『転生悪役令嬢、スライムで世界を変える』 ~追放先で見つけたヌルヌルが産業革命を巻き起こしました~

のびすけ。

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第三部 ぷるぷる銀河航海記

氷の令嬢と過去の亡霊

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私たちの宇宙船「NURU-2号・改」が降り立ったのは、惑星グラビリス。ドライ連盟の本拠地だ。
船外に出た瞬間、私たちは思わず息を呑んだ。
空は、感情のない灰色。建物は、黒曜石を削り出したかのような、鋭角的なデザインで統一されている。道行く人々は、皆同じような硬質の服を身にまとい、寸分の狂いもない歩調で、無表情に行き交っていた。

「……うぅ、空気が固いですわ……。ぷに成分が、ゼロ……」
新米弟子のリムナが、気分が悪そうに胸を押さえる。

「規律、という点では見事なものだな。だが……」
ライオネルが、面白くなさそうに呟く。
「誰一人として、笑ってやがらねえ」

ここは、私たちのぷるぷる王国とは、まさに対極に位置する世界。
そんな“硬さ”の国の中枢、ドライ連盟中央議場は、氷の城のように冷たく、静まり返っていた。
議場に案内された私たちを待っていたのは、壇上に立つ、一人の女性だった。
銀色の髪を寸分の隙もなく結い上げ、鋭利な刃物のような瞳で、私たちを見下ろしている。その姿を見た瞬間、私の脳裏に、忘れかけていた過去の記憶が、鮮烈に蘇った。

(……この女……!)

「ごきげんよう。久しぶりですわね、“元・ティアナ=エルゼ=ヴァルフェンベルク様”」

その声は、鈴のように澄んでいるのに、ガラスの破片のように冷たかった。
ルチル=フォルティア=ブレイクスピア。
かつて、私が王都の社交界にいた頃、陰で様々な策謀を巡らせ、私を“悪役令嬢”の座に追い込んだ、張本人。あの断罪劇の、影の演出家だった女。

「まさか、あなたが……ドライ連盟の……」
「ええ。今はドライ銀河機関・思想統制部門長。つまり――この銀河の“道徳”と“秩序”を決める女ですのよ」

過去の亡霊との、最悪の再会。
ルチルは、私を「思想犯罪者」として、この銀河議会で公開告発すると宣言した。

「思想犯ですって? わたくし、ぷるぷるな製品を広めて、みんなを笑顔にしていただけですわよ!?」
「だからです!」

ルチルの声が、議場全体に響き渡る。
「貴女が撒き散らす“ぷに思想”とは、“甘えの温床”であり、感情の堕落! それは社会の秩序を弛緩させ、宇宙全体の生産性を低下させる、最も危険な“ウイルス”なのです!」

彼女の言葉に、議場に集った硬派文明の代表者たちが、厳かに頷く。
ルチルは、巨大なホログラムスクリーンに、ある惑星系の経済データを映し出した。

「ご覧なさい。これは、貴女方のぷに文化が輸入された惑星バニラン星系の、労働生産性グラフです。ぷにクッションが普及して以降、国民の平均昼寝時間が15%増加、結果、GDPは3.4%低下している! これが、貴女たちの言う“癒し”がもたらした、紛れもない現実ですわ!」

正論のように聞こえる、数字の暴力。
だが、私は怯まなかった。私は一歩前に出て、ルチルをまっすぐに見据えた。

「ええ、そうかもしれませんわね。でも、その惑星の国民幸福度指数は、20%も上昇している。自殺率は、過去最低を記録した。――その数字を、貴女はどう説明なさるおつもり?」
「ッ……! 幸福などという曖昧な指標は、国家の強さには繋がりません!」
「いいえ、繋がりますわ!」

私の声が、ルチルの言葉を打ち消す。
「私はね、ルチル。“柔らかい”ということが、弱さだなんて、これっぽっちも思っていない。怖くて、間違えて、傷ついて、ボロボロになっても……それでも、ぷにっと笑って明日を迎えられる。それこそが、本当の“強さ”だと、スリィが教えてくれたのよ!」

『その通りです。世界中がどれだけ硬くなろうとも、ぷには、ぷにのままであり続けます。なぜなら、それがぷにの本質だからです』

私の胸ポケットで、スリィが誇らしげにぷるりと震えた。
ルチルは、悔しそうに唇を噛む。
「……綺麗事ですわね。ならば、その“ぷにの強さ”とやらを、この議会の前で見せてみなさいな。この論理と秩序で固められた議場で、貴女たちの“ぷにウイルス”が、どれほど無力であるかを、思い知らせてあげる」

「望むところよ!」

私は、ルフ博士に合図を送った。
「ルフ! 例のアレ、お願い!」
「オーケー! 銀河の皆さーん、心をとろけさせる準備はいいかい!? “ぷにビジョン”、全議場に投影、スタート!」

ルフの威勢のいい声と共に、議場の全ての壁面が、巨大なスクリーンへと変わった。
そこに映し出されたのは──私たちの、これまでの歩みの記録だった。

辺境の村で、お婆さんたちがスライムクッションに腰掛け、幸せそうに笑っている映像。
王都のパレードで、子供たちがぷにバルーンを追いかけ、歓声を上げている映像。
あの秘湯で、普段はいがみ合っているライオネルとフォンが、並んで牛乳を飲んでいる、微笑ましい映像。
そして、ぷに小学校で、人間の子供とスライムが、手を取り合って歌っている映像。

議員たち「な、なんだ、これは……!」
議員たち「この、温かい波動は……心が……心が、溶かされていく……!」

議場に満ちていた硬質な空気が、少しずつ、柔らかく、温かいものへと変わっていく。
ルチルの顔だけが、青ざめていた。

「くっ……! こんな、こんなもの……! 議事妨害よ! 今すぐ上映をやめさせなさ……!」
彼女が叫んだ、その時だった。
スクリーンに、一枚の古い写真が映し出された。それは、王都の貴族アカデミーの庭で撮られた、幼い子供たちの写真。
その隅に、一人ぼっちで膝を抱えて泣いている、小さな女の子がいた。幼い頃の、ルチルだった。
そして、その子の前に、もう一人の女の子が、そっと何かを差し出している。
それは、小さな、ぷるぷるとしたスライムのおもちゃ。

「……あ……」

ルチルの口から、声にならない声が漏れる。
忘れていた記憶。彼女が、その心を氷の鎧で固める、ずっと前の記憶。
厳格な父親に「常に完璧であれ」と育てられ、一度の失敗で罰として庭に放置された、寒い日のこと。
誰も助けてくれない孤独の中、ただ一人、声をかけてくれた子がいた。そして、差し出してくれた、温かくて、柔らかい、小さな光。

「……ちがう……ちがうわ……。私は、あんなものに、救われたりなど……ッ!」

ルチルの鉄仮面が、初めて崩れ、その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
私は、そっと彼女の隣に立つ。

「思い出したかしら、ルチル。貴女も昔は、知っていたはずよ。ぷにの温かさを。でも、“硬くならなければいけない”と思い込んで、その記憶ごと、全部捨ててしまったんでしょう」
「私は……私は……!」

私は懐から、一枚のハンカチを取り出した。それは、スリィの粘体で作られた、特製の“ぷにティッシュ”だ。
それを、泣きじゃくる彼女の目元に、そっと差し出した。

「泣いていいのよ。だって、ぷにだもの」

私の言葉に、ルチルはついに、子供のように声を上げて泣き崩れた。
その光景を見ていた議会の議長が、厳かに宣言する。

「……採決は、不要のようだな。地球“ぷに王国”の、銀河ぷに連盟への加盟を、満場一致で可決する!」

議場は、温かい拍手と、なぜかぷにぷにした歓声に包まれた。



議場の外、誰もいない廊下で、ルチルが一人、立ち尽くしていた。

「……私、一体、何をしていたのかしら」
「“硬く”なりすぎていただけよ。人は皆、傷つくと、自分を守ろうとして硬くなる。でも、時には、ぷにっと力を抜いても……いいんじゃない?」
「……わたくしにも、まだ、“ぷに”になれる資格があるのかしら」
「ええ。遅すぎることなんて、何一つないわよ」

私たちが信じる“柔らかさ”が、銀河で最も“硬い”心を溶かした瞬間だった。
悪役令嬢だった私の逆襲劇は、過去の亡霊との和解という、思いがけない形で、新たな一歩を踏み出したのだった。
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