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第1章 聖女である少女は
第9話 生死は二人をつなぐ。
しおりを挟むーー「あたしのせいで、彼は……」
ーーーー私のせいで、、、
「!」
まぶたを開けた。
目の前は暗い。まだ自分があの暗闇にいるように思えた。逃げ場のない闇。重いまぶた。だがそうではなく、ただ暗い部屋で自分が横たわっていることはわかった。目は、開いているはずだ。
(……さっきのは)
寝てしまう前のことを思い出そうとして、代わりに先程まで自分にあった感覚が思い浮ぶ。
夢を、見ていたのだろうか。声はどちらも知っているものだ。だとしても、一体誰のだっただろう。
(……彼女の。……ウィズの声)
頭が現状に追いついてきたところで、視界もある程度見えてきた。掛け布団の重みと閉じられたカーテン。窓と反対の壁に一つの扉。首を動かせる限りの視界に映ったものだけが、風景として頭に反映される。家具類はベッド脇の棚くらいで他に目に付くところにはない。
辺りは暗くてあまりよくは見渡せないのもあるが。
(……夜)
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。あの日の夜のままなのか、次の日の夜か。そんな早くに寝覚めるほどの疲労感だったかどうかは自分でも良くはわからない。
あの夫婦が還った。それを、自分は見届けることができていたんだろうか?ただ彼女が居ないということは心の空虚さで分かって、少しだけ心が休まった。心に問うようにぼんやりと彼女たち夫婦のことを思い出しながら、手を胸元へと持っていく。
(寒い)
空虚さ、と表したように、憑依をした後はその人がいた空間がそのまま残るみたいに、しばらくぽっかりと、言葉の通りに穴が空いた気分になるのだ。それが寒さとして感じられて、ベッドの中でも少し寒気がする。
そんな話はあの学び舎では聞いたことは無かったのに。
だがその一方で安堵感もある。彼女はもういない。いった。ちゃんと還すことができた。それは彼女が未練をなくして和解できたということだ。なら良いことであるはずだろう。
なのにまだ彼女がいた時の夢のような感覚が抜けない。こんなに長い時間憑依をし続けたのは初めてだった。ふわふわと眠りを誘う感覚や心地には、本能は抗えないらしい。
そんなことを頭で考えては。繰り返しこれで良かったと頭の中で唱えるが、心臓はどくどくと落ち着かないのが自分でもよく分からなかった。きっと原因は目覚める前に見たものだろう。
(さっきの……彼女の、記憶から……?)
夢を見ていた気がした。彼女の記憶だったものから、何かを掘り起こすように。その何かから、先程の声を聞いてしまったのだろうか。
(……)
……覚えている。忘れてはいない。夢の内容は良くは覚えていないが、大事なことはわかっている。
痛み出した頭を落ち着けるように、しばらくマリアナは空だけを眺めていた。
視界にはいつもふよふよと浮くモノが居る。死んだことに気づいていない、かわいそうな死したモノたちだ。そういったモノは聖女の香りを嗅ぎつけて寄ってくるが、時と共に記憶も薄れ、自然と消えていく。目の前で一つ、闇に霧散して消えた。
(……そう言えば何か)
いつもと違う。
もう一つ消えるのを見届けながら、マリアナはそう思って慣れてきた目で辺りを見回した。周りには人影らしいものはない。……ああ、そうか。彼がいないのか。いつもならいる彼が、今日は留守して姿が見えない。
どれくらい経ったのかは知らないが、あの出来事の後なら彼も何かと忙しいのかもしれない。誰かが亡くなるような事故を放っておくような人ではないのだから、そのために動いていても何らおかしくはないだろう。
(……。また寝ようかな)
少し考えていただけなのに眠い。疲れた。今まで寝ていたはずなのに。
開けていたはずのまぶたを再び閉じて、それから遠くなりかけた意識の中で扉の音を聞いた。
「入るぞ。」
そう小さく聞こえて、マリアナはまた目を開ける。
「!……起こしたか?」
ゆっくり首を振って否定する。確かに起こされはしたが起きてはいたのだから。
「……ラスーー」
「お目覚めになられてました?」
開いたままの扉から、第三者の声が聞こえた。途端掠れた声はかき消される。その声の主はラスティの後ろから現れて、部屋の明かりを付けた。
光に照らされて姿が見えたのは大人の女性だった。煌びやかな金髪に小麦色の瞳、背も高くてラスティと大体同じか恐らく少し下くらいだろう。すらっとした肢体は純白の聖衣で包まれていて、如何にも聖女と思しき女性である。
「ああ、ロレッタたちにも伝えてきてくれないか。ただ来るのは少し待って欲しい。リアには俺から話すから。」
「はい、お引き受け致しました。では後ほど。」
それだけ言うと女性は去っていく。ラスティにはお辞儀を、マリアナには微笑を向けて、扉の向こうへと消えていった。その表情に、マリアナの手に力がこもる。
ベッド脇に持ってきた何かを置いて、ラスティはベッド脇の椅子に腰掛けながらこちらに心配そうな顔を向けた。
「リア、体調は?辛くても辛くなくても寝たままでいいからな。疲れたらすぐ言ってくれ、途中で寝てくれても構わない。」
注意事項のように言い、それからふたりはいつもの会話を、いつもよりかは食い気味にしてからあの後の話をする。マリアナは横たわったままだ。
彼女たち夫婦のこと、寝ていた期間、その間のこと、出会った人のこと。話したことは様々だった。
先ず、マリアナが思っていた通り、ウィズたち夫婦は無事和解して天へと還って行ったそうだ。穏やかな様子だったから、依頼は成功として間違いないだろうと、ロレッタやユノが言っていたらしい。
「それと、ウィズの相手はトーヤという男性だった。俺が愛馬を呼んだから、無意識の内に引き寄せてしまったらしい。リア、すまなかった。」
マリアナは首を傾げる。確かに未練と深い言葉を言えば霊は無意識にも寄ってくるものだが、それが憑依の根本的な原因にはならないだろう。だからマリアナは疑問のままに口にした。
「何故ラスティが謝るのですか。今回のことは私の意識が足りなかっただけです。それにラスティのおかげで無事に済みました。ありがとうございました」
首を動かして軽く会釈するように言葉を伝えはしたが、ラスティは下げたままの頭をそのまま右に向けた。顔を逸らすその動作にマリアナは不思議に思う。
(まだ蟠りがある……?)
彼はウィズのことを最初はよく思っていなかったようだから、その事をまだ煩っているのだろうか。彼が口を開く。
「……俺のおかげ、ではないだろうが一応受け取っておく。だが、、」
ラスティの顔には感謝された人がするような表情がなく、浮かない様子だけが見て取れた。
「……また全部ではないよな?」
突然そんな言葉をラスティが口にした。全部、とは一体何の話の何のことだろう。
「リア、聖女について、まだ言っていないことがあるだろう。」
「何のことでしょう」
少しムカッとしたように言った気がしたマリアナに少し驚きつつも、ラスティは応える。
「……ロレッタから聞いた。お前は憑依を自ら解くこともできるんだな。」
マリアナは黙ったままで聞く。ラスティは続けた。
「リアがウィズを憑依したままにしたのは、ウィズの感情の起伏を抑えるためだと。亡くなったばかりの魂は不安定だ。自分が死んだことの理不尽さを受け入れられない者もいる。だからマリアナは最後のギリギリまで憑依したままにしていたんじゃないかってな。」
「そうです。彼女はそれ程の出来事に巻き込まれていましたから」
ラスティは苦虫を噛み潰したような表情をする。マリアナはよく分からず、ただあまり聞きたくはないとは思う。少し間を置いて、ラスティはしどろもどろと言ったふうに聞いた。
「……リア、憑依の度に、お前は霊の死に際を見ているのか?ロレッタが言うには憑依は、肉体的な負担と、死の恐怖の追体験から精神的な負担がかかる。だから極力避けて事を成すのだと。……お前は、ずっと見てきていたのか?」
「......」
ラスティの言いたくないことを言うような、聞きたくないことを聞くような表情に、マリアナは目を閉じて、合ってもいない視線を遮断する。
……知っている。普通は壊れていてもおかしくないのに、平気でいる私は普通じゃない。それが親族から距離を置かれる理由の一つであることも、ずっと、私は知っていた。
それから頷くように下を向いて、応えた。
「……そうです。死因も、全て覚えています。あの本に書いていますから」
あの本というのは旅を始めてからずっと書き綴ってきた、今は分厚い本のことだ。そこには死者たちの最期が書き留めてある。
「……言いたいことは分かります。ですが、私は平気です。ラスティが気にすることはありません」
「……」
ラスティからの返事はない。何と返したらいいのか、切り出したはいいが分かってはいないのだろう。マリアナは彼を見た。
「……それより、私も聞きたいことが。本に記すためでもあります。彼女たちのこと、事故の経緯は大方理解しているつもりですが、少し詳しくお聞きしても良いですか」
「……。ああ、そうだな。と言っても、俺もロレッタから聞いたことしか分からないんだが……」
あからさまに話を逸らしたマリアナに、ラスティはこれ以上聞けないと思ったのか流して次の話をする。彼にとって納得のいく答えではなかっただろう。それを一緒に流そうとしているのは、彼の中でまだ整理が付いていないからだろうか。
知りたいのは嘘じゃない。ウィズとトーヤの夫婦の出来事。ロレッタたちはマリアナたちがウィズと出会うより先に、トーヤと出会っていたらしい。その時聞いた話を、ラスティにも話してくれていた。
ーーウィズとトーヤの夫婦は旅行の途中だった。忙しい仕事の合間にやっと作れた時間で、2人で初めて行く長旅だったそうだ。
だが行く途中で雨に降られ、事故にあった。突然の轟に、トーヤはウィズを庇うように事故に巻き込まれる。トーヤはほぼ即死だったのだろう。目が覚めた時には既に身体は見当たらなくて、少し遠くに彼女が怪我をして倒れていた。その時はまだ息があったから、人を呼ぶために街へ行った。だが間に合わず、結果、喧嘩離れで未練を持ったまま離れ離れになった、ということらしい。
……二人の最期を聞いて、マリアナの手には自然と力が入る。胸元で握り締めたその手を、ラスティはただ目にとどめた。
「……守れなかった、とか考えるなよ。どうやったって、最善としてできることはここまでだ。それ以上は出来なかった。」
「ですがラスティは王家として、それを責任と感じているのでしょう」
まるで見透かすような物言いでマリアナは言う。もちろん責めているわけではない。それはラスティも承知の上だろう。ただ自分に言い聞かせるようなラスティの言葉に、何か言わずにはいられなかった。余計に苦しめてしまうかもしれないとしても、無責任な言葉で返したくもない。
「そうだ。問題点を伝えはした。だが、それで改善されるのかは定かではない。」
「ならばそれが現在ラスティにできることの最善でしょう。気に病むなとは言えませんが、次に続く手立てを残すことが出来るのもまたラスティです。それがわかっていれば良いと、私は思います」
「……」
ラスティは黙り込む。自分の言葉とマリアナの言葉を噛み締めるように、それでも悔しそうな表情をする。今度手を固く握りしめるのはラスティの方だった。
「……分かっている。やれることはやる。それが一番だ。」
それからしばらくふたりは沈黙する。言いたいことはまだあるのに、どれも今のこの空間に適切ではないように思えた。
「……それは、ラスティの夕食ですか」
珍しく沈黙を破ったのはマリアナだった。ラスティは驚いた表情を出しつつも、不意に聞かれた問いを頭で整理して応える。それと言うのは先程ラスティが置いた何かである。
「え、ああこれか。いや、お前の分だ。起きていたら腹が空いているだろうと。……食べれるか?」
はいと言うと、身体を起こすのを手伝ってくれた。正直言って空腹感はあまりないのだが、冷えた身体を温めるのには丁度いいだろう。
湯気の浮かぶ粥を少し掬って、食べるためでなく話すために、マリアナは口を開いた。
「……怒っていますか。私が話さなかったこと」
またもやラスティは驚いた表情を見せる。しかし直ぐに穏やかな顔になった。
「多少は、な。だが俺が止めたとしてもお前はそれをやるだろうし、実際それで助けられた人々も大勢いる。今更やらない方が良かったと言ったら、その人たちに失礼だろう。……俺からしたらあまりやって欲しくはないけどな。」
「話さなかったことは謝ります。……ですが、やめる訳には」
「分かってるよ。そこは、どうしてもってこともあるだろう。それに俺にも、ウィズのことやら愛馬のことやらで非があったからとやかく言う資格もない。」
既に懐かしそうに思い浮かべて、ラスティは少し哀しそうに微笑んだ。彼が浮かべるその記憶は、出会えて良かったと軽々しく言えないにしても、短くとも濃い時間だったのだろう。
「……」
マリアナは思う。
手間取り、取り乱すような事態にさせないように、もう少し何か……私が。
唇を結んで、寒い心がそうさせるのか、無意識に、少しのわがままをマリアナは言った。
「…………二日」
「ん?」
「私が寝ていた二日の間、何があったか話してくれませんか。それ以前の話でも構いません。食べながら聞きますので」
ラスティは目をぱちくりする。それからふっと笑う。
「ああ。面白い話しはないが。」
他愛のない話しはそれからしばらく続いた。
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