42 / 74
第10章 湯けむりは恋の香り!電撃お姉さんは征服がお好き!?
変神エレク・ハート! 恋する乙女は雷と共に!
しおりを挟む
『王都 湯楽城』が誇る、最高級の特別室。
その広大な和室の一角で、悪の組織「どきどき☆世界征服同盟」の若き天才魔術師にして妖艶なる女幹部、ルージュ・ブリッツは、一人、悶絶していた。
「~~~~~っ!」
ふかふかの布団の上に突っ伏し、じたばたと足をばたつかせる。その姿は、世界征服を目論む悪の幹部というよりは、初恋の熱に浮かされた、ただの少女のそれだった。
彼女の脳内スクリーンには、数時間前の出来事が、エンドレスでリピート再生されていた。
湯けむりの中での、運命の出会い。
苔むした岩に足を滑らせ、彼の胸に倒れ込んでしまった、あの瞬間。
(か、硬かった…!男の人の胸って、あんなに硬いのね…!でも、温かくて…)
そして、滝壺に落ちそうになった自分を、ワイヤー一本で救い出してくれた、彼の雄姿。
『全く、危ないじゃないか。気をつけるんだ』
(思い出補正、発動。当社比、実に5割増しである)
脳内で再生される彼の声は、実際よりも数倍低く、甘く、そして、どこまでも優しく響き渡る。逆光と湯けむりに照らされた彼の横顔は、もはや神話の英雄ヒーローのそれと寸分違わぬ輝きを放っていた。
「あ、アルト…さん…」
ぽつりと、彼の名を呟くだけで、心臓が、きゅぅうん、と甘く締め付けられる。顔に、カッと熱が集まり、茹でダコのように真っ赤になるのが自分でもわかった。
(な、なんなのよ、もう!アタシとしたことが、こんな…!たかが一度会っただけの男に、こんなに心を乱されるなんて…!)
彼女は、枕に顔をうずめ、再び足をばたつかせる。
これが、『恋』。
魔導書をいくら読み込んでも、世界征服の計画をいくら練り上げても、決して知ることのできなかった、甘く、苦しく、そして、どうしようもなく心を焦がす、未知の感情。
十八年間、恋に恋してきた少女は、今、本物の恋の雷に、その身も心も、完全に撃ち抜かれてしまっていた。
その結果、彼女は、極めて重要な任務を、すっかり、きれいさっぱり、忘却の彼方へと追いやってしまっていた。
そう、今回の作戦のために、こっそりと連れてきていた、配下の魔獣たちの存在を。
◇
その夜。
『王都 湯楽城』の静寂は、突如として、獣の咆哮によって切り裂かれた。
「グルルルルルオオオオオオッッ!」
「ギャアアアアッス!!」
温泉施設の裏手にある、従業員用の食料庫。そこに待機させられていた、数十体の魔獣たちが、痺れを切らして暴れ出したのだ。
主であるルージュからの指示が、一向にない。腹は減った。目の前には、美味そうな食材の匂いが満ちている。
もはや、彼らの、獣としての本能を抑えるものは、何もなかった。
食料庫の扉を、内側から破壊し、溢れ出す魔獣の群れ。
その異様な光景に、最初に気づいたのは、夜風にあたりに、散歩に出ていた宿泊客だった。
「ひっ…!ま、魔物だぁぁぁっ!」
「きゃあああああっ!」
悲鳴が、連鎖する。
平和だったはずの癒やしの空間は、一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
美しく手入れされた庭園は踏み荒らされ、自慢の露天風呂には、オークが泥のついた巨体を沈めていた。
「お客様!お逃げください!」
「騎士団に連絡を!」
従業員たちの必死の誘導も、パニックに陥った人々の前では、ほとんど意味をなさない。
その、地獄絵図と化した光景を、大部屋のバルコニーから見下ろしていた、五つの影があった。
「…アルト!」
リゼットが、僕の名を呼ぶ。その声には、もはや遊びの色はない。戦士の顔をしている。
僕は、静かに頷いた。
「ああ。どうやら、僕たちの休日は、ここまでのようだな」
僕の言葉を合図に、四人の少女たちの瞳に、ヒーローとしての、決意の光が灯る。
「リゼット、クラウディアさんは、正面から突入!宿泊客の避難誘導と、敵主力の迎撃を!」
「「応っ!」」
「エミリアさんは、後方から負傷者の治療を!一人も見捨てるな!」
「はいです…!」
「菖蒲君は、僕と共に、敵の発生源と、指揮官の索敵を頼む!この騒ぎ、ただの魔獣の暴走とは思えない!」
「御意!」
僕の、プロデューサーとしての的確な指示が飛ぶ。
もはや、阿吽の呼吸だった。
四人は、それぞれの得物を手に、闇夜へと、その身を躍らせた。
「「変神っ!――プリズム・チェンジッ!!」」
紅蓮の炎と、絶対零度の氷が、夜の闇を切り裂く。
セーラー・フレアとナイト・ブリザードが、魔獣の群れのど真ん中に、舞い降りた。
「もう!せっかくの温泉旅行を、台無しにするんじゃないわよ!」
「ええ、全くですわ。私の、完璧な休日のスケジュールを狂わせた罪、その身で償ってもらいます」
炎の拳がオークを殴り飛ばし、氷の剣がゴブリンの群れを薙ぎ払う。
その、あまりにも鮮やかで、美しい戦いぶりに、逃げ惑っていた人々は、足を止め、息を呑んだ。
「あ…あれは…!」
「プリズム・ナイツだ!」
絶望の中に差し込んだ、二色の希望の光。
その光景を、少し離れた場所から、呆然と見つめている者がいた。
ルージュ・ブリッツ、その人である。
(あの子たち…昼間、スパにいた…!)
そして、彼女たちの、あの決め台詞。
(プリズム・ナイツ…!まさか、新聞に載っていた、あの子たちが…!)
彼女が驚愕に目を見開いていると、数体の魔獣が、彼女の存在に気づき、涎を垂らしながら、その牙を剥いてきた。
その魔獣たちは、紛れもなく、彼女自身が連れてきた、配下の兵士たちだった。
だが、暴走した今、もはや主従の関係など、彼らの頭にはない。
「…こ、このバカども…!」
ルージュの顔が、怒りに歪む。
それは、裏切られたことへの怒りではない。
「アタシの別荘(予定)を、メチャクチャにするんじゃないわよっ!」
そう。彼女にとって、この『王都 湯楽城』は、アルトとの運命の出会いを果たした、聖地。いずれ、必ずや征服し、自らの愛の巣(別荘)にする、と心に決めていた場所なのだ。
それを、自分の配下の失態で、これ以上、傷つけられてたまるものか。
「目障りよ!紫電の鞭ライトニング・ウィップ!」
ルージュの指先から、紫色の雷が、鞭のように迸る。
それは、並の騎士団の魔術師では、到底及びもつかない、高位の雷撃魔法だった。
雷の鞭は、生き物のようにしなり、三体の魔獣を、一瞬にして黒焦げの炭へと変えてしまった。
「ふん、アタシを誰だと思ってるのよ。これでも、悪の組織の、幹部なんだから」
彼女は、髪をかき上げ、不敵に笑う。
だが、その強がりは、長くは続かなかった。
次から次へと、際限なく湧いてくる魔獣たち。多勢に無勢。
徐々に、彼女の魔力は消耗し、その美しい額には、玉の汗が浮かび始めていた。
そして、ついに、その時が来る。
他の魔獣とは、明らかに格の違う、巨大な影が、彼女の前に立ちはだかった。
全身が、黒曜石のような硬い装甲で覆われた、三メートルはあろうかという、巨大なゴーレム。
その両腕は、城壁すらも砕くという、巨大な鉄球と化していた。
「しまっ…!」
ルージュが放った雷撃は、その黒い装甲に、弾丸のように弾き返される。
ゴーレムは、感情のない赤い単眼モノアイをぎらつかせ、その巨大な鉄球を、無慈悲に振り上げた。
(ま、まずい…!魔力が…もう…!)
絶体絶命。
恋に恋する乙女の、人生初の本当の恋は、こんなところで、あっけなく終わってしまうのか。
彼女が、ぎゅっと目を閉じた、その時。
風を切る音と共に、一つの影が、彼女の前に、舞い降りた。
月光を背に受け、その黒髪を、夜風に揺らす、少年の姿。
「アルト…!」
思わず、彼の名を呼ぶ。
なぜ、彼がここに。
僕アルトは、菖蒲君と共に、敵の指揮官を探していた。だが、これほどの騒ぎの中心に、ひときわ巨大な魔力反応。見過ごすわけにはいかなかったのだ。
「君には、ヒーローの素質がある!」
僕は、彼女の、絶望に屈しない、その強い瞳を見て、確信していた。
この少女は、なれる。僕の、新たなヒロインに。
僕は、懐から、この日のために開発しておいた、汎用型のプリズム・チャームを、彼女に投げ渡した。
ひやりとした金属の感触が、彼女の手に伝わる。
「心の底から叫ぶんだ!君の魂を!」
僕の、いつもの、ヒーロープロデューサーとしての、熱い言葉。
だが、その言葉は、恋する乙女のフィルターを通して、全く違う意味合いを持って、彼女の心に、突き刺さった。
(アタシの…魂…!)
それは、世界征服の野望なんかじゃない。
悪の組織の幹部としての、プライドでもない。
ただ、一つ。
目の前にいる、この男を、手に入れたい。
彼の隣に立ちたい。彼に、認められたい。
その、燃えるような、純粋な想い!
「―――変神っ!プリズム・チェンジッ!!」
彼女の、魂の叫びが、夜空に響き渡った。
刹那、世界が、紫の閃光に染まる。
彼女の腕にはめられたプリズム・チャームから、凄まじいまでの雷のエネルギーが迸り、そのダイナマイトボディを、優しく、しかし、激しく包み込んでいく。
深紅の湯着が光の粒子へと分解され、代わりに編み上げられていくのは、彼女の豊満な曲線を、これ以上ないほどに強調する、紫電の戦闘服。
胸元は、大胆に開かれ、腰からは、雷をまとった黒いフリルが、スカートのようにはためく。
その瞳には、恋する乙女の情熱と、全てを焼き尽くす、雷姫の威厳が宿っていた。
やがて光が収まり、変身を終えた少女が、紫色の雷を孔雀の羽のように広げながら、静かに大地に降り立つ。
「―――恋に焦がれる雷姫!エレク・ハート!」
凛とした声で、彼女は自らの名を高らかに告げた。
その、あまりにもセクシーで、あまりにもパワフルな、新たなヒーローの誕生に、僕のプロデューサー魂は、歓喜に打ち震えていた。
「な…なんだ、あの女は…!?」
「す、すごい魔力だ…!」
遠くで戦っていた、リゼットとクラウディアも、その光景に息を呑む。
巨大なゴーレムが、目の前の、小さな、しかし、強大なオーラを放つ少女に、本能的な恐怖を感じ、後ずさる。
だが、エレク・ハート――ルージュは、それを見逃さない。
「あんたみたいな、鉄くずのせいで、あ…アルトとの、甘い時間を邪魔されたのよ…!」
彼女は、天に、そのしなやかな腕を掲げた。
夜空を覆っていた雲が、渦を巻き、その中心に、凄まじいまでの紫電が集束していく。
「覚悟しなさい!アタシの、愛の、いかづちを!」
その瞳には、嫉妬の炎が、メラメラと燃え上がっている。
(そう、この一撃は、アルトとの時間を邪魔した、このゴーレムへの怒り。そして、遠くで見ている、あの赤と青の小娘たちへの、牽制でもあるのだ!)
「必殺!――ラヴァーズ・ボルトッ!!」
天から、巨大な、紫色の雷の槍が、召喚された。
それは、もはや魔法というよりも、天変地異。
神の怒りそのものだった。
雷の槍は、ゴーレムの、黒曜石の装甲を、まるで紙細工のように貫き、その巨体を、内側から、木っ端微塵に爆散させた。
後に残されたのは、地面に穿たれた、巨大なクレーターと、紫の雷を、その身に静かに揺らめかせる、一人の、恋する乙女の姿だけだった。
戦いは、終わった。
だが、本当の戦いは、ここから、始まろうとしていた。
その広大な和室の一角で、悪の組織「どきどき☆世界征服同盟」の若き天才魔術師にして妖艶なる女幹部、ルージュ・ブリッツは、一人、悶絶していた。
「~~~~~っ!」
ふかふかの布団の上に突っ伏し、じたばたと足をばたつかせる。その姿は、世界征服を目論む悪の幹部というよりは、初恋の熱に浮かされた、ただの少女のそれだった。
彼女の脳内スクリーンには、数時間前の出来事が、エンドレスでリピート再生されていた。
湯けむりの中での、運命の出会い。
苔むした岩に足を滑らせ、彼の胸に倒れ込んでしまった、あの瞬間。
(か、硬かった…!男の人の胸って、あんなに硬いのね…!でも、温かくて…)
そして、滝壺に落ちそうになった自分を、ワイヤー一本で救い出してくれた、彼の雄姿。
『全く、危ないじゃないか。気をつけるんだ』
(思い出補正、発動。当社比、実に5割増しである)
脳内で再生される彼の声は、実際よりも数倍低く、甘く、そして、どこまでも優しく響き渡る。逆光と湯けむりに照らされた彼の横顔は、もはや神話の英雄ヒーローのそれと寸分違わぬ輝きを放っていた。
「あ、アルト…さん…」
ぽつりと、彼の名を呟くだけで、心臓が、きゅぅうん、と甘く締め付けられる。顔に、カッと熱が集まり、茹でダコのように真っ赤になるのが自分でもわかった。
(な、なんなのよ、もう!アタシとしたことが、こんな…!たかが一度会っただけの男に、こんなに心を乱されるなんて…!)
彼女は、枕に顔をうずめ、再び足をばたつかせる。
これが、『恋』。
魔導書をいくら読み込んでも、世界征服の計画をいくら練り上げても、決して知ることのできなかった、甘く、苦しく、そして、どうしようもなく心を焦がす、未知の感情。
十八年間、恋に恋してきた少女は、今、本物の恋の雷に、その身も心も、完全に撃ち抜かれてしまっていた。
その結果、彼女は、極めて重要な任務を、すっかり、きれいさっぱり、忘却の彼方へと追いやってしまっていた。
そう、今回の作戦のために、こっそりと連れてきていた、配下の魔獣たちの存在を。
◇
その夜。
『王都 湯楽城』の静寂は、突如として、獣の咆哮によって切り裂かれた。
「グルルルルルオオオオオオッッ!」
「ギャアアアアッス!!」
温泉施設の裏手にある、従業員用の食料庫。そこに待機させられていた、数十体の魔獣たちが、痺れを切らして暴れ出したのだ。
主であるルージュからの指示が、一向にない。腹は減った。目の前には、美味そうな食材の匂いが満ちている。
もはや、彼らの、獣としての本能を抑えるものは、何もなかった。
食料庫の扉を、内側から破壊し、溢れ出す魔獣の群れ。
その異様な光景に、最初に気づいたのは、夜風にあたりに、散歩に出ていた宿泊客だった。
「ひっ…!ま、魔物だぁぁぁっ!」
「きゃあああああっ!」
悲鳴が、連鎖する。
平和だったはずの癒やしの空間は、一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
美しく手入れされた庭園は踏み荒らされ、自慢の露天風呂には、オークが泥のついた巨体を沈めていた。
「お客様!お逃げください!」
「騎士団に連絡を!」
従業員たちの必死の誘導も、パニックに陥った人々の前では、ほとんど意味をなさない。
その、地獄絵図と化した光景を、大部屋のバルコニーから見下ろしていた、五つの影があった。
「…アルト!」
リゼットが、僕の名を呼ぶ。その声には、もはや遊びの色はない。戦士の顔をしている。
僕は、静かに頷いた。
「ああ。どうやら、僕たちの休日は、ここまでのようだな」
僕の言葉を合図に、四人の少女たちの瞳に、ヒーローとしての、決意の光が灯る。
「リゼット、クラウディアさんは、正面から突入!宿泊客の避難誘導と、敵主力の迎撃を!」
「「応っ!」」
「エミリアさんは、後方から負傷者の治療を!一人も見捨てるな!」
「はいです…!」
「菖蒲君は、僕と共に、敵の発生源と、指揮官の索敵を頼む!この騒ぎ、ただの魔獣の暴走とは思えない!」
「御意!」
僕の、プロデューサーとしての的確な指示が飛ぶ。
もはや、阿吽の呼吸だった。
四人は、それぞれの得物を手に、闇夜へと、その身を躍らせた。
「「変神っ!――プリズム・チェンジッ!!」」
紅蓮の炎と、絶対零度の氷が、夜の闇を切り裂く。
セーラー・フレアとナイト・ブリザードが、魔獣の群れのど真ん中に、舞い降りた。
「もう!せっかくの温泉旅行を、台無しにするんじゃないわよ!」
「ええ、全くですわ。私の、完璧な休日のスケジュールを狂わせた罪、その身で償ってもらいます」
炎の拳がオークを殴り飛ばし、氷の剣がゴブリンの群れを薙ぎ払う。
その、あまりにも鮮やかで、美しい戦いぶりに、逃げ惑っていた人々は、足を止め、息を呑んだ。
「あ…あれは…!」
「プリズム・ナイツだ!」
絶望の中に差し込んだ、二色の希望の光。
その光景を、少し離れた場所から、呆然と見つめている者がいた。
ルージュ・ブリッツ、その人である。
(あの子たち…昼間、スパにいた…!)
そして、彼女たちの、あの決め台詞。
(プリズム・ナイツ…!まさか、新聞に載っていた、あの子たちが…!)
彼女が驚愕に目を見開いていると、数体の魔獣が、彼女の存在に気づき、涎を垂らしながら、その牙を剥いてきた。
その魔獣たちは、紛れもなく、彼女自身が連れてきた、配下の兵士たちだった。
だが、暴走した今、もはや主従の関係など、彼らの頭にはない。
「…こ、このバカども…!」
ルージュの顔が、怒りに歪む。
それは、裏切られたことへの怒りではない。
「アタシの別荘(予定)を、メチャクチャにするんじゃないわよっ!」
そう。彼女にとって、この『王都 湯楽城』は、アルトとの運命の出会いを果たした、聖地。いずれ、必ずや征服し、自らの愛の巣(別荘)にする、と心に決めていた場所なのだ。
それを、自分の配下の失態で、これ以上、傷つけられてたまるものか。
「目障りよ!紫電の鞭ライトニング・ウィップ!」
ルージュの指先から、紫色の雷が、鞭のように迸る。
それは、並の騎士団の魔術師では、到底及びもつかない、高位の雷撃魔法だった。
雷の鞭は、生き物のようにしなり、三体の魔獣を、一瞬にして黒焦げの炭へと変えてしまった。
「ふん、アタシを誰だと思ってるのよ。これでも、悪の組織の、幹部なんだから」
彼女は、髪をかき上げ、不敵に笑う。
だが、その強がりは、長くは続かなかった。
次から次へと、際限なく湧いてくる魔獣たち。多勢に無勢。
徐々に、彼女の魔力は消耗し、その美しい額には、玉の汗が浮かび始めていた。
そして、ついに、その時が来る。
他の魔獣とは、明らかに格の違う、巨大な影が、彼女の前に立ちはだかった。
全身が、黒曜石のような硬い装甲で覆われた、三メートルはあろうかという、巨大なゴーレム。
その両腕は、城壁すらも砕くという、巨大な鉄球と化していた。
「しまっ…!」
ルージュが放った雷撃は、その黒い装甲に、弾丸のように弾き返される。
ゴーレムは、感情のない赤い単眼モノアイをぎらつかせ、その巨大な鉄球を、無慈悲に振り上げた。
(ま、まずい…!魔力が…もう…!)
絶体絶命。
恋に恋する乙女の、人生初の本当の恋は、こんなところで、あっけなく終わってしまうのか。
彼女が、ぎゅっと目を閉じた、その時。
風を切る音と共に、一つの影が、彼女の前に、舞い降りた。
月光を背に受け、その黒髪を、夜風に揺らす、少年の姿。
「アルト…!」
思わず、彼の名を呼ぶ。
なぜ、彼がここに。
僕アルトは、菖蒲君と共に、敵の指揮官を探していた。だが、これほどの騒ぎの中心に、ひときわ巨大な魔力反応。見過ごすわけにはいかなかったのだ。
「君には、ヒーローの素質がある!」
僕は、彼女の、絶望に屈しない、その強い瞳を見て、確信していた。
この少女は、なれる。僕の、新たなヒロインに。
僕は、懐から、この日のために開発しておいた、汎用型のプリズム・チャームを、彼女に投げ渡した。
ひやりとした金属の感触が、彼女の手に伝わる。
「心の底から叫ぶんだ!君の魂を!」
僕の、いつもの、ヒーロープロデューサーとしての、熱い言葉。
だが、その言葉は、恋する乙女のフィルターを通して、全く違う意味合いを持って、彼女の心に、突き刺さった。
(アタシの…魂…!)
それは、世界征服の野望なんかじゃない。
悪の組織の幹部としての、プライドでもない。
ただ、一つ。
目の前にいる、この男を、手に入れたい。
彼の隣に立ちたい。彼に、認められたい。
その、燃えるような、純粋な想い!
「―――変神っ!プリズム・チェンジッ!!」
彼女の、魂の叫びが、夜空に響き渡った。
刹那、世界が、紫の閃光に染まる。
彼女の腕にはめられたプリズム・チャームから、凄まじいまでの雷のエネルギーが迸り、そのダイナマイトボディを、優しく、しかし、激しく包み込んでいく。
深紅の湯着が光の粒子へと分解され、代わりに編み上げられていくのは、彼女の豊満な曲線を、これ以上ないほどに強調する、紫電の戦闘服。
胸元は、大胆に開かれ、腰からは、雷をまとった黒いフリルが、スカートのようにはためく。
その瞳には、恋する乙女の情熱と、全てを焼き尽くす、雷姫の威厳が宿っていた。
やがて光が収まり、変身を終えた少女が、紫色の雷を孔雀の羽のように広げながら、静かに大地に降り立つ。
「―――恋に焦がれる雷姫!エレク・ハート!」
凛とした声で、彼女は自らの名を高らかに告げた。
その、あまりにもセクシーで、あまりにもパワフルな、新たなヒーローの誕生に、僕のプロデューサー魂は、歓喜に打ち震えていた。
「な…なんだ、あの女は…!?」
「す、すごい魔力だ…!」
遠くで戦っていた、リゼットとクラウディアも、その光景に息を呑む。
巨大なゴーレムが、目の前の、小さな、しかし、強大なオーラを放つ少女に、本能的な恐怖を感じ、後ずさる。
だが、エレク・ハート――ルージュは、それを見逃さない。
「あんたみたいな、鉄くずのせいで、あ…アルトとの、甘い時間を邪魔されたのよ…!」
彼女は、天に、そのしなやかな腕を掲げた。
夜空を覆っていた雲が、渦を巻き、その中心に、凄まじいまでの紫電が集束していく。
「覚悟しなさい!アタシの、愛の、いかづちを!」
その瞳には、嫉妬の炎が、メラメラと燃え上がっている。
(そう、この一撃は、アルトとの時間を邪魔した、このゴーレムへの怒り。そして、遠くで見ている、あの赤と青の小娘たちへの、牽制でもあるのだ!)
「必殺!――ラヴァーズ・ボルトッ!!」
天から、巨大な、紫色の雷の槍が、召喚された。
それは、もはや魔法というよりも、天変地異。
神の怒りそのものだった。
雷の槍は、ゴーレムの、黒曜石の装甲を、まるで紙細工のように貫き、その巨体を、内側から、木っ端微塵に爆散させた。
後に残されたのは、地面に穿たれた、巨大なクレーターと、紫の雷を、その身に静かに揺らめかせる、一人の、恋する乙女の姿だけだった。
戦いは、終わった。
だが、本当の戦いは、ここから、始まろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。
死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった!
呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜
最上 虎々
ファンタジー
ソドムの少年から平安武士、さらに日本兵から二十一世紀の男子高校生へ。
一つ一つの人生は短かった。
しかし幸か不幸か、今まで自分がどんな人生を歩んできたのかは覚えている。
だからこそ今度こそは長生きして、生きている実感と、生きる希望を持ちたい。
そんな想いを胸に、青年は五度目の命にして今までの四回とは別の世界に転生した。
早死にの男が、今まで死んできた世界とは違う場所で、今度こそ生き方を見つける物語。
本作は、「小説家になろう」、「カクヨム」、にも投稿しております。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
追放された【才能鑑定】スキル持ちの俺、Sランクの原石たちをプロデュースして最強へ
黒崎隼人
ファンタジー
人事コンサルタントの相馬司が転生した異世界で得たのは、人の才能を見抜く【才能鑑定】スキル。しかし自身の戦闘能力はゼロ!
「魔力もない無能」と貴族主義の宮廷魔術師団から追放されてしまう。
だが、それは新たな伝説の始まりだった!
「俺は、ダイヤの原石を磨き上げるプロデューサーになる!」
前世の知識を武器に、司は酒場で燻る剣士、森に引きこもるエルフなど、才能を秘めた「ワケあり」な逸材たちを発掘。彼らの才能を的確に見抜き、最高の育成プランで最強パーティーへと育て上げる!
「あいつは本物だ!」「司さんについていけば間違いない!」
仲間からの絶対的な信頼を背に、司がプロデュースしたパーティーは瞬く間に成り上がっていく。
一方、司を追放した宮廷魔術師たちは才能の壁にぶつかり、没落の一途を辿っていた。そして王国を揺るがす戦乱の時、彼らは思い知ることになる。自分たちが切り捨てた男が、歴史に名を刻む本物の英雄だったということを!
無能と蔑まれた男が、知略と育成術で世界を変える! 爽快・育成ファンタジー、堂々開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる