転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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7巻

7-2

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 このように、対抗戦では過去に相手が出場した大会の成績や戦い方が参考になる。
 ただ、イルフォードとリンは、ここ数年公式の剣術大会に出場していなかった。
 最後に出場した時の成績は、イルフォードが四年前の子供剣術大会五位、リンが三年前の女子子供剣術大会優勝だという。
 そこまで前の成績だと、どれくらい強くなっているのか、あるいは大して伸びていないのか、なかなか判断の難しいところだ。
 まぁ、うちにも剣術大会未経験のカイルがいるから、ティリア側も推し量りきれないだろう。
 なんにしても、代表者に選ばれているくらいだ。どの相手も油断するべきではない。
 剣術戦のルールは、いくつかあった。


 1.武器は木製の、模造の剣を使うこと。
 2.剣術と併用した体術は、使用してもよいものとする。
 3.召喚獣は使用しないこと。
 4.試合開始から終了までの間、対戦している者以外の第三者の介入、もしくはほう助があった場合、その試合のみならずチーム全体が敗戦となる。
 5.頭部や急所への攻撃は寸前で止めること。寸止めとなった時点で、勝負ありとする。
 6.対戦者のどちらかが負けを認めた場合、もしくは流血や戦意喪失によって審判が危険であると判断した場合に、その個人戦は敗戦とする。
 7.三試合中、二勝した学校を勝ちとする。だが、得点算出のため、二戦で勝敗が決しても三試合目は行われる。
 8.代表者三名のうち、対戦相手の組み合わせと順番は、くじ引きによって決定する。


 色々あるルールの中で、最後のくじ引きが意外に厄介だった。
 組み合わせによって、チームの勝敗が左右されるからだ。
 例えば、マクベアー先輩はうちのチームで一番強く経験もあるため、相手チームの一番強い相手と当たったほうがステアのチーム勝率は上がる。
 ティリアで言えば、未知数であるイルフォードかリンのどちらかを引き受けてもらいたい。
 中央でくじを引いたマクベアー先輩たちが、一度ベンチに戻ってくる。

「どうだった?」

 デュラント先輩が尋ねると、マクベアー先輩は小さくうなった。

「俺がルパートで、クロエがイルフォード、カイルがリンだ。今言った順番で、試合をする」
「そうか、マクベアーはルパートか……」

 デュラント先輩が呟くと、クロエ先輩とカイルが真剣な顔で言った。

「大将相手でも、剣術戦に選ばれた者として頑張るわ」
「俺も負けるつもりはありません」

 真っ直ぐな瞳の二人に、デュラント先輩が頷いた。

「そうだね。相手の手の内がわからなくても、最善を尽くすしかない。三人とも怪我をしないよう気をつけて」

 微笑むデュラント先輩に対して、三人は力強く返事をした。


   ◇ ◇ ◇


 そうして幕を開けた剣術戦。一試合目のマクベアー先輩とルパートの試合は、圧倒的な力の差を見せつけてマクベアー先輩が勝利した。
 技量の差もあるが、これはマクベアー先輩が試合慣れしていることも大きかったかもしれない。
 対抗戦の初めの試合ということもあって、ルパートがすっかり会場の雰囲気にのまれてしまったのだ。体のこわりがとけきらないうちに、マクベアー先輩の剣がルパートを追い詰め、大して打ち合わないうちに自滅に近い形で試合は決着した。

「気持ち、わかるなぁ」

 シリルは肩を落としてベンチに戻っていくルパートの背中を見つめ、気の毒そうな顔をした。
 だよねぇ。これだけ大勢の観客がいて、なおかつ学校の名を背負っての戦いだ。緊張するのも当然だろう。
 しかも、相手は剣術大会優勝の常連であるマクベアー先輩だもんな。委縮しないわけがない。
 そのマクベアー先輩はというと、ベンチにどっかり座ってうなった。

「うーむ。気持ちを作るまで、待ってやるべきだったかなぁ」

 さすがマクベアー先輩、相手を気遣う余裕まである。

「マクベアー、対抗戦なんだから手加減はダメだよ」

 デュラント先輩に釘を刺され、マクベアー先輩は「冗談だって」と笑った。
 二試合目は、クロエ先輩とティリアの大将イルフォードだ。
 ティリア側の生徒から、大声援が飛ぶ。大きくて鮮やかな染色をほどこされた旗には、『イルフォードさま、がんばれ!』『イルフォードさま、かっこいい!』なんてことが書かれていた。
 ルパートの時以上に熱のこもった声援で、イルフォードが相当人気者なのだと知る。
 しかし、当のイルフォードはそんな声援など興味ないといった様子だ。
 ふわっと辺りを見回して、俺に目を留めると、少しがっかりした顔になった。
 ん? なんだ? 何をそんなに…………あ! 首のリボンを取ったからか!
 俺は手を挙げて、手首に巻いたリボンを見せる。
 さすがに首にリボンは恥ずかしくて取ったが、せっかくの厚意なので手首に巻き直したのだ。
 それを見たイルフォードが嬉しそうに微笑むと、ティリアの生徒から失神でもしそうなくらいの黄色い悲鳴が上がった。

「ちょっと、イルフォード先輩! なごんでる場合じゃないですよ! 勝ってくださいね!」

 ベンチにいるサイードが叫んで、イルフォードはコクリと頷いた。
 やっぱり不思議な人だなぁ。戦うイメージなんてないけど、本当に噂通りに強いのだろうか。
 ちょっぴり疑いつつ、始まった試合を見つめる。
 クロエ先輩は細身の女子でありながら、振り下ろす剣はとても力強い。木の剣であっても、攻撃が当たれば革の防具の上からでも衝撃があるはずだ。
 イルフォードはそのクロエ先輩の攻撃を、前に後ろに左右にと体を移動してすり抜ける。
 動くたびに肩に留められた短いマントがひらめいて、華やかな剣舞を見ているみたいだ。
 クロエ先輩の攻撃だって遅いわけじゃない。それを苦もなく避けられるということは、動体視力と反射神経がいいんだな。
 それにしても、イルフォードは剣を避けるだけで、攻撃する気配がない。
 やる気がないのか、それとも隙をうかがっているのだろうか。
 クロエ先輩の表情を見ると、自分の攻撃が当たらず向こうからも攻撃されないので、イラついているように見えた。それと同時に、だんだん剣さばきも荒くなっているのがわかる。
 イルフォードが飄々ひょうひょうとした様子だから、余計にムキになってしまうのだろう。

「くっ!」

 クロエ先輩が、強引に剣を振り下ろす。

「あぁ、焦ったな……」

 マクベアー先輩が渋い顔で呟いた瞬間、守りに徹していたイルフォードが、今までと違う動きを見せた。
 避けると同時に前に足を踏み出し、剣をクロエ先輩に向かって突き出したのだ。クロエ先輩はとっさに後ろに飛んだが、イルフォードの剣は体全体を使って前に伸びてくる。
 気づけばクロエ先輩の着ている革の防具の、みぞおち辺りに剣が当てられていた。本物の剣だったら、致命傷を負う位置だ。
 その瞬間、審判が「勝負あり」と手を挙げた。
 ティリアの生徒たちが旗を振って大喜びする中、クロエ先輩とイルフォードは一礼してそれぞれのベンチに戻る。
 クロエ先輩は悔しそうな顔で、俺たちに頭を下げた。

「すみません」
「いや、クロエはよくやった。最後少し冷静さを欠いたが、動きは悪くなかった」

 マクベアー先輩の言葉を受け、クロエ先輩はうつむいた。

「対峙しているのに、イルフォードはまるで私を見ていないみたいで……。相手にされていないと思ったら、冷静さを失ってしまいました」
「なぁに、一勝一敗で勝負としては面白くなったさ」

 笑うマクベアー先輩にクロエ先輩は小さく頷いて、それからカイルに向き直った。

「カイル君、お願いね」
「任せてください」

 そう言ったカイルの顔は、いくさおもむく若武者のそれだった。
 緊張と気合いの入り混じったカイルの背中を、俺は軽く叩く。

「いつものカイルで頑張って」
「ありがとうございます! いってきます」

 カイルは小さく息を吐いて微笑み、闘技場中央へ走っていく。
 ティリア側を見ると、リンもちょうどベンチから出てくるところだった。

「よーし! イル先輩に続いて勝つぞー! イル先輩、見ててくださいね!」

 リンは元気な声でそう言って、イルフォードに満面の笑みを向ける。
 イルフォードは薄く微笑んでコクリと頷いただけだったが、リンは満足げな顔をした。
 手に持った剣をブンブンと振り回し、気合い十分で中央へ歩いていく。


 そんなリンの姿に、観客がどよめいた。
 リンの両手に一本ずつ、短めの木製剣が握られていたからだ。
 観客の反応に気がついたリンは、パフォーマンスのつもりなのか、器用に剣をくるくると回す。その鮮やかな手さばきに、観客から歓声や拍手が起こった。

「あれって……双剣。二刀流ってことだよね?」

 俺は驚いて、隣のシリルに尋ねる。シリルはリンから視線を外さず、俺の問いかけに頷いた。シリルも驚いているみたいだ。

「僕がドルガドの王立学校に通っていた時、学校で行われていたリン先輩の剣術の試合を見たことがあるんだ。でも、その時は普通の長剣だったはずなんだけど……」

 今回の剣術戦のルールは、木製の剣を使うというだけで、剣の形状や戦闘スタイルについては記されていない。つまり、双剣や大剣であっても問題ないということだ。
 ただ、双剣は当然ながら長剣と扱い方が異なり、それ専用の高度な技術が必要になる。同じバランスで両手の剣を扱うのは難しいし、打ち合った時の衝撃に片手で耐えられるよう、握力や腕力もいる。長剣より短い分、間合いで劣ってしまう短所もあった。
 それゆえ、大抵は実戦でも試合でも、長剣を使用する場合が多い。
 リンは見た感じ小柄な女の子だけど、相手が長剣でも打ち負けない握力と腕力があるのだろうか。

「双剣は長剣に比べて短くて接近しないといけないうえに、片手で持つから威力も弱いのに……」

 理解できないという顔のシリルに、マクベアー先輩は腕組みをしながらうなる。

「普通だったら使い物にならんだろうが、今回の対抗戦のルールを利用して、あえて双剣にしたのかもしれんな」
「どういうことですか?」

 ピアーズ先輩の問いに、マクベアー先輩は口角を上げた。

「双剣の利点は、剣の小回りがきくことと、手数が多く出せることだ。威力はないが、急所や致命傷を与える箇所に剣が当たれば審判によって勝ちとなる」

 俺は「なるほど」と頷きながらも、マクベアー先輩に疑問をぶつける。

「でも、それってリスクが高くないですか? 急所に当てるには、かなり接近しないといけないですよね?」
「まぁな。身のこなしが相当俊敏で、剣の扱いが上手くなきゃできない作戦だ。でもあの自信ありげな顔を見ると、俺の読みも悪くなさそうだろう?」

 マクベアー先輩の言う通り、リンは剣を軽く振りながらどこか楽しそうにしていた。
 俺はマクベアー先輩と同様に腕組みをし、祈る気持ちで闘技場中央にいるカイルを見つめる。
 審判による開始の合図と同時に、カイルとリンは動き出した。
 直後、木の剣のぶつかり合う高い音が闘技場に響く。
 カイルが速攻を仕掛け、リンは二本の剣でそれを受け止めたのだ。
 剣に力を込めながら、リンは大きく目を見開いていた。ティリアのベンチも、リンと同じくらいきょうがくしているみたいだ。
 それだけでなく、ドルガドやティリアの観客からも驚きの声が上がっていた。
 ふっふっふ。皆、カイルの速さに驚いてるな。
 俺は腕組みをしたまま、我がことのように、にんまりと笑う。
 カイルのあの攻撃を防いだのだから、リンの反射神経も大したものだと思う。
 でも、俊敏さに秀でているのが自分だけだと思ってもらったら困る。
 うちのカイルだって、ステアの代表メンバーの中で一番の素早さだ。
 それに対抗戦前の一ヶ月の猛特訓で、カイルの速さには磨きがかかっている。

「ちょ、サイちゃん! こんな子っ、いるなんてっ、聞いてないわよっ!」

 リンは剣でカイルの攻撃を防ぎながら、ベンチにいるサイードに文句を言う。カイルの剣の力が勝るのか、リンは少しずつ後退していった。

「だから油断はするなって言っただろ!」
「そうだリン! 防ぐばかりじゃ駄目だ! 攻撃をしろっ!」

 サイードやメンバーから声をかけられるが、リンは悔しそうな顔で唇を噛んだ。

「簡単に言わないでよっ!」

 そう。見ていると、リンも隙を見て攻撃をしようとうかがっているのがわかる。だが、カイルに行動を先読みされて、攻めきれないみたいだ。

「くっ、こうなったら……」

 リンはカイルと一定の距離を取ると、体勢を低くして双剣を構えた。そして一気にカイルに向かって走り出す。
 剣のぶつかり合う音が、絶え間なく闘技場内に響く。手数で押して、カイルが防いでいる隙に急所を狙うつもりなのか、リンの攻撃は先ほどより速くなっていた。
 しかし、カイルも負けてはいない。冷静にリンの攻撃をかわしつつ、時々タイミングをずらして動くことで、リンの攻撃リズムを崩している。
 この戦いで根負けしたのは、やはりリンだった。手数を増やせば、それだけ体力が削られる。二本の剣を扱う分、リンの消耗は激しかった。消耗しきる前に決着をつけたかったのだろうが、カイルの力量がリンの想定を上回ったのだ。
 カイルの強打を剣で何とか防いだリンだったが、体力がもたず後ろに倒れた。カイルが首元に剣を当てようとする前に、リンは剣を放して手を挙げる。

「ま……負けました」

 倒れたままの状態で、それだけ言うとパタリと手を落とす。起き上がることもできず、ぜいぜいと息を吐いていた。
 カイルはそんなリンに手を貸して、起こしてやる。
 勝負が決したと同時に、ティリアのベンチから心配したメンバーがリンに駆け寄った。
 ステアだけではない観客の賞賛の声が、場内に響き渡る。それだけ見ごたえのある試合だったのだろう。
 安堵の息を吐いてベンチに戻ってきたカイルに、俺たちメンバーは喜びを抑えきれず抱きついた。
 ティリア戦を二勝一敗で制し、まずはステアの勝利だ。






 2


 ティリアとの試合を終えた俺たちは、控室に戻って休憩をとっていた。
 自分が戦ったわけではないのに、この疲労感はなんだろう。応援しているほうも、自然と力が入っちゃうのかな。そう考えると、戦っている本人の緊張はいかばかりか。
 あぁ、本当に剣術戦のメンバーじゃなくて良かった。
 持ってきたマクリナ茶を飲みながら、「ほぅ……」と息を吐く。
 ティリアも休憩を終えて、今頃ドルガド戦の最中だろうか。
 リンはカイルとの試合で大分疲労していたが、おそらくドルガド戦で控え選手は使わないだろう。
 最後にチーム同士で挨拶をした後、カイルに向かってリンが「何なの君! 速さじゃ誰にも負けないと思ってたのに、想定外だよっ! ドルガド戦は絶対に勝ってやるぅ!」って悔しがっていたものな。
 その時のことを思い出して、俺はちょっと笑った。
 ちょうどその時、マクベアー先輩と相談していたデュラント先輩がシリルを手招きする。

「次のドルガド戦なんだけど、おそらくディーン・オルコット、マッテオ・ボーグ、ミカ・ベルジャンの男子生徒三人、正規メンバーで来ると思う。ミカ以外の二人は、力の強いタイプなんだ。くじ引きの組み合わせの確率を考えると、出場するのはクロエ先輩のほうが良いんじゃないかと思う」
「そう……ですか」

 シリルはそう呟いて、うつむいた。
 それでは、シリルは控えのままということか。
 確かに状況によって決めると言われてはいたが、その結論を聞いた俺とカイルは顔を見合わせて落胆した。
 デュラント先輩は、うつむくシリルをジッと見つめて言う。

「だけど、もし戦う意志が強いのであれば、君の希望を尊重したいと思ってるんだ」
「え……」

 顔を上げたシリルに、デュラント先輩とマクベアー先輩が微笑む。
 つまり、シリルが希望すれば出場できるということか。さすがデュラント先輩とマクベアー先輩だ。勝率よりも後輩の意志を尊重してくれるとは。
 あとは、シリルの気持ち一つ。

「僕……僕は……」

 シリルの返事を、部屋にいるメンバー全員がかたんで待つ。
 その時、暇だからと通路に出ていたピアーズ先輩が、控室のカーテンを勢いよく開けて入ってきた。
 ピアーズ先輩、タイミングーっ!! 
 メンバーたちがどっと脱力する中、ピアーズ先輩はマクベアー先輩とデュラント先輩に近づく。
 いつもは緊迫感が少し足りないピアーズ先輩だが、今はひどく真剣な顔をしていた。

「ティリアが、ドルガドに負けた」

 ピアーズ先輩から発せられた言葉に、俺たちはきょうがくする。
 え、ティリアの休憩が終わって、まだ間もないはずだ。こんなに早く試合が終わるはずがない。
 たちの悪い冗談かとも思ったが、ピアーズ先輩の顔はいたって真面目だった。

「ティリアが負けた? まだ試合開始からそう時間は経っていないだろう。どういうことだ?」

 マクベアー先輩が眉をひそめて、ピアーズ先輩をにらむ。

「反則負けですよ。一試合目がリンとドルガドのミカ・ベルジャンだったんですけど、試合中にイルフォードが入ってきたみたいで」
「イルフォードが? どうして?」

 デュラント先輩が驚くと、ピアーズ先輩は困った顔で首を振る。

「詳しくはわからないです。僕が暇つぶしに廊下をうろうろしていたら、対抗戦係員がバタバタしだして、理由を聞いたらティリアが反則負けしたって。だから僕、慌てて知らせに来たんですよ」

 そう言って、近くにあった椅子に腰を下ろす。
 ティリアが反則負け……。いくらイルフォードが浮世離れしてると言っても、理由もなしに試合に介入するとは思えないけどな。

「ドルガドのミカは、剣術大会も取り立てていい成績ではなかったはずだが、イルフォードが乱入せねばならんほどのことが起こったのか?」

 マクベアー先輩は低く呟き、腕組みをして考え込む。

「とりあえず、しばらくしたらステアとドルガドの試合をすると連絡が来ると思いますよ。まぁ、会場も騒然としているみたいですし、すぐには始められないでしょうけど」
「そうか、わかった。ありがとう、キーファ」

 デュラント先輩はピアーズ先輩に礼を言い、それから視線をシリルに向けた。

「シリル君。先ほどの答えだが…………シリル君?」
「え? ……あ、はい!」

 デュラント先輩の呼びかけに、何か考えごとをしていたシリルが返事をする。
 いくぶんか血の気の引いた顔色を見て、デュラント先輩は心配そうに眉を下げた。

「大丈夫かい? やはり出るのはやめる?」
「いえ……出ます」

 シリルはしっかりとした口調で言った。マクベアー先輩はにっこりと微笑み、シリルの肩を叩く。

「わかった。シリル、頑張れよ」
「はい……」

 硬い表情で頷くシリルを見て、俺は少し違和感を覚えた。
 気弱なシリルがやる気になってくれたのは、大変嬉しいことだ。だが、気合いとは違って、どこか思い詰めた様子にも見える。
 ディーンとの約束を前に、気負っているのだろうか。
 いや、何となくそれとも違うような……。
 考え込んでいた俺は、マクベアー先輩が手を叩いた音にハッとする。

「さて、シリルの出場が決まったことだし、一度作戦を練り直すか」

 メンバーたちが頷く中、俺はすかさず手を挙げる。

「すみません。僕、ちょっと席を外してもいいでしょうか? ティリア側の様子を、少しうかがってこようかと……」

 俺の言葉に、マクベアー先輩が驚く。

「情報収集ってことか? 一人で大丈夫か?」
「俺も行きます」

 慌てて手を挙げたカイルを見て、俺は苦笑した。

「ダメだよ。カイルはこれから作戦会議でしょ。それに潜入じゃなくて、通り過ぎつつ様子を見てくるだけだから。二人で行ったら目立っちゃうしね」

 そう言ってにっこりと微笑むと、カイルはうなれて俺を見る。
 捨てられた子犬みたいな顔をしないでよ。

「ちょっと行って帰ってくるだけだってば」

 困った様子の俺を見て、デュラント先輩は小さく笑った。

「フィル君の提案に乗ってみようかな。ほんの少しのことでも、情報は必要だからね。カイル君には我慢してもらわないといけないんだけど」

 デュラント先輩の口添えに、カイルは不承不承頷く。だが、出て行きかけた俺の耳元でささやいた。

「せめてキミーを連れて行ってください」

 そう言って、闇の妖精のキミーを俺の前にこっそりと出す。

【カイルの心の平穏のため、フィル様を見守りまっす】

 キミーはくるりと一回転して、決めポーズをした。
 カイルと仲の良い闇の妖精たちは、カイルの命令で人や建物の影の中に隠れながら俺を見張っていることがある。俺に何かあれば、すぐさまカイルに知らせるのだ。

「大げさだよ」

 笑う俺を、カイルはジトリと見た。

「さっき少し目を離しただけで、リボンをつけられてたじゃないですか」

 うっ、それを言われると痛い。

「わかった、連れてくよ。でも、廊下からこっそり様子をうかがってくるだけだから心配しないで」

 カイルを安心させるように言って、俺はキミーと一緒にステアの控室を後にしたのだった。


 そうしてこっそりうかがうはずだったのだが……。
 ティリアの控室に向かう途中、俺はイルフォードにばったり出くわしてしまった。

【フィル様、こっそりじゃなかったの?】

 会話をするわけにもいかないので、呆れ口調のキミーの言葉を大人しく受ける。
 俺だってしょぱなから大誤算だよ。人のこと言えないけどさ、何で一人でこんな所にいるんだ。
 ティリアの生徒が通るはずのない、ドルガドの控室を横切るルートからわざわざ来たのにさ。
 俺はキミーに向かって静かにしているよう指示を出し、イルフォードを見上げた。
 イルフォードは俺を見下ろしてポツリと呟く。

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