転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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7巻

7-1

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 1


 ステア王国、ティリア王国、ドルガド王国。
 この三国は隣接し合っているが、国の特色や国民性はかなり違う。
 学問の国のステアは知性的で研究熱心な国民が多く、織物の国のティリアは個性的で器用、ようへいの国のドルガドは身体的に優れ忍耐強いという特徴を持つ。
 そんな三国の友好と交流を目的に、『三国王立学校対抗戦』が始まったのが百五十年ほど前。開始以来、五年ごとに三国の王立学校中等部の生徒たちを競わせている。
 なぜ高等部ではなく中等部の生徒なのかというと、対抗戦開催当時にはまだ高等部がなく、そのままこんにちまで受け継がれてきたせいだ。
 開催国は持ち回りで、今回はドルガド王国で開かれる。
 そんな伝統ある対抗戦のステア王国代表メンバーに、俺――フィル・グレスハートと従者のカイル・グラバーは選ばれていた。
 カイルは身体能力が高いし剣術に優れているから選ばれて当然なのだが、まさか俺も選手になるとは思わなかった。何せ、今まで十歳以下の生徒が選出された例がない。年齢や体力面で考えても、俺のばってきは異例なことだった。
 三国王立学校対抗戦史上、最年少の代表かぁ。
 学校ではグレスハート王国の王子だということを伏せ、平民のフィル・テイラと身分をいつわっているから、あまり目立ちたくないのになぁ。下手したら身バレしそうだし。
 あぁ、どうか無事に終わりますようにっ!


 そんなことを祈りつつ、三国王立学校対抗戦は幕を開けた。
 対抗戦は三日間あり、一日目は開会式と剣術戦、二日目と三日目は探索戦、閉会式は探索が終わった直後に行われる。
 開会式は、ドルガド王立学校の敷地内にある闘技場で行われていた。
 さすがは武道に力を入れているドルガド王立学校と言うべきか、頻繁に生徒同士での剣術大会が開かれるため、学校敷地内に闘技場がある。
 観客収容人数は、およそ三千人。すり鉢状の構造で、観客席から闘技場全体が見下ろせるようになっていた。
 その観客席は、貴賓席・学生席・一般市民席で分けられている。
 正面中央に三国の学校長や王族のいる貴賓席があり、各学校の学生席の間に一般席を挟んでいる。
 観客に見下ろされながら、俺たち対抗戦代表は学校ごとに縦に整列していた。
 背の低い順に並んでいるので、一番小柄な俺は当然ステア王立学校代表の最前列だ。
 さらに言えば、横にいるドルガドやティリアの最前列にいる女の子たちと比べても、最も小さかった。
 俺が年下だからということもあるが、対抗戦代表者たちは平均より背が高く体格の立派な人が多い。年相応な体つきの俺が、体格比べでかなうわけがないのだ。
 俺は悲しい気持ちになりながら、何気なく正面中央の貴賓席を見上げる。
 ちょうどドルガド王国のディルグレッド・カルバン国王陛下が拡声鳥に触れ、対抗戦の開会式の祝辞を述べているところだった。
 拡声鳥はその体に触れながら話すと、拡声器のように声を周りに響かせることができる。
 闘技場内に響き渡るディルグレッド国王の声は、重みのある低音でとても威厳があった。
 ティリアやステアは皇太子の列席なのに、ドルガドは国王みずから観覧かぁ。さすが開催国、対抗戦への気合いの入り方が違うな。
 年齢は四十代半ばで、軍服に似た服装に長いマントを着用している。ドルガドの学生服も軍服に似た形をしているから、この国の正装はそういうタイプなのかもしれない。
 ディルグレッド国王は、そんな軍人に似た出で立ちで眼光が鋭いのでかなり迫力がある。
 不機嫌とまではいかないが、ずっと渋い表情をしているせいもあるだろう。
 俺の位置からは少し離れているし、ひげで口元が隠れているので定かではないが、一度も笑っていないと思う。他の来賓と挨拶する時でさえもだ。
 そう言えば、ゴードンさんも無愛想なタイプだったなぁ。
 ゴードン・ベッカーさんは、世界に名の知れたドルガド王国が誇る名匠だ。名剣を打つことで有名だったそうだが、今は武器制作をやめて包丁や鍋などの日用品を作っている。俺が今回対抗戦の探索戦に持っていく鍋や包丁も、ゴードンさんから購入した品だ。
 ゴードンさんは無愛想だったけど、見た目がドワーフみたいに小さくて中身もいい人だから、不機嫌さすらちょっと可愛い。ディルグレッド国王も、そうだといいなぁ。
 そんなディルグレッド国王の後ろには、ドルガド王立学校中等部ゾイド・ブルーノ学校長が控えていた。年齢は国王と同じ、四十代半ばくらい。服装は同じ軍服タイプでも、装飾がほとんどないとてもシンプルなものだった。
 ブルーノ学校長は身長が高く、ドルガドの一般的な男性より細身で穏やかなふうぼうをしている。
 シリルの話では、学校長になる前は戦でいくも功績を上げた優れた武人だったらしい。顔に似合わぬ怪力の持ち主で、怪我をして第一線を退き学校長となった今でも、並みの騎士ではかなわないという。
 考えてみれば、あの血気さかんなドルガドの生徒たちをまとめているのだから、ただの穏やかな人じゃ学校長は務まらないのかもしれない。
 俺はドルガド王国の貴賓席から、ティリア王国の貴賓席に目を向ける。
 義兄のアンリ皇太子殿下と皇太子妃であるステラ姉さん、アルフォンス兄さんとティリア王立学校中等部のマリータ・リグネ学校長がいる。
 アンリ義兄さんとステラ姉さんは、ジャケットとドレスを薄いブルーで合わせていた。時々ささやき合って微笑んでいる姿を見ると、本当にお似合いの夫婦だ。
 ただ、談笑しながらも、ステラ姉さんはアルフォンス兄さんの様子を気にしている。
 俺が対抗戦に出ると聞きつけて、観戦に駆けつけたアルフォンス兄さん。ステラ姉さんにとっても俺にとっても、それは予想外の事態だった。
 きっとステラ姉さん、アルフォンス兄さんがブラコンを駄々漏れさせないよう、監視してくれているんだろうなぁ。
 そんな妹の気苦労を知らないのか、知っていてあえて気づかぬふりをしているのかはわからないが、アルフォンス兄さんの瞳は一心に俺へと向けられていた。
 ……アルフォンス兄さんの視線が熱い。
 各校の代表が並んでいるから、俺だけを見ているとは思われないだろうけど、それにしたって見過ぎじゃないか。
 俺は困りながらアルフォンス兄さんから視線をずらし、マリータ学校長を見た。
 マリータ学校長は女性で、とても迫力のある美人だ。
 レイから「長く学校長を務めているから、少なくとも五十は超えているはず」との情報を得ているが、とてもそうは見えない。
 濃いめの化粧や色鮮やかな服からは、自分を見ろと言わんばかりの自信がみなぎっていた。
 ティリア王立学校は、自分の個性を自由に表現させる方針だってこともレイは言ってたな。
 確かに観戦しているティリアの生徒を見ると、全員が制服にアレンジを加えている。隣にいるティリアの代表メンバーも、運動服のえりそでにリボンや飾り羽根などをつけていた。
 そう言えば、ティリア側の宿泊テントも派手だったっけ。
 色彩豊かなティリアの客席を見ながら、ティリアの宿泊テントを初めて見た時の衝撃を思い出す。
 ティリアとステアの生徒たちは、ドルガド王立学校の敷地の一部を借りてテントを張っていた。
 対抗戦は三国共同のお祭りでもあるから、観戦に来る保護者たちだけでなく、お祭りに参加する行商人や観光者も増える。そのためドルガドの宿屋はどこも満室で、生徒たちが泊まれないのだ。
 幸いなのは、宿泊テントがとても快適なことだった。五人で一つのテントだが中はとても広いし、小さいながらも個々に簡易ベッドも入れられている。
 さらにテント群の近くには、ドルガド側が用意してくれた屋台村もあって、ご飯やおやつがそこで食べられる。まるでキャンプに来ているみたいな楽しさなのだ。
 そんな中で、一番驚いたのはティリアの宿泊テント群。
 カラフルな色と、賑やかな装飾で飾られたそのテントの一群は、ひときわ異彩を放っていた。
 あれを見た時、ドルガド側が娯楽にサーカス団でも呼んだのかと思ったんだよな。
 個性的なものは見る分には面白いと思うが、俺はあそこまで自分の個性を主張できない。
 やっぱり、ステア王立学校が一番俺のしょうに合ってる。
 そうしみじみと思いながら、ステア王国の貴賓席へ視線を向けると、そこにはマイラス・デュラント皇太子殿下と、ステア王立学校中等部のシーバル・ゼイノス学校長が座っていた。
 マイラス皇太子は、対抗戦ステア代表の副将であるライオネル・デュラント先輩のお父さんだ。
 デュラント先輩の涼やかな目元と、聡明な雰囲気は父親譲りなのだろう。開会式が始まる前に挨拶をさせていただいたが、一見クールなのに笑うと優しい目元に変わるところもそっくりだった。
 お会いできたことを喜んでいると、会話の中でとんでもないことが判明した。
 デュラント先輩は実家のお城に帰るたび、家族に俺の話をしているらしい。
 お風呂を作った話とか、こたつを設置した話とか、とにかく興味深い生徒なのだと語っているそうだ。
 俺がグレスハート王国の王子であることは、テレーズ女王とゼイノス学校長は知っている。つまりは、俺の学校生活は女王陛下に筒抜けってことだよね?
 そして当然、今回の対抗戦で起こったことも、マイラス皇太子とデュラント先輩からテレーズ女王に伝わるはずだ。
 三国が会するこの対抗戦、本当に目立たないように気をつけよう。
 俺は改めて、気を引き締めたのだった。


   ◇ ◇ ◇


 開会式が無事に終わると、これから行われる剣術戦のため、代表者たちは闘技場内部にある各学校の選手控室へと移動を始めた。
 最後尾にいたマクベアー先輩から歩き出したので、最前列だった俺はみんなの後ろについていく。その途中、俺はティリアの選手控室の前でふと足を止めた。
 すごい。入り口が色とりどりの旗や花、リボンで飾り付けられている。
 開会式が始まる前は、普通の入り口だったはずなのに。
 ここは一般の生徒が入って来られる場所じゃないから、選手たちが飾り付けたのかな?
 そう言えば、開会式の行進の時、ティリアだけ来るのが遅かった。
 しかし、短時間でよくこれだけ飾り付けができたなぁ。
 いついかなる時も美への意識は忘れない、ティリアの意地がかい見える。
 感心しながらきらびやかな控室入り口を見上げていると、その入り口のカーテンが開いて誰かが出てきた。

「この美しいリボンは、入り口にえる」

 美しいこうたくの青いリボンを見つめながら、その人は口の端に笑みを浮かべて呟いた。
 この人は……ティリア王立学校の大将で三年のイルフォード・メイソンだ。
 一昨日、三国の対抗戦メンバーが開示されたため、ステアの先輩方は各校代表者たちの情報収集をしてくれた。その後のミーティングにより、俺も他校選手の情報は頭に入っている。
 イルフォードは絵画や彫刻で素晴らしい作品を生み出しており、彼自身が美少年ということもあってファンも多いらしい。最近の剣術大会には出ていないが、剣の腕前も相当だという話だ。
 そんな彼の今の服装は、緑の運動着の左胸ポケットに白くて長い飾り羽根を差し、右肩にのみこんぺきの短いマントがついている。金髪の美形だから似合うが、とても派手な印象だった。
 イルフォードの金色の長いまつ毛が上げられ、アクアブルーの瞳が俺を捉える。
 やばい。目が合っちゃった。

「ステアの小さい子。……迷子?」
「え?」

 尋ねられて前を見ると、先を歩いていたメンバーがいない。俺が一番後ろだったから、気づかずに行っちゃったのか。

「あ、いえ、迷子じゃないです。大丈夫です」

 俺は頭を下げて、慌ててその場を離れようとした。

「待って」

 呼び止められ、足を止めて振り返る。

「はい? 何でしょう?」

 イルフォードはその問いに答えず、俺の真正面に立って上から下まで観察し、手に持っていたリボンを使って俺の首元で蝶結びにした。
 え? 何? どういうこと? これって、入り口にえるって言ってたリボンじゃないのか?
 戸惑う俺をよそに、結び終えたリボンを整えてイルフォードは満足げに微笑む。

「うん。君の青みがかった銀髪に、青いリボンがよくえる」
「あのぅ……。これ、入り口の飾りじゃないんですか?」
「うん。でも君のほうが似合う」

 にこにこと微笑むイルフォードに、俺は困惑する。
 俺としては、運動着にリボンを結んでいるってかなり変な格好だと思う。だが、これだけ満足そうにされると、リボンを外して返すのは失礼な気が……。
 どうしたらいいのっ! 誰か、答えをプリーズッ!
 どう対応すべきか迷っているところへ、再びティリア控室のカーテンが開いて、メガネをかけた少年が勢いよく飛び出してきた。

「イルフォード先輩、リボンをつけるのにどれだけ時間かかってるんですか! リボンより、試合前の最終確認しない……と」

 言い終える前に、向かい合う俺とイルフォードを見て動きを止める。
 彼は二年生で副将の、サイード・ウルバンだ。確か、ティリア代表メンバーの頭脳的存在だって聞いたな。
 サイードの運動服は、アレンジを加えているティリアの選手の中では最も原型に近い。しゅうやボタンを変える程度で、奇抜さは全くなかった。
 サイードはメガネをかけ直し、目をすがめて俺たちを見る。改めて、見間違いじゃないのかと再確認したようだ。サイードはいぶかしげな顔で尋ねる。

「何やってるんですか?」
「リボンを結んであげたところ」

 イルフォードの返事を聞き、サイードはこめかみを押さえた。

「そんなの見たらわかりますよ。何でリボンを結ぶことになったのかって聞いてるんです」

 脱力気味に言うサイードの背中に、一人の女の子が飛びついた。ツインテールの髪にリボンをつけ、運動服をフリルやリボンで可愛らしく飾った少女だ。
 えっと、確か……二年のリン・ハワード。ドルガド出身で、中等部からティリアに留学した子らしい。可愛らしい見かけによらず、武道に秀でているという。
 リンはサイードの背に乗っかりながら、得意げに言った。

「サイちゃん、そんなのもわからないの? 決まってるじゃない。この少年にリボンが似合うからよ。サイちゃんって、本当にセンスないんだから」
「リン、突然飛びつくなよ、危ないだろ。悪かったな、センスなくて」

 サイードが体を揺すり、背中に乗ったリンを振り落とす。
 リンはサイードに向かって舌を出すと、今度はイルフォードに向きなおりにっこりと微笑んだ。

「それにしても、イル先輩さすがですっ! そのリボンはこの子にピッタリですよ! もうこれ以外ないって感じです!」

 力強く言うリンに、イルフォードは嬉しそうに微笑む。

「だよね」

 ピッタリ……なのかな? よくわからないが、とりあえず似合ってるってことか?

「えっと、ありがとうございま……す?」

 疑問符をつけながらお礼を言った俺の頭を、イルフォードが優しく撫でる。その様子を見て、サイードとリンは「あーっ!!」と声をそろえて叫んだ。

「ちょっとちょっとちょっと! イルフォード先輩! いくら可愛いからって、他の学校の子の頭、気安く撫でちゃいかんでしょう!」

 サイードがイルフォードの手をつかむと、リンはすかさずそのつかまれた手に頭をもぐりこませた。

「イル先輩、そうですよ。他校の子より、可愛い後輩である私たちを撫でてください!」
「? ……わかった」

 イルフォードは首を傾げつつ、リンとサイードの頭を撫でる。

「違っ……もぉぉ、俺が言いたいのはそういう意味じゃなくてぇぇぇ! リンも変なこと言うなよ」

 サイードは脱力して、イルフォードの手をのけた。それから、俺に向き直り軽く頭を下げる。

「ごめん、フィル・テイラ君。イルフォード先輩は、ちょっと……いや、かなり変わってる人だけど、悪気はないから」

 目の前で繰り広げられるボケとツッコミに噴き出しそうになっていた俺は、名前を呼ばれて驚く。
 最年少で俺が目立つせいもあるだろうが、ティリアも当然こちらのことを調べているわけか。
 俺はサイードに向かって、にっこりと微笑んだ。

「ええ、わかっています」

 不思議な人ではあるが、イルフォードから悪意のようなものは感じられなかった。
 俺の返答に、サイードはホッと息を吐く。

「そろそろステアの控室に戻ったほうがいい。多分心配してるよ」

 そうだな。あまり遅くなったら、本当に迷子になったと思われそうだ。

「そうします。あ……そうだ。このリボンはどうしたら……」

 首元のリボンを指さすと、イルフォードは柔らかな表情で言う。

「あげる」

 そんなイルフォードをチラリと見たサイードは、困った顔をした。

「えっと……良かったらもらってあげて。あとで外してもいいから」

 これほどこうたくのあるリボンは相当高級な品ではないかと思うが、似合うと言ってわざわざつけてくれたのだから、遠慮しては反対に失礼に当たるかもしれない。

「どうもありがとうございます」

 俺は頭を下げてお礼を言い、小走りでステアの控室に向かった。


 ステアの控室に戻ると、カイルが慌てて俺に駆け寄る。

「何かあったんですか?」
「気づいたらいなかったから、迷子になったのかと思ったよ」

 安堵の息を吐くデュラント先輩たちに、俺は深々と頭を下げる。

「本当にすみません。ティリアの入り口の装飾がすごかったので、足を止めちゃいまして……」
「確かにあの装飾はすごかったよね」

 そう言ったシリルが、ふと俺の首元に視線を止める。

「どうしたの? そのリボン」
「あ……えと、ティリアの大将が、僕に似合うからってくれた」

 俺が口ごもりつつ言うと、皆はポカンとした後に噴き出した。

「確かに似合ってて可愛いわね」
「ええ、お人形さんみたい」

 クロエ先輩とサラ先輩はよほど可笑おかしいのか、ふるふると体を震わせている。
 俺だってこのリボンはどうかと思うけどさ、何もそんなに笑わなくても。
 少しねた気持ちになっていると、デュラント先輩は感嘆の息を吐いた。

「短い時間で、あのイルフォード・メイソンに気に入られるとは、さすがフィル君だね」
「『あの』って、どういうことですか?」

 首を傾げる俺に、デュラント先輩は苦笑する。

「彼には彼だけの世界があって、その世界に入ることができるのは、ごく限られた者だけという話だ。それ以外の者には、必要最低限の会話しか返さないそうだよ」

 へぇ、そんな気難しいタイプには見えなかったけどなぁ。
 俺は頭を触って、先ほど撫でられた優しい手の感触を思い返す。

「フィルが戻ってくる少し前に知らせがきたのだが、剣術戦の一試合目はそのティリアに決まった」

 マクベアー先輩の言葉を聞いて、俺は少し安堵した。
 初戦は緊張で体が硬くなりやすいから、ドルガドでなくて良かったと思ったのだ。
 ティリアにももちろん勝ちたいが、ドルガドには負けるわけにはいかない理由がある。
 ドルガド代表のディーン・オルコットと、とある賭けをしてしまったせいだ。
 ディーンはステア代表にいるシリル・オルコットの兄で、武道に秀でている少年だ。
 シリルにとって尊敬する兄であり、コンプレックスの元でもあった。
 兄からのしっ激励に委縮するようになり、剣術の試合で勝てなくなってしまったのだ。
 自信をなくしたシリルは、さらに負け続けるという悪循環におちいった。
 シリルのお父さんはそれに気がつき、シリルにステア王立学校中等部への留学を勧めた。剣術担当であるワルズ先生が、シリルに合った戦い方を教えてくれると考えたからだ。
 しかしディーンの目には、留学することでシリルが剣の道から逃げたように映ったらしい。
 ディーンがシリルの留学継続を認める条件は、この剣術戦でステアの剣術がドルガドよりも勝っていると証明すること。
 それができなければシリルをドルガドに呼び戻し、再度自分が弱い精神を鍛え直すという。
 これはシリルのお父さんは関知していないことだから、絶対的な執行力はない。だが、シリルの選択が間違っていないことを証明するためにも、ステアは勝たなくてはならなかった。

「いよいよ剣術戦か。どんな相手と戦うか楽しみだな」

 マクベアー先輩は好戦的な瞳で笑い、パンッと自分の手のひらにこぶしを当てる。
 そんなマクベアー先輩を見て、俺はいよいよ対抗戦が始まるのだと実感した。


   ◇ ◇ ◇


 それから半刻ほど経った頃、ステアとティリアの代表は再び闘技場へやってきた。
 次の試合の参考となってしまうため、ドルガド代表はステアやティリアの試合を観戦することができない。
 闘技場中央にはロープで四角く枠が引かれ、それを挟んで向かい合う形でベンチが置かれていた。それぞれのベンチに、ステアとティリアの代表選手が腰掛ける。
 間近で観戦できるこのベンチは、最も迫力が感じられる特等席だ。
 ステアの剣術選手は、マクベアー先輩とクロエ先輩とカイル。
 ティリアの剣術選手は、先ほど会ったイルフォードとリン、それから二年のルパート・ペルンという少年だった。
 ルパートは半年前に子供剣術大会に出場し、成績は三回戦止まりだったそうだ。
 その試合を観戦したマクベアー先輩の話では、中の上といった腕前らしい。

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