『転生悪役令嬢、スライムで世界を変える』 ~追放先で見つけたヌルヌルが産業革命を巻き起こしました~

のびすけ。

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第七部 悪役令嬢、前世(ブラック企業)を救う

潜入、黒金商事! ~わたくしの武器はぷにと経営理論ですの~

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わたくしたちの「ぷるぷるな働き方改革」計画。その第一歩は、ターゲット企業のトップ、すなわち黒金商事のワンマン社長、黒金巌(くろがねいわお)とのファーストコンタクトにあった。

「いいこと、スリィ。前世の記憶によれば、黒金社長は毎朝五時きっかりに、会社の近くにあるこの黒金神社へ参拝し、自社の武運長久を祈願するのが日課よ。わたくしたちは、そこで“神の使い”として、彼に接触するの」

早朝の、まだ薄暗い神社の境内で、わたくしは最終確認を行っていた。服装は、どこかの小国の王族が忍びで視察に来たかのような、気品とミステリアスさを両立させた紺色のセットアップ。手には、何の変哲もない、最新型のスマートフォン。――のフリをした、わが相棒スリィ。

『ティアナ様、作戦の成功確率は3.2%。完全に運任せの博打ですが、よろしいのですか?』
スマホのスピーカーから、冷静すぎるスリィの声が漏れる。

「運も実力のうち、とはこの世界での格言よ。それに、わたくしの“悪運”の強さを、あなたは一番よく知っているはずでしょう?」

やがて、重厚な黒塗りの社用車が、神社の鳥居の前に停まった。降りてきたのは、還暦を過ぎているとは思えぬほど頑強な体躯と、全てを威圧する鋭い眼光を持つ男。黒金巌、その人だ。
彼は、わたくしたちには目もくれず、厳かな足取りで拝殿へと向かう。そして、深々と頭を下げ、柏手を打った。
その瞬間を、わたくしは見逃さなかった。

「――今よ、スリィ! オペレーション“天啓”、開始!」
『承知しました。残り少ないぷに力を、奇跡の演出に全振りします』

黒金社長が、ふと、境内にある立派な松の盆栽に目を向けた。それは、彼が数年前に奉納した自慢の逸品だが、ここ最近は元気がなく、葉の色も褪せていた。
彼が、その枯れかけた盆栽を見て、小さくため息をついた、まさにその時。

ぽわんっ。

盆栽が、まるで内側から発光するかのように、淡い、優しい光を放った。そして、枯れていたはずの松の葉が、見る見るうちに生き生きとした緑色を取り戻し、あろうことか、その枝先に、一つだけ、可憐な桜の花が咲いたのだ。

「なっ……!?」

黒金社長が、我が目を疑い、硬直する。
松に、桜……!? ありえない。ありえないが、現実に目の前で起きている。
彼が動揺しているところへ、わたくしは、まるで風に運ばれてきたかのように、音もなく、彼の隣に立った。

「――社長。貴方のその、凝り固まった肩、天の神々も憂いておりますわ」

わたくしはそう言うと、彼の肩に、そっと指先で触れた。スリィが、わたくしの指先から、ナノレベルのぷに粒子を彼の体内へと送り込む。長年の無理がたたった、岩のように硬い彼の肩の筋肉が、まるで雪解け水のように、ふわりと弛緩していく。

「な、なんだ、これは……!? 肩が……軽い……! まるで、羽が生えたようだ……!」

黒金社長は、驚愕の表情でわたくしを見つめた。
わたくしは、ミステリアスな微笑みを浮かべ、天を仰ぐ。

「わたくしは、ティアナ・フォン・ルクレール。天の采配により、この地に遣わされた者。貴社に巣食う“淀み”を払い、その輝きを取り戻すために参りました」
「て、天の……使い……!?」

オカルト好きの彼の瞳が、完全に、狂信者のそれへと変わった。
わたくしは、ダメ押しの一言を、彼の耳元で囁いた。

「三日後、貴社の株価は、ストップ高になりますわ。……わたくしの“予言”です」

もちろん、何の根拠もない、ハッタリだ。
だが、そのハッタリこそが、この乾いた世界で、わたくしたちが最初に掴んだ、唯一の武器だった。

――三日後。黒金商事の株価は、本当に、ストップ高になった。
理由は、海外の投資ファンドによる、気まぐれな大量買い。完全に偶然の産物だった。
だが、結果が全てだ。

「先生! ティアナ先生! あなた様こそ、我が社を救う、現代のジャンヌ・ダルクだ!」

社長室で、黒金社長は、わたくしの手を握りしめ、涙ながらに感謝した。
こうしてわたくしは、特別経営顧問という、破格の待遇で、黒金商事への潜入に、いとも容易く成功したのである。

わたくしが配属されたのは、前世のわたくし、「佐藤さん」が所属していた、営業三課だった。
一歩、そのフロアに足を踏み入れた瞬間、わたくしは、あまりの光景に絶句した。

ジリリリリリリ!
「はい! 黒金商事営業三課!」「だから、うちの責任じゃないと何度言えば分かるんだ!」「申し訳ございません! 誠に申し訳ございません!」

怒号、謝罪、そして、鳴りやまない電話のコール音。
空気は、澱み、重く、そこかしこから、社員たちの深い、深いため息が聞こえてくる。壁には「気合!」「根性!」「24時間戦えますか?」といった、時代錯誤な標語が、黄ばんだセロハンテープで貼り付けられていた。

「……地獄ですわね」
わたくしの呟きに、スマホ形態のスリィが、ブルっとバイブレーション機能で同意する。
『観測データ、魔王城の最下層レベルのストレス粒子を検出。生命維持活動に支障をきたすレベルです』

そして、わたくしは、見つけてしまった。
フロアの隅の席で、青白い顔をして、パソコンのモニターを睨みつけている、一人の女性。
佐藤さん。前世の、わたくしだ。
彼女のデスクの上には、エナジードリンクの空き缶が、まるで墓標のように林立していた。

その時だった。
「おい、佐藤ォ!」
腹の底から響くような、不快なダミ声。
営業三課の課長、鬼瓦(おにがわら)が、仁王のような形相で、佐藤さんのデスクを拳で叩いた。

「この資料、なんだ! 誤字が三つもあるじゃねえか! やる気あんのか、あぁ!?」
「も、申し訳ありません! すぐに、修正いたします……!」
「当たり前だ! 今日中に、この百倍の量のデータをまとめとけ! いいな! 返事は!?」
「は、はいッ!」

佐藤さんの、か細い声が、フロアに虚しく響く。
わたくしの、心の奥底で、何かが、ブチリと音を立てて切れた。
悪役令嬢だった頃の、冷たい怒りが、全身を駆け巡る。

『ティアナ様、冷静に。今はまだ、動く時ではありません』
「……分かっていますわ。まずは、この“戦場”の兵士たちに、ささやかな“癒し”という名の武器を配るところから、始めましょうか」

その夜。
誰もいなくなったオフィスに、わたくしは一人、忍び込んだ。
そして、営業三課の全社員のデスクに、ささやかな“革命”の種を蒔いていった。

翌朝。
いつものように、死んだ魚のような目をして出社してきた社員たちが、自分のデスクを見て、小さく、しかし、確かに、どよめいた。

「……ん? なんだ、このマウスパッド……」
「うわっ、ぷにぷにする……! なにこれ、気持ちいい……!」

そう。わたくしは、スリィに命じて、残り少ないぷに力を振り絞らせ、全員分のマウスパッドを、特殊なジェルを内蔵した「ぷにマウスパッド」に、こっそりと交換しておいたのだ。
手首を乗せると、まるで雲の上にいるかのような、極上の柔らかさ。そして、内部のぷに粒子が、血行を促進し、長時間のデスクワークで凝り固まった肩と首を、じんわりと癒していく。

「……あれ? なんか、肩が軽い……」
「昨日までの、悪魔みたいな肩こりが……嘘みたいだ……」

社員たちの間に、小さな、ささやかな“癒し”の波紋が広がっていく。
わたくしは、その光景を、満足げに眺めながら、第二の矢を放った。

給湯室の、安物のティーバッグが詰め込まれた箱。わたくしはそれを、こっそりと、異世界から持ってきた特殊なハーブと、スリィの粘体を乾燥させて作った、オリジナルの茶葉にすり替えておいた。
その名も、「ぷにリフレッシュ・ティー」。

昼過ぎ。
企画会議で行き詰まり、鬼瓦課長に「アイデアが出るまで帰ってくるな!」と罵倒されていた佐藤さんが、青い顔で給湯室にやってきた。
彼女は、何気なく、その新しいお茶を淹れて、一口、飲んだ。
その瞬間。

「……おいしい……」

彼女の、ずっと強張っていた表情が、ふわりと、緩んだ。
ハーブの優しい香りが、ささくれた神経を落ち着かせ、スリィのぷに成分が、疲弊した脳細胞に、穏やかな活力を与える。
彼女は、カップを持ったまま、ぼーっと窓の外を眺めていたが、やがて、その瞳に、ほんの少しだけ、思考の光が戻ってきた。

「……そうだ。あの案件、ターゲット層を少し変えて、SNSと連動させたキャンペーンを打てば……いけるかもしれない……!」

彼女は、まるで何かに取り憑かれたかのように、自分のデスクに戻ると、猛烈な勢いで企画書を書き始めた。
その日の夕方。彼女が提出した新しい企画書は、鬼瓦課長を、そして、他の部署の人間たちをも、唸らせることになる。

「……佐藤、お前、いつの間にこんな力を……」

課長に、生まれて初めて、手放しで褒められた佐藤さんは、きょとんとした顔で、自分の手元にある、空になったマグカップを見つめていた。

社員たちの間で、噂が広まり始めた。
「最近、ウチの課、なんか調子良くないか?」
「あの、謎の美人コンサルが来てからだ……」
「彼女、一体、何者なんだ……?」

わたくしの、ささやかな“ぷに革命”は、静かに、しかし、確実に、この乾ききったオフィスの空気を、変え始めていた。
だが、その変化を、冷ややかに見つめる、氷の視線があることを、わたくしはまだ、知らなかった。
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