【変神(ヘンシン)】で俺の考えた最強ヒロインをプロデュース!…したはずが、彼女たちの熾烈な争奪戦のターゲットになってました!?

のびすけ。

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第4章 王都の学院と氷のプライド

非効率な剣と、非論理的な僕

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王立騎士団養成学院での、記念すべき最初の講義。
そのテーマは『伝統的魔法剣術概論』だった。
古めかしい革の表紙がついた教科書。歴史と権威を体現したかのような、白髪の老教授。生徒たちは皆、貴族の子弟らしく背筋を伸ばし、真剣な面持ちでその講義に耳を傾けている。

「――よろしいか、諸君。我が国に古来より伝わる魔法剣術の神髄、それは『気』と『剣』の一致にある。剣を単なる鉄の棒と思うなかれ。剣とは騎士の魂そのものの延長である。己が精神を高め、研ぎ澄まされた意志の力(マナ)を剣に乗せることで、初めて必殺の一撃が生まれるのだ!」

老教授――ドルマン先生は、情熱的に、そして若干芝居がかった口調でそう説いた。
教室の最前列では、クラウディア・フォン・ヴァレンシュタインが、一点の曇りもない碧眼で、教授の言葉を一言一句聞き漏らすまいと集中している。

(その通りだわ。ヴァレンシュタイン家に伝わる剣もまた、心技体の調和を最も重んじる。精神の未熟な者に、真の剣技は扱えない)

彼女にとって、それは疑いようのない真実であり、自らの誇りの根幹を成すものだった。

一方、その数席後ろ。
リゼット・ブラウンは、別の意味で緊張していた。彼女は、隣の席に座る、愛すべき幼馴染の様子がどうにも気になって仕方がない。

(お願いだから、アルト、大人しくしててね…!)

予感は、あった。
『伝統』『精神』『意志の力』。
これらは全て、隣に座るスーパー理系男子が、最もアレルギー反応を示す単語だからだ。
リゼットがちらりと横目でうかがうと、案の定、アルトは穏やかな顔で、しかしその黒い瞳の奥に、獲物を見つけた肉食獣のような、爛々とした知的好奇心の光を宿していた。

(あ、ダメだこれ。絶対何かやらかす顔だわ…!)

そして、リゼットの悪い予感は、常に的中する。

教授が「質問のある者は?」と言い終わるか終わらないかのうちに、すっ、とアルトの右手が、寸分の迷いもなく垂直に挙がった。

「はい、そこの君」
「アルト・フォン・レヴィナスです。ドルマン教授、大変興味深い講義をありがとうございます。一つ、初歩的な質問をよろしいでしょうか」

アルトは、あくまで丁寧な物腰で立ち上がった。その礼儀正しい態度に、ドルマン教授は「うむ」と満足げに頷く。

「教授は先程、『意志の力(マナ)を剣に乗せる』と仰いました。その『意志の力』なるエネルギーの定義と、それが物理的な剣という媒体に転移する際の、具体的な作用機序(メカニズム)について、もう少し定量的にご説明いただけますか?」
「…………は?」

教授の、穏やかだった顔が固まった。
教室中の生徒たちも「ていりょうてき…?」「さようきじょ…?」と、聞いたこともない単語に首を傾げている。

アルトは、そんな空気を全く意に介さず、畳み掛けた。

「例えば、そのエネルギーの単位は何でしょうか?ジュールですか、それともカロリーですか?また、精神エネルギーから運動エネルギーへの変換効率は、個人の精神力によって変動するとのことですが、その相関関係を示す、再現性のある実験データは存在するのでしょうか?」

しーん。
教室は、水を打ったように静まり返った。
もはや、誰もアルトが何を言っているのか理解できない。
ただ、目の前の優等生然とした少年が、この学院の、いや、この国の伝統そのものに、とんでもない角度から喧嘩を売っているということだけは、なんとなく理解できた。

「き、貴様…!何を訳の分からぬことを…!」

顔を真っ赤にしたドルマン教授が、怒鳴り返す。

「剣とは、魂で振るうものだ!計算式などで測れるものではないわっ!」
「なるほど。つまり、理論的裏付けのない、再現性の低いオカルトである、と。そういう理解でよろしいですね?」

オカルト。
その一言が、決定打だった。
ドルマン教授は「ひ、ひ、非礼者ぉぉぉっ!」とワナワナ震えるばかりで、もはや言葉にならない。

アルトは、心底不思議そうな顔で、さらに続けた。

「いえ、決して教授の理論を否定したいわけではないのです。ただ、非効率があまりにも過ぎる。その精神論に固執するあまり、皆さんは膨大なエネルギーロスを発生させている。それは、人類の叡智に対する冒涜ではないかと、僕は思うのです」

そう言うと、アルトはやおら教壇へと歩み寄り、許可もなくチョークを手に取った。そして、黒板いっぱいに、生徒たちが今まで見たこともないような、複雑怪奇な数式の羅列を書き始めたのである。

「いいですか、皆さん。魔法剣術とは、すなわち『人体というエンジンが発生させる運動エネルギー』と、『魔力という外部エネルギー』のハイブリッド・システムです。この出力を最大化するためには、まず、エネルギーの伝達経路を最適化しなければならない」

彼は、人体の骨格図を描き、そこに物理学のベクトルを示す矢印を書き込んでいく。

「例えば、ドルマン教授が先程実演してくださった『伝統的な袈裟斬り』。このフォームでは、踏み込んだ足が生み出す地面反力の約27%が、股関節と体幹の連動ロスによって霧散している。さらに、剣を振り下ろす腕の軌道。これは、遠心力を最大限に活用できていないため、剣先に到達するエネルギーは、本来あるべき数値の6割程度にまで減衰してしまっている!」

まるで、歌うように。踊るように。
アルトは、前世で培ったNASAレベルの物理学、人間工学、そして流体力学の知識を、この世界の『剣術』というテーマに落とし込み、その非効率性を、完膚なきまでに論破していく。

「結論を述べましょう。皆さんが『魂の一撃』と信じて疑わないその剣技は、僕の計算によれば、エネルギー効率わずか32%。残りの68%は、熱や音、あるいは術者の自己満足といった、全く無意味なものに浪費されているのです。これは、由々しき問題です!」

ドン!とアルトが黒板を叩く。
教室は、完全に凍り付いていた。
誰も、口を開けない。瞬きすら、忘れている。
目の前で繰り広げられているのは、もはや講義ではない。
一人の天才による、常識と伝統の、公開解体ショーだった。

リゼットは、もうとっくに机に突っ伏して、プルプルと小刻みに震えていた。
(お願い、誰か、誰かこの男を止めてぇぇぇ…!)

そして、クラウディア・フォン・ヴァレンシュタインは。

(…………何を、言っているの、この男は)

彼女は、怒りを通り越して、一種の混乱に陥っていた。
数式も、理論も、何一つ理解できない。
だが、その言葉の端々から、耐え難いほどの侮辱を感じていた。

(エネルギー効率…?減衰…?浪費…?)

(違う…!剣は、そんなものじゃない…!)

父が、祖父が、そのまた祖父が、代々受け継いできたヴァレンシュタインの剣。
そこにあるのは、血の滲むような鍛錬の歴史。騎士としての誇り。守るべき者のために、命を懸けるという、崇高な魂の輝き。
それを、この男は、たかが『数字』で、全てを否定した。
魂を『自己満足』だと、断じ切った。

(非論理的だわ…)

クラウディアは、強く、強く拳を握りしめていた。
爪が食い込み、手のひらから血が滲むのも構わずに。

(この男の言っていることこそ、世界で最も非論理的で、冒涜的で、そして…気に食わない…!)

アルト・フォン・レヴィナス。
彼の存在は、私が信じる全てのものを踏みにじる、絶対的な『敵』だ。
クラウディアの碧眼の奥で、静かだが、決して消えることのない蒼い炎が、めらめらと燃え上がった。

講義(という名のアルト独演会)が終わった後。
教室の空気は、まるで大規模な魔法が炸裂した後のように、静まり返っていた。ドルマン教授は、魂が抜けたように真っ白になって、誰かに肩を担がれて退室していった。

「アルトの馬鹿!おバカ!朴念仁!なんであんなこと言うのよ!」
「なぜ怒るんだい、リゼット。僕は、非効率な旧時代の理論を、より現代的で合理的な理論へとアップデートするための提言をしただけだ。これは、科学の発展において極めて健全なプロセスだよ」
「うぐぐぐ……!もう知らない!」

自分の席で、リゼットがぷんすかと怒っている。
アルトは、心底不思議そうに首を傾げている。
そんな、いつも通りの光景に、冷たく響く声が割り込んだ。

「――アルト・フォン・レヴィナス」

声のした方を向くと、そこには、氷の彫像のように美しい少女、クラウディアが立っていた。
その手には、愛剣の柄が固く握りしめられている。

「君か。何か用かな、ヴァレンシュタイン嬢。もしかして、先程の僕の講義に感銘を受け、より詳しいレクチャーを希望するとか?」
「黙りなさい」

ぴしゃり、とアルトの言葉が遮られる。
クラウディアは、まっすぐに彼の目を見据えて、静かに、しかしはっきりと告げた。

「あなたの存在そのものが、騎士の誇りに対する冒涜だわ。その、数字だけを信奉する非論理的な思想…私が、この剣で、全てを叩き潰してあげる」
「ほう?」

アルトの目が、キラリと光る。
その反応は、恐怖でも、怒りでもない。
未知のサンプルを発見した科学者の、純粋な好奇心の色だった。

クラウディアは、高らかに宣言する。

「聞きなさい、アルト・フォン・レヴィナス!今日この瞬間から、あなたは私の『ライバル』よ!私は、あなたという非論理的な存在を論破するため…いいえ、叩き伏せるために、私の全てを懸けるわ!覚悟なさい!」

一方的にライバル宣言。
名門貴族の令嬢が、入学初日の平民(と思われている)生徒に向かって、宣戦布告。
ドラマチックな展開に、教室の隅で事の成り行きを見守っていた生徒たちが、息を呑む。
リゼットは「あわわ…!ど、どうしよう…!」と、本気でオロオロしている。

だが、そんなシリアスな空気を、我らが天才科学者は、いとも容易く粉砕した。

「なるほど、ライバルか!」

アルトは、ポン、と手を打った。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。

「素晴らしい!実に、合理的な提案だ!」
「…は?」

今度は、クラウディアが固まる番だった。
合理…的…?

「つまり、君は僕の提唱した新理論の正しさを、自らの身体をもって証明するための、実践的な共同研究者(パートナー)になってくれる、と。そういうことだろう?」
「…………はぁ?」
「いや、素晴らしい!やはり君は、見どころがあると思っていたんだ!理論(セオリー)を構築する僕と、それを実践(プラクティス)する君。まさに、最高の研究チームじゃないか!科学の発展は、いつだって、こうした健全な競合(ライバル)関係から生まれるものだからね!」

アルトは、心の底から嬉しそうに、クラウディアの手をがしりと両手で握った。

「ありがとう、ヴァレンシュタイン君!これから、よろしく頼むよ、僕の生涯の好敵手(ベスト・ライバル)兼、最高の研究サンプル(パートナー)!」

「…………え…?え…?」

クラウディアは、自分の人生で、これほどまでに会話が噛み合わない生物に出会ったことがなかった。
怒り、プライド、敵愾心…あらゆる感情を込めて叩きつけた宣戦布告が、なぜか『共同研究のお誘い、ありがとう!』に変換されている。
彼女の頭脳が、この超展開についていけず、完全にショートしていた。

その横で、全てを見ていたリゼットは。

(だめだこりゃ…)

天を仰ぎ、深すぎるため息をつくのだった。
こうして、氷の令嬢の誇り高き決意は、スーパー鈍感主人公の超解釈によって、世にも奇妙な『勘違いライバル関係』として、ここに爆誕したのである。
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