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第1章 聖女である少女は
第10話 濁った色、透き通った心
しおりを挟む「…………二日」
「ん?」
「私が寝ていた二日の間、何があったのか話してくれませんか。それ以前の話でも構いません。食べながら聞きますので」
「ああ。面白い話しはないが。」
☆☆☆☆☆
珍しい注文に思わず顔を緩ませたラスティは、マリアナが憑依されてから今日までを話すことにした。
彼女との和解、ユノたちとの出会い、ウィズの気持ち。最後のに関してはマリアナの方が詳しいかもしれないが、と、ラスティは少し寂しそうに話す。
最初は、マリアナを奪われるような出来事に怒りが沸いた。彼女は落ち着きがなかったし、あんな形での憑依は初めてのことで動揺していたのもあると思う。だから正直、彼女の話しに耳を傾ける気にはなれなかった。
だがマリアナに言われて彼女を知ると、優しく明るい人だと分かった。不安なはずなのに表に出さず、だが素直で壊れやすい。あの夜マリアナの言った通りの人だったと。
マリアナはそうですね、とだけ返した。その横顔はラスティの目としてもいつもと変わらなく、ただ無表情だった。
だから余計に、その表情に思うところがある。
「……悪かったな。ウィズのこととか、足を引っ張るようなことをして」
「いえ。……ラスティやはり落ち込んでいるのですか」
「……顔に出てるか?」
「いえ、と言って欲しいですか」
「……質問を質問で返すなよ。」
「先に返したのはラスティです」
「……」
ラスティは視線を落とす。そして左手で手首を掴んでいる右の手を、パッと開き再び握った。彼のらしくない自分を律するときの癖である。
「ユノやノアに。リアの傍にいろと言われた。おまけにノアには顔に書いてあるってな。」
そうして結果、ふたりにはやろうとしていたことを任せてしまう羽目になった。表情に出さないようにするのは取引の中で重要なことで、王宮にいた頃からそれを自然とできるように、ずっと意識していたつもりだったのだが。
……何時から、顔に出やすくなったのだろう。もしくは最初から全て顔に出ていたのか。俺はリアに、出会った時どんな顔をしていたんだろうと自分が情けなくなってくる。
「それは気にすることはないと思います。ラスティは見る目があると思いますし、心を緩せる相手にしか出さないでしょうから」
「……仮に、そうだとしてもその心を許せる相手が数日前会ったばかりの者ではまずいだろう。」
……何か顔赤くなってないか?俺?
突然の褒め言葉にラスティは視線を逸らしながら応える。マリアナは掬っていた手を止め、手元の粥を見ながらこう言葉を発した。
「……ラスティなら大丈夫だと思います」
「?根拠のない言い方だな?」
「……」
静かになった部屋でマリアナは粥を口へと運ぶ。湯気はもうほとんど見えない。
「……。ん?何か足音が」
「ーーシロン様!!!!!」
声とともに扉が開いた途端、声の主らしき人物がマリアナに飛びかかる。ラスティはすんでのところで立ち上がり、マリアナからトレイごと食器を避難させた。
「シロン様ぁ!」
「……」
抱き着かれた本人は腕を上げて驚いてしまっているが。
突然割り込むように部屋の扉を開けてきたのは、マリアナが起きることを待ち構えていたロレッタである。そして少し遅れてノアが到着。彼はすみませんと息を切らして謝った。
「こいつ、本当に、イノシシで……はぁ。」
「いや、大丈夫か……?」
ノアに労る言葉をかける傍らでラスティはマリアナをちらりと見た。マリアナは説明を求めるような目でこちらを見ている。ラスティは一度ため息をついて、机の上に食器類を置いた。
「先程話したロレッタとノアだ。ロレッタ、離れろ食事中だぞ。」
「構いません。ロレッタ、ノア様、お初にお目にかかります。こんな形になってしまい申し訳ありません」
そう言って目礼をする。手は下げたが身体の自由は二つの意味で叶わないらしい。
「!いえいえ……!逆にロレッタがすみません。あと様もかしこまった言い方も要りません。後輩にあたりますし、王族とはいえ分家ですし……」
慌てて応えたノアは面食らったように目を瞬いている。ロレッタの敬愛の人であり、パートナーであるラスティから聞いたイメージとは少し違ったのだろう。もしかしたら自分もこんな感じだったのかもしれないと、ラスティはまた情けない思いになった。
そんな風に思い悩まれていることを知らずに、マリアナは軽く頷く。
「分かりました、ノア。私も同じように呼んでいただいて構いません……それから」
マリアナの瞳は抱きついたままのロレッタを映す。聞こえてきた鼻をすする音に彼女なりに不思議に思っているのだろう。それから、の続きを失うように、マリアナは話す相手をロレッタに移した。
「……ロレッタ、泣いているのですか」
「ぐすっ。だって、全然、起きてくださらないから……」
驚いたのか静止して、マリアナはロレッタの頭を撫でる。
「……すみません。心配をお掛けしました」
その表情は少し緩んでいるように見えた。本当に少しだけだが、妹でも見るような柔らかい表情だ。
「ラスティにも。色々と、すみませんでした」
「!いや……」
いきなりのことで驚く。いつもより素直?な気がするのだが気のせいだろうか?
気になりまごついていると、マリアナの言葉に違う声が応えた。
「そんなことないですよ!シロン様の判断は、正しかったと思います!何せシロン様ですからね!!」
撫でてもらい安心したら涙も引っ込んだのか、明らかロレッタが言うべきではないセリフを言う。彼女は次には指を祈るように組んでマリアナをシロン様!と煽てた。本人はその意味をよくは分かっていないようだが。
「……別に俺は、リアが大丈夫ならそれでいい。」
その光景から顔を逸らし吐露するようにラスティは言う。彼の言葉にマリアナは何かを言おうと口を開いたが、何も言わずにその口を閉じた。
ロレッタにつっこむような言葉無しにラスティが大真面目に応えたおかげで、たまらずその場の空気はしんとする。
だがラスティからしてみれば、確かにロレッタの言った通りなのだ。マリアナの判断はおそらく正しかった。もしマリアナの言う事態が起こっていたのなら、自分はその時、今回のように追いかけることが出来なかっただろう。その先で良くないことが起こっていたら、彼女を、傷つけることにもなっていたかもしれない。
「シロン様?大丈夫ですか?まだ体調優れないですか?」
静かな空間でマリアナ至上主義なロレッタだけは黙らずにいる。ノアが肘でつついて知らせるが、彼女はこうなると余計なことは気にならないらしい。
壊してしまった空気の中で、そう言えばとラスティは話し出した。
「ロレッタ、リアはシロンではなくマリアナだ。前にも言ったはずだが。」
「ああ、そうだった。ごめんなさい、シ……マリアナ様。ずっとそう呼んでいたからつい。」
「第一なぜシロンなんだ?一文字も合ってないということは聞き間違えたわけでもないだろう。」
「えーそれは。……んぅー私だってずっとお名前知りたかったんですー。見習いなりたての頃から何度も耳にして何度か見かけて、憧れてたんですから。でも歳も離れてるし話すような機会もなかったから、講師さま方がお呼びしていた呼び名から名前を推測して、」
「……呼び名?」
何の事かとマリアナを見たが、彼女は既に伏せていて顔が見えない。
「私はシロンの聖女と言っているのかと思いましたが、今思えば''白の聖女''、と呼んでいたのかも。だからシロン様とお呼びしてたんです!」
白の聖女……?聞き覚えのない呼び名に、ラスティは怪訝な顔をする。
「……ロレッタ。通常そういう風に呼び名があったり、するのか?」
言ってしまってから、聞かなければ良かったと後悔した。
「ううん?シロン様以外のは聞いたことなかったけどなぁ。ねえシロン様。どうしてーー」
そこでロレッタは言葉を止める。彼女が訝しげに動かした視線は、肩に乗ったラスティの手へと注がれた。
手を乗せた張本人はそんなロレッタには目もくれず、視線はマリアナへと釘付けにされている。彼女はまだその顔を上げていない。穏やかな雰囲気は冷めてしまっているように見えた。
「?先輩騎士さん……?」
「ロレッタ」
肩にある手の主を不思議そうに見あげようとしたロレッタにどこか少し、いつもより冷ややかな声がかかった。呼んだ声の主に、一度伏せ、別の話しをしようとしたラスティを含めた全ての視線が集まる。
マリアナはロレッタだけを真っ直ぐと見た。いつもと同じ、感情の含まれない表情。相手を見据えるような視線。だが今日は何かが違う。その違和感は考えだすよりも先に答えを引き出した。
「……!」
……聞かなければ良かったと後悔した。頭の中はその形になった答えで真っ白になり、ラスティは息を呑む。
ーー彼女は、微笑んだ。マリアナが笑ったのだ。その表情に、なぜか、ラスティの心臓に鷲掴みされたような衝撃が走る。
マリアナは微笑を保ったまま、ロレッタへと更に言葉を繋げた。
「私のことはシロンで構いません。呼びやすいようにお好きに呼んでいただいて構わないです」
「だ、だが、」
「いいんですか!?ではシロン様とお呼びさせていただきます!シロン様。シロン様!!」
嬉しそうにロレッタがまたマリアナに抱きつく。ラスティはベッドから距離を置き、ひどく驚いた表情でその光景を見ていた。
「王子」
そんなラスティの袖をノアが引く。ラスティが振り向くとノアは申し訳なさそうな顔で話した。
「……よくは分かりませんが、ロレッタがすいません。俺から後で言っときます。」
ノアも不穏な空気に気付いていたらしい。不安になって彼女の方を見ても、既にいつもの無表情にもどっていてよくはわからなかった。
彼女らしくない、そんな風に強く感じた。初めて、彼女の過去に触れたはずなのに、より、遠くなってしまったかのようなーー
「失礼してもよろしいですか?」
扉の向こうから聞こえた声にラスティは思考を停止した。顔を正すと、ノアの返事と共にノックをして人が入ってくる。
「マリアナ様が目覚められたと聞いて来てしまいました……なのです」
そう取り込んでいるだろうと思って遠慮がちにユノが覗きながら話す。その後ろには先程の女性ーードルチェまでいた。
「ずっと心配していたから連れてきました。 改めて挨拶だけでもさせてもらってよろしいですか?」
マリアナの体調に気遣ってドルチェが言うと、マリアナは返事の代わりに先程と同じように自己紹介をした。
「ご丁寧にありがとうございます。クラツラフィズナの教会聖女、ドルチェ・コーモドです。ところで、マリアナお嬢様。早速ですけどマリアナちゃんって呼んでもいいかしら?」
「……構いません」
「ふふ、ありがとう。」
一瞬間を置いたが特に嫌がる様子もなく、いつもの表情で返事をするところを見ると、彼女らしさというのはもう戻っている気がする。
(……)
その様子を見ながらも、頭の中は彼女の先程の表情のことでいっぱいだった。
ドルチェが二言三言マリアナと会話をし、ユノも自己紹介をするのを、聞くふりをしながら考えを巡らす。
彼女は、別に4年間ずっと無表情だったわけじゃない。無意識なのだろうが表情に出すことはあったし、相手を気にかける仕草をすることもあった。必要さえあれば彼女は持ち前の器用さと頭の良さで対応できる。だから今回ももしかしたらそれに似たようなものだと思いたいが、、
ーー違う
直感だが、はっきりと断言できる。
(過去に触れた、その後だ。様子が変わったのは。…………そう言えばーー)
そうして気にしている間にユノも挨拶が終わった。そのためマリアナの体調も考えて今日はここでお開きとなる。
「リア、また明日。」
平静を装って、喉に何かがつかえたまま、ラスティも部屋から出ようとしたが。
「なあ、ちょっといいか。」
「はい、何でしょう?」
扉を閉める手前、部屋に残ってマリアナの寝る支度をしだしたドルチェにラスティは声をかけた。ドルチェは目配せでユノに後のことを頼むと一緒に廊下に出る。
ロレッタたちはノアが手を引くように無理矢理、それぞれの部屋へと戻っていった。その後ろ姿が見えなくなってから、ラスティは聞きたかったことを聞く。
「コールス家について、何を知っている?」
※「緩せる」と「許せる」はわざとであり、誤字ではありません。念の為記しておきます。
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