ばす。その温かな眼差しと、心地よい声色。前世では得られなかった無償の愛情に、カイルの心は一瞬、安らぎに揺らぎそうになる。

だが、ダメだ。ここで泣き止んでしまっては、全てが水の泡となる。
エレノアは「ああ、やっぱり夢を見ていただけなのね」と安心し、彼を寝かしつけて部屋に戻っていくだろう。
そして、運命のカウントダウンは止まらない。

数分後、彼はやはり無意識に寝返りを打ち、この老朽化したベッドから転落して、あっけなく死ぬのだ。
視界の隅では、【神眼】が示す残り時間が無慈悲に時を刻んでいる。『残り時間、3分』。

(泣き止むな、僕。これはただの夜泣きじゃない。バグの報告だ。開発者(両親)に、このシステムの致命的な欠陥を認識させなければならないんだ!)

未来を変えるには、このベッドに「異常」があると、明確に認識させる必要がある。ただ泣いているだけでは、仕様の範囲内だと判断されてしまう。
では、どうする? どうすればいい? 思考しろ、佐藤翔太。お前はプログラマーだろう。
バグの発生には、必ずトリガーがある。再現性のないバグほど、厄介なものはない。
今回のトリガーは何か? 【神眼】のビジョンは明確に示していた。僕自身の“体重移動”だ。

(……そうか。ならば、やるべきことは一つだ)

プログラマーとしての思考が、極限状態で活路を見出す。バグの存在を口頭で説明できないのなら、開発者の目の前で、意図的にそのバグを再現(・・)して見せればいい。
それは、一歩間違えば自ら死の運命に飛び込むことにもなりかねない、危険な賭けだった。だが、他に道はない。

『オギャーッ! ギャーーッ!』

カイルは、今度は明確な意図を持って泣き叫んだ。怯えるように、助けを求めるように。その演技に、エレノアの母性はいっそう強く刺激される。

「よしよし、大丈夫よ、カイル。ママがここにいるからね」

彼女がカイルを抱き上げようと、その華奢な両腕をベッドの中に差し入れてくる。柔らかな指先が、カイルの産着に触れた。

――今だ!

まさにその瞬間を狙い、カイルは計算通りに体を激しくよじった。
赤ん坊の、まだ覚束ない筋力の全てを動員し、まるで何かに弾かれたように、老朽化した木製の柵に全体重を叩きつける。

ミシリ、と。

それまでとは明らかに質の違う、木が軋む不吉な音が、室内に響き渡った。
カイルを抱き上げようとしていたエレノアの動きが、ピタリと止まる。彼女の優しい表情が、驚きと困惑に染まっていく。

『え……? 今の音……』

彼女の視線が、カイルがもたれかかった柵の一点に集中する。そこには、月明かりの下でも分かるほど、新たな亀裂が走っていた。カイルのわずかな体重移動で、今にも崩れ落ちそうなほどに。

エレノアは、柵の異常に気づいた。血の気が引いていくのが、カイルにも分かった。彼女はカイルを抱き上げるのをためらい、震える声で隣室の夫を呼んだ。

『あなた! ちょっと来てください! カイルのベッドが……!』

その悲鳴にも似た声に、即座に応えるように、書斎の扉が乱暴に開かれた。現れたのは、屈強な体躯を持つ父、レオン・ヴァルモット。
ただならぬ妻の声に、何事かと駆けつけたのだろう。
彼は室内の光景――青ざめる妻と、泣き叫ぶ息子、そして不自然に軋むベビーベッド――を一瞥しただけで、瞬時に状況を理解した。

『エレノア、下がりなさい!』

野太いが、冷静さを失わない声で妻に指示を飛ばすと、彼は大股でベッドに歩み寄る。その歴戦の将軍らしい危機察知能力と判断の速さに、カイルは内心で安堵と賞賛の声を上げた。
レオンがベッドの異変――崩壊寸前の柵に気づき、息子を救い出すために太く逞しい腕を伸ばした、その時だった。

バキッ!

耳障りな破壊音を立て、カイルの体重ともう限界だった耐久度が引き起こした最後のトリガーによって、ベッドの柵は完全に崩れ落ちた。
一瞬の浮遊感。ああ、これが死か――。

カイルの小さな体が、重力に従って冷たい石の床へと吸い寄せられていく。
しかし、彼が床に叩きつけられることはなかった。
崩壊の直前、彼は父レオンの、まるで岩のように硬く、それでいて安心感に満ちた腕の中に、確かに抱き上げられていたのだ。

『危ないところだった……。まさか、これほど早く傷んでいたとは』

レオンは安堵のため息をつきながら、腕の中の我が子を強く抱きしめた。その隣では、エレノアが青ざめた顔で胸を撫で下ろし、今にも泣き出しそうな顔でカイルを見つめている。
カイルは父の腕の中で、ぜえぜえと荒い息をつきながら、この世界で生き抜くための最初の「攻略法」を、その身をもって確立していた。

未来を視て、原因(バグ)を特定し、最善の解決策(アルゴリズム)を導き出し、実行する。
九死に一生を得た彼は、父の逞しい胸板に顔を埋め、赤ん坊の身体の奥底で、三十歳の魂が静かに勝利を噛みしめていた。
これは、絶望的な運命に対する、彼の記念すべき初勝利だった。
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