侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十五章 嘆きの神殿と、神に挑む者たち

鏡張りの回廊と、過去の幻影

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《嘆きの神殿》に足を踏み入れた瞬間、俺たちは息を呑んだ。
外観の禍々しさとは裏腹に、内部は、壁も床も天井も、すべてが光を吸収する黒水晶でできた、静謐な鏡張りの回廊だった。

だが、そこに映るのは俺たちの現在の姿ではない。
まるで魂の奥底を覗き込むように、それぞれの心の奥底に眠る、“最も辛い過去”の幻影だった。

「これは……!」

俺の目に映ったのは、前世、病院の無機質なベッドの上で、誰に看取られることもなく孤独に息を引き取った、五十歳の俺自身の姿だった。
痩せこけ、覇気のない目で天井を見つめるだけの、疲れ果てた男。
……そうだ、これが俺の“終わり”だったはずだ。

「……イッセイ様……?」

隣にいたセリアの声にはっと我に返る。
見れば、彼女もまた、鏡に映る自分の姿に釘付けになっていた。
だが、そこにいるのは屈強な護衛騎士ではなく、魔物の前に怯え、涙を流すだけの、か弱い少女の姿だった。

一人、また一人と、仲間たちが自らの鏡に囚われていく。
サーシャの隣には、ヒノモトの戦火で守れなかった仲間たちの血に濡れた幻が。
リリィの前には、貧しさの中で小さなパンを分け合い、明日をも知れぬ不安に震える幼い頃の家族の姿が、亡霊のように揺らめいていた。

「な、なによこれ……! 人の心を勝手に……!」

ルーナが吐き捨てるように言うが、その声も震えている。
彼女の鏡には、感情を押し殺し、作り笑いを浮かべて夜会をこなす、人形のような令嬢時代の自分が映っていた。

その、あまりにも残酷な光景に俺たちが言葉を失っていると、どこからともなく、オリオンの冷徹な声が響き渡った。

「――来たか。我が神殿へ」

声はすれども姿は見えず、その言葉だけが絶対的な法則のように、俺たちの鼓膜ではなく魂を直接震わせた。

「ここが最初の試練。神具《赦しの聖杯》は、自らの“嘆き”を乗り越えた者にしか、その姿を現さぬ。お前たちの心が過去の哀しみに囚われるなら、お前たちは永遠にこの神殿の嘆きの一部となる。さあ、見せてみろ。お前たちの“想い”とやらが、どれほどのものかを」

その言葉が引き金だった。
鏡の中にいたはずの幻影が、じわりと滲み出すようにして、俺たちの目の前に実体化したのだ。
そして、俺たちの心に直接語りかけてきた。

『……お前は、逃げたんだよな』

俺の目の前に立つ、前世の俺が、嘲るように言った。

『孤独で、退屈で、何の意味も見出せない人生から、都合のいいファンタジーの世界へ。ここの仲間も、ハーレムも、全部お前のためのご都合主義だ。お前は、彼女たちを利用して、自分の孤独を埋めているだけじゃないのか?』

「……っ、違う!」

『違わないさ。お前は、私たちを捨てたんだ』

『姫様……わたくしたちが、飢えと病で苦しんでいた時、貴女はどこにおられましたか?』

クラリスの前には、やつれた民の幻影が、怨嗟の瞳で彼女を取り囲む。

『貴女の祈りは、我々の腹を満たしてはくれなかった……!』

「そ、それは……わたくしは、無力で……!」

クラリスの瞳から、血の気が引いていく。

『姉上……なぜ、我らを見捨てたのですか』

サーシャの前には、血に濡れた兄の幻影が、哀しげに問いかける。

『貴女だけが生き残った。我らの命を礎にして……。その剣は、我らの死体の上に成り立っていることを、忘れたとは言わさせぬぞ』

「……やめろ……やめてくれ……!」

サーシャは刀の柄を握りしめ、わなわなと震えていた。

『リリィ……お前だけが、成功して……よかったな……』

リリィの前では、幼い頃の両親が、やつれた笑顔で手を振っていた。

『私たちは、もうお腹いっぱいだ。だから、お前は……私たちのことなど忘れて、美味しいものを、たくさんお食べ……』

「いや……いやよ! そんなことない! あたしが、あたしがもっと早く成功していれば……!」

リリィは、その場に崩れ落ち、嗚咽を漏らした。

それは、魂を蝕む呪いの言葉だった。
一人ひとりの最も柔らかな部分を、的確に、そして無慈悲に抉り出す、悪魔の囁き。
彼女たちは次々と膝をつき、自らの罪悪感と無力感に飲み込まれそうになっていた。

(くそっ……! これが、神の試練……!)

俺もまた、前世の自分からの問いかけに、心が軋むのを感じていた。
そうだ、俺は逃げたのかもしれない。
孤独な結末から目を背け、この世界で都合のいい夢を見ているだけなのかもしれない。

だが。

俺は、膝をついた仲間たちを見た。
涙を流し、苦悶に顔を歪ませながらも、彼女たちはまだ、諦めてはいなかった。俺の方を、か細い視線で、それでも確かに見つめている。

(……そうだ。夢でも、現実でも、どっちでもいい)

俺は、歯を食いしばって立ち上がった。

(こいつらが、俺の隣にいる。俺を信じてくれている。その事実だけが、俺の真実だ!)

俺は《精霊剣リアナ》を抜き放った。
剣が、俺の決意に応えるように、温かい光を放つ。その光は、幻影たちが放つ負のオーラを、わずかに押し返した。

「黙れ、亡霊ども!」

俺は、魂の底から叫んだ。

「お前たちは、ただの“もしも”だ! 俺たちが選ばなかった、過去の可能性だ! だがな、俺たちはもう、選んだんだ! 後悔も、涙も、全部抱えて、それでも前に進むって決めたんだよ!」

俺は、俺自身の幻影を、剣先で指し示した。

「ああ、俺は逃げたのかもしれない! 孤独な人生から目を背けたのかもしれない! だがな、そのおかげで俺は知ったんだ! 誰かと笑い合うことが、誰かのために戦うことが、どれだけ尊いものなのかをな! 俺は、お前が辿り着けなかった“幸せ”を、今、この手で掴もうとしてるんだ! 邪魔するな!」

俺の叫びは、呪いの言葉が渦巻く回廊に、一筋の光を差した。
ヒロインたちが、はっとしたように顔を上げる。その涙に濡れた瞳に、再び闘志の光が灯り始めていた。

神々の最初の試練。それは、俺たちの心を折るためのものではなかった。
自らの過去と向き合い、それでも未来を選ぶ覚悟があるのかを問うための、あまりにも過酷な“儀式”だったのだ。
俺たちは、その儀式の壇上で、今、確かに反撃の狼煙を上げた。
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