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第一章:【LOVE......≒( ニアリーイコール)】
王の鎖 #2
しおりを挟むギルティが去った後、室内には二名の悪魔の姿があった。
この方は、平時の物腰の柔らかさと静かな口調のまま、恐ろしいことをさも何事でもないように、まるで挨拶でも交わしているかのように「残酷」な命を下す。心底恐ろしい方だと思った。
「クロエ、君は私をどう思った? 冷徹な狂った独裁者だと思うか?」
「畏れながら陛下……あなた様の命はこの魔界の秩序を正すものにございます。私《わたくし》からは何も申し上げることはございません」
誰が何を言おうと、この「魔界」では魔王陛下の「命」は絶対だ。それがいかに苛烈なものだとしても……。
その返答を聞いたエルシドは、アメジストの視線を自分に向けたまま、悲しみをほんの僅かに滲ませたような自嘲気味な笑みを口元に浮かべた。
「随分とまた……模範的な答えだな。私はね、君を……平気で名誉も誇りを踏みにじる輩を許せないのだ。誇り高く美しい君を失いたくない。君は……この魔界に必要不可欠な悪魔だ。私にとってもそれは変わらない。それは忘れないでくれ」
ー 私にとっても ー
その言葉は深く重く、だが静かに己の心の奥に解くことのできない鎖を幾重にも掛けるように深く響き渡った。
だが、それは「陛下」としてのお言葉に違いないのだ。必要以上の意味にとってはならない。
「私《わたくし》めには身に余るお言葉でございます。これからも陛下の御側で揺るぎない忠誠を誓い、精進してまいります」
そう答えた自分に、エルシド様の瞳に悲しみの翳りを感じたのは気の所為ではないのだろう。
「……「忠誠」か……君の見事なまでの忠誠心は見事だ、理解した。……わかった……今日はこれで下がってもよい」
エルシドは静かに両の瞳を伏せ、密やかな拒絶を示した。
「……畏まりました。ではこれにて失礼させていただきます」
一秒でも早く、この心臓に直接ナイフを突き付けられているような空間から立ち去りたくて、挨拶を済ませると速やかに謁見の間を後にしたのだった。
掌には冷たい汗が、背中にもビッシリと嫌な汗が伝っていた。
扉の閉まる「バタン」と言う音だけがやけに重く響いた。
それから数時間が経過した夕刻の頃。
魔界はざわめきどよめき出していた。
魔皇法務裁判所判事、判事長ギルティによって、その日のうちに刑は執行された。
罪名
魔王陛下に対する不敬罪
副魔王に対する侮辱罪 名誉毀損罪
対象になった悪魔の中には、宮廷に出入りする貴族も数名いたのだ。
クロエにも見覚えのある者、また名を知っている者もいたのである。
貴族の階級の剥奪
領地の没収
一族の魔界からの追放
本悪魔拷問の後処刑
これだけの罰をエルシドは与えた。
まさに「見せしめ」としての魔王陛下の「憤怒」と「絶対的権力」を魔界全土の民に見せつけるには十分すぎる断罪であった。
執行後、魔皇法務裁判所からの声明があった。
魔皇法務裁判所からの声明
『一. 魔王陛下に対する不敬罪』
これは万死に値する重罪である。対象の悪魔及びその一族には、然るべき極刑と罰を既に執行済みである。本事例は魔界に生きる全ての民が厳粛に受け止め、肝に銘ずべきものである。
『二. 副魔王に対する侮辱及び名誉毀損の罪』
本件に於いて、副魔王クロエ閣下が被られたる甚大な誹謗中傷は看過し難く、国政に対しても重大なる影響を及ぼす事態である。
全悪魔は自らの立場を深く弁え、日常を営むことを厳命する。
魔皇法務裁判所判事 判事長 ギルティ
この声明が出されたことにより魔界は恐怖と支配に震撼した。
これによりエルシドは公の場で「クロエは自分の物」だと宣言したことになる。
この事件をきっかけに、宮廷内はクロエに対して沈黙という降伏を示し、全悪魔が魔王陛下とクロエ閣下に絶対の服従を示すようになった。
クロエはエルシドの恐ろしさに身も心も凍りつかせていた。
最早、自分が知る「エルシド」の姿の片鱗はどこにも見当たらないと思ったのだった。
たかだか自分のような悪魔の為にここまでするなど想像もしていなかったからだ。
怖い!! 怖い!! あの方が怖い!!
自分とは一体どんな価値があるというのだ!?
逃げ出してしまいたい、あの方の目の届かない場所に消えてしまいたい!!
「クロエ?」
何事もなかったかのようにエルシドの態度はいつもと変わることはなかった。
むしろあの事があってから、態度が露骨になったほどだ。
「はっ、申し訳ございません、少し疲れているようで……」
声をかけられたことに気づくのが遅れてしまったのだ。
「ああ、君は私の補佐としてよくやってくれている。働きすぎだから少し休んでリフレッシュするといい」
優しく微笑みを向ける主に、初めて心からの恐怖を感じた瞬間だったのだ。
この方からはもう逃げ出すことなどできないのだろう。
自分は発生した瞬間からこの方の物で、全てはこの悪魔の手の内にあるということを思い知らされたのだ。
エルシドが自分に望むものが「愛」なのか、「執着」であるのか、その両方であるのか今の自分には理解できない。
だが、その理解などこの悪魔は求めていないのではないかと思い至る。
ならば、この方が望む「従順」な『クロエ』でいればいいんじゃないか? 自分自身を守る為に……。
「君は、この魔界にとっても「宝」でもあり、この私にとっては「至上の輝き」なんだよ、それを忘れないでおくれ?」
エルシドは、美しいクロエの黄金の髪を一房逃げられぬように指先に巻きつけると、「獲物」の香りを愛おしそうに深く吸い込み口づけを落とした。
……今まで逃げ場などあったか? 初めからそんなものはなかったじゃないか。発生した時から『運命』など決まりきっていたじゃないか……逃げられない。
本能的な恐怖に背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「君はこれからはずっと私の側に居るべきだ」
私が作り上げた『美しい庭園』と言う檻で、私だけのためにその美しさを開花させ、咲き誇ればいい。…………そうだろ?
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