イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。

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第20章『ご近所ハーレム、はじめました!?』

宣戦布告は唐揚げの香り

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AM 7:30 アパート前 - おはよう、そして宣戦布告

翌朝、俺――天城コウの平穏な日常が、音を立てて崩れ始めたことを実感したのは、ゴミ出しのために玄関のドアを開けた瞬間だった。



「おはよう、コウくん! ぐっすり眠れた?」



カチャリ、と寸分違わぬタイミングで隣の202号室のドアが開き、満面の笑みを浮かべた葛城メグが飛び出してきた。その手には俺と同じ、指定のゴミ袋。偶然にしては出来すぎている。



「お、おはよう、メグ。すごい偶然だな」

「ううん、これは必然だよ! だって私たちは“お隣さん”なんだから!」



キラキラした目で力説されても困る。俺が苦笑いを浮かべていると、今度は頭上から、すまし顔の女王様が降臨した。



「あら、奇遇ね、下の階の君。朝から騒がしいこと」



階段を優雅に下りてきたのは、もちろん不知火夜々先輩。こちらも手にはゴミ袋。今日の服装はラフなロングスカートだが、その立ち姿だけで周囲の空気が変わる。……偶然、だよな?



「おはようございます、夜々先輩。先輩もゴミ出しですか」

「ええ。たまたまよ、たまたま」



そう言って俺の横を通り過ぎる瞬間、夜々先輩はメグにだけ聞こえるような声で囁いた。

「……あまり、うちの後輩に馴れ馴れしくしないでくださる?」

「へぇ? 先輩こそ、年上の余裕ってやつですかぁ? コウくんは、同い年のほうが気楽かもしれませんよ?」



バチバチッ!

朝の爽やかな空気の中で、見えない火花が散ったのがはっきりと見えた。やめてくれ、ゴミ捨て場を戦場にしないでくれ。



「お兄ちゃん、何してるのー? 早くしないと遅刻するよー!」



ダメ押しとばかりに、背後からひよりが顔を出す。もちろん、その手にもゴミ袋。そして、その視線は完全にメグと夜々先輩にロックオンされていた。

「……おはようございます、お二人とも。うちのお兄が、いつもお世話になってまーす」

その笑顔には、「私のお兄ちゃんですけど何か?」という圧が込められている。



三人のヒロインに囲まれ、俺はただただ空を見上げた。

(俺の平和な朝……どこ行った……?)



PM 2:00 アパート - 乙女たちの水面下の攻防

俺が大学の講義で死んだ魚のような目をしている頃、アパート『メゾン・サンライト』では、静かなる戦争の火蓋が切って落とされていた。



(ここから、メグの一人称視点)



よしっ! コウくんは学校! ひよりちゃんは今日はリモート授業のはず!

今こそ、最大のライバルである“妹”との距離を詰め、外堀を埋める絶好のチャンス!



作戦名は「Operation: プリン DE 仲良し大作戦」!

私は昨日ネットでポチっておいた、行列ができる店の限定プリンを手に、203号室のドアをノックした。



ピンポーン。

「はーい……って、メグちゃん?」

ドアを開けたひよりちゃんは、部屋着姿で少し眠そうだ。可愛い。だが油断は禁物!



「やっほー、ひよりちゃん! 引っ越しの挨拶、改めて! これ、よかったら食べて。すっごく美味しいんだよ!」

「え、あ、ありがとう……。どうぞ、上がって?」



やった! 第一関門突破!

部屋の中は、女の子らしい小物と……コウくんの私物が混在していて、なんとも言えない“同棲感”が漂っている。くっ……これが長年築き上げてきた妹ヂカラ……!



「ひよりちゃん、いつも配信すごいよね! あの企画力、どこから出てくるの?」

「えへへ、そんなことないよ。メグちゃんこそ、マネージャーの仕事、大変じゃない?」



Vチューバー談義で盛り上がる。楽しい。すごく楽しい。でも、これはあくまで布石!

ここから、本題の“コウくん情報”を引き出すんだ!



「そういえば、コウくんってさ、家ではどんな感じなの? 配信のときのレイくんと、やっぱり違う?」

「うーん、そうだなぁ。家だと、もっと……だらしない、かな?」

「え、そうなの!?」

「うん。寝癖すごいし、たまに独り言言ってるし、あと、洗濯機の使い方が下手で……」

「なにそれ可愛い……!」



思わず本音が漏れた。ひよりちゃんが、ぴくりと眉を動かす。

「……メグちゃんは、お兄ちゃんのそういうところも、好きなの?」

「えっ!? あ、いや、その、推しとして! ファンとして、ね!?」

危ない危ない! 気持ちが前に出すぎた!



でも、ひよりちゃんの目、笑ってない。完全に私を“ライバル”として認識している。

望むところだ。妹だからって、油断してたら足元すくわれちゃうんだからね!



(三人称視点に戻る)



PM 7:00 コウの部屋の前 - 宣戦布告は唐揚げの香り



講義とバイトを終え、疲れ果ててアパートの階段を上っていた俺の鼻腔を、とんでもなく食欲をそそる香りが襲った。



ジュワアアアア……。

香ばしい醤油とニンニク、そして揚げ油の香り。これは……唐揚げだ。



「……腹減った……」



そう呟きながら自室の203号室の鍵を開けようとした、その時だった。

「おかえり、コウくーん!」



隣の202号室のドアが勢いよく開き、エプロン姿のメグが満面の笑みで立っていた。その手には、山盛りの唐揚げが乗った大皿。



「ちょうど今、揚げたとこなの! ちょっと作りすぎちゃったから、よかったら夜ご飯にどうかなって……♡」

完璧なタイミングと、完璧なセリフ。そして、抗いがたい唐揚げの引力。

俺の胃袋が「YES!」と叫んでいた。



「え、マジで!? ありがとう、助か……」

俺が皿を受け取ろうとした、その瞬間。



「あら、騒がしいわね。……ちょうどよかったわ、天城くん」

すっと、俺たちの間に影が差した。階段の上から、これまたエプロン姿の夜々先輩が、湯気の立つ鍋を手に優雅に降りてきたのだ。



「ビーフシチュー、少し作りすぎてしまって。もしよかったら、味見してくださらない? もちろん、隠し味に赤ワインをたっぷり使った“大人”の味よ」

夜々先輩が持つホーロー鍋からは、デミグラスソースのリッチな香りが立ち上る。唐揚げとは全く違うベクトルで、俺の食欲中枢を的確に撃ち抜いてくる。



「えっ、ビーフシチュー……」

「コウくん、私の唐揚げがあるでしょ! 男子はやっぱりガッツリ系だよね!」

「あら、疲れて帰ってきたときは、こういう煮込み料理が体に染みるものよ。ねえ、天城くん?」



メグの「庶民派・青春の味」と、夜々先輩の「お姉さん系・ご褒美の味」。

二人の美女が、それぞれの自信作を手に俺に迫ってくる。なんだこの幸せな地獄は。俺はどっちを選べばいいんだ。選べるわけがない。



俺が固まっていると、最終兵器が背後から現れた。

「お兄ちゃん、おかえり! ごめんね、ちょっと遅くなっちゃったけど、今からご飯作るから! 今日は、お兄ちゃんが好きな生姜焼きと、お出汁のきいたお味噌汁!」

ガチャリ、と自室のドアを開けて、ひよりが顔を出した。その手にはスーパーの袋。



「……え?」



ひよりの視線が、俺、メグの唐揚げ、夜々先輩のビーフシチューの間を行き来し、そして――凍りついた。



三人のヒロインが、俺の部屋のドアの前で、それぞれの料理を手に集結する。

その場の空気は、ラブコメというより、もはや決闘前夜。



「……お兄ちゃん、今日は私が作るって、約束したよね?」

ひよりの笑顔が、絶対零度の輝きを放っている。



「いや、コウくんは疲れてるんだから、すぐ食べられるものが一番でしょ!」

メグが唐揚げの皿をぐいっと前に突き出す。



「ふふ、一番栄養バランスが取れているのは、私のシチューだと思うけれど?」

夜々先輩が一歩も引かない。



俺は、三方向からの食欲と恋心の圧力に挟まれながら、ただ思った。



(俺の胃袋、ひとつしかないんだけど……!)



この日、俺の部屋でささやかな「多国籍料理ディナーパーティー」が開かれたのは、言うまでもない。そして、このアパートでの恋の戦いが、胃袋から始まったことも。



夜、ベッドに入ると、壁の向こうからかすかに声が聞こえた。

隣からは、メグが誰かとボイチャしながらゲームに熱中する声。

上からは、夜々先輩が弾く、静かなピアノの旋律。



そして、すぐそばには、ひよりの穏やかな寝息。



(……うるさいけど、まあ……悪くない、かもな)



物理的な距離が、心の距離を否応なく近づけてくる。

この騒がしくて甘い日々に、俺はもう、すっかり絡め取られてしまっていた。
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