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第4章 王都の学院と氷のプライド
学園に潜む、黒い影
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アルトが講義室で常識を粉砕し、クラウディアから一方的に「勘違いライバル宣言」を叩きつけられてから、数週間が過ぎた。
王立騎士団養成学院における、天才プロデューサーと二人のヒロインの日常は、ある種の奇妙な安定期を迎えていた。
例えば、昼休みのカフェテラス。
「アルト、だーめ!お昼はちゃんと固形物を食べないと!栄養バランスが偏るって、いつも言ってるでしょ!」
「む。だがリゼット、この栄養補助バーは一日に必要なビタミン、ミネラル、その他微量元素を完璧なバランスで配合した、いわば『食べる数式』だ。これを摂取するのが最も合理的かつ効率的な選択だと僕は思うのだが」
「そういう問題じゃないの!食事は、心も満たすものなのよ!」
アルトが研究室から持参した怪しげな棒状の食品を、リゼットがぷりぷり怒りながら取り上げようとしている。それは、もはや見慣れた光景だった。
そして、その光景に、新たな定番が加わった。
「…何をしているの、アルト・フォン・レヴィナス」
氷のように冷たい、しかしどこか耳に心地よい声。
声の主は、もちろんこの人。銀髪を風に揺らし、腕を組んで仁王立ちする、氷の令嬢クラウディア・フォン・ヴァレンシュタインだ。
「やあ、ヴァレンシュタイン君。見ての通り、食事における合理性と精神的充足のどちらを優先すべきかという、哲学的な命題について、リゼットと健全な議論を交わしていたところだよ」
「議論じゃなくて、私が一方的に叱ってるだけでしょ!」
リゼットがツッコミを入れるが、クラウディアは意にも介さず、アルトの手にある栄養バーを侮蔑するように一瞥した。
「そんなもので、騎士の肉体が維持できるとでも?噴飯ものね。真の騎士たるもの、食事もまた鍛錬の一環。栄養価の高い肉、消化の良い野菜、そしてエネルギーに変換されやすい穀物。それらをバランス良く摂取してこそ、最高のパフォーマンスが発揮できるのよ」
「ほう、興味深い。君のその食事理論には、何か科学的なエビデンスがあるのかね?」
アルトとクラウディアが、食事をテーマに超高度な(そして絶望的に噛み合わない)論戦を始めようとした、その時。リゼットは、バスケットから取り出した特製サンドイッチを、ぐいっとアルトの口に押し込んだ。
「はい、ぐだぐだ言ってないで食べる!クラウディアさんも、よかったらどうぞ!たくさん作ってきたの!」
「なっ…!わ、私は別に、あなたなんかの施しを…!」
顔を赤らめてそっぽを向くクラウディア。
世話焼き幼馴染と、素直になれないライバル令嬢。そして、その間でマイペースにサンドイッチの構造分析を始めるスーパー鈍感主人公。
傍から見れば、それはどこにでもある、少しだけ騒がしくて、平和な学園の昼下がり。
誰もが、そんな穏やかな日常が、これからもずっと続いていくのだと信じていた。
水面下で、得体の知れない黒い影が、静かに、しかし確実にこの学び舎を蝕み始めていることなど、知る由もなかった。
異変の兆候は、ささやかな噂話として現れ始めた。
「ねえ、聞いた?三年の先輩、また一人倒れたらしいわよ」
「本当!?今月に入って、もう三人目じゃない…」
「みんな、揃いも揃って、魔力が空っぽの状態で発見されるんですって。まるで、根こそぎ吸い取られたみたいに…」
カフェテラスの片隅で、上級生たちがひそひそと交わす会話。
その不穏な響きに、リゼットの耳がピクリと反応した。
(魔力が、空っぽに…?)
胸騒ぎがする。
それは、あのスタンピードが起こる前の、平和な村に漂い始めた、かすかな不安の匂いによく似ていた。
「どうしたんだい、リゼット?君の心拍数がわずかに上昇したのを検知した。何か懸念事項でも?」
「う、ううん、なんでもない!それよりアルト、まだ口の周りにパンくずがついてるわよ!」
アルトの注意を逸らすように、リゼットは慌てて彼の口元を指で拭う。
その、あまりにも自然なスキンシップに、それを見ていたクラウディアの眉が、ぴくりと吊り上がったのを、今のリゼットは気づいていない。
だが、アルトは聞いていた。
そして、彼の天才的な頭脳は、その噂話を単なるゴシップとして処理しなかった。
(魔力の枯渇。しかも、連続して発生。外部からの強制的な魔力吸引か、あるいは内部的な制御不全による暴走か。どちらにせよ、これは極めて興味深い、未知の現象だ…)
彼の瞳の奥で、科学者の探究心のランプが、静かに点灯した。
その数日後。
『噂』は、もはや無視できない『事件』となって、彼らの目の前に突きつけられた。
放課後の実技訓練場。
アルトたちが基礎的な剣の訓練を終え、汗を拭っていると、少し離れた場所から「きゃあっ!」という短い悲鳴が上がった。
見ると、一人の男子生徒が、まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちるところだった。
その顔は、アルトたちも知っている。同じクラスの、少し気弱だが真面目な性格の生徒だった。
「どうしたんだ!」「おい、しっかりしろ!」
周囲の生徒たちが駆け寄るが、彼はぐったりとして意識がない。顔色は土気色で、唇は紫色に変色している。
すぐに教官が駆けつけ、彼の容態を確認すると、その表情を強張らせた。
「…ダメだ、意識がない!医務室へ運べ!そして、彼の魔力レベルを至急測定しろ!」
ざわめきが、訓練場全体に伝染していく。
リゼットは、目の前の光景に、さっと顔を青くした。
「アルト…まさか、あの噂って…」
「…間違いないだろうな」
アルトの表情から、いつもの穏やかさが消えていた。彼は、倒れた生徒がいた場所の地面を、鋭い観察眼で舐めるように見つめている。
「彼が倒れる直前、何か変わったことはなかったか?」
「いいえ、特には…。いつも通り、基礎訓練をしていただけのはずよ」
いつの間にか隣に来ていたクラウディアが、厳しい表情で答える。彼女もまた、この異常事態をただ事ではないと察していた。騎士を目指す者として、仲間が目の前で倒れたのだ。その誇りが、看過することを許さない。
「これは、学院の秩序を乱す、許されざる行為。私が必ず、原因を突き止めてみせるわ」
そう言って、教官たちの方へ向かおうとするクラウディア。
その腕を、アルトが静かにつかんで制止した。
「待て、ヴァレンシュタイン君。下手に動くな」
「なっ…!離しなさい!これは私の…」
「君のプライドの問題じゃない。これは、僕たちの理解が及ばない、未知の脅威によるものだ。下手に首を突っ込めば、君も同じことになる」
アルトの声は、どこまでも冷静だった。だが、その瞳には、初めて見る種類の、冷たい光が宿っていた。それは、科学者が、自らの研究を妨害する『ノイズ』に対して向ける、排除の光だ。
彼は、懐から手のひらサイズの機械を取り出した。いくつものレンズとセンサーが取り付けられた、この世界にあるはずのない、オーバーテクノロジーの塊。『広域環境スキャナー試作品12号』である。
「アルト、それ…!」
「静かに、リゼット。今、この空間に残された、あらゆるエネルギーの痕跡(スペクトル)を分析している」
アルトが機械を操作すると、そのレンズが微かな駆動音を立てて周囲をスキャンし始める。
リゼットとクラウディアが固唾を飲んで見守る中、やがて、アルトの口から驚愕の分析結果が告げられた。
「…なんだ、これは…」
アルトの眉が、わずかにひそめられる。
「魔力だけじゃない。生命活動を維持するための根源的な生体エネルギー…『オーラ』とでも呼ぶべきものまで、ごっそりと抜き取られている。しかも、その手口は驚くほどに精緻で、周辺環境へのエネルギー漏出(ロス)がほぼゼロだ。まるで、超精密な医療用レーザーで、細胞だけを摘出するような…」
それは、この世界の魔法や呪術のセオリーからは、完全に逸脱した現象だった。
荒々しい力で奪うのではない。対象に寸分のダメージも与えず、ただ、命の源だけを、音もなく、痕跡もなく、完璧に『収穫』していく。
「そんな馬鹿なことが…」
「これが、事実だ。そして、もう一つ。現場には、極めて微弱だが、僕のデータベースにない、全く未知のエネルギー粒子が残留している。これは…」
アルトは、スキャナーのモニターに表示された、禍々しい幾何学模様のエネルギー波形を睨みつけた。
「…悪意そのものを、物理的なエネルギーに変換したかのような、冒涜的な波形だ…」
その時だった。
夕暮れの鐘が、学院に物悲しく鳴り響く。
ふと、アルトが視線を上げた先。遠くに見える、学院で最も高い時計塔の屋根。
そこに、一瞬、黒い人影が見えた気がした。
夕日に溶けるかのように、その影はゆらりと揺らめくと、次の瞬間には、跡形もなく消え去っていた。
見間違いだったのだろうか。
いや。
アルトのスキャナーが、その影が消えた方向から、先程と同じ、微弱なエネルギー反応を捉えていた。
平和な学園生活の裏側で、静かに動き出した、黒い意志。
生徒たちが次々と倒れる、謎の昏睡事件。
そして、アルトだけが観測した、冒涜的なエネルギー。
「どうしたの、アルト?難しい顔しちゃって…」
不安げに、リゼットがアルトの袖を引く。
「…なんでもない。少し、興味深い研究テーマが見つかっただけだよ」
アルトは、そう言って穏やかに微笑んだ。
だが、その笑みは、リゼットやクラウディアを安心させるためのもの。
彼の頭脳は、既に、この事件の背後に潜む、巨大な『何か』の存在を、明確に捉え始めていた。
それは、この世界の常識では測れない、科学と魔法を超えた、新たな脅威。
後に、彼らが銀河の運命を懸けて戦うことになる、悪の組織。
その名を、『虚構の楽園(アルカディア・フォールス)』 。
勘違いとすれ違いのラブコメディが繰り広げられていた華やかな舞台の幕が、今、静かに下ろされる。
そして、その下から現れるのは、命を懸けた戦いの、暗く、冷たいステージだった。
王立騎士団養成学院における、天才プロデューサーと二人のヒロインの日常は、ある種の奇妙な安定期を迎えていた。
例えば、昼休みのカフェテラス。
「アルト、だーめ!お昼はちゃんと固形物を食べないと!栄養バランスが偏るって、いつも言ってるでしょ!」
「む。だがリゼット、この栄養補助バーは一日に必要なビタミン、ミネラル、その他微量元素を完璧なバランスで配合した、いわば『食べる数式』だ。これを摂取するのが最も合理的かつ効率的な選択だと僕は思うのだが」
「そういう問題じゃないの!食事は、心も満たすものなのよ!」
アルトが研究室から持参した怪しげな棒状の食品を、リゼットがぷりぷり怒りながら取り上げようとしている。それは、もはや見慣れた光景だった。
そして、その光景に、新たな定番が加わった。
「…何をしているの、アルト・フォン・レヴィナス」
氷のように冷たい、しかしどこか耳に心地よい声。
声の主は、もちろんこの人。銀髪を風に揺らし、腕を組んで仁王立ちする、氷の令嬢クラウディア・フォン・ヴァレンシュタインだ。
「やあ、ヴァレンシュタイン君。見ての通り、食事における合理性と精神的充足のどちらを優先すべきかという、哲学的な命題について、リゼットと健全な議論を交わしていたところだよ」
「議論じゃなくて、私が一方的に叱ってるだけでしょ!」
リゼットがツッコミを入れるが、クラウディアは意にも介さず、アルトの手にある栄養バーを侮蔑するように一瞥した。
「そんなもので、騎士の肉体が維持できるとでも?噴飯ものね。真の騎士たるもの、食事もまた鍛錬の一環。栄養価の高い肉、消化の良い野菜、そしてエネルギーに変換されやすい穀物。それらをバランス良く摂取してこそ、最高のパフォーマンスが発揮できるのよ」
「ほう、興味深い。君のその食事理論には、何か科学的なエビデンスがあるのかね?」
アルトとクラウディアが、食事をテーマに超高度な(そして絶望的に噛み合わない)論戦を始めようとした、その時。リゼットは、バスケットから取り出した特製サンドイッチを、ぐいっとアルトの口に押し込んだ。
「はい、ぐだぐだ言ってないで食べる!クラウディアさんも、よかったらどうぞ!たくさん作ってきたの!」
「なっ…!わ、私は別に、あなたなんかの施しを…!」
顔を赤らめてそっぽを向くクラウディア。
世話焼き幼馴染と、素直になれないライバル令嬢。そして、その間でマイペースにサンドイッチの構造分析を始めるスーパー鈍感主人公。
傍から見れば、それはどこにでもある、少しだけ騒がしくて、平和な学園の昼下がり。
誰もが、そんな穏やかな日常が、これからもずっと続いていくのだと信じていた。
水面下で、得体の知れない黒い影が、静かに、しかし確実にこの学び舎を蝕み始めていることなど、知る由もなかった。
異変の兆候は、ささやかな噂話として現れ始めた。
「ねえ、聞いた?三年の先輩、また一人倒れたらしいわよ」
「本当!?今月に入って、もう三人目じゃない…」
「みんな、揃いも揃って、魔力が空っぽの状態で発見されるんですって。まるで、根こそぎ吸い取られたみたいに…」
カフェテラスの片隅で、上級生たちがひそひそと交わす会話。
その不穏な響きに、リゼットの耳がピクリと反応した。
(魔力が、空っぽに…?)
胸騒ぎがする。
それは、あのスタンピードが起こる前の、平和な村に漂い始めた、かすかな不安の匂いによく似ていた。
「どうしたんだい、リゼット?君の心拍数がわずかに上昇したのを検知した。何か懸念事項でも?」
「う、ううん、なんでもない!それよりアルト、まだ口の周りにパンくずがついてるわよ!」
アルトの注意を逸らすように、リゼットは慌てて彼の口元を指で拭う。
その、あまりにも自然なスキンシップに、それを見ていたクラウディアの眉が、ぴくりと吊り上がったのを、今のリゼットは気づいていない。
だが、アルトは聞いていた。
そして、彼の天才的な頭脳は、その噂話を単なるゴシップとして処理しなかった。
(魔力の枯渇。しかも、連続して発生。外部からの強制的な魔力吸引か、あるいは内部的な制御不全による暴走か。どちらにせよ、これは極めて興味深い、未知の現象だ…)
彼の瞳の奥で、科学者の探究心のランプが、静かに点灯した。
その数日後。
『噂』は、もはや無視できない『事件』となって、彼らの目の前に突きつけられた。
放課後の実技訓練場。
アルトたちが基礎的な剣の訓練を終え、汗を拭っていると、少し離れた場所から「きゃあっ!」という短い悲鳴が上がった。
見ると、一人の男子生徒が、まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちるところだった。
その顔は、アルトたちも知っている。同じクラスの、少し気弱だが真面目な性格の生徒だった。
「どうしたんだ!」「おい、しっかりしろ!」
周囲の生徒たちが駆け寄るが、彼はぐったりとして意識がない。顔色は土気色で、唇は紫色に変色している。
すぐに教官が駆けつけ、彼の容態を確認すると、その表情を強張らせた。
「…ダメだ、意識がない!医務室へ運べ!そして、彼の魔力レベルを至急測定しろ!」
ざわめきが、訓練場全体に伝染していく。
リゼットは、目の前の光景に、さっと顔を青くした。
「アルト…まさか、あの噂って…」
「…間違いないだろうな」
アルトの表情から、いつもの穏やかさが消えていた。彼は、倒れた生徒がいた場所の地面を、鋭い観察眼で舐めるように見つめている。
「彼が倒れる直前、何か変わったことはなかったか?」
「いいえ、特には…。いつも通り、基礎訓練をしていただけのはずよ」
いつの間にか隣に来ていたクラウディアが、厳しい表情で答える。彼女もまた、この異常事態をただ事ではないと察していた。騎士を目指す者として、仲間が目の前で倒れたのだ。その誇りが、看過することを許さない。
「これは、学院の秩序を乱す、許されざる行為。私が必ず、原因を突き止めてみせるわ」
そう言って、教官たちの方へ向かおうとするクラウディア。
その腕を、アルトが静かにつかんで制止した。
「待て、ヴァレンシュタイン君。下手に動くな」
「なっ…!離しなさい!これは私の…」
「君のプライドの問題じゃない。これは、僕たちの理解が及ばない、未知の脅威によるものだ。下手に首を突っ込めば、君も同じことになる」
アルトの声は、どこまでも冷静だった。だが、その瞳には、初めて見る種類の、冷たい光が宿っていた。それは、科学者が、自らの研究を妨害する『ノイズ』に対して向ける、排除の光だ。
彼は、懐から手のひらサイズの機械を取り出した。いくつものレンズとセンサーが取り付けられた、この世界にあるはずのない、オーバーテクノロジーの塊。『広域環境スキャナー試作品12号』である。
「アルト、それ…!」
「静かに、リゼット。今、この空間に残された、あらゆるエネルギーの痕跡(スペクトル)を分析している」
アルトが機械を操作すると、そのレンズが微かな駆動音を立てて周囲をスキャンし始める。
リゼットとクラウディアが固唾を飲んで見守る中、やがて、アルトの口から驚愕の分析結果が告げられた。
「…なんだ、これは…」
アルトの眉が、わずかにひそめられる。
「魔力だけじゃない。生命活動を維持するための根源的な生体エネルギー…『オーラ』とでも呼ぶべきものまで、ごっそりと抜き取られている。しかも、その手口は驚くほどに精緻で、周辺環境へのエネルギー漏出(ロス)がほぼゼロだ。まるで、超精密な医療用レーザーで、細胞だけを摘出するような…」
それは、この世界の魔法や呪術のセオリーからは、完全に逸脱した現象だった。
荒々しい力で奪うのではない。対象に寸分のダメージも与えず、ただ、命の源だけを、音もなく、痕跡もなく、完璧に『収穫』していく。
「そんな馬鹿なことが…」
「これが、事実だ。そして、もう一つ。現場には、極めて微弱だが、僕のデータベースにない、全く未知のエネルギー粒子が残留している。これは…」
アルトは、スキャナーのモニターに表示された、禍々しい幾何学模様のエネルギー波形を睨みつけた。
「…悪意そのものを、物理的なエネルギーに変換したかのような、冒涜的な波形だ…」
その時だった。
夕暮れの鐘が、学院に物悲しく鳴り響く。
ふと、アルトが視線を上げた先。遠くに見える、学院で最も高い時計塔の屋根。
そこに、一瞬、黒い人影が見えた気がした。
夕日に溶けるかのように、その影はゆらりと揺らめくと、次の瞬間には、跡形もなく消え去っていた。
見間違いだったのだろうか。
いや。
アルトのスキャナーが、その影が消えた方向から、先程と同じ、微弱なエネルギー反応を捉えていた。
平和な学園生活の裏側で、静かに動き出した、黒い意志。
生徒たちが次々と倒れる、謎の昏睡事件。
そして、アルトだけが観測した、冒涜的なエネルギー。
「どうしたの、アルト?難しい顔しちゃって…」
不安げに、リゼットがアルトの袖を引く。
「…なんでもない。少し、興味深い研究テーマが見つかっただけだよ」
アルトは、そう言って穏やかに微笑んだ。
だが、その笑みは、リゼットやクラウディアを安心させるためのもの。
彼の頭脳は、既に、この事件の背後に潜む、巨大な『何か』の存在を、明確に捉え始めていた。
それは、この世界の常識では測れない、科学と魔法を超えた、新たな脅威。
後に、彼らが銀河の運命を懸けて戦うことになる、悪の組織。
その名を、『虚構の楽園(アルカディア・フォールス)』 。
勘違いとすれ違いのラブコメディが繰り広げられていた華やかな舞台の幕が、今、静かに下ろされる。
そして、その下から現れるのは、命を懸けた戦いの、暗く、冷たいステージだった。
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