犬の駅長

cassisband

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第1章

4.

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「はい」と答えながら、夫にしてはやけに丁寧だなと思っていると、やって来たのは予想外の訪問者だった。
「真野貴子さんの病室でよろしいでしょうか?」
 まだ病室の入口に表札がないようだ。扉を一枚挟んだ向こう側から野太い男性の声で確認された。やはり夫ではない。医者でもないのだろう。
「はい」
 貴子は思い当たらない訪問者に警戒しながら答えた。
「私どもは警察署の者です。北千住駅より連絡を受けまして、お訪ねしました」
 貴子は息を飲んだ。あの転倒には、事件性があったのだ。確信こそしていなかったが、やはりという思いがした。
「どうぞ、お入り下さい」
 呼吸を整えてから、扉に向かって言った。
「失礼します」
 入ってきたのは、黒いスーツを着た男性二人だった。記憶にある警察官の制服姿ではない。きっと刑事なのだろう。後から入った、がっしりした体格の男性がゆっくり扉を閉めた。先に入室した刑事が先輩なのだろう。二人は殊勝な面持ちでベッドまで近づいてきた。それから、名刺を差し出して名前を名乗った。先に入ってきた方が田中と言い、続いてきた方が、成島と言った。
 刑事と言えば、警察手帳を見せて「こういう者です」という一言が身分証明の代わりなのだと思っていたから、二枚の名刺を手にして、いささか驚いた。訝しそうな顔をしていたからか、田中刑事が、担当医の名前を出した。
「今、馬淵先生にお会いして、確認させていただいてきたのですが、真野さんは話もしっかりできる状態とのことでしたので、お邪魔させていただきました。くれぐれもお身体のご負担にならないように、手短に切り上げますので、ご協力よろしくお願いします」
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