傘使いの過ごす日々

あたりめ

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久しぶりの依頼

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体術修行を修業した。
六ヶ月以上傘に触れてなかったからか、それとも体術を習ったからか、発想に豊富さが現れた。

「お前に教えたのは体術と名ばかりのただの肉体改造に過ぎんが、お前にはその効果は絶大だ。技を教わりたいなら俺じゃなくその道の達人たちに弟子入りするといい。」
「わかりました。」
「慢心するなよ。敵も作るな。お前はまだ弱いんだから、イキるなよ?」
「心配性ですね。大丈夫ですって。」

俺は組合の広場から、組合の依頼板を眺めていた。
六ヶ月間、依頼に行かず修行ばかり、手持ちはあるが、稼がないと気持ち的によろしくない。
六ヶ月働かず飯ばかりだったからあまり消費はしてない。
だから、手持ちはまだ30万ルターある。
と、言ってももう30万だ。六ヶ月で大体20万の消費。
前世の感覚ならかなり安上がりだが、金銭の価値が違うのと、生活費の違いが極端にでている。

それでもさすがに焦燥するわな。
以前から手伝いに言っている農家や、材木屋からの依頼はある。
人付き合いをかねて、依頼にも行く。
村の外での依頼は、薬草摘みや、討伐系などだ。
寄り道がてら魔樹海によって適当に狩って売って、臨時収入を得ることもざらではなかった。

今回は一風変わった依頼を見つけたので、それを受けることにした。

「こんにちは、シズヤさん。修行が終わったようですね。お疲れ様でした。」
「こんにちはエリナさん。大変でしたよ。ほんと。お世話になりました。この依頼を受けたいんですが。」
「はい。こちらのご依頼で、お間違いありませんね?」
「はい。」
「では、受理致しました。期限は本日中、報酬は依頼者からの手渡しです。それではがんばって下さい。」


俺が受けた依頼は過去一度受けたあの依頼だ。
依頼内容は『力試しさせてくれ』だ。
依頼者は『ディーム』、前回と変わらない内容、報酬だが、俺が受けた理由はあのときの俺ではないということを知らせにだ。


北の神ノーザが奉られている北の社。
建物もなく、ただただ広い大地がそこにあった。
以前戦ったときの跡など最初から無かったかのように、なにもない。

「ほっほっほ!また来たのか、物好きだのぉ。」
「来た理由は分かってますよね?」
「勿論じゃ、儂を誰だと思っておる?『大地の代弁者』じゃぞ?」

大地が揺れ、俺を中心になる円筒形の窪みができた。
以前とは比べ物にならないくらいの深さ、広さだ。

「それでは始めるぞい。」
「スキル<傘纏>!」

スキル<傘纏>で手、肘、膝、脛に傘を融合させる。
完全に体術で勝負をする気だ。

壁、床から蠢く魔物のようなものたちが一斉に襲ってくる。
以前の俺なら慌ててなすすべがなかったと思う。
今つくづく思う、冷静さの大切さを。

傘を持つことで身体能力を強化するスキル<傘使い>の効果で、傘の突いていない腕での払いのけでも十分な攻撃力をもつ。傘と融合している手や脛、膝、肘でも攻撃は、岩や石でできた魔物を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう。


数が数だが、圧倒的な力の前に意味をなさないまま、ものの十数分で地上に戻ってこれた。

「確かに、以前のお主がかわいく思えるほど強くなって居る。」
「さぁ、最終試験だろ?」
「ほっほっほ!まだ余裕がありそうじゃのぉ、なら、儂も少し力をだすかの。」

そう言うとディームの周りにオーラが漂い始める。
大地から色の濃い岩石が大量に隆起し始めたと思えば、宙に浮き、周りの岩石と合体し、以前のゴーレムの小型かつスリムなのが数十体出来上がった。

前世のデパートとかによくあるマネキンを思い出した。
服は着ていないが。
胸の岩石にそれぞれのゴーレムによってちがうマークが彫られていた。

「これらは儂がはじめて作った魔法じゃ。それぞれのゴーレムに役割を科し、半自立的に動く兵隊じゃ。」
「かっこいい…けど、個性がなくないですか?」
「ほっほっほ!言っておれ!いまに地獄を見るぞい?勝負は簡単じゃ、この兵の中にいる指揮官コマンダーを見つけて倒す。それがおぬしの勝利条件。」
「俺の敗北条件は何ですか?」
「お主の敗北条件は、地面に膝より上が着く、気絶する、降参するかじゃ。準備は」
「大丈夫です。」
「始めぃ!」

ゴーレムの兵隊は一斉に陣形を取り、俺を囲むように襲い掛かる。
不定期な時差で襲ってくるため、周りをよく見ていないとすぐに攻撃を食らってしまう。
ゴーレム自体は、さっきの魔物モドキと同じように簡単に倒せる。
違いは少し硬いところだ。


戦闘開始十分経過。以前ゴーレムとの戦闘が継続中。
奥の手その一を使うとしますか。

『悪戯の神』との戦闘のときに見たあの技、超小型の傘を飛ばすあれだ。
あのとき程小さいものはできないが、フォークくらいの大きさにならできる。

《魔法〈傘スプラッシュ〉を会得しました。》

ネーミングはひどいが、全方位の傘を飛ばす魔法だ。意識すれば飛ばす方向を変えることができると思う。
早速発動させると、周りにいたゴーレムたちはあれよあれよと粉々になっていった。
そのなかで五体のゴーレムが残っていた。
一体目は左腕のない(吹き飛んだ)笑顔マークの彫られたゴーレム『喜』
二体目は岩石製の長い棒を持った顔が半分ない泣き顔が彫られたゴーレム『哀』
三対目は人馬ケンタウロスのような形状をした笑い顔のマークが彫られたゴーレム『楽』
四対目は悪魔のような表情が彫られたどのゴーレムよりも赤黒い無傷のゴーレ『怒』
五対目は四対目の後ろで石製のチェアで座っているおそらく指揮官コマンダーと思われる無印のゴーレム

一番近くの一体目の笑顔マークのゴーレム『喜』は、一本の傘を召還し、投擲し倒した。

二体目の泣き顔マークのゴーレム『哀』は、一体目のようにはいかず、投擲した傘を棒ではじいた。
もう一度傘を召還し投擲するのと同時に懐に入り、肘鉄と、裏拳のコンボで倒した。

三対目の笑い顔マークの『楽』は、傘を召還し投擲してけん制。思いのほか機敏に動くのに驚いた。
真正面に向かって走り、人馬の馬が踏みつけようとするモーションのときに滑り込み、下から傘で突き刺し、そして開いて人馬を爆散させた。

四対目の悪魔の表情のマークの彫られたゴーレム『怒』は、先ほど倒した人馬よりも速い速度で接近してくるので、傘を召還し投擲すると『哀』と同じかそれ以上の巧妙さで傘をいなした。
いなしたときの『怒』の拳にはかすり傷ができていた。
おそらく、倒されたゴーレムの能力を引き継いでいると思う。それも上乗せで。最初に倒しておくべきだった、と後悔している。
傘で刺突するも、硬度まで上乗せされているので削る程度だ。

なので、持っている傘以外の傘を召還を解除し、持っている傘を『アンブレランスモード』に切り替え、もう一度刺突する。今度は亀裂が入った。
さすがの『怒』もこれには危機感を覚えたのだろう、攻撃を仕掛けてきた。

だがもう遅く、『怒』の体は左右で割れてしまった。

最後に残った指揮官コマンダーは、傘でしばいて終わった。
最後の奴だけは毒気が抜かれるほど弱かった。


「ほっほっほ!ここまでとは恐れ入ったわい!認めよう!お主は強くなった!」
「ありがとうございます。」
「それより、〈生命力操作〉はどうしたんじゃ?一切使ってなかったではないか。」
「え?なんですかそれ。」
「もったいないのぉ、〈生命力操作〉は使用者の疲労回復を促進したり、疲れにくくしたりできるのにのぉ。」
「え、え?」
「ま、正直使う必要性がないから、あってもなくてもどっちでもええんじゃが。おっといかんいかん。依頼成功じゃ。楽しかったぞい。」
「俺はぜんぜん楽しくなかったですよ…」


そうして俺は家に帰るのだった。
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