好きになった女子が愛人にしかなる気がないと言っていたので、形だけの彼女を作って愛人として付き合ってもらった。

無自信

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第36話

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 日曜日の午前11時、俺とナツキはバスに揺られながら市立図書館に向かっていた。

昨日俺が予定していた時刻よりはだいぶ遅くなってしまった。というのも、母さんにナツキとは付き合ってないという嘘(一応世間体では付き合ってることになっているから嘘ということになる。世間体と言っても知ってるのはこの世でカジワラ、キョウヘイ、ハタケの3人だけだ。ナツキが他の人に話してなければだけれど)をついてしまったことを悔やんでなかなか眠れず、朝方やっと寝たために寝坊してしまったからだ。

ナツキは寝坊した俺を特に咎めなかったが、俺は自分から提案して寝坊したことと昨日のことを含めて、ナツキに申し訳なくてナツキの顔を見ることができなかった。

だけれども眠れなかったことは都合が良かった点もあった。それはまだ読み終えてなかった市立図書館から借りた推理小説を読み終えることができたことだ。せっかく借りたのに読まずに返却するという無駄なことをせずに済んだのは良かった。

「ねぇ?セイ?」

「ん?」

「どんな本を借りたの?」

「どんなって、推理小説だよ。」

「セイ、推理小説好きだったっけ?」

「ああそれは、カジワラが推理小説好きだから、カジワラとデートした時の話題作りのために借りたんだよ。」

「ふ~ん。そうなんだ。ちょっと見せてもらっていい?」

「ああ、いいよ。」

俺が隣に座るナツキに図書館から借りた小説を渡そうとしてナツキの方を見ると、ナツキのはいているパンツが、ここ最近見ていたデニム生地のパンツじゃないことに今気付いた。

俺がつい長めにナツキのパンツを見ていると、ナツキがそれに気づき、「ああ、これ?これはカーゴパンツって言うんだけど、知らなかった?セイ、ファッションに疎いからな。」と微笑みながら教えてくれた。俺がパンツに注目していたとはいえ、下半身を見ていたにもかかわらず、ナツキは変な勘ぐりをしなかったのに、「ファッションに疎い。」と言われたことが恥ずかしくてつい、「は?カーゴパンツぐらい知ってるっての!」と言い返してしまった。

「ホントに~?」

「ホントだっての!あ!そろそろ降りる停留所だな。ほら、降りる準備しとけよ。」

「はいはい。そういうことにしておいてあげるよ。」

俺から言い返しておいて、深く追及される前に話を無理やり終わらせてしまったにもかかわらず、ナツキはそれ以上追及してこなかった。少しの間、俺の方を見てニヤニヤと笑ってはいたが。

 
 バスを降りて市立図書館まで歩いて向かった。その間、通り過ぎる人(特に男性)がこっちを見ている気がした。おそらくナツキのことを見ているのだろう。

背も高く、スタイルも良く、俺には分からないが顔もたぶん良いのだろうから、男性だったらつい見てしまうのだろう。それに比べて、ナツキより3センチ以上背が低く、特に引き締まっているわけでもない体型、良くて中の上くらいの顔(自分での判断だが)の俺はナツキと釣り合っていないような気がしてきた。

「はぁ~。」

自然とため息が漏れてきた。

「どうしたの?」

ナツキが心配そうに声を掛けてきた。

ナツキに今の俺の気持ちを吐露するのは恥ずかしすぎて無理だったので、「何でもないよ。」と誤魔化した。

「えー?ホントに?」

「ホントだよ!」

「ホントにホント?」

「ホントだってば!あ!もう図書館に着くぞ!早く試験勉強しなくちゃな!」

「セイ、何か誤魔化してない?ホントに大丈夫?」

「大丈夫だって!早く図書館に行こうぜ!ほら入り口はこっちだぞ!あ……!」

ナツキの追及を誤魔化そうと図書館に早く入ろうとしたが、出入口から一番会いたくない人が出てくるのが見えて、つい声が漏れてしまった。

相手も俺に気付き「あ!」と声を漏らしているようだった。

俺とその相手はお互い動きを止めて見つめ合っていた。それに気づいたナツキが「どうしたの?」と聞いてきた。俺はそれに答えず、このあとどうすべきか悩んでいた。すると相手の方から、「トツカ先輩……こんにちは。」と挨拶してきた。

「こんにちは。……ハナザワさん。」

挨拶されたので俺も挨拶し返した。せっかく話しかけるタイミングをハナザワさんがくれたので、「ハナザワさんも試験勉強しに来たの?」と話しかけた。

「はい。家にいると本ばかり読んでしまうので、場所を変えようと思って図書館に来たんですけど、ここも誘惑が多くて私には不向きだったので帰ろうとしていたところです。トツカ先輩も試験勉強ですか?……彼女さんと?」

「え?いや、その……彼女……。」

俺が核心を突かれて、何と答えればいいか分からずにいると、ナツキがパッと俺の腕を掴み、「ねぇ?セイ?この誰?」と質問してきた。

「え?1学年下のハナザワさんだけど……。」

「そう。このが……。初めましてハナザワさん。セイの彼女のヒナタナツキです。よろしくね。」

ナツキがそう言うと、ハナザワさんは急に慌てだして、「そ、そうですか。初めまして。ハナザワユズです。そ、それでは私はこれで。」と言い残して、走って帰ってしまった。

俺はそれを見送ったあと、まだ俺の腕を掴んでいるナツキの手をほどいて、「おい。ナツキ!いきなりなんだよ!」とナツキに注意したら、「何?セイが悪いんでしょ?ハナザワさんとはもう会わないでって言ったよね?」と逆に注意されてしまった。

「でも今は偶然だし……。」

「それに私のことすぐに彼女ですって言わなかったよね?何で?」

「そ、それは恥ずかしかったというか、なんというか……。」

「ふ~ん。私って一緒にいて恥ずかしい彼女なんだ?」

「違うって!俺がナツキと不釣り合いじゃないかと思ったからだよ!あ……!」

さっき誤魔化してまで言わなかったことを言ってしまい俺は顔が熱くなるのを感じた。たぶん顔も赤くなっていたのだろう、俺の顔を見たナツキは、「ふ~ん。そうなんだ。それならいいや。」とあっさり許してくれた。

「そうなんだよ。それじゃあ、早く試験勉強しようぜ。」

俺はもうハナザワさんのことは気にしてもしょうがないので考えないようにした。ナツキが答えたとはいえ、この日は嘘をつかなかったのでそこまで心が痛まなかった。この日はナツキと図書館で午後5時まで試験勉強をした。


 市立図書館で試験勉強をしている間も市立図書館から家に帰って来る間もナツキは上機嫌だった。理由は何となく分かっている。ナツキが俺にはもったいない彼女だと暗に褒めたからだと思う。

まあ、ナツキは俺の彼女としてはハイスペック過ぎるということは認める。それは付き合ってから気付かされたのだが。関係性が変わると見えてくるものも変わって来るんだなあ。それは愛人として付き合ってもらっているカジワラにも言えることだけれど。

カジワラとの愛人関係を続けるために、ナツキと付き合ってるふりをしてるわけだが、その根幹を揺るがすような事実に俺はうっすらと気付き始めていた。

これはまだ推測の段階だが、もしかしたらナツキは俺のこと……。いや、それはない。それはただの自惚れだ!そんなことを考えたら、こんなロースペック男子の俺と付き合ってるふりをしてくれているナツキに失礼だ。キョウヘイにも宣言したんだからな、ナツキを傷つけるようなことはしないと。こんな勘違いしながら付き合ってたら、ナツキを傷つけるどころか、キモイと思われて嫌われるかもしれない。気を付けないと。

そんなことを考えていたら、いつの間にか俺の家の前まで来ていた。

「それじゃあ、また明日。」

「ああ、また明日。」

ナツキと別れの挨拶をすると、お互い自分の家の玄関のドアを開けて中に入った。

「ただいまー。」と俺が言うと、リビングのドアから母さんが、「お帰りー。」と言って迎えてくれた。俺が靴を脱いで、脱いだ靴をそろえていると、後ろから母さんが、「で、どうだったの?」と尋ねてきた。

「何が?」

俺が尋ねられてることの意味が理解できず、聞き返すと、母さんはニヤニヤした口に手を当てて隠しながら、「何って、それはナツキちゃんとのデ・エ・トよ。デ・エ・ト。」と答えた。

「デート?俺とナツキは試験勉強しに市立図書館に行っただけだよ。デートなんかじゃ……。」

そこまで口に出して、俺はハッと気づいた。これじゃ昨日と同じだ!形ばかりとはいえ、ナツキが彼女でカジワラは愛人だ!だったらここで母さんに言うべきことは……。

「そうだよ。デートだよ。デート。ずっと俺の部屋ばかりだったから、気分転換に市立図書館で勉強デートしてきたんだよ。」

「やっぱりデートだったのね!セイ、昨日はナツキちゃんと付き合ってないって言ってたけど、ホントは付き合ってたのね?何で否定なんかしたの……って、それは恥ずかしかったからに決まってるわよね。うん、でも良かった。」

「そりゃ、思春期ですから、何でもかんでも母さんに話すわけないじゃん。でも、そういう対応はナツキに失礼かなと思ったから、母さんに打ち明けたんだ。誰にも言わないでよ!」

「分かってる。分かってる。」

母さんはにやけ顔というよりは、息子の成長を喜んでいるような顔をしていた。俺は気恥ずかしくなり、「俺、部屋で勉強してるから、晩御飯ができたら呼んで!」と言って、階段を上っていった。階段を上っていく俺に向かって、母さんが、「あ!セイ!母さん、ナツキちゃんだったら結婚してくれてもいいからね!」と大きな声で言ってきたので、「何言ってんだよ、母さん!」と言い返した。隣の家のナツキに母さんの発言が聞こえてないか気が気でなかった。

俺は自分の部屋に入ると、母さんにナツキと付き合っていると伝えるのは言い過ぎたかな?もう少し濁した言い方でもよかったかな?と少し後悔したが、時間が経つにつれて、後悔する気持ちよりもスッキリした気持ちになった。連日の試験勉強の疲れもあったかもしれないが、昨日とは違い、試験勉強を終えてベッドに横になるとすぐに眠ることができた。
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