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第十四話「百貨店の中心でゾンビを回せ(前編)」
--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 PM 4:12 丘口知夏 --
今二階にいるゾンビ達は、エハルがまとめて一階へ落としてくれている。
初めから一階にいたゾンビ達はエハルが投げたねずみ花火によって、二階へ昇るためのエスカレーター
から遠い場所に集まっている。ゾンビ達が二階へ上がるまでには十分な余裕があった。
「少し空き時間がありますねぇ。この間に何か出来ることはないでしょうかぁ……?」
二階エリアは真上から見下ろせば漢字の"田"の形であり、
それぞれのエスカレーターを取り除いて二階の通路だけを見れば"日"の形である。
安全にぐるっと回るためには、各店舗の中に残ったゾンビを処理する必要がある。
知夏はそう判断し、今いる三階から降りるエスカレーター前から時計回りに見て回ることにした。
「ゾンビさん達が押し寄せてくる前に、お店の中をしっかりチェックしますよ!
隠れる『作法』のゾンビさんがいたら危ないですからね!」
「まずはこの鍵屋さんからです! よいしょおっと」
カウンターを跳び越えて素早く店内を見回す。ゾンビの姿は見当たらない。
しかし隠れやすそうなロッカーがひとつあり、ロッカーには服の端が挟まっている。
知夏はカメラを切り替え、正面のロッカーを映した。
「これはいますねぇ~~。みなさん開けますよ? 心の準備をしてくださいね!」
知夏はロッカーにそっと手をかけ開け放ち、すぐさま後ろへと跳んだ。
中に隠れていたゾンビが知夏へと襲いかかる。
「ほらいたぁ!!」
落ち着いて一突きをした。仰向けに倒れたゾンビは頭が再びロッカーへと入った。
「よぅし! さぁ次に行きますよぉ!」
知夏はコメント欄をチラっと見た。
「なんでゾンビがロッカーの中に!?」
「なんでこんなのがいるの??」
驚く視聴者のコメントを知夏は拾い上げた。
「ふむふむぅ。どうやらみなさんはゾンビさんの『作法』について、知らないご様子ですねぇ」
知夏はポーチからノートを取り出し、ぱらぱらとめくった。
「すばり『作法』とは! えーとぉ、"一部のゾンビができる特定の行動"、なのです! 人間の脳を食べると
ゾンビ映画で見たような、色々な動きができるようになるのです。こわいですねぇ~」
すぐに追加されたひとつのコメントを、知夏は声に出してよんだ。
「……他にどんな『作法』があるのか知りたい、ですか?」
コメント主は『Namiki』、毎日欠かさず見に来てくれている常連さんだ。
どうにか答えようとして知夏はノートをひたすらめくった。
すでに半分は書きこんだノートは全然まとまっていない。
今日一日は知らないことだらけで、メモを取るだけで精一杯だったのだ。
「それはぁ……次回の配信でやりますねぇ……」
「そうだ! ここはみなさんのご安全のため、ゾンビさんが潜んでいそうなポイントをレクチャーいたしましょう!」
再びカウンターを飛び越え鍵屋から出た後、すぐ隣にある小さな服屋へと入った。
カーテンの閉じられたひとつの試着室からはちょっぴり足が見えてしまっている。
「それはさすがにバレバレですっ!」
知夏は槍でカーテン開け、姿を現したゾンビに一突きを決めた。
レジカウンターの後ろも確認をして、店を出ていった。
「今のは簡単すぎましたので、次に行きましょう! 次のお店はぁ?」
ステンドグラスが張られた木製のドアと破られた窓がひとつずつある。看板からして理髪店のようだ。
「ドアがありますねぇ。 みなさん、ここは注意ポイントですよぉ」」
「ドアの向こうで待ち構えているかもですからね。ゾンビさんに噛まれないためには、"かもしれない走法"が重要なのです!」
知夏はそういってドアのヒンジに向けてビッと指差しをした。
「これはこちら側に開くドアですね! 突然開くときがありますから、注意してください!!」
続いてステンドグラスからドアの向こうが見えないか、色々な角度で目を凝らし始めた。
「う~ん、ここからだとよく見えませんけどぉ……いやぁな感じがしますねぇ」
諦めてドアに手をかけようとしたが、ふとすぐ横にある割られた窓を見た。
窓にそろそろと歩み寄りひょこっと覗いてみると、三体のゾンビがドアを凝視して待ち構えているのが見えた。
知夏は槍を静かに割れた窓へ通してから、不意打ちをお見舞いした。
「えいっ!」
隣に立っていたゾンビが倒れたせいか、残りのゾンビ二体は窓の向こうにいる知夏へ向かってくる。
「やぁっ!! とうっ!!!」
「他にはぁ……? いないようですね! いや~、あぶないあぶない。
もしドアを開ける『作法』のゾンビさんだったら、ここを通った瞬間に襲われてましたよぉ~」
「さてお次はぁ……んん??」
知夏は目をパチクリとさせ、耳をすました。
とても思い入れのある音楽が大音量で流れていたからだ。
その音楽は中央通路に立つエハルから聞こえていた。音楽の名は『オカル~ト・フェスティバル!!』。
配信者"丘√"が初めて製作したオリジナル曲だ。そしてオカルト界隈では有名な電波ソングでもある。
知夏はエハルがきちんと約束を守ってくれたことに大変喜び、満足げな顔をした。
二階に来てからずっと、いつ流すのかなぁ~? 今かな~? まだかな~? とは思っていたのだ。
「おおっ!! みなさん見てください! エハルさんがわたしの曲を流しながら戦ってくれていますよぉ!」
バールでゾンビを粉砕し、時には突き刺し、しまいには放り投げる。
本当に同じ人間なのか疑わしいほど圧倒的なパワーだ。
それでいて曲のリズムに合わせた一切の無駄がないその動きは、
まるで音ゲーでパーフェクト判定を出し続けているかのようだ。
辛く苦しいゾンビとの闘いをエンターテイメントへと昇華した、完璧な戦いぶり。
頭と両腕に発砲スチロールがついてさえいなければ、最高にカッコよかっただろう。
「おぉ~………………ハゥワッ!」
我に返った知夏はとっさに下を向いた。
その先には一階のエントランスを埋め尽くす大量のゾンビが、二階のエスカレーターへと歩みを進めていた。
「み、見てください! ゾンビさん達が二階に上がってきますよ!」
知夏は大慌てでインカメラに切り替えた。
「さてみなさん!ちょっとした休憩もしたことですし、いよいよわたしの出番ですよぉ!
まず向こうのエスカレーターまでダッシュしますね!」
知夏はそういって通路を走り始めた。右手に見える中央通路を通り過ぎ、通路を右に曲がっていく。
その途中でテナントの中からゾンビが飛び出してくるも、"かもしれない走法"により柵側を走っていた知夏には届かなかった。
「よぅし! なんとか先回りできましたよぉ!」
エスカレーターから上がってくるゾンビを背景に、知夏はカメラに向かってピースサインをした。
コメント欄は「危ないよ!」「後ろ見て後ろ!」と知夏を心配するコメントが流れてきている。
「そんなに心配しなくてもだいじょうぶですよぉ~。まだ十分離れてますからねぇ~……ってぇええ!?」
エスカレーターの中腹から一体のゾンビが知夏めがけて、大きく跳び上がってきた。
落ちてきたゾンビをシュバッとよけて槍で刺す。知夏はひたいの汗を手の甲で拭った。
「ハハァ、すごいジャンプ力でしたねぇ……これも『作法』なんでしょうかぁ……?」
実況をしている間に、群れの先頭はエスカレーターから降りる直前まで来ていた。
「わわわ……もう来てます! ここはいったん安全に! 距離を取りましょう!」
知夏はエスカレーター方面を見つつすこし後ずさった。振り向いてさらに後退しようとして、その足を全力で止めた。
いつのまにか知夏が逃げる先にもゾンビの集団がいたのだ。それも十や二十ではきかない、相当な数だ。
混乱した知夏は前と後ろを交互に見た。
「ハイ? ハイぃ??」
どちらの方向にも大量のゾンビがいる。配信越しに見てもそれは変わらない。
「もしかしてぇ……? 駐車場からいらっしゃったゾンビさんですかぁ……?」
ラジコンを使って三階のゾンビをまとめて締め出したことを今になって思い出した。
そしてそのせいで危機的状況となってしまったことをようやく理解した。
「ま……まずいです……!! 一階へ飛び降りるのは、こわいから無理ですし……!!」
「ここは一度、お店の中に退避します!!」
挟み撃ちとなった知夏はすぐ横にあった楽器店へと駆けこんだ。
「この店の向こうは別の通路があるんです! ですからどこかに別の入り口がぁ……無い!? 出口が無いです!!」
知夏は二階の構造を前もって把握はしていた。
この楽器店の奥の壁の向こうには別の通路があり、そこには駐車場入り口とエレベーター、非常階段がある。
しかしその通路には店の出入り口はない。
そもそもデパートないし百貨店にあるテナントは大抵、出入り口が正面にしか存在しないのだ。
「とはいえ戻ることもできません! 前には壁! 後ろにはゾンビさん達の群れ! 絶体絶命であります!」
コメント欄には「実況してる場合じゃないよ!」等といったコメントが流れてきている。
それらのコメントを見た知夏は、小さくニヤッとした。含み笑いをしてから、余裕たっぷりに答えた。
「フッフッフゥ~。ご安心くださ~い、みなさぁん」
「わたくし"丘√"はですねぇ、"ゾンビさんから逃げるだけ"なら! 絶対の自信があるのです。 今からそれをお見せいたしましょう!!」
知夏はそう言い切ると、手に持った槍をリュックサックについた紐に縛って固定した。
そして店の奥にあるカウンターの上に足場になりそうなものを積み上げていく。
「このテーブル……とぉ!このお椅子とぉ! すみませんけど、この高そうな楽器もぉ!」
「おおっ? コレめっちゃ可愛いですねぇ! ちょっと拝借しちゃいましょう!」
ついでにピンク色でイルカの形をしたオカリナを手に取り、繋がっていた紐を首にかけた。
最後にテーブルクロスを手に取って、積み上げた足場を昇り始めた。
インカメラにはすでに店内へと押し寄せてきているゾンビの群れが映りこんでいる。
「いや~、ずっと叫んでると喉に悪いですからねぇ~、笛は助かりますねぇ~」
テーブルクロスを持った手を天井につけ、くるりと半回転した。ややしゃがみ込んだ姿勢になっている。
「最後にデコイを取り出しましてぇ、準備完了です! あっ、デコイが何なのかは後ほど説明しますね!」
「さぁ、ショーの始まりですよぉ~~? まずはこのデコイからです!」
知夏はデコイのスイッチを入れた。虹色に光り羽をバタつかせながら、録音された知夏の声が再生される。
「いけぇ! 『うるさいんX』!!」
知夏から見た入り口の右側めがけて『うるさいんX』は放り込まれた。
ゾンビ達はそれを目で追うしぐさをした後、その多くがデコイへと群がっていく。効果は絶大だった。
隙間ひとつなかった大量の群れの中に大きな空間が生まれた。
「さすがはエハルさんが認めたデコイ!!すばらしい成果ですね!!」
「さてさてお次はぁ? このテーブルクロスをぉ……? 広げて投げます!!」
知夏は両手に持ったテーブルクロスを、大きく広げるようにして放り投げた。
テーブルクロスがゾンビたちの頭の上に覆いかぶさる。
「さぁさみなさん、いきますよぉ~!! れっつ、ジャンプです!!」
知夏はゾンビの頭上を跳んだ。布地越しにあるゾンビの頭を踏みつけながら、さらにもう一度跳んだ。
「ワン! ツー!! スリー!!! そしてぇ!」
楽器店を出る三度目のジャンプの最中。
知夏はシャッターから見える小さな丸い取っ手を、しっかりと掴んだ。
「シャットアウトォッ!!!!」
知夏が落下するとともに、シャッターが音を立てて勢いよく閉まっていく。
「あいたぁっ!」
上手く着地できずにすっころんだ知夏と同時に、シャッターは完全に閉じられた。
「よっしゃー!!」
大量のゾンビを閉じ込めることに成功した知夏は、
転んだ状態のまま満面の笑みで両腕をグッと掲げた。
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