傘使いの過ごす日々

あたりめ

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神殺しの刻 その1

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『おい!静也!よく聞け、これは警告だ!今すぐ起きて村から出て、魔樹海に行け!死人を出したく
なかったらな!』

夢の中だろうという認識下で聞き覚えのある声がした。
起死回生の神の声だ、声しか聞こえないが焦りが感じ取れる。

「どうしたんですか?なにかあったんですか?」
『いいから起きてすぐに魔樹海へ行け!』

意識が引きずり込まれるような感覚で覚醒する。
傘を召喚し、身体能力を強化し鍵をフロントに渡し宿から飛び出る。
朝日が昇ろうとしている時間帯、空は明けようといている。


「あ、シズヤさんじゃないですか、早いですね、外に出て特訓ですか?いいことで…「すいません、
急いでいるので!」あ、はいどうぞ。」

なんだか分からないが兎に角魔樹海に行かなければならないという使命感を抱きながら走っている。
走っている最中に起死回生の神のあの慌てっぷりを考えるとただ事ではないことは確かだとわかる。
村の人が死ぬようなことが起こると考えるとなおの事危機感を感じる。


「まだですか?村から離れ魔樹海の入ったことのないところまで来ましたよ…これ帰れるんですか?」
『帰れる!急げ!無駄口ほざいてないで足が千切れるぐらいには走れ!…クソッ!もう来やがった!』

起死回生の神がそう言った途端、魔樹海の魔力の比でないくらいの嫌な感覚が静也の背中を這う。
思わず背筋を伸ばし、声にならない声が出てしまう。
全身の汗腺が開きじっとりとした汗が流れる。思わず漏らしてしまうところだった。

「おぉ、やっぱ生で見るとその生命力、魔力の圧を直に受けられていいなぁ…思わず勃っちまったぜ。」
『相変わらず、変態趣味だなお前は。悪戯の。』
「お、そういうお前も起死回生じゃねぇか。お前とやりあいたいと思ってたからな、夢が叶っちまったなぁ。」

静也は二柱ふたりのやりとりに追いつくことすらできなかった。

「あ、あの。初めまして。自分、水鏡静也っていいます。」

何をしたらいいのか考えた静也は思わず挨拶をした。
静也自身、何をやってんだと思っていたが起死回生の神はそうとは思わなかった。
静也のいる現世に顕現する時間が稼げたので、むしろ良くやったと思っている。

「お?おお、これはどうも、俺は『悪戯の神』って呼ばれてるもんだ、もっといい名前があっただろ
うとは思うんだが…っと、そんなこと話すことすら許してはくれないようだな…」

男は自らを『悪戯の神』と呼ぶ。
その男は上を向き嫌味を溢す。

「貴様がここに来ていい理由はないぞ。元の世界に還って瞑想でもしていろ。」

空中に浮いている男が『悪戯の神』を見下ろし神々しいオーラを放っていた。

「よくやった、シズヤ。これでなんとかなる。って、俺がわからないのか?俺だよ、『起死回生の神』だよ。ったく…」

『起死回生の神』は地上に、静也の前に降り立つ。

「ククク…神界じゃぁ力量が掴めなかったが、ここなら最高神の抑制がないから力量が大体わかるぜ…『起死回生の神』、お前は俺には勝てないな。」
「どうだかな、俺の神名は『起死回生』、何が起こるかは貴様も薄々わかっているんじゃないか?」

静也はただそこに立っているしかできなかった。いや、立っているのがやっとだった。
二柱ふたりの間で生じられている神圧が周囲を吹き荒らしていたからだ。

「へぇ、シズヤくんは立っていられるんだぁ…面白い。目の前のエセ逆転の神を倒してから俺と相手してくれよ。そいつよりは強そうだしなぁ…」

『悪戯の神』が静也をニヤリと見ながら言う。
静也はなぜか尻のほうを無意識的に、本能的に抑える。

「気をつけろよ、そいつホモだから…ホントに相手にすると調子狂うし、マジで逃げたい。」

よく見たら『起死回生の神』は引け腰になっている。
頼りないと思うのと同時に危機感を感じた。

「おいおい、誤解されるだろ?」
「否定しないそこがホモだっての、てかホモだろ…」
「あー、聞こえないー」

間の抜けた風が吹き抜けた。
刹那、先刻の比でない圧が静也を襲う。静也は後方に吹っ飛んで木にぶつかってしまう。
ぶつかるだけではとどまらず静也はぐいぐいと木にめり込み木をへし折り、また後方へ飛んでいく。
それが十を超えたころ、アナウンスがなる。

≪スキル<防御強化・傘>を習得しました≫

そのアナウンスが鳴った途端、木とぶつかったときの痛みが薄くなる。
角材でフルスイングされていたような痛みがまるで薄い教材で頭を叩かれたような痛みになる。

圧が弱くなってきたので地面に足を付け着地を試みる。
足が地面につくも勢いは衰えずそのまま後方に地面をえぐりながら十数メートル行ったところで停止できた。
静也の足で描かれた二筋の轍、二柱ふたりがいるところが目視できないほど吹き飛んだことがわかる。
『起死回生の神』はどうなった?俺はどうしたらいい?仮に『悪戯の神』と対峙しても勝てるのか?という疑念が浮かぶ。

しかし、村の人が死ぬという言葉を思い出すと思い浮かんだ疑念が吹き飛んでいった。
静也は二柱ふたりの元へ走っていった。


「あらら、シズヤくん飛んでっちゃったな。まぁいいや、今はお前で楽しむさ。」
「いちいちホモ臭い言動しなくていいんだよ、お前は黙って帰るか、黙って殺されろ!」
「おぉ、怖いねぇ、それも魅力的なんだけどね?まぁ、けど思ったよりあんまり強くないよな、お前。」
「…」

『悪戯の神』の恐ろしいところは残虐性でもなければ力や能力でもない、彼のシミュレーション力、想像力だ。
勝負では油断が命取りになる、しかし、事前に対策を十分に取っておけばその確率はぐんと落ちる。
彼は油断することもないし、ましてや遠慮もない。
シミュレーション能力なら彼の右に出る者はいないほどだ。


「あーあ、そろそろお前と戦うの飽きたし、シズヤ君と戦おうかなー。
待ったなし、降参なしだからな?何せこれは『神戯』じゃない、『神闘』だ。神としての存在すら失うことを前提に戦っているからな?」

両者共怪我のひとつない状態、息も上がってない、与力もある状態。
『起死回生の神』からすれば何を言っているんだこいつはと思うのが当然、しかし、『悪戯の神』の目から冗談の色は見えない。はったりではない、本気で言っている、本気でやるつもりだとうかがえる。

「じゃあな、あんまり楽しくなかったわ。」

『悪戯の神』はここで始めて構えた。その瞬間から『悪戯の神』から凶悪なまでの魔力と神力が混じった圧が放たれる。

対策や耐性がない者がその圧を受けたものなら、存在ごと消し飛んでいただろう。
『起死回生の神』はその圧を受けるも気圧され、体制を崩すだけで済んだ。
しかしそれで十分だった。体制が崩れる。その隙だけで良かった。『悪戯の神』はその隙を突くように鋭い突きを放つ。
魔力と神力、加え神格を得てなお鍛えてきたその体、三位一体の文字通り『必殺技』だ。
『起死回生の神』は気付くも対処ができない。
なぜならもう遅いからだ。

『悪戯の神』の拳は『起死回生の神』の胸を貫いていたからだ。


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