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冷蔵庫に人がいた
しおりを挟む冷蔵庫の中で、女の子と目があった。
風の強い日だった。家の周りに植えてある木々が大きく揺れ、オレンジの葉を惜しみなく振り落していく。夜の影がそれを伝えてくれた。
冷蔵庫の中で、女の子と目があった。今もあっている。
五十嵐耕哉は首を傾げ、目を擦る。夜中に目が覚めたので、水でも飲もうとペットボトルのミネラルウォーターを取り出そうとした。それだけだった。
五十嵐家の冷蔵庫は特別なものではない。隣町の電気屋でセールの時に買った、大手家電製品会社が5年前に発売したモデルだ。光沢のある灰色で、自動で氷も作ってくれる。
冷蔵庫の中に人がいる。人がいるというより、どこかの家と繋がっているようだ。冷蔵庫の奥の壁に黒髪の少女の姿が見えて、その子もまた冷蔵庫を開けていた。元々冷蔵庫に入っている物が少ない所為か、女の子の顔はテレビのようにはっきり見えた。艶やかな髪と日焼けした肌が、天に向かって凛と伸びる向日葵のようだった。
「あれ? え?」
冷蔵庫の中の女の子は首を小刻みに揺らし、耕哉と同じように目を擦る。耕哉もなんと言っていいのか分からず、まばたきを繰り返すだけだった。それもそのはずだ。冷蔵庫を開けたら人がいたなんてシチュエーション、殺人事件以外にあるだろうか。いや、ない。
ざあざあと葉の擦れあう音が響く。風がまた強くなっている。
「……これは夢ですね!」
「へ?」
唐突に放たれた楽観的な言葉に、耕哉は調子はずれの声を零す。女の子は指を立てて笑った。
「あー、私いつのまに昼寝したんだろ。お兄さんどこから来たの?」
「えっと、どこから来たのと言われても」
「そっか。それもそうだね。じゃあどこ住み?」
恐らく年下であろう彼女は、肘をつきながら微笑む。なんて順応が速いんだ。
これはただの、深夜の幻覚かもしれない。しかし耕哉は目の前の人懐こい笑みにどこか安心してしまった。そのままゆっくりと口を開いた。
「外川市。でっかい川がある町だよ」
「マジで? 私、富田市なんだけど。意外と近いね」
富田市は耕哉の住む外川市のすぐ隣だった。リアルな夢だ。
女の子は耕哉に質問を繰り返しながら自分の素性を明らかにしていった。富田市の中学校に通う2年生で、好きな食べ物はフルーツタルト。母親は昔に亡くなっていて父親と二人暮らしだそうだ。
耕哉は懐かしい匂いを感じた。彼女を昔から知っていた、そんな気がしたのだ。
知らない人には名前を教えないよう教育を受けているのだろうか、女の子は名前を明かさなかった。それでも耕哉は、名前を知っているような気がする。
「あ、お父さん帰ってきた。そろそろ閉めるね」
「うん。じゃあね」
女の子は手を振りながら歯を見せて笑った。向こうの冷蔵庫が勢いよく閉められた。
何だったんだ今の。冷蔵庫が違う家と繋がっているなんて、なんとも突飛な夢だった。背筋に寒さが走る。10月の夜は意外と寒い。やけにリアルな空気の冷たさに、本当に夢なのか不安になる自分がいる。
____これは夢ですね。そうだ、夢だったんだよ、夢。
まだ納得しきれていない自分を励ますように、乱暴にミネラルウォーターを取り出す。1リットル入りだが、迷いを消し去るように注ぎ口に直接口をつけて飲んだ。いわゆるラッパ飲みだ。
これは夢ですね。先ほどの女の子の声と、長い黒髪が脳裏に蘇る。
____あの子は美鈴に似ている。
耕哉はペットボトルの蓋を閉める。先ほど会った少女にそっくりな女の顔を、脳裏に浮かべた。一気に大量の水を飲んだ所為で、ぐっと胸の辺りから何かが競りあがる。吐きそう。二階で寝ている妹たちを起こさぬよう、足音を立てないようにしつつトイレに駆け込んだ。
五十嵐美鈴。
耕哉の血の繋がらない妹であり、かつては恋人でもあった女の名前だった。
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