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第二部 ぷるぷる王国建国記
女王の覚悟と、三つのプロポーズ
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王都へ出発する前夜。
工房は、嵐の前の静けさに包まれていた。明日には、私は王国の喉元に刃を突きつけに行く。失敗すれば、私たちが築き上げてきた全てが、水の泡となって消えるだろう。
私は自室で、明日の交渉で着るための、一番“戦える”ドレスを選んでいた。それは、かつてのような華美なものではなく、気品と威厳を湛えた、深い紫色のシンプルなドレス。今の私にふさわしい、覚悟の色。
(怖い、なんて思っている暇はないわ)
自分にそう言い聞かせた、その時だった。コンコン、と扉が控えめにノックされた。
「……ライオネル?」
そこに立っていたのは、いつもの作業着ではなく、簡素だが清潔なシャツを着たライオネルだった。その手には、彼が作ったであろう、小さな金属製の髪飾りが握られていた。スライ
ムを模した、愛らしいデザインだ。
「……これ、持っていけ」
「きれい……。私のために?」
「お守りだ。鉄は、古くから魔を払うって言うだろ」
不器用な彼らしい、ぶっきらぼうな口調。だが、その瞳は真剣に私を捉えていた。彼は一歩近づくと、私の手を取り、その硬い指先でそっと髪飾りを私の髪に挿した。
「ティアナ。お前がどんな道を選んだとしても、俺がお前の剣となり、盾になる。だから……必ず、無事に帰ってこい」
それは、彼が紡げる、最大限の愛の言葉だった。私の胸が、じんと熱くなる。
「……ありがとう、ライオネル。あなたの武具は、世界一ですわ」
私がそう微笑むと、彼は顔を真っ赤にして「……ああ」とだけ言い残し、足早に去っていった。
◆
次に私が向かったのは、工房の奥にある事務所だった。そこでは、フォンが膨大な資料を前に、夜遅くまで明日の交渉のための戦略を練ってくれていた。
「フォン、無理はしないで」
「ティアナ様。これは私の仕事であり、……使命ですから」
彼は立ち上がると、一枚の羊皮紙を私に差し出した。それは、王家との交渉が決裂した場合の、経済的対抗策に関する詳細な計画書だった。
「貴女は一人ではありません。貴女のぷるぷるな発想と、私の現実的な戦略。この二つが合わされば、我々は王国すら動かすことができる」
彼は私の肩にそっと手を置いた。その目は、商売人としてではなく、一人の男として、私を見つめていた。
「ですから、どうか私を、貴女の隣に置いていただきたい。新たな経済圏と、新しい国を築くための、公私における最高のパートナーとして。……いえ、これはプロポーズと受け取っていただいて構いません」
論理的で、計算高くて、けれど、どこまでも真摯な彼の言葉。それは、私の頭脳と未来を、誰よりも信じてくれている証だった。
「……心強いですわ、フォン。あなたの知識が、私の何よりの武器になります」
◆
最後に、私は月明かりが差し込むバルコニーで、一人夜風に当たっていた。高ぶる気持ちを、少しだけ冷ましたかった。
すると、背後から小さな声がした。
「……あの、ティアナさん」
「ノエル君。どうしたの?」
そこには、一杯の温かいハーブティーを持ったノエルが、心配そうな顔で立っていた。
「眠れないんじゃないかと思って……。兄上のこと、僕が一番よく分かります。きっと、ティアナさんを言いくるめようと、色々な手を使ってくるはずです」
「ええ、覚悟の上よ」
「でも、ティアナさんなら、きっと大丈夫ッス!」
彼は、ハーブティーをテーブルに置くと、まっすぐに私の目を見て言った。
「ティアナさんが作る国なら、どんな国だって、僕はどこへだってついて行きますッス! だから……だから、僕を、隣に置いてくださいませんか……!」
彼の瞳には、一点の曇りもない、純粋な好意と献身が溢れていた。それは、私の孤独を、優しく溶かしてくれるような、温かい光だった。
「……ありがとう、ノエル君。あなたの優しさが、私の心を支えてくれるわ」
◆
三者三様の、心のこもった言葉。
彼らの想いが、私の覚悟を、より強く、より硬くしていく。
私はもう、一人じゃない。
部屋に戻ると、窓辺でスリィが静かに私を待っていた。
「……みんな、私にプロポーズみたいなことをしてくれたわ」
『ええ。拝聴しておりました。それぞれが、それぞれの形で、貴女を愛しているのですね』
「スリィは……どうなの?」
私が尋ねると、スリィはゆっくりと私の手の中に移動し、その身体を私の指に絡ませた。まるで、指輪のように。
『ティアナ様。貴女がこれから女王になるというのなら、私は、その最初の国民であり、そして、最後の伴侶となりましょう』
それは、人間の恋や愛という言葉では表現できない、絶対的な絆の誓い。
この世界で最初に私を認め、肯定し、ずっと隣にいてくれた、かけがえのない存在。
「……ありがとう、スリィ」
私は、涙がこぼれ落ちそうになるのを、ぐっと堪えた。
もう、迷いはない。
翌朝。
東の空が白み始めた頃、私は工房の前に立っていた。
そこには、ライオネルが、フォンが、ノエルが、そして仲間たちが、私を見送るために集まってくれていた。
私の顔に、もう怯えや不安の色はなかった。
あるのは、愛する者たちと、自分たちの未来を守り抜くという、女王としての覚悟だけ。
「行ってまいります」
短く告げると、私は王都へと向かう馬車に乗り込んだ。
悪役令嬢と呼ばれた少女の、最後の戦いが、今、始まる。
工房は、嵐の前の静けさに包まれていた。明日には、私は王国の喉元に刃を突きつけに行く。失敗すれば、私たちが築き上げてきた全てが、水の泡となって消えるだろう。
私は自室で、明日の交渉で着るための、一番“戦える”ドレスを選んでいた。それは、かつてのような華美なものではなく、気品と威厳を湛えた、深い紫色のシンプルなドレス。今の私にふさわしい、覚悟の色。
(怖い、なんて思っている暇はないわ)
自分にそう言い聞かせた、その時だった。コンコン、と扉が控えめにノックされた。
「……ライオネル?」
そこに立っていたのは、いつもの作業着ではなく、簡素だが清潔なシャツを着たライオネルだった。その手には、彼が作ったであろう、小さな金属製の髪飾りが握られていた。スライ
ムを模した、愛らしいデザインだ。
「……これ、持っていけ」
「きれい……。私のために?」
「お守りだ。鉄は、古くから魔を払うって言うだろ」
不器用な彼らしい、ぶっきらぼうな口調。だが、その瞳は真剣に私を捉えていた。彼は一歩近づくと、私の手を取り、その硬い指先でそっと髪飾りを私の髪に挿した。
「ティアナ。お前がどんな道を選んだとしても、俺がお前の剣となり、盾になる。だから……必ず、無事に帰ってこい」
それは、彼が紡げる、最大限の愛の言葉だった。私の胸が、じんと熱くなる。
「……ありがとう、ライオネル。あなたの武具は、世界一ですわ」
私がそう微笑むと、彼は顔を真っ赤にして「……ああ」とだけ言い残し、足早に去っていった。
◆
次に私が向かったのは、工房の奥にある事務所だった。そこでは、フォンが膨大な資料を前に、夜遅くまで明日の交渉のための戦略を練ってくれていた。
「フォン、無理はしないで」
「ティアナ様。これは私の仕事であり、……使命ですから」
彼は立ち上がると、一枚の羊皮紙を私に差し出した。それは、王家との交渉が決裂した場合の、経済的対抗策に関する詳細な計画書だった。
「貴女は一人ではありません。貴女のぷるぷるな発想と、私の現実的な戦略。この二つが合わされば、我々は王国すら動かすことができる」
彼は私の肩にそっと手を置いた。その目は、商売人としてではなく、一人の男として、私を見つめていた。
「ですから、どうか私を、貴女の隣に置いていただきたい。新たな経済圏と、新しい国を築くための、公私における最高のパートナーとして。……いえ、これはプロポーズと受け取っていただいて構いません」
論理的で、計算高くて、けれど、どこまでも真摯な彼の言葉。それは、私の頭脳と未来を、誰よりも信じてくれている証だった。
「……心強いですわ、フォン。あなたの知識が、私の何よりの武器になります」
◆
最後に、私は月明かりが差し込むバルコニーで、一人夜風に当たっていた。高ぶる気持ちを、少しだけ冷ましたかった。
すると、背後から小さな声がした。
「……あの、ティアナさん」
「ノエル君。どうしたの?」
そこには、一杯の温かいハーブティーを持ったノエルが、心配そうな顔で立っていた。
「眠れないんじゃないかと思って……。兄上のこと、僕が一番よく分かります。きっと、ティアナさんを言いくるめようと、色々な手を使ってくるはずです」
「ええ、覚悟の上よ」
「でも、ティアナさんなら、きっと大丈夫ッス!」
彼は、ハーブティーをテーブルに置くと、まっすぐに私の目を見て言った。
「ティアナさんが作る国なら、どんな国だって、僕はどこへだってついて行きますッス! だから……だから、僕を、隣に置いてくださいませんか……!」
彼の瞳には、一点の曇りもない、純粋な好意と献身が溢れていた。それは、私の孤独を、優しく溶かしてくれるような、温かい光だった。
「……ありがとう、ノエル君。あなたの優しさが、私の心を支えてくれるわ」
◆
三者三様の、心のこもった言葉。
彼らの想いが、私の覚悟を、より強く、より硬くしていく。
私はもう、一人じゃない。
部屋に戻ると、窓辺でスリィが静かに私を待っていた。
「……みんな、私にプロポーズみたいなことをしてくれたわ」
『ええ。拝聴しておりました。それぞれが、それぞれの形で、貴女を愛しているのですね』
「スリィは……どうなの?」
私が尋ねると、スリィはゆっくりと私の手の中に移動し、その身体を私の指に絡ませた。まるで、指輪のように。
『ティアナ様。貴女がこれから女王になるというのなら、私は、その最初の国民であり、そして、最後の伴侶となりましょう』
それは、人間の恋や愛という言葉では表現できない、絶対的な絆の誓い。
この世界で最初に私を認め、肯定し、ずっと隣にいてくれた、かけがえのない存在。
「……ありがとう、スリィ」
私は、涙がこぼれ落ちそうになるのを、ぐっと堪えた。
もう、迷いはない。
翌朝。
東の空が白み始めた頃、私は工房の前に立っていた。
そこには、ライオネルが、フォンが、ノエルが、そして仲間たちが、私を見送るために集まってくれていた。
私の顔に、もう怯えや不安の色はなかった。
あるのは、愛する者たちと、自分たちの未来を守り抜くという、女王としての覚悟だけ。
「行ってまいります」
短く告げると、私は王都へと向かう馬車に乗り込んだ。
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