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第七章 王都の休日
クラリス編「王族の書庫と公務の狭間で」
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王都の朝はいつもより穏やかで、クラリスの心もそれに呼応するように静かだった。
だが胸の奥には、確かな波が揺れていた。
王宮の奥深く――ふだんは許可のある者しか入れない、王立書庫の扉が音もなく開かれる。
「……久しぶりだわ、この匂い」
クラリスは深く息を吸い込んだ。
そこには紙と革、そして静謐さが織りなす、知識の殿堂の気配があった。
長い書架が整然と並び、書記官たちが小声でやり取りを交わしている。
「クラリス様。お帰りなさいませ」
微笑みながら近づいてきたのは、書庫の管理官にして彼女の従兄、アルヴェルトだった。
銀縁の眼鏡をかけた彼は、昔から学問一筋の生真面目な人物である。
「久しいわね、アル。……王都に戻ったのは、少しだけ」
「ええ。王女殿下がこのように気まぐれにお越しになるのは、本当に稀なことですから」
「気まぐれ、とは失礼ね」
微笑みを交わしながら、二人は書庫の奥へと歩いていく。
そこには、かつてクラリスが幼い頃に通った小部屋――静かに本と向き合える、秘密の書斎があった。
「……でも、少しだけ思い出していたの。この部屋で、初めて歴史書に触れた日のこと」
「あなたは十歳の頃、封呪魔術の古文書を持ち出して、周囲を一時凍結させたことがあったね」
「うっ……それは忘れてって言ったでしょ」
アルヴェルトはくすくすと笑ったが、すぐに真顔へと戻る。
「で、どうしてここへ?」
「……仮面の男が言った“魔王”という言葉が気になって。何か手掛かりがあるかもしれないと思って」
クラリスは机の上に置かれていた『歴代封印記録書』に指を走らせた。
アルヴェルトも同じように視線を落とし、黙ってページを繰る。
やがて、彼女の手が止まった。
「……あった。“千年前の魔王、アーヴァ=ヴェステイル。聖女レアナ・リュミエールにより封印されし者”。……これが、仮面の男が示唆していた存在……?」
「確証はない。だが、千年周期……この周期性は興味深い。次の復活は、理論上……」
「――今世代」
クラリスは本を閉じ、しばし目を閉じて考えた。
イッセイたちと旅する中で得た経験、守った命、そして、何も守れなかった後悔。
王族としての責務と、旅で得た自由。
その間で揺れていた心に、ひとつの答えが差し込んだ。
「アル。私、このまま旅を続けるわ」
「……殿下」
「王族だからこそ、外の世界を知り、繋がり、希望を広げることができる。知の力が人を導くのなら、私は導き手でありたい」
アルヴェルトはしばらく黙っていたが、やがて微笑んだ。
「クラリス様は昔から、自分の意志を貫く方だった。……ああ、それに、知識の使い方を誤らない心も、お持ちだ」
「ありがとう。……また、戻ってくるわ。その時は、もっと役に立つ本を揃えておいて」
「了解です、姫殿下」
二人は微笑みを交わす。
王立書庫を後にするクラリスの瞳には、迷いはなかった。
王族であることを背負いながらも、旅を続ける。
王女クラリス・アル=フェルドの、もう一つの物語が静かに始まりつつあった。
だが胸の奥には、確かな波が揺れていた。
王宮の奥深く――ふだんは許可のある者しか入れない、王立書庫の扉が音もなく開かれる。
「……久しぶりだわ、この匂い」
クラリスは深く息を吸い込んだ。
そこには紙と革、そして静謐さが織りなす、知識の殿堂の気配があった。
長い書架が整然と並び、書記官たちが小声でやり取りを交わしている。
「クラリス様。お帰りなさいませ」
微笑みながら近づいてきたのは、書庫の管理官にして彼女の従兄、アルヴェルトだった。
銀縁の眼鏡をかけた彼は、昔から学問一筋の生真面目な人物である。
「久しいわね、アル。……王都に戻ったのは、少しだけ」
「ええ。王女殿下がこのように気まぐれにお越しになるのは、本当に稀なことですから」
「気まぐれ、とは失礼ね」
微笑みを交わしながら、二人は書庫の奥へと歩いていく。
そこには、かつてクラリスが幼い頃に通った小部屋――静かに本と向き合える、秘密の書斎があった。
「……でも、少しだけ思い出していたの。この部屋で、初めて歴史書に触れた日のこと」
「あなたは十歳の頃、封呪魔術の古文書を持ち出して、周囲を一時凍結させたことがあったね」
「うっ……それは忘れてって言ったでしょ」
アルヴェルトはくすくすと笑ったが、すぐに真顔へと戻る。
「で、どうしてここへ?」
「……仮面の男が言った“魔王”という言葉が気になって。何か手掛かりがあるかもしれないと思って」
クラリスは机の上に置かれていた『歴代封印記録書』に指を走らせた。
アルヴェルトも同じように視線を落とし、黙ってページを繰る。
やがて、彼女の手が止まった。
「……あった。“千年前の魔王、アーヴァ=ヴェステイル。聖女レアナ・リュミエールにより封印されし者”。……これが、仮面の男が示唆していた存在……?」
「確証はない。だが、千年周期……この周期性は興味深い。次の復活は、理論上……」
「――今世代」
クラリスは本を閉じ、しばし目を閉じて考えた。
イッセイたちと旅する中で得た経験、守った命、そして、何も守れなかった後悔。
王族としての責務と、旅で得た自由。
その間で揺れていた心に、ひとつの答えが差し込んだ。
「アル。私、このまま旅を続けるわ」
「……殿下」
「王族だからこそ、外の世界を知り、繋がり、希望を広げることができる。知の力が人を導くのなら、私は導き手でありたい」
アルヴェルトはしばらく黙っていたが、やがて微笑んだ。
「クラリス様は昔から、自分の意志を貫く方だった。……ああ、それに、知識の使い方を誤らない心も、お持ちだ」
「ありがとう。……また、戻ってくるわ。その時は、もっと役に立つ本を揃えておいて」
「了解です、姫殿下」
二人は微笑みを交わす。
王立書庫を後にするクラリスの瞳には、迷いはなかった。
王族であることを背負いながらも、旅を続ける。
王女クラリス・アル=フェルドの、もう一つの物語が静かに始まりつつあった。
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