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第42話
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早めに家を出てしまったので、午前8時40分ぐらいに駅前についてしまった。
やることもないのでスマホで漫画を読んでいると、あっという間に時間が過ぎ、気付くと午前9時前になってしまった。
もうカジワラも来てるかな?俺がキョロキョロと辺りを見回すと、駅の出入口からちょうど出て来るカジワラを見つけた。俺が手を振って近づくと、カジワラも俺に気付いたらしく俺の方へ小走りで近づいてきた。
「待った?」
「いや、今来たとこ。」
「そっか。じゃあ行こうか?」
「ああ。」
俺とカジワラはバス乗り場に向かって歩き始めた。
うおー!今の会話、なんかカップルっぽいよな。ナツキとは駅で待ち合わせじゃなかったから、こんな会話なかったもんな。カジワラが肩からかけてるバッグは小物ぐらいしか入りそうにないくらい小さいから、ナツキみたいにお弁当を作って来てはくれなかったみたいだな。少し残念だが、それにしてもカジワラの今日の服はスカートコーデか!
別にカジワラのスカート姿なんて制服で見慣れてるけど、私服のスカート姿は制服とは違う可愛さがあるよな。ナツキのスカート姿はムズムズしてあまり見てられないけど、カジワラのスカート姿はずっと見てられるな。あ!こういうことはちゃんと本人に伝えた方がいいんだよな。よーし!
「カジワラ!今日の服装可愛いと思うよ。」
「ありがとう。デートだからそれなりな格好しなくちゃいけないと思ったからね。トツカくんは……なんか無難な格好だね。」
「あ……そう?ははは。」
カジワラの服装を褒めることはできたが、俺の服装に対する微妙な意見を聞かされて苦笑いするしかなかった。
そのあとはバスに乗って水族館の最寄りの停留所に向かった。この日も先週と同じく親子連れの方が多かった。バスの中での会話は、せっかくこの日のために推理小説を読んで話題作りをしたというのに、カジワラを待ってる間に読んだ漫画の話をしてしまった。
この前は怒っていたのに、この日のカジワラは特に嫌な顔もせずに一緒に漫画の話をしてくれた。もしかしたらデートが始まったばかりで場の空気を悪くするのは良くないと思ってくれたのかもしれない。
水族館に着くとすぐにチケット窓口に並んだ。この日もそれなりに人が並んでいて6組くらい前に並んでいる人たちがいた。俺たちの番が来て学生証を見せて高校生2人分の料金を払ったが、ナツキとは違い、カジワラは財布を出す素振りさえ見せなかった。もちろん、カジワラの分は俺が払うつもりでいたし、カジワラは愛人だから払わないのは分かっていたが、ふりぐらいはしてほしかった。
水族館に入ると最初にこの水族館の目玉である大きな水槽が見えた。ナツキと一緒に来ていたので俺の感動は薄れたが、カジワラは少し感動しているようだった。それから10分くらい俺とカジワラは水槽を眺めてた。一緒にいる相手がカジワラじゃなかったら、3分も見てられないと思うが、この前ナツキが言ってたみたいに、こういうのは誰と見るかが大事なのかもしれない。
「それじゃ、次行こうか?」
「え?うん。」
ナツキは30分くらい眺めていた水槽を、カジワラは10分ほどで見るのをやめてしまったことに少し驚きつつも、俺はカジワラの提案を受け入れて次の展示物を見に行った。
次のタカアシガニやミズダコ、チンアナゴといった展示物もカジワラは少し見ただけで、次の展示物へと移動してしまった。カジワラとナツキは別の人間だから感性が違ってもしょうがないのだが、少し寂しく感じるとともに、俺とカジワラが似ていることに少し親近感を感じた。
すぐに別の展示物へ移っていったから、ナツキの時よりも早くイルカショーの会場まで来てしまった。あと10分ほどでイルカショーが始まるので席もだいぶ埋まっていた。それを見て焦った俺はカジワラに、「カジワラ、どの席に座る?前の席に座るのなら水しぶきで濡れないようにかっ……。」と言ったところで、カジワラが食い気味に、「後ろの席に座ろ!濡れるの嫌だし。」と言ってきた。
「後ろの席でいいのか?まだ少し前の席も空いてるけど……。」
「後ろの席がいいの!ほらほら早く座ろ!」
カジワラに促されるままに最後列に座ってイルカショーを見た。俺はこれで3度目なので感動はかなり薄かったが、カジワラはそれなりに楽しんでいるようだった。
イルカショーが終わると、また展示物を見に行った。アザラシやペンギンといった魚以外の展示物はカジワラも興味があったらしく、それなりの時間眺めていた。午前11時くらいになると混雑しないうちにという理由で、フードコートでお昼を食べた。お昼を食べ終えるとまだ見てない展示物を見たあとお土産物売り場に行った。
俺は(気持ちだけは)何でも買ってあげるつもりでいたが、カジワラは何も欲しがらなかったので懐事情では助かったが、記念になるものを買わなかったので少し残念だった。
午後12時半には全部の展示物を見たので、これからどうするかカジワラに聞いてみると、「もう帰ろうか?」と提案してきた。
「え?どこかのカフェとかに入ってお茶とかしない?」
「ヒナタさんともそうしたの?」
「いや、ナツキとは行ってないけど……。」
「じゃあ、私も行かない。」
「ちょっとだけでもダメ?奢るからさ。」
「私はトツカくんの彼女じゃなくて愛人なんだよ。しかも、お金ももらってないのにデートしてあげてるんだから、楽しそうじゃなければお茶にはいかない。」
確かにカジワラの言うことも一理あるように感じたが、その理屈なら俺にも言いたいことがある!
「それじゃあ、カジワラは本物の愛人みたいにお金を払えば手をつないだり、キスとかしたりしてくれるのか?」
俺はちょっとカッとなって聞いてはいけないことを聞いてしまった。
すぐに俺は自分の発言を後悔した。カジワラに否定も肯定もされたくない!と思った俺は、「ごめん!今の嘘!なかったことにしてくれ!カジワラも真面目に答えなくていいから!」と自分の発言を撤回して、カジワラに質問に答えないように頼んだ。
するとカジワラはにっこり笑いながら、「うん。私が納得する金額を払ってくれたら、手をつなぐのもキスするのもOKだよ。でもそれ以上のことは、いくらお金を積まれてもいやかなぁ。」とはっきりとした声で答えた。
「え?何で?俺答えなくていいって言ったよね!」
「え?でも、トツカくんホントは知りたかったんだよね?曖昧にしておくのも良くないかなぁと思ってさ。」
「でも、それじゃまるでホントの愛人みたいじゃん!」
「ホントも何も私はトツカくんの愛人でしょ?お金を払ってくれれば、ある程度の要望には応えるよ。」
「でもカジワラは俺が愛人として付き合ってくれって言った時、お金を請求しなかったじゃないか!だから、カジワラも少しは俺に好意を持っているのかなって思っていたんだけど……。」
「ああ、それはトツカくん以外に私に愛人になってくれって言ってくる人がいなかったから、私を楽しませてくれるならデートを時々するくらいの関係ならいいかなって思っただけだよ。トツカくんよりいい条件を出してくれる相手が現れたら、そっちに乗り換えるよ。」
「……。」
「それでどうする?このまま帰る?それとも私にお金を払ってお茶しに行く?」
「……今日は帰ろう。」
「分かった。」
このあとバスを待つ間もバスに乗って駅に向かう間もカジワラとは特に会話らしい会話はしなかった。カジワラから聞きたくないことをこれでもかというくらい聞かされて、ショックを受けていたからだ。
カジワラにお金を払えば要望をある程度聞いてくれることや俺よりいい条件の相手が現れたら俺は捨てられることを聞いたからショックを受けたというのもあるが、一番ショックなのはカジワラがお金さえもらえばキスしてもいいと思える相手に俺が入っていることが少し嬉しいと思ってしまったことだった。
だが分かってほしい!好きな相手からお金をもらってもキスしたくないと言われるよりは、お金をもらったらキスしてもいいよと言われた方が嬉しいだろうということを。
そんなショッキングなことを口に出したカジワラは全く気にする様子もなく、窓からたいして面白いとも思えない景色を見ていることにもショックを受けた。
バスが駅に着くと、本当は今すぐにでも家に帰ってベッドに潜り込みたい気分だったが、一応改札口まではカジワラを送っていくことにした。カジワラと駅の改札口に向かって行く途中で、「トツカ?」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので後ろを振り向いた。
するとそこには髪を茶髪に染めてピアスを付けた、俺と全く関わりを持つことはないような男性が立っていた。俺はちょっと身構えたが、その男性はにっこり笑って、「やっぱりトツカだ!久しぶり!俺だよ!俺!」と話しかけてきた。すぐには思い出せなかったが、その笑顔に見覚えがあった。
「……もしかして小関か?」
「そうだよ!やっと思い出したのか?俺はすぐに気付いたってのに。」
「分かるかよ!中学の時と雰囲気変わってるし、身長もすっげえ伸びてるじゃん!」
俺に話しかけてきたのは中学の時同じクラスだった小関優斗だった。中学時代はよく他愛もない会話をした友だちだったのだが、高校が別々になったので段々と疎遠になっていった奴だった。中学時代は身長が150センチ台だったはずだが、今は俺と同じくらいの170センチ台になっていたので最初は全然気が付かなかった。
「こんなところで何してるんだ?コセキ?」
「俺?俺はこれから友だちと映画見に行くんだよ。トツカは?」
「えーと?俺は……その……。」
何て言おうか迷っていると、カジワラが、「ねぇ?トツカくん、この人だれ?」と尋ねてきた。
「あ!ごめん、カジワラ!こいつは俺と同じ中学のコセキだよ。」
「そうなんだ?初めまして。カジワラです。」
「初めまして。コセキです。カジワラさんはトツカとはどういう関係?」
俺はコセキの質問を聞いて息をのんだ。というのもカジワラが他人に俺との関係をどう説明するか分からなかったからだ。
するとカジワラはにっこり笑いながら、「私はトツカくんの彼女です。今日は2人でデートなんです。」と答えた。
俺はカジワラの発言にホッとするとともに、俺の愛人だと言う訳がないかとさっきまで心配していた自分に笑ってしまいそうになった。
「そうなんだ?羨ましいぞ!トツカ!こんなかわいい彼女とデートなんて!」
「あははは……。」
「それじゃ、俺は友だちと約束があるからそろそろ行くな。トツカまたな!」
「ああ、またな。」
俺はコセキが見えなくなるまで見送ったあと、カジワラに、「ありがとな。カジワラ。」とお礼を言った。
「私が『愛人です。』って言うと思った?」
「実は少しだけ……。」
「そんな非常識じゃないよ!それじゃ私も帰るね!またね、トツカくん。」
「ああ、また明日。」
今度はカジワラが改札口を通って見えなくなるまで見送った。
愛人という関係は非常識ではないのかな?と疑問に思ったことは口に出さないでおいた。さーて!俺も帰るか!と帰宅の途に就こうとすると、見覚えのある三つ編み姿の女子の後ろ姿が視界に入ったような気がしたが、特に気にせず家に帰った。
カジワラとのデートを終えて家に帰るとすぐに自分の部屋に向かいベッドに倒れ込んだ。
ナツキとのデートよりも2時間ぐらい早く帰宅したのだが、ナツキとのデートよりもはるかに疲れていた。このまま少し眠ってしまおうか?と考えたが、ふとカジワラとデートする前にキョウヘイに口裏を合わせてくれるようにメッセージを送ってたことを思い出した。眠る前に返信が来てるか確認しようと、デート中は一切見なかったスマホを見てみると、
「了解。」
「その代わり、カジワラとのデートがうまく行ったかどうかあとで教えろよ。」
と2件のメッセージが来ていた。
キョウヘイからのメッセージを見た俺は、カジワラとのデートでの不満をキョウヘイに聞いてもらい、俺の気持ちに共感してもらいたいという思いがドッとあふれ出したために、「今から音声通話してもいいか?」とキョウヘイにメッセージを送った。
キョウヘイから返信が来るのを待っている間、俺はずっとスマホの画面を見続けていた。メッセージを送ってから数分後にキョウヘイから、「OK。」と返信が来た。
それを見るとすぐに俺はキョウヘイに音声通話をかけた。
「もしもし。」
「キョウヘイ!聞いてくれよ!カジワラの奴、ひどいんだぜ!ちゃんと事前にナツキとデートしていろいろ準備したのにもかかわらず、早目にデートを切り上げるし、ナツキとのデートではお茶してないからって、一緒にお茶したかったら金払えって言ってくるんだぜ!ひどいと思わないか?」
俺は早口でカジワラとのデートの不満点をキョウヘイが聞き取れるかどうかも気にせずに言い切った。するとキョウヘイは、「そうか。でもナツキとカジワラは別の人間だから、同じデートコースを行ったとしても同じ時間がかかるわけじゃないし。恋人ではなく愛人として付き合ってもらってるんだから、やりたくないことをしようと言われたらお金を請求されるのは仕方ないんじゃないか?」と俺のカジワラに対する不満点をちゃんと聞きとって的確な指摘をしてきた。
「そ、それはそうだけど……。」
「セイの気持ちは分からないでもないよ。だから助言するけど、カジワラがお金を払えば何かをしてくれるのなら、それを利用すればいいじゃないか?手をつなぐとかキスをするとか、それ以上のことも金を払えばしてくれるんだろう?相手は愛人なんだから開き直って愛人らしい付き合いをしたらどうだ?」
「キョウヘイ。実は俺も今日カッとなって似たようなことを聞いちゃったんだよ。そしたら手をつないだりキスしたりするのはいいけど、それ以上はダメだってさ。」
「キスまではいいんだろう?だったらしてもらえばどうだ?キスしたあともやっぱり好きだ!と思うんだったら愛人の関係を続ければいいし、キスで満足してカジワラを諦められるのなら別れればいいと思うんだけど。」
「そう簡単にはできないよ!キスとかはやっぱり相手にも自分のことを好きになってもらってからしたいじゃん!」
「現実は理想通りにはいかないこともあるんじゃないか?漫画とか見たいにキスから始まる恋愛もあるかもしれないぞ。」
「それは理想じゃなくて妄想だろ。」
「ハハハハ。かもな。何でそんな不満ばかりの相手と付き合ってるんだ?って思うけど、それはセイがカジワラを好きだからだよな。そもそもカジワラのどこが好きになったんだ?」
「それは……カジワラとは趣味が合うし可愛いし……それに……。」
「趣味があって可愛いならハタケでもよくないか?」
「ハタケはカジワラとは違うんだよ!」
「でも、セイが異性を好きになる理由に当てはまる人は他にもいそうだから言ってみただけだよ。そんな怒るなよ。」
あれ?そういえば、何で俺はカジワラを友だちから恋愛対象としてみるようになったんだっけ?何か理由があったような?うーん?思い出せない。
「まあ、とりあえずセイが本当にカジワラを好きかどうかというのも考え直してみたらどうだ?俺に言えるのはこのくらいだな。」
「分かった。ありがとう。ちょっと考えてみるよ。」
「うん。じゃあまた明日な。」
「また明日。」
キョウヘイとの音声通話を切ってベッドに横になりながら俺はカジワラのことが本当に好きなのか考え始めた。
ナツキとのデートの時間よりも短かったとはいえ、ナツキとのデートよりもカジワラとのデートの方がドキドキした。だが楽しさで言えば、ほんの少しだがナツキとのデートの方が楽しかったような気がする。その理由は考えたくない。考えてしまえば、今まで誤魔化してきたことに向き合わなくてはいけなくなるからだ。
キョウヘイの言う通り、俺の異性の好みに当てはまる人は他にもいそうだ。もうカジワラのことは諦めて別の人を好きになった方がいいのかもしれない。しかし、今は思い出せないがカジワラを異性として認識した出来事があった気がする。それを早く思い出すようにしなくてはいけない!
結局、俺がカジワラを本当に好きかどうかは結論が出なかった。でもすっぱりと諦められないことを考えるとカジワラを好きじゃないわけではないようだ。
俺はその事実に何故かホッとしたが、別の先送りにできないことも思い出した。デートの資金が大分心もとなくなってきたことだ。まだ手を出していないが、このままではお年玉などを貯めておいた(たいした金額ではない)貯金に手を出さなくてはいけなくなる。
明日からバイトでも探すか。そう決意して俺は晩ご飯ができるまで眠った。
やることもないのでスマホで漫画を読んでいると、あっという間に時間が過ぎ、気付くと午前9時前になってしまった。
もうカジワラも来てるかな?俺がキョロキョロと辺りを見回すと、駅の出入口からちょうど出て来るカジワラを見つけた。俺が手を振って近づくと、カジワラも俺に気付いたらしく俺の方へ小走りで近づいてきた。
「待った?」
「いや、今来たとこ。」
「そっか。じゃあ行こうか?」
「ああ。」
俺とカジワラはバス乗り場に向かって歩き始めた。
うおー!今の会話、なんかカップルっぽいよな。ナツキとは駅で待ち合わせじゃなかったから、こんな会話なかったもんな。カジワラが肩からかけてるバッグは小物ぐらいしか入りそうにないくらい小さいから、ナツキみたいにお弁当を作って来てはくれなかったみたいだな。少し残念だが、それにしてもカジワラの今日の服はスカートコーデか!
別にカジワラのスカート姿なんて制服で見慣れてるけど、私服のスカート姿は制服とは違う可愛さがあるよな。ナツキのスカート姿はムズムズしてあまり見てられないけど、カジワラのスカート姿はずっと見てられるな。あ!こういうことはちゃんと本人に伝えた方がいいんだよな。よーし!
「カジワラ!今日の服装可愛いと思うよ。」
「ありがとう。デートだからそれなりな格好しなくちゃいけないと思ったからね。トツカくんは……なんか無難な格好だね。」
「あ……そう?ははは。」
カジワラの服装を褒めることはできたが、俺の服装に対する微妙な意見を聞かされて苦笑いするしかなかった。
そのあとはバスに乗って水族館の最寄りの停留所に向かった。この日も先週と同じく親子連れの方が多かった。バスの中での会話は、せっかくこの日のために推理小説を読んで話題作りをしたというのに、カジワラを待ってる間に読んだ漫画の話をしてしまった。
この前は怒っていたのに、この日のカジワラは特に嫌な顔もせずに一緒に漫画の話をしてくれた。もしかしたらデートが始まったばかりで場の空気を悪くするのは良くないと思ってくれたのかもしれない。
水族館に着くとすぐにチケット窓口に並んだ。この日もそれなりに人が並んでいて6組くらい前に並んでいる人たちがいた。俺たちの番が来て学生証を見せて高校生2人分の料金を払ったが、ナツキとは違い、カジワラは財布を出す素振りさえ見せなかった。もちろん、カジワラの分は俺が払うつもりでいたし、カジワラは愛人だから払わないのは分かっていたが、ふりぐらいはしてほしかった。
水族館に入ると最初にこの水族館の目玉である大きな水槽が見えた。ナツキと一緒に来ていたので俺の感動は薄れたが、カジワラは少し感動しているようだった。それから10分くらい俺とカジワラは水槽を眺めてた。一緒にいる相手がカジワラじゃなかったら、3分も見てられないと思うが、この前ナツキが言ってたみたいに、こういうのは誰と見るかが大事なのかもしれない。
「それじゃ、次行こうか?」
「え?うん。」
ナツキは30分くらい眺めていた水槽を、カジワラは10分ほどで見るのをやめてしまったことに少し驚きつつも、俺はカジワラの提案を受け入れて次の展示物を見に行った。
次のタカアシガニやミズダコ、チンアナゴといった展示物もカジワラは少し見ただけで、次の展示物へと移動してしまった。カジワラとナツキは別の人間だから感性が違ってもしょうがないのだが、少し寂しく感じるとともに、俺とカジワラが似ていることに少し親近感を感じた。
すぐに別の展示物へ移っていったから、ナツキの時よりも早くイルカショーの会場まで来てしまった。あと10分ほどでイルカショーが始まるので席もだいぶ埋まっていた。それを見て焦った俺はカジワラに、「カジワラ、どの席に座る?前の席に座るのなら水しぶきで濡れないようにかっ……。」と言ったところで、カジワラが食い気味に、「後ろの席に座ろ!濡れるの嫌だし。」と言ってきた。
「後ろの席でいいのか?まだ少し前の席も空いてるけど……。」
「後ろの席がいいの!ほらほら早く座ろ!」
カジワラに促されるままに最後列に座ってイルカショーを見た。俺はこれで3度目なので感動はかなり薄かったが、カジワラはそれなりに楽しんでいるようだった。
イルカショーが終わると、また展示物を見に行った。アザラシやペンギンといった魚以外の展示物はカジワラも興味があったらしく、それなりの時間眺めていた。午前11時くらいになると混雑しないうちにという理由で、フードコートでお昼を食べた。お昼を食べ終えるとまだ見てない展示物を見たあとお土産物売り場に行った。
俺は(気持ちだけは)何でも買ってあげるつもりでいたが、カジワラは何も欲しがらなかったので懐事情では助かったが、記念になるものを買わなかったので少し残念だった。
午後12時半には全部の展示物を見たので、これからどうするかカジワラに聞いてみると、「もう帰ろうか?」と提案してきた。
「え?どこかのカフェとかに入ってお茶とかしない?」
「ヒナタさんともそうしたの?」
「いや、ナツキとは行ってないけど……。」
「じゃあ、私も行かない。」
「ちょっとだけでもダメ?奢るからさ。」
「私はトツカくんの彼女じゃなくて愛人なんだよ。しかも、お金ももらってないのにデートしてあげてるんだから、楽しそうじゃなければお茶にはいかない。」
確かにカジワラの言うことも一理あるように感じたが、その理屈なら俺にも言いたいことがある!
「それじゃあ、カジワラは本物の愛人みたいにお金を払えば手をつないだり、キスとかしたりしてくれるのか?」
俺はちょっとカッとなって聞いてはいけないことを聞いてしまった。
すぐに俺は自分の発言を後悔した。カジワラに否定も肯定もされたくない!と思った俺は、「ごめん!今の嘘!なかったことにしてくれ!カジワラも真面目に答えなくていいから!」と自分の発言を撤回して、カジワラに質問に答えないように頼んだ。
するとカジワラはにっこり笑いながら、「うん。私が納得する金額を払ってくれたら、手をつなぐのもキスするのもOKだよ。でもそれ以上のことは、いくらお金を積まれてもいやかなぁ。」とはっきりとした声で答えた。
「え?何で?俺答えなくていいって言ったよね!」
「え?でも、トツカくんホントは知りたかったんだよね?曖昧にしておくのも良くないかなぁと思ってさ。」
「でも、それじゃまるでホントの愛人みたいじゃん!」
「ホントも何も私はトツカくんの愛人でしょ?お金を払ってくれれば、ある程度の要望には応えるよ。」
「でもカジワラは俺が愛人として付き合ってくれって言った時、お金を請求しなかったじゃないか!だから、カジワラも少しは俺に好意を持っているのかなって思っていたんだけど……。」
「ああ、それはトツカくん以外に私に愛人になってくれって言ってくる人がいなかったから、私を楽しませてくれるならデートを時々するくらいの関係ならいいかなって思っただけだよ。トツカくんよりいい条件を出してくれる相手が現れたら、そっちに乗り換えるよ。」
「……。」
「それでどうする?このまま帰る?それとも私にお金を払ってお茶しに行く?」
「……今日は帰ろう。」
「分かった。」
このあとバスを待つ間もバスに乗って駅に向かう間もカジワラとは特に会話らしい会話はしなかった。カジワラから聞きたくないことをこれでもかというくらい聞かされて、ショックを受けていたからだ。
カジワラにお金を払えば要望をある程度聞いてくれることや俺よりいい条件の相手が現れたら俺は捨てられることを聞いたからショックを受けたというのもあるが、一番ショックなのはカジワラがお金さえもらえばキスしてもいいと思える相手に俺が入っていることが少し嬉しいと思ってしまったことだった。
だが分かってほしい!好きな相手からお金をもらってもキスしたくないと言われるよりは、お金をもらったらキスしてもいいよと言われた方が嬉しいだろうということを。
そんなショッキングなことを口に出したカジワラは全く気にする様子もなく、窓からたいして面白いとも思えない景色を見ていることにもショックを受けた。
バスが駅に着くと、本当は今すぐにでも家に帰ってベッドに潜り込みたい気分だったが、一応改札口まではカジワラを送っていくことにした。カジワラと駅の改札口に向かって行く途中で、「トツカ?」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので後ろを振り向いた。
するとそこには髪を茶髪に染めてピアスを付けた、俺と全く関わりを持つことはないような男性が立っていた。俺はちょっと身構えたが、その男性はにっこり笑って、「やっぱりトツカだ!久しぶり!俺だよ!俺!」と話しかけてきた。すぐには思い出せなかったが、その笑顔に見覚えがあった。
「……もしかして小関か?」
「そうだよ!やっと思い出したのか?俺はすぐに気付いたってのに。」
「分かるかよ!中学の時と雰囲気変わってるし、身長もすっげえ伸びてるじゃん!」
俺に話しかけてきたのは中学の時同じクラスだった小関優斗だった。中学時代はよく他愛もない会話をした友だちだったのだが、高校が別々になったので段々と疎遠になっていった奴だった。中学時代は身長が150センチ台だったはずだが、今は俺と同じくらいの170センチ台になっていたので最初は全然気が付かなかった。
「こんなところで何してるんだ?コセキ?」
「俺?俺はこれから友だちと映画見に行くんだよ。トツカは?」
「えーと?俺は……その……。」
何て言おうか迷っていると、カジワラが、「ねぇ?トツカくん、この人だれ?」と尋ねてきた。
「あ!ごめん、カジワラ!こいつは俺と同じ中学のコセキだよ。」
「そうなんだ?初めまして。カジワラです。」
「初めまして。コセキです。カジワラさんはトツカとはどういう関係?」
俺はコセキの質問を聞いて息をのんだ。というのもカジワラが他人に俺との関係をどう説明するか分からなかったからだ。
するとカジワラはにっこり笑いながら、「私はトツカくんの彼女です。今日は2人でデートなんです。」と答えた。
俺はカジワラの発言にホッとするとともに、俺の愛人だと言う訳がないかとさっきまで心配していた自分に笑ってしまいそうになった。
「そうなんだ?羨ましいぞ!トツカ!こんなかわいい彼女とデートなんて!」
「あははは……。」
「それじゃ、俺は友だちと約束があるからそろそろ行くな。トツカまたな!」
「ああ、またな。」
俺はコセキが見えなくなるまで見送ったあと、カジワラに、「ありがとな。カジワラ。」とお礼を言った。
「私が『愛人です。』って言うと思った?」
「実は少しだけ……。」
「そんな非常識じゃないよ!それじゃ私も帰るね!またね、トツカくん。」
「ああ、また明日。」
今度はカジワラが改札口を通って見えなくなるまで見送った。
愛人という関係は非常識ではないのかな?と疑問に思ったことは口に出さないでおいた。さーて!俺も帰るか!と帰宅の途に就こうとすると、見覚えのある三つ編み姿の女子の後ろ姿が視界に入ったような気がしたが、特に気にせず家に帰った。
カジワラとのデートを終えて家に帰るとすぐに自分の部屋に向かいベッドに倒れ込んだ。
ナツキとのデートよりも2時間ぐらい早く帰宅したのだが、ナツキとのデートよりもはるかに疲れていた。このまま少し眠ってしまおうか?と考えたが、ふとカジワラとデートする前にキョウヘイに口裏を合わせてくれるようにメッセージを送ってたことを思い出した。眠る前に返信が来てるか確認しようと、デート中は一切見なかったスマホを見てみると、
「了解。」
「その代わり、カジワラとのデートがうまく行ったかどうかあとで教えろよ。」
と2件のメッセージが来ていた。
キョウヘイからのメッセージを見た俺は、カジワラとのデートでの不満をキョウヘイに聞いてもらい、俺の気持ちに共感してもらいたいという思いがドッとあふれ出したために、「今から音声通話してもいいか?」とキョウヘイにメッセージを送った。
キョウヘイから返信が来るのを待っている間、俺はずっとスマホの画面を見続けていた。メッセージを送ってから数分後にキョウヘイから、「OK。」と返信が来た。
それを見るとすぐに俺はキョウヘイに音声通話をかけた。
「もしもし。」
「キョウヘイ!聞いてくれよ!カジワラの奴、ひどいんだぜ!ちゃんと事前にナツキとデートしていろいろ準備したのにもかかわらず、早目にデートを切り上げるし、ナツキとのデートではお茶してないからって、一緒にお茶したかったら金払えって言ってくるんだぜ!ひどいと思わないか?」
俺は早口でカジワラとのデートの不満点をキョウヘイが聞き取れるかどうかも気にせずに言い切った。するとキョウヘイは、「そうか。でもナツキとカジワラは別の人間だから、同じデートコースを行ったとしても同じ時間がかかるわけじゃないし。恋人ではなく愛人として付き合ってもらってるんだから、やりたくないことをしようと言われたらお金を請求されるのは仕方ないんじゃないか?」と俺のカジワラに対する不満点をちゃんと聞きとって的確な指摘をしてきた。
「そ、それはそうだけど……。」
「セイの気持ちは分からないでもないよ。だから助言するけど、カジワラがお金を払えば何かをしてくれるのなら、それを利用すればいいじゃないか?手をつなぐとかキスをするとか、それ以上のことも金を払えばしてくれるんだろう?相手は愛人なんだから開き直って愛人らしい付き合いをしたらどうだ?」
「キョウヘイ。実は俺も今日カッとなって似たようなことを聞いちゃったんだよ。そしたら手をつないだりキスしたりするのはいいけど、それ以上はダメだってさ。」
「キスまではいいんだろう?だったらしてもらえばどうだ?キスしたあともやっぱり好きだ!と思うんだったら愛人の関係を続ければいいし、キスで満足してカジワラを諦められるのなら別れればいいと思うんだけど。」
「そう簡単にはできないよ!キスとかはやっぱり相手にも自分のことを好きになってもらってからしたいじゃん!」
「現実は理想通りにはいかないこともあるんじゃないか?漫画とか見たいにキスから始まる恋愛もあるかもしれないぞ。」
「それは理想じゃなくて妄想だろ。」
「ハハハハ。かもな。何でそんな不満ばかりの相手と付き合ってるんだ?って思うけど、それはセイがカジワラを好きだからだよな。そもそもカジワラのどこが好きになったんだ?」
「それは……カジワラとは趣味が合うし可愛いし……それに……。」
「趣味があって可愛いならハタケでもよくないか?」
「ハタケはカジワラとは違うんだよ!」
「でも、セイが異性を好きになる理由に当てはまる人は他にもいそうだから言ってみただけだよ。そんな怒るなよ。」
あれ?そういえば、何で俺はカジワラを友だちから恋愛対象としてみるようになったんだっけ?何か理由があったような?うーん?思い出せない。
「まあ、とりあえずセイが本当にカジワラを好きかどうかというのも考え直してみたらどうだ?俺に言えるのはこのくらいだな。」
「分かった。ありがとう。ちょっと考えてみるよ。」
「うん。じゃあまた明日な。」
「また明日。」
キョウヘイとの音声通話を切ってベッドに横になりながら俺はカジワラのことが本当に好きなのか考え始めた。
ナツキとのデートの時間よりも短かったとはいえ、ナツキとのデートよりもカジワラとのデートの方がドキドキした。だが楽しさで言えば、ほんの少しだがナツキとのデートの方が楽しかったような気がする。その理由は考えたくない。考えてしまえば、今まで誤魔化してきたことに向き合わなくてはいけなくなるからだ。
キョウヘイの言う通り、俺の異性の好みに当てはまる人は他にもいそうだ。もうカジワラのことは諦めて別の人を好きになった方がいいのかもしれない。しかし、今は思い出せないがカジワラを異性として認識した出来事があった気がする。それを早く思い出すようにしなくてはいけない!
結局、俺がカジワラを本当に好きかどうかは結論が出なかった。でもすっぱりと諦められないことを考えるとカジワラを好きじゃないわけではないようだ。
俺はその事実に何故かホッとしたが、別の先送りにできないことも思い出した。デートの資金が大分心もとなくなってきたことだ。まだ手を出していないが、このままではお年玉などを貯めておいた(たいした金額ではない)貯金に手を出さなくてはいけなくなる。
明日からバイトでも探すか。そう決意して俺は晩ご飯ができるまで眠った。
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秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
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