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第二章:ぷるぷる商会、王都を揺るがす
ヌルっと混浴!? 湯けむりの向こうに芽生える恋心
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「ご褒美が……ほしい……ッ!!」
ある晴れた昼下がり、私は工房の机に突っ伏して絶叫した。
連日の魔道具開発。試作品の爆発。ライオネルとフォンの静かなる睨み合い。ノエルの過剰なまでの世話焼き。そして、私の周囲半径1メートル以内に常に陣取ろうとするスリィの地味な圧。
物理的にも精神的にも、私の許容量はすでに限界を突破していた。
「もう無理! 働きたくない! 一度全部忘れて、だらーっとしたい!」
『ティアナ様、それは“現実逃避”という症状です。スライムセラピーが必要かと』
「そのセラピーの素がストレス源の一つなのよ!」
私はバンッと机を叩いて立ち上がった。そして、工房にいる全員の顔を見回して、高らかに宣言する。
「そんなわけで、本日は全員で慰安旅行に行きますッ!! 異論は認めません!」
ライオネルが眉をひそめ、フォンが眼鏡の位置を直し、ノエルがきょとんとし、スリィがぷるんと嬉しそうに跳ねた。
予告なしに始まる突発イベント。それもまた、このぷるぷる工房の日常となりつつあった。
◆ ◆ ◆
私たちが向かったのは、村のはずれにある秘湯「ユラヌの湯」。
森の奥深くにひっそりと湧く、知る人ぞ知る天然温泉だ。岩と木々に囲まれた露天風呂は、まさに秘境と呼ぶにふさわしい。泉質はスライム肌にも優しい(とスリィが言っていた)弱アルカリ性。そして……。
「……あの、ティアナさん。脱衣所が、一つしか……ないッスけど」
ノエルが、震える指で男女兼用の簡素な脱衣小屋を指さした。
そう。この秘湯は、昔ながらの……混浴だった。
「「「聞いてない(ですわ)!!」」」
ライオネルとフォンの声が、珍しく綺麗にハモった。
ライオネル「お、俺は工房に残る……」
フォン「合理的判断とは言えませんね。風邪をひくリスクがリターンを上回る」
ノエル「ぼ、僕はティアナさんのタオル持ち係でありますッ!」
『私はすでに入浴を開始しています。水温、41.2℃。快適です』
「おまえの参戦が一番の問題なんだよ、スリィッ!!」
湯船の真ん中でぷかぷかと浮いているスリィが、のんきに水温報告をしてくる。
しかし、ここまで来て引き返すなんて選択肢はない。私のストレス解消のためには、温泉は絶対に必要なのだ。
「……いいですわ。覚悟を決めましょう」
私は脱衣所で、バスタオルをぎゅっと抱きしめながら呟いた。
(だ、大丈夫。私は元・悪役令嬢ティアナ・ルクレール。社交界のドレスに比べれば、タオル一枚なんて布面積はむしろ広いわ! 羞恥心? そんなもの、婚約破棄の日に王宮に捨ててきたもの!)
そう自分に言い聞かせ、私は意を決して湯けむりの向こうへと足を踏み入れた。
ちゃぷん、と静かな水音が立つ。
その瞬間、それまで思い思いの場所で距離を取っていた男たちの動きが、ピタリと止まった。
濡れたプラチナブロンドの髪が、湯気で上気した白い肌に張り付いている。月明かりと湯の光を受けて、輪郭が淡い桃色に輝いていた。普段の快活な姿とは違う、しっとりとした空気に、誰もが言葉を失う。
ライオネルは、顔を真っ赤にして明後日の方向を向き、
フォンは、眼鏡の奥の瞳を大きく見開き、何かを分析するかのように固まり、
ノエルは、両手で顔を覆いながらも、指の隙間から必死にこちらを見ている。
(……気まずい! 空気が! 視線が! ものすごく気まずい!!)
私は平静を装い、そろりそろりと湯船に身体を沈めた。
「はぁ~……極楽、極楽……」
その時だった。湯船の中で私の身体に寄り添ってきたスリィが、念話を送ってきた。
『ティアナ様。大変申し上げにくいのですが、バスタオルの右肩部分が、緩んでおります』
「え?」
確認しようと視線を下に向けた瞬間、それは起こった。
ずりっ。
私のバスタオルが、その役割を放棄したのだ。
「いやああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
私の絶叫が、静かな森にこだまする。
ドボンッ! という音は、無言で湯の中に沈んでいったライオネル。
パリン! という音は、衝撃で眼鏡にヒビが入ったフォン。
そして、タラ~ッという効果音が聞こえそうなのは、盛大に鼻血を吹いてのぼせ上がったノエルだ。
スリィはといえば、私の周りで泡ぶくを立て、まるで泡風呂のように私を隠してくれている。優しいんだか、原因なんだか、もうわからない。
(……これ、慰安旅行じゃなくて、私の羞恥心と戦う戦場だった……!)
◆ ◆ ◆
ひとしきりの大騒動の後。
湯上がりの火照った身体に、夜風が心地いい。私たちは縁側に腰掛け、近くの牧場から仕入れた「スライム農場印の濃厚牛乳」で乾杯していた。
「……色々あったけど、でも、楽しかったわね」
私がぽつりと呟くと、みんなが静かに頷いた。
いつもは工房でいがみ合ってばかりのライオネルとフォンも、今は並んで牛乳瓶を傾けている。ノエルは私の隣で、幸せそうに目を細めていた。
失ったものばかりだと思っていたけれど、いつの間にか、こんなにも賑やかで、温かい人たち(と一匹)に囲まれていた。悪くない。ううん、むしろ……すごく、いい。
そんな感傷に浸っていた時だった。
誰かが、本当に小さな声で、こう言った気がした。
「……次はぜひ、“二人きり”で来たいな……」
「……だれぇぇぇ!? 今言ったの誰よ!? 全員、正直に手を挙げなさいッ!!」
私の詰問に、男たちはぷいっと顔をそむける。スリィだけが「犯人はこの中にいます」と言いたげにぷるぷるしていた。
そして私は、ふと思う。
(あれ……? 私、これ、完全にハーレムラブコメの主人公みたいなムーブに乗せられてない……?)
その横で、スリィがドヤ顔(※表情はないが念波で伝わってくる)で言った。
『次回、スライム温泉旅館、ついに開業。ティアナ様、若女将へ華麗に転職です』
「転職しないわよッ!!」
こうして、“悪役令嬢とスライムと仲間たちの温泉大騒動”は、ひとまず無事(?)に終了した。
けれど、湯けむりの向こうに芽生えたそれぞれの恋心は、これからもっと熱く、そして面倒なことになるのを、私はまだ知らなかった。
ある晴れた昼下がり、私は工房の机に突っ伏して絶叫した。
連日の魔道具開発。試作品の爆発。ライオネルとフォンの静かなる睨み合い。ノエルの過剰なまでの世話焼き。そして、私の周囲半径1メートル以内に常に陣取ろうとするスリィの地味な圧。
物理的にも精神的にも、私の許容量はすでに限界を突破していた。
「もう無理! 働きたくない! 一度全部忘れて、だらーっとしたい!」
『ティアナ様、それは“現実逃避”という症状です。スライムセラピーが必要かと』
「そのセラピーの素がストレス源の一つなのよ!」
私はバンッと机を叩いて立ち上がった。そして、工房にいる全員の顔を見回して、高らかに宣言する。
「そんなわけで、本日は全員で慰安旅行に行きますッ!! 異論は認めません!」
ライオネルが眉をひそめ、フォンが眼鏡の位置を直し、ノエルがきょとんとし、スリィがぷるんと嬉しそうに跳ねた。
予告なしに始まる突発イベント。それもまた、このぷるぷる工房の日常となりつつあった。
◆ ◆ ◆
私たちが向かったのは、村のはずれにある秘湯「ユラヌの湯」。
森の奥深くにひっそりと湧く、知る人ぞ知る天然温泉だ。岩と木々に囲まれた露天風呂は、まさに秘境と呼ぶにふさわしい。泉質はスライム肌にも優しい(とスリィが言っていた)弱アルカリ性。そして……。
「……あの、ティアナさん。脱衣所が、一つしか……ないッスけど」
ノエルが、震える指で男女兼用の簡素な脱衣小屋を指さした。
そう。この秘湯は、昔ながらの……混浴だった。
「「「聞いてない(ですわ)!!」」」
ライオネルとフォンの声が、珍しく綺麗にハモった。
ライオネル「お、俺は工房に残る……」
フォン「合理的判断とは言えませんね。風邪をひくリスクがリターンを上回る」
ノエル「ぼ、僕はティアナさんのタオル持ち係でありますッ!」
『私はすでに入浴を開始しています。水温、41.2℃。快適です』
「おまえの参戦が一番の問題なんだよ、スリィッ!!」
湯船の真ん中でぷかぷかと浮いているスリィが、のんきに水温報告をしてくる。
しかし、ここまで来て引き返すなんて選択肢はない。私のストレス解消のためには、温泉は絶対に必要なのだ。
「……いいですわ。覚悟を決めましょう」
私は脱衣所で、バスタオルをぎゅっと抱きしめながら呟いた。
(だ、大丈夫。私は元・悪役令嬢ティアナ・ルクレール。社交界のドレスに比べれば、タオル一枚なんて布面積はむしろ広いわ! 羞恥心? そんなもの、婚約破棄の日に王宮に捨ててきたもの!)
そう自分に言い聞かせ、私は意を決して湯けむりの向こうへと足を踏み入れた。
ちゃぷん、と静かな水音が立つ。
その瞬間、それまで思い思いの場所で距離を取っていた男たちの動きが、ピタリと止まった。
濡れたプラチナブロンドの髪が、湯気で上気した白い肌に張り付いている。月明かりと湯の光を受けて、輪郭が淡い桃色に輝いていた。普段の快活な姿とは違う、しっとりとした空気に、誰もが言葉を失う。
ライオネルは、顔を真っ赤にして明後日の方向を向き、
フォンは、眼鏡の奥の瞳を大きく見開き、何かを分析するかのように固まり、
ノエルは、両手で顔を覆いながらも、指の隙間から必死にこちらを見ている。
(……気まずい! 空気が! 視線が! ものすごく気まずい!!)
私は平静を装い、そろりそろりと湯船に身体を沈めた。
「はぁ~……極楽、極楽……」
その時だった。湯船の中で私の身体に寄り添ってきたスリィが、念話を送ってきた。
『ティアナ様。大変申し上げにくいのですが、バスタオルの右肩部分が、緩んでおります』
「え?」
確認しようと視線を下に向けた瞬間、それは起こった。
ずりっ。
私のバスタオルが、その役割を放棄したのだ。
「いやああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
私の絶叫が、静かな森にこだまする。
ドボンッ! という音は、無言で湯の中に沈んでいったライオネル。
パリン! という音は、衝撃で眼鏡にヒビが入ったフォン。
そして、タラ~ッという効果音が聞こえそうなのは、盛大に鼻血を吹いてのぼせ上がったノエルだ。
スリィはといえば、私の周りで泡ぶくを立て、まるで泡風呂のように私を隠してくれている。優しいんだか、原因なんだか、もうわからない。
(……これ、慰安旅行じゃなくて、私の羞恥心と戦う戦場だった……!)
◆ ◆ ◆
ひとしきりの大騒動の後。
湯上がりの火照った身体に、夜風が心地いい。私たちは縁側に腰掛け、近くの牧場から仕入れた「スライム農場印の濃厚牛乳」で乾杯していた。
「……色々あったけど、でも、楽しかったわね」
私がぽつりと呟くと、みんなが静かに頷いた。
いつもは工房でいがみ合ってばかりのライオネルとフォンも、今は並んで牛乳瓶を傾けている。ノエルは私の隣で、幸せそうに目を細めていた。
失ったものばかりだと思っていたけれど、いつの間にか、こんなにも賑やかで、温かい人たち(と一匹)に囲まれていた。悪くない。ううん、むしろ……すごく、いい。
そんな感傷に浸っていた時だった。
誰かが、本当に小さな声で、こう言った気がした。
「……次はぜひ、“二人きり”で来たいな……」
「……だれぇぇぇ!? 今言ったの誰よ!? 全員、正直に手を挙げなさいッ!!」
私の詰問に、男たちはぷいっと顔をそむける。スリィだけが「犯人はこの中にいます」と言いたげにぷるぷるしていた。
そして私は、ふと思う。
(あれ……? 私、これ、完全にハーレムラブコメの主人公みたいなムーブに乗せられてない……?)
その横で、スリィがドヤ顔(※表情はないが念波で伝わってくる)で言った。
『次回、スライム温泉旅館、ついに開業。ティアナ様、若女将へ華麗に転職です』
「転職しないわよッ!!」
こうして、“悪役令嬢とスライムと仲間たちの温泉大騒動”は、ひとまず無事(?)に終了した。
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