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第十六章 歓喜の城塞と、偽りの楽園
プロローグ 黄金色の道、甘美なる誘惑
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《嘆きの神殿》を後にしてから、俺たちの旅路は一変した。
大地を覆っていた哀しみの霧は完全に晴れ、代わりに、まるで世界中が俺たちを祝福するかのような、温かい黄金色の光が旅路を導いていた。
道端に生える木々には、ルビーやサファイアのように輝く果実がたわわに実り、近くを流れる川は、陽光を浴びてとろりとした蜂蜜のように輝き、甘い香りを放っている。
「うわぁ……! なんだか、全部がお菓子みたいだウサ!」
最初に歓声を上げたのは、やはりフィーナだった。彼女は道端に咲く花の蜜をぺろりと舐めると、目をキラキラさせて飛び跳ねた。
「甘い! ほんとに蜂蜜の味がするウサ! イッセイくん、これ、ぷるぷるスパの新メニューにできないかな!?」
「にゃーん、こっちの果物、かじったらリンゴ飴の味がしたにゃ! 天国だにゃ、ここは!」
ミュリルもまた、木の枝から果実をもぎ取っては、幸せそうに頬張っている。
その無邪気な姿に、俺たちの間にも自然と笑みがこぼれた。
《嘆きの神殿》で張り詰めていた心が、少しずつ解きほぐされていくのを感じる。
だが、全員が手放しで喜んでいたわけではない。
「……しかし、あまりにも出来すぎている。まるで、我らを歓迎しているかのようだ」
サーシャは、決して果実に手を伸ばすことなく、警戒を解かずに呟く。その目は、この楽園のような光景の裏に潜む何かを、見極めようとしていた。
「ええ。この甘い香り……人の思考を、少しずつ鈍らせていくようですわ」
クラリスもまた、扇で口元を隠しながら、冷静に周囲を分析する。
「楽観は禁物よ。オリオンが用意した試練の地だもの。こんな分かりやすいご褒美、裏があるに決まってるわ」
ルーナの言葉はいつも通り軽やかだったが、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
その通りだった。この楽園のような光景は、あまりにも人工的で、どこか不気味ですらあった。
「精霊たちが……笑っています」
シャルロッテが、目を閉じて風の声に耳を澄ませていた。
「でも、それは喜びの歌ではありません。
ただ、誘うような……何もかもを忘れさせるような、空虚な笑い声です」
シャルロッテの言葉に、俺は気を引き締める。そうだ、これは試練の真っ最中なのだ。
この甘美な世界は、俺たちの警戒心を奪い、骨抜きにするための罠に違いない。
(……だが、だとしても、だ)
仲間たちの、特にフィーナとミュリルの心からの笑顔を見ていると、このひとときの平穏を、もう少しだけ味わわせてやりたいと思ってしまう俺がいた。
やがて、そんな俺たちの目の前に、目的の城塞が現れた。白亜と黄金で築かれた、天を突くかのような壮麗な城塞。城門からは、途切れることなく楽しげな音楽と、大勢の人々の幸福な笑い声が響いてくる。
「……《歓喜の城塞》……」
俺が呟くと、どこからともなくオリオンの声が心に響いた。
『ここがお前たちへの褒美だ。嘆きを乗り越えた魂に、神々が与える束の間の安らぎ。
望むがいい、お前たちが最も欲する“喜び”を。
そして、その甘美なる牢獄に、永遠に囚われるがいい』
その言葉を最後に、城門から溢れ出た黄金色の光が、俺たちの身体を包み込んだ。
それは、抗いがたいほどの幸福感だった。
戦いの記憶も、使命の重圧も、全てがどうでもよくなっていく。
ただ、温かく、満たされた感覚だけが、俺たちの意識をゆっくりと、深く、甘い眠りへと誘っていった。
(……まずい……これは……罠だと、分かって……いるのに……)
薄れゆく意識の中、俺は仲間たちの顔を見た。
誰もが、心の底から幸せそうな、とろけるような笑顔を浮かべていた。その顔を見ていたら、まあ、いいか、と。
そんな気持ちになってしまったのだ。
これが、神々の仕掛けた、最も抗いがたい罠だということも知らずに……。
大地を覆っていた哀しみの霧は完全に晴れ、代わりに、まるで世界中が俺たちを祝福するかのような、温かい黄金色の光が旅路を導いていた。
道端に生える木々には、ルビーやサファイアのように輝く果実がたわわに実り、近くを流れる川は、陽光を浴びてとろりとした蜂蜜のように輝き、甘い香りを放っている。
「うわぁ……! なんだか、全部がお菓子みたいだウサ!」
最初に歓声を上げたのは、やはりフィーナだった。彼女は道端に咲く花の蜜をぺろりと舐めると、目をキラキラさせて飛び跳ねた。
「甘い! ほんとに蜂蜜の味がするウサ! イッセイくん、これ、ぷるぷるスパの新メニューにできないかな!?」
「にゃーん、こっちの果物、かじったらリンゴ飴の味がしたにゃ! 天国だにゃ、ここは!」
ミュリルもまた、木の枝から果実をもぎ取っては、幸せそうに頬張っている。
その無邪気な姿に、俺たちの間にも自然と笑みがこぼれた。
《嘆きの神殿》で張り詰めていた心が、少しずつ解きほぐされていくのを感じる。
だが、全員が手放しで喜んでいたわけではない。
「……しかし、あまりにも出来すぎている。まるで、我らを歓迎しているかのようだ」
サーシャは、決して果実に手を伸ばすことなく、警戒を解かずに呟く。その目は、この楽園のような光景の裏に潜む何かを、見極めようとしていた。
「ええ。この甘い香り……人の思考を、少しずつ鈍らせていくようですわ」
クラリスもまた、扇で口元を隠しながら、冷静に周囲を分析する。
「楽観は禁物よ。オリオンが用意した試練の地だもの。こんな分かりやすいご褒美、裏があるに決まってるわ」
ルーナの言葉はいつも通り軽やかだったが、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
その通りだった。この楽園のような光景は、あまりにも人工的で、どこか不気味ですらあった。
「精霊たちが……笑っています」
シャルロッテが、目を閉じて風の声に耳を澄ませていた。
「でも、それは喜びの歌ではありません。
ただ、誘うような……何もかもを忘れさせるような、空虚な笑い声です」
シャルロッテの言葉に、俺は気を引き締める。そうだ、これは試練の真っ最中なのだ。
この甘美な世界は、俺たちの警戒心を奪い、骨抜きにするための罠に違いない。
(……だが、だとしても、だ)
仲間たちの、特にフィーナとミュリルの心からの笑顔を見ていると、このひとときの平穏を、もう少しだけ味わわせてやりたいと思ってしまう俺がいた。
やがて、そんな俺たちの目の前に、目的の城塞が現れた。白亜と黄金で築かれた、天を突くかのような壮麗な城塞。城門からは、途切れることなく楽しげな音楽と、大勢の人々の幸福な笑い声が響いてくる。
「……《歓喜の城塞》……」
俺が呟くと、どこからともなくオリオンの声が心に響いた。
『ここがお前たちへの褒美だ。嘆きを乗り越えた魂に、神々が与える束の間の安らぎ。
望むがいい、お前たちが最も欲する“喜び”を。
そして、その甘美なる牢獄に、永遠に囚われるがいい』
その言葉を最後に、城門から溢れ出た黄金色の光が、俺たちの身体を包み込んだ。
それは、抗いがたいほどの幸福感だった。
戦いの記憶も、使命の重圧も、全てがどうでもよくなっていく。
ただ、温かく、満たされた感覚だけが、俺たちの意識をゆっくりと、深く、甘い眠りへと誘っていった。
(……まずい……これは……罠だと、分かって……いるのに……)
薄れゆく意識の中、俺は仲間たちの顔を見た。
誰もが、心の底から幸せそうな、とろけるような笑顔を浮かべていた。その顔を見ていたら、まあ、いいか、と。
そんな気持ちになってしまったのだ。
これが、神々の仕掛けた、最も抗いがたい罠だということも知らずに……。
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