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第48話
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次の日、スマホのアラームで時間通りに起きることができた俺は朝ご飯を食べ終えると、身だしなみを整え始めた。
ナツキやカジワラとのデートの時よりは遅く起きたので、母さんは俺が朝ご飯を食べてる時には何も言ってこなかったが、俺が入念に身だしなみを整えているのを見て、「今日出かけるの?」と聞いてきた。
俺は髪を整えながら、「うん。キョウヘイと遊ぶ約束してるんだ。」と答えた。
「そうなの?キョウヘイくんによろしく言っておいてね。」と言うと、母さんはそれ以上何も聞いて来なかった。何も聞いて来ないのは身だしなみを整えるのには楽だったが、心中は決して楽ではなかった。
さすがに2週続けて日曜日にキョウヘイと遊ぶというのは嘘くさかったかな?でも、日曜日に遊ぶほど仲のいい友だちなんてキョウヘイぐらいしかいないもんなぁ。キョウヘイと口裏も合わせているから大丈夫だよな?いや、ここまで来たら大丈夫だと思おう!
何とか自分を納得させて身だしなみを整え終えると自分の部屋に行き、スマホと財布と学生証をポケットに入れて玄関に向かった。
俺が玄関で靴を履いていると、母さんがやって来て、「いってらっしゃい。」と言ってくれたので、「いってきます。」と答えて、玄関のドアを開けて外に出た。
玄関のドアを閉める時にちらっと見えた母さんに対して心の中で、これは浮気じゃないんだよ!いつかきっと本当に好きな人を彼女として紹介するから許してください!と叫びながら玄関のドアを閉めた。
かなり早めに家を出てしまったので、午前10時の15分前に駅前に着いてしまった。まだハナザワさんは来てないだろうから、俺が昨日送ったメッセージに対してキョウヘイの返信が来てるかどうか確認することにした。スマホを見ると1時間ほど前にキョウヘイからメッセージが来ていた。
「了解。セイのお母さんに何か聞かれたら、今日はセイと遊んでたって言えばいいんだな?」
「セイも大変だな。」
「ところで今日はナツキとハナザワさん、どっちとデートなんだ?」
とメッセージが来ていたので、
「今日はハナザワさんとデートだよ。」
「自分で蒔いた種とも言えなくないから、大変だとは言えないよ。」
と返信を送った。
キョウヘイに返信を送ってもまだ約束の時間まで時間があったので、ハナザワさんに俺が今いる場所をメッセージで送っておこうと思った時、「おはようございます!トツカ先輩!」と誰かに挨拶をされた。
スマホから挨拶が聞こえた方に視線を移動させると、ハナザワさんが少し息を切らしながら俺の前に立っていた。
「おはよう。ハナザワさん。」
「お待たせしてすみません!10分前に着けばいいかな?と考えていたもので……。」
「ハナザワさん大丈夫だよ!俺も今着いたばかりだし、まだ10時になってないから遅刻じゃないし。」
「気を遣ってもらいありがとうございます。」
「そんなにかしこまらなくていいよ。それじゃあ、県立図書館に向かうバス乗り場まで行こうか?」
「そうですね。」
俺とハナザワさんは県立図書館に行くバス乗り場まで移動し始めた。ハナザワさんの私服はナツキと比べたらはるかに女子っぽい格好だが、カジワラと比べると少し落ち着いた感じがする格好だった。あとパッと見た感じで分かることは、ナツキと同じく肩から重そうなバッグをかけていた。
これはもしかしてナツキと同じく、お弁当を作ってきてくれたのかな?そうだとしたら嬉しいのだけれど、県立図書館から借りた本を入れてるとも考えられる。あまり期待しすぎないようにしよう。そうだ!彼女が重そうなものを持っていたら、言わなきゃいけないことがあるな。
「ハナザワさん、バッグ重そうだね?俺が持とうか?」
「大丈夫ですよ!このぐらいの重さなら、いつも持ってるので。」
「いや、でも一緒にいる女子が重そうな荷物を持っているのを何とも思わない男だと周りの人に思われると俺がつらいから、俺を助けると思って持たせてくれない?」と、俺が嘆願すると、ハナザワさんは申し訳なさそうに、「そうですか?それならお願いします。」と言ってバッグを渡してきた。
頑なにバッグを渡さなかったナツキと違って、ハナザワさんは嘆願すればバッグを渡してくれた。当たり前のことだが、世の中にはいろんなタイプの女子がいるんだなと思った。
ハナザワさんに渡されたバッグは見た目ほど重くなかったのは良かったのだが、本の角らしき感触があったので、お弁当ではないのかと少し残念に思った。
俺とハナザワさんはバス乗り場でバスに乗り込み県立図書館まで向かった。
バスで県立図書館に行くには30分以上かかった。ほとんど行ったことがなかったので、バスから降りて腕時計を見た時はこんなに時間がかかったのか!と驚いた。ただバスに乗ってる間はハナザワさんにお薦めされて学校の図書室で借りた本の感想などを小声で話し合ってたので、体感時間は10分ぐらいのように感じた。
県立図書館に着くと、ハナザワさんがまず借りた本と返したいと言ってきたので、最初はカウンターに向かった。本を返却するためにハナザワさんにバッグを渡すと、ハナザワさんは8冊も本をバッグから取り出して返却していた。
「ハナザワさん、これ全部読んだんだよね?」
「はい。読みましたけど。それがどうかしましたか?」
「いや、何日間で読んだのかなって思ってさ。」
かなり分厚い本も混ざっていたので俺は率直に疑問に思ったことをハナザワさんに尋ねた。「先々週の日曜日に借りたので2週間ですね。」
ハナザワさんはたいしたことなさそうに答えてたが、俺は2週間でこの量の本を読め!と言われたら、時間のほとんどを本を読むことに費やさなきゃいけなくなりそうだったので、素直にハナザワさんの本を読む速さに驚嘆してしまった。
「2週間でこの量を全部読むなんてすごいね。」
「すごくないですよ。私の趣味が読書だけなので、ほとんどの時間を読書に割いてるだけですよ。」
「ううん。そうだとしてもすごいよ!」
「そう…ですかね?それじゃあ、そういうことにしておきましょうか?」
ハナザワさんは始めは謙遜していたが、最後には俺の称賛を受け入れてくれた。
「それじゃあ、本も返却し終えたので、早速トツカ先輩の利用者カードを作りましょうか?学生証は持ってきていただけましたよね?」
「うん。ちゃんと持ってきてるよ。」
県立図書館に行くことを決めた日、俺が県立図書館の利用者カードを持ってないとハナザワさんに伝えると、ハナザワさんは氏名と住所が分かる学生証があればすぐに作ってもらえると教えてくれていたので、学生証を忘れずに持ってきていた。
カウンターで手続きをした後は、利用者カードができるまでハナザワさんのお薦めの本を読んで待つことにした。
俺が読書スペースの椅子に腰かけて待っていると、ハナザワさんが笑顔でお薦めの本を持ってきてくれた。
「この本、市立図書館にはないんですよ!でも絶対に読んでほしかったので、今日は県立図書館まで一緒に来てもらったんです!」
ハナザワさんが少し興奮してる感じがしたが、好きなものを他人に薦める時は、誰しもこうなるものだろうと俺は自分が好きな漫画の話をしている時のことを客観的に判断して思っていたので、ハナザワさんのことを変わってるなと思ったりすることはなかった。
「そうなんだ?それじゃあ、さっそく読ませてもらうよ。」
俺がハナザワさんのお薦めの本を読み始めるとハナザワさんは俺の隣の席で別の本を読み始めた。ハナザワさんが薦めてきた本は少し哲学的な恋愛小説だった。今まで読んだことがないジャンルの小説だったが、哲学的な漫画は読んだことがあったし、嫌いではなかったので楽しんで読むことができた。
俺が本を読むことに没頭していると、ポンポンと肩を誰かに叩かれた。俺が後ろを振り向くとハナザワさんが小声で、「もう1時になるので、お昼食べに行きませんか?」と提案してきた。
「もうそんな時間なんだ?それじゃあ、どこか食事できる場所を探そうか?あ!そういえば県立図書館にはレストランがあったよね?そこで食べようか?」
「あの……お昼なんですが、私お弁当を作って来たんです。だからそれを食べませんか?」
ハナザワさんはもじもじしながら提案してきた。
その提案を聞いて俺は2人分の食事代を出さなくて済んでラッキーとしか思わなかったので、ハナザワさんの提案に同意した。
するとハナザワさんはパーッと笑顔になり、「それじゃあ、3階のラウンジは飲食OKなのでそこで食べましょう!」と言った。
ハナザワさんに促されるまま、3階のラウンジに向かった。ラウンジの席に座るとハナザワさんは本を8冊も入れていたバッグからお弁当を取り出した。
「お口に合えばいいんですけど……。」
ハナザワさんは自信なさそうにそう言ったが、おにぎりに鶏の唐揚げ、卵焼きにミニトマトとブロッコリーと色合いも考えられていて、とても美味しそうだった。
「わざわざ作ってきてくれてありがとう!それじゃ、いただきます!」
そう言って俺がおにぎりを手に取ると、ハナザワさんが「あ!」と声を漏らしたので、「どうかした?」と聞き返した。
「おにぎりはちゃんとラップ越しに握ってますので、素手で握ってませんので。」
俺が他人が素手で握ったおにぎりが食べられないかもしれないと心配したのか、ハナザワさんはちゃんと説明してきた。
「大丈夫だよ!ハナザワさんの握ったおにぎりなら全然食べられるよ!」と答えて、俺はおにぎりを食べ始めた。
「そうですか?それなら良かったです。」
ハナザワさんは俺の返答にホッとしてるようだった。
ハナザワさんのお弁当が美味しかったのと、残すのは失礼だと思ったので、ちゃんと全部食べ切った。お弁当を食べ終えると図書室に戻って、また本を読み始めたが、お腹いっぱいになったことによる眠気からあまり読むのは捗らなかった。
俺がウトウトしているとポンポンと誰かに肩を叩かれた。俺が後ろを振り向くとハナザワさんが小声で、「そろそろ4時になりますし、帰りましょうか?」と提案してきた。
これ以上ここにいても本を読むのは捗らなさそうだったので、俺はその提案に同意した。
まだ読み終わってない恋愛小説ともう1冊、ハナザワさんが薦めてくれた推理小説を借りて図書館を後にした。
駅まで向かうバスを待つ間やバスに乗ってる間は行きの時と同じように、ハナザワさんと本の話をしていた。
駅に着くと、ハナザワさんは電車に乗って帰るので改札口まで一緒に行った。
改札口の手前まで来ると、ハナザワさんはパッと俺の方を向いて、「あの、トツカ先輩!また機会があればデートしてくれますか?」と聞いてきた。
「うん。いいよ。今日借りた本を返却するときに一緒に行く?」
俺は何気なく答えたのだが、ハナザワさんはパーッと笑顔になり、「はい!ぜひ行きたいです!」と返答してきた。
ハナザワさんがあまりにも喜んでいるので、また図書館ではなくて、別の場所を提案した方が良かったかな?と少し申し訳なく感じた。でも、ハナザワさんは一切気にする様子もなく、「今日はありがとうございました。また明日。」と言って改札口を通って行った。俺はそれを見送ってから家路に着いた。
ハナザワさんと駅で別れた俺は午後5時過ぎには家に着いた。家に着くと手洗い・うがいをして自分の部屋に行った。自分の部屋に入ると部屋着に着替えて、今日県立図書館から借りて来た小説の続きを読み始めた。30分ぐらい小説を読むのに集中していたが、外が暗くなってきて小説を読むのに支障をきたし始めたので、部屋の電気をつけてカーテンを閉めた。それからまた小説を読み始めようとしたら、スマホの音声通話の着信音が鳴った。
誰だろう?と思いながら、スマホの画面を見ると、ナツキの名前がスマホの画面に出ていた。
何か嫌な予感がしたが、無視をするとずっと着信音が鳴りっぱなしなので、仕方なく音声通話に出た。
「もしもし?」
「セイ!今日のハナザワさんとのデートどうだった?」
嫌な予感は的中した。ナツキはハナザワさんとのデートの内容を聞き出すつもりだ。正直に答えてもいいのだが、それだとナツキとのデートについて聞いて来ないハナザワさんと対等ではない気がする。ここは何も話さないようにしよう!
「特に変わったことはないよ。」
「どんなことがあったかを教えてほしいの!」
「だから変わったことはないよ!もう切るぞ!」
「ちょっと待って!今日ハナザワさんと何をしたか聞きたいだけだって!」
「あのなぁナツキ、ハナザワさんとナツキは一応ライバルみたいなものなんだから、ナツキだけを優遇することはできないよ!今後一切、ハナザワさんとのこと聞くのは禁止!じゃ、そういうことで。」
「あ!ちょっと待って……。」
俺は半ば強引に音声通話を切ったが、ナツキは諦めずにまたかけてくることはなかった。
ナツキとの通話が終わったスマホの画面を見ると、キョウヘイからメッセージが来ていることに気付いた。メッセージを見てみると、「ハナザワさんとのデートが終わったら、デートがどうだったか聞かせろよ!」とあった。
俺はすぐキョウヘイに、今日は県立図書館に行って本を読んだり、ハナザワさんが作ってきてくれたお弁当を一緒に食べたりしただけだと返信を送った。
数分後、それに対するキョウヘイからの返信が来た。
「健全過ぎて面白くない。」の一言だけだった。俺がすぐに、「面白そうじゃなくて悪かったな!俺はすっごく楽しかったけどね!」と返信を送ると、キョウヘイからすぐに、「ごめん。」という意味のスタンプが送られてきたので許すことにした。
この日は図書館から借りてきた本を読んでるうちに眠ってしまった。
次の日は先週と同じく、放課後になるといつもの4人で漫画の話をした後、図書室に行ってハナザワさんの薦めてきた本を読み、図書室が閉まったらナツキと一緒に帰宅するという代わり映えしない一日を過ごした。内容はたいしたことないが、気分はそわそわしていた。
なぜなら明日、火曜日から夏休みが始まる。俺とカジワラとナツキとハナザワさんのこれからの関係が決まる重要な期間だ。夏休みが楽しみな気持ち半分、不安な気持ち半分といった感じだ。ナツキとハナザワさんに惑わされることがないように気を引き締めて行こうと決意して、この日は眠りについた。
ナツキやカジワラとのデートの時よりは遅く起きたので、母さんは俺が朝ご飯を食べてる時には何も言ってこなかったが、俺が入念に身だしなみを整えているのを見て、「今日出かけるの?」と聞いてきた。
俺は髪を整えながら、「うん。キョウヘイと遊ぶ約束してるんだ。」と答えた。
「そうなの?キョウヘイくんによろしく言っておいてね。」と言うと、母さんはそれ以上何も聞いて来なかった。何も聞いて来ないのは身だしなみを整えるのには楽だったが、心中は決して楽ではなかった。
さすがに2週続けて日曜日にキョウヘイと遊ぶというのは嘘くさかったかな?でも、日曜日に遊ぶほど仲のいい友だちなんてキョウヘイぐらいしかいないもんなぁ。キョウヘイと口裏も合わせているから大丈夫だよな?いや、ここまで来たら大丈夫だと思おう!
何とか自分を納得させて身だしなみを整え終えると自分の部屋に行き、スマホと財布と学生証をポケットに入れて玄関に向かった。
俺が玄関で靴を履いていると、母さんがやって来て、「いってらっしゃい。」と言ってくれたので、「いってきます。」と答えて、玄関のドアを開けて外に出た。
玄関のドアを閉める時にちらっと見えた母さんに対して心の中で、これは浮気じゃないんだよ!いつかきっと本当に好きな人を彼女として紹介するから許してください!と叫びながら玄関のドアを閉めた。
かなり早めに家を出てしまったので、午前10時の15分前に駅前に着いてしまった。まだハナザワさんは来てないだろうから、俺が昨日送ったメッセージに対してキョウヘイの返信が来てるかどうか確認することにした。スマホを見ると1時間ほど前にキョウヘイからメッセージが来ていた。
「了解。セイのお母さんに何か聞かれたら、今日はセイと遊んでたって言えばいいんだな?」
「セイも大変だな。」
「ところで今日はナツキとハナザワさん、どっちとデートなんだ?」
とメッセージが来ていたので、
「今日はハナザワさんとデートだよ。」
「自分で蒔いた種とも言えなくないから、大変だとは言えないよ。」
と返信を送った。
キョウヘイに返信を送ってもまだ約束の時間まで時間があったので、ハナザワさんに俺が今いる場所をメッセージで送っておこうと思った時、「おはようございます!トツカ先輩!」と誰かに挨拶をされた。
スマホから挨拶が聞こえた方に視線を移動させると、ハナザワさんが少し息を切らしながら俺の前に立っていた。
「おはよう。ハナザワさん。」
「お待たせしてすみません!10分前に着けばいいかな?と考えていたもので……。」
「ハナザワさん大丈夫だよ!俺も今着いたばかりだし、まだ10時になってないから遅刻じゃないし。」
「気を遣ってもらいありがとうございます。」
「そんなにかしこまらなくていいよ。それじゃあ、県立図書館に向かうバス乗り場まで行こうか?」
「そうですね。」
俺とハナザワさんは県立図書館に行くバス乗り場まで移動し始めた。ハナザワさんの私服はナツキと比べたらはるかに女子っぽい格好だが、カジワラと比べると少し落ち着いた感じがする格好だった。あとパッと見た感じで分かることは、ナツキと同じく肩から重そうなバッグをかけていた。
これはもしかしてナツキと同じく、お弁当を作ってきてくれたのかな?そうだとしたら嬉しいのだけれど、県立図書館から借りた本を入れてるとも考えられる。あまり期待しすぎないようにしよう。そうだ!彼女が重そうなものを持っていたら、言わなきゃいけないことがあるな。
「ハナザワさん、バッグ重そうだね?俺が持とうか?」
「大丈夫ですよ!このぐらいの重さなら、いつも持ってるので。」
「いや、でも一緒にいる女子が重そうな荷物を持っているのを何とも思わない男だと周りの人に思われると俺がつらいから、俺を助けると思って持たせてくれない?」と、俺が嘆願すると、ハナザワさんは申し訳なさそうに、「そうですか?それならお願いします。」と言ってバッグを渡してきた。
頑なにバッグを渡さなかったナツキと違って、ハナザワさんは嘆願すればバッグを渡してくれた。当たり前のことだが、世の中にはいろんなタイプの女子がいるんだなと思った。
ハナザワさんに渡されたバッグは見た目ほど重くなかったのは良かったのだが、本の角らしき感触があったので、お弁当ではないのかと少し残念に思った。
俺とハナザワさんはバス乗り場でバスに乗り込み県立図書館まで向かった。
バスで県立図書館に行くには30分以上かかった。ほとんど行ったことがなかったので、バスから降りて腕時計を見た時はこんなに時間がかかったのか!と驚いた。ただバスに乗ってる間はハナザワさんにお薦めされて学校の図書室で借りた本の感想などを小声で話し合ってたので、体感時間は10分ぐらいのように感じた。
県立図書館に着くと、ハナザワさんがまず借りた本と返したいと言ってきたので、最初はカウンターに向かった。本を返却するためにハナザワさんにバッグを渡すと、ハナザワさんは8冊も本をバッグから取り出して返却していた。
「ハナザワさん、これ全部読んだんだよね?」
「はい。読みましたけど。それがどうかしましたか?」
「いや、何日間で読んだのかなって思ってさ。」
かなり分厚い本も混ざっていたので俺は率直に疑問に思ったことをハナザワさんに尋ねた。「先々週の日曜日に借りたので2週間ですね。」
ハナザワさんはたいしたことなさそうに答えてたが、俺は2週間でこの量の本を読め!と言われたら、時間のほとんどを本を読むことに費やさなきゃいけなくなりそうだったので、素直にハナザワさんの本を読む速さに驚嘆してしまった。
「2週間でこの量を全部読むなんてすごいね。」
「すごくないですよ。私の趣味が読書だけなので、ほとんどの時間を読書に割いてるだけですよ。」
「ううん。そうだとしてもすごいよ!」
「そう…ですかね?それじゃあ、そういうことにしておきましょうか?」
ハナザワさんは始めは謙遜していたが、最後には俺の称賛を受け入れてくれた。
「それじゃあ、本も返却し終えたので、早速トツカ先輩の利用者カードを作りましょうか?学生証は持ってきていただけましたよね?」
「うん。ちゃんと持ってきてるよ。」
県立図書館に行くことを決めた日、俺が県立図書館の利用者カードを持ってないとハナザワさんに伝えると、ハナザワさんは氏名と住所が分かる学生証があればすぐに作ってもらえると教えてくれていたので、学生証を忘れずに持ってきていた。
カウンターで手続きをした後は、利用者カードができるまでハナザワさんのお薦めの本を読んで待つことにした。
俺が読書スペースの椅子に腰かけて待っていると、ハナザワさんが笑顔でお薦めの本を持ってきてくれた。
「この本、市立図書館にはないんですよ!でも絶対に読んでほしかったので、今日は県立図書館まで一緒に来てもらったんです!」
ハナザワさんが少し興奮してる感じがしたが、好きなものを他人に薦める時は、誰しもこうなるものだろうと俺は自分が好きな漫画の話をしている時のことを客観的に判断して思っていたので、ハナザワさんのことを変わってるなと思ったりすることはなかった。
「そうなんだ?それじゃあ、さっそく読ませてもらうよ。」
俺がハナザワさんのお薦めの本を読み始めるとハナザワさんは俺の隣の席で別の本を読み始めた。ハナザワさんが薦めてきた本は少し哲学的な恋愛小説だった。今まで読んだことがないジャンルの小説だったが、哲学的な漫画は読んだことがあったし、嫌いではなかったので楽しんで読むことができた。
俺が本を読むことに没頭していると、ポンポンと肩を誰かに叩かれた。俺が後ろを振り向くとハナザワさんが小声で、「もう1時になるので、お昼食べに行きませんか?」と提案してきた。
「もうそんな時間なんだ?それじゃあ、どこか食事できる場所を探そうか?あ!そういえば県立図書館にはレストランがあったよね?そこで食べようか?」
「あの……お昼なんですが、私お弁当を作って来たんです。だからそれを食べませんか?」
ハナザワさんはもじもじしながら提案してきた。
その提案を聞いて俺は2人分の食事代を出さなくて済んでラッキーとしか思わなかったので、ハナザワさんの提案に同意した。
するとハナザワさんはパーッと笑顔になり、「それじゃあ、3階のラウンジは飲食OKなのでそこで食べましょう!」と言った。
ハナザワさんに促されるまま、3階のラウンジに向かった。ラウンジの席に座るとハナザワさんは本を8冊も入れていたバッグからお弁当を取り出した。
「お口に合えばいいんですけど……。」
ハナザワさんは自信なさそうにそう言ったが、おにぎりに鶏の唐揚げ、卵焼きにミニトマトとブロッコリーと色合いも考えられていて、とても美味しそうだった。
「わざわざ作ってきてくれてありがとう!それじゃ、いただきます!」
そう言って俺がおにぎりを手に取ると、ハナザワさんが「あ!」と声を漏らしたので、「どうかした?」と聞き返した。
「おにぎりはちゃんとラップ越しに握ってますので、素手で握ってませんので。」
俺が他人が素手で握ったおにぎりが食べられないかもしれないと心配したのか、ハナザワさんはちゃんと説明してきた。
「大丈夫だよ!ハナザワさんの握ったおにぎりなら全然食べられるよ!」と答えて、俺はおにぎりを食べ始めた。
「そうですか?それなら良かったです。」
ハナザワさんは俺の返答にホッとしてるようだった。
ハナザワさんのお弁当が美味しかったのと、残すのは失礼だと思ったので、ちゃんと全部食べ切った。お弁当を食べ終えると図書室に戻って、また本を読み始めたが、お腹いっぱいになったことによる眠気からあまり読むのは捗らなかった。
俺がウトウトしているとポンポンと誰かに肩を叩かれた。俺が後ろを振り向くとハナザワさんが小声で、「そろそろ4時になりますし、帰りましょうか?」と提案してきた。
これ以上ここにいても本を読むのは捗らなさそうだったので、俺はその提案に同意した。
まだ読み終わってない恋愛小説ともう1冊、ハナザワさんが薦めてくれた推理小説を借りて図書館を後にした。
駅まで向かうバスを待つ間やバスに乗ってる間は行きの時と同じように、ハナザワさんと本の話をしていた。
駅に着くと、ハナザワさんは電車に乗って帰るので改札口まで一緒に行った。
改札口の手前まで来ると、ハナザワさんはパッと俺の方を向いて、「あの、トツカ先輩!また機会があればデートしてくれますか?」と聞いてきた。
「うん。いいよ。今日借りた本を返却するときに一緒に行く?」
俺は何気なく答えたのだが、ハナザワさんはパーッと笑顔になり、「はい!ぜひ行きたいです!」と返答してきた。
ハナザワさんがあまりにも喜んでいるので、また図書館ではなくて、別の場所を提案した方が良かったかな?と少し申し訳なく感じた。でも、ハナザワさんは一切気にする様子もなく、「今日はありがとうございました。また明日。」と言って改札口を通って行った。俺はそれを見送ってから家路に着いた。
ハナザワさんと駅で別れた俺は午後5時過ぎには家に着いた。家に着くと手洗い・うがいをして自分の部屋に行った。自分の部屋に入ると部屋着に着替えて、今日県立図書館から借りて来た小説の続きを読み始めた。30分ぐらい小説を読むのに集中していたが、外が暗くなってきて小説を読むのに支障をきたし始めたので、部屋の電気をつけてカーテンを閉めた。それからまた小説を読み始めようとしたら、スマホの音声通話の着信音が鳴った。
誰だろう?と思いながら、スマホの画面を見ると、ナツキの名前がスマホの画面に出ていた。
何か嫌な予感がしたが、無視をするとずっと着信音が鳴りっぱなしなので、仕方なく音声通話に出た。
「もしもし?」
「セイ!今日のハナザワさんとのデートどうだった?」
嫌な予感は的中した。ナツキはハナザワさんとのデートの内容を聞き出すつもりだ。正直に答えてもいいのだが、それだとナツキとのデートについて聞いて来ないハナザワさんと対等ではない気がする。ここは何も話さないようにしよう!
「特に変わったことはないよ。」
「どんなことがあったかを教えてほしいの!」
「だから変わったことはないよ!もう切るぞ!」
「ちょっと待って!今日ハナザワさんと何をしたか聞きたいだけだって!」
「あのなぁナツキ、ハナザワさんとナツキは一応ライバルみたいなものなんだから、ナツキだけを優遇することはできないよ!今後一切、ハナザワさんとのこと聞くのは禁止!じゃ、そういうことで。」
「あ!ちょっと待って……。」
俺は半ば強引に音声通話を切ったが、ナツキは諦めずにまたかけてくることはなかった。
ナツキとの通話が終わったスマホの画面を見ると、キョウヘイからメッセージが来ていることに気付いた。メッセージを見てみると、「ハナザワさんとのデートが終わったら、デートがどうだったか聞かせろよ!」とあった。
俺はすぐキョウヘイに、今日は県立図書館に行って本を読んだり、ハナザワさんが作ってきてくれたお弁当を一緒に食べたりしただけだと返信を送った。
数分後、それに対するキョウヘイからの返信が来た。
「健全過ぎて面白くない。」の一言だけだった。俺がすぐに、「面白そうじゃなくて悪かったな!俺はすっごく楽しかったけどね!」と返信を送ると、キョウヘイからすぐに、「ごめん。」という意味のスタンプが送られてきたので許すことにした。
この日は図書館から借りてきた本を読んでるうちに眠ってしまった。
次の日は先週と同じく、放課後になるといつもの4人で漫画の話をした後、図書室に行ってハナザワさんの薦めてきた本を読み、図書室が閉まったらナツキと一緒に帰宅するという代わり映えしない一日を過ごした。内容はたいしたことないが、気分はそわそわしていた。
なぜなら明日、火曜日から夏休みが始まる。俺とカジワラとナツキとハナザワさんのこれからの関係が決まる重要な期間だ。夏休みが楽しみな気持ち半分、不安な気持ち半分といった感じだ。ナツキとハナザワさんに惑わされることがないように気を引き締めて行こうと決意して、この日は眠りについた。
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※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
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