転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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7巻

7-3

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「相変わらず小さい……」

 さっき会ったばかりで、急に伸びるかい!
 俺の頭を撫でてほんわか微笑むイルフォードに、内心ツッコミを入れる。
 その時、イルフォードを探しに来たのか、ティリア側の通路からサイードが急ぎ足でやって来た。

「あー! やっと見つけた。勝手にいなくなるから探したじゃないですか! って、あ、君……」

 サイードはたどり着く直前で速度を緩め、俺を指さす。
 そんなサイードを、後ろから来たリンが突き飛ばした。

「そうですよぉっ! 私の傷ついた心をいやしてくれるのは、イル先輩しかいないのにぃっ! ……って、あー!! また他校の生徒を撫でてるっ!」

 駆け寄ったリンはイルフォードの腕にしがみつくと、俺に向かって口をとがらす。

「少年。いったいどんな手を使って、イル先輩をろうらくしたの? 可愛さ? 小ささ? 可愛くて小さいってことなら、私だって負けてないと思うんだけど」

 そんなの俺が聞きたい。

「何もやってないです」

 俺が困って眉を下げると、リンは胸を張る。

「気に入られているかもしれないけど、私だって負けないよ! 私はイル先輩の美的才能に憧れて、留学までしたんだから」

 リンの留学って、イルフォードを追いかけてなのか。
 武術に優れた生徒だったっていうから、武術が強いとは言えないティリアに留学したのはどうしてだろうとは思っていたんだけど……。
 ともあれ、リンは大きな外傷を負った様子もなく、とても元気そうだった。

「リンさん。試合のことを聞いて心配していたんですが、大きな怪我はないみたいですね。良かったです」

 俺は安堵して、にっこりと微笑む。すると、突然リンが俺に抱きつきぐりぐりと頭を撫でた。

「やだ。可愛いっ! これね! これがろうらくの技っ!」
「ち、違います。わ、技じゃないですよぉ」

 リンから離れようとするが、双剣を扱えるだけあって腕力がすごく、なかなか抜け出せない。
 俺がリンの腕の中でもがいていると、サイードが助けてくれた。

「リン、放してやれって。お前、力が強いんだから。……大丈夫かい?」
「ありがとうございます」

 息を吐いてサイードを見ると、彼は真顔で俺を見つめていた。

「試合のことを知っているんだね。次の試合のために情報を仕入れに来たの? ステア側は、どこまで知ってるんだい?」

 俺の真意を探るかのような瞳に、何と答えようか迷った。
 真正面からこう切り出されたら、変に嘘をついても駄目だろうな。ここは正直に話そうと、心に決める。

「ティリアが反則負けをしたと聞きました。その理由は、イルフォードさんがリンさんの試合に介入したからだと。でも僕は、イルフォードさんが理由もなくそんなことをする人に思えなくて……」

 真っ直ぐ見据えながら言うと、リンが俺の頭をいい子いい子と撫でる。

「偉いわ! イル先輩のこと、よくわかってるじゃない!」
「それで、確認に来たのか?」

 サイードは意外そうな顔をし、俺はリンに頭を撫でられながら困った顔をした。

「控室の様子を、少しうかがうだけでよかったんですけどね。その前にイルフォードさんと遭遇するとは思いませんでした」
「そうだろうな。俺たちだって、イルフォード先輩が急にいなくなるから驚いたよ」

 そう言いながら、俺に苦笑してみせる。何となくその表情で、サイードが俺への警戒を解いたのだとわかった。

「イルフォード先輩、何でいなくなったんです?」

 サイードがにらむと、彼はうれいを帯びた様子でまつ毛を伏せた。

「ドルガドの控室に、謝罪に行こうと思って……」

 答えを聞いて、サイードとリンが目を大きく見開く。

「なっ! 一人で、ドルガドの控室に行こうと思っていたんですか?」
「何でですか! イル先輩、全然悪くないじゃないですか! もとはと言えば、向こうのせいなのに!」

 リンは鼻息荒く、だんを踏む。

「でも、対抗戦を混乱させたのは事実だ」

 そう呟くイルフォードの姿は、責任あるティリアの大将のそれだった。サイードとリンは、唇を噛んでうつむく。

「それでも……今の段階で行かせるわけにはいかないです」

 サイードは沈痛なおもちで言い、リンもそれに頷く。

「私も、サイちゃんの意見に同意。私はドルガド出身だから、ドルガドの代表全員がミカみたいだとは思いたくないけど。でも、わかんないもん」

 イルフォードはしばらく黙っていたが、二人の説得に小さく頷いた。
 それを見たサイードとリンはホッと息を吐く。
 ん~、どういうことだろう。やはり、イルフォードの乱入には理由があったみたいだけど……。
 俺が黙って三人の話を聞いていると、それに気づいたサイードが、少ししゅんじゅんしたあと口を開いた。

「君に忠告しておこう。ドルガドのミカ・ベルジャン。彼には気をつけたほうがいい」
「ミカ・ベルジャンですか?」

 俺が聞き返すと、リンはコクリと頷いた。

「そう。ミカのやつ、私の喉に向かって切りつけようとしたの。イル先輩が止めに入ってくれなかったら、危なかったんだから」
「でも、急所への攻撃は寸前で止める規則ですよね?」

 俺が尋ねると、サイードは眉をひそめ口元をゆがめた。

「あぁ、向こうが切りつける前にイルフォード先輩が止めに入ったから、実際にどうするつもりだったのかはわからない。だが、イルフォード先輩や対峙したリンは彼の殺気を感じ取ったらしい」
「審判は異変に気がつかなかったんですか?」

 俺の問いに、リンが不機嫌そうに口をとがらせる。

「怪しんではいたわよ。でも、ミカは良い子のふりでごまかすのが上手なの。イルフォード先輩が助けに来てくれた時も、『僕の戦い方が誤解を招いてしまったようですみません』って謝るのよ。目線と軌道で狙ってたのはわかってるのに、証拠がないなんて。もう、腹立つっ!」

 そう言って、リンは頬を膨らませる。
 確かに向こうのルール違反が明らかだったなら、イルフォードの乱入も仕方ないと思われただろう。
 だが、証拠が『殺気』や『目線』だけでは不十分だ。それだけで起こっていない事件を立件するのは難しい。
 ミカが危険な行為をして、リンが怪我をする前にイルフォードが防いだのはいいけれど、それが反対にルール違反になった……というのが事のあらましか。

「とにかく次の試合、ステアも気をつけるんだよ」
「頑張ってね!」

 サイードとリンに肩を叩かれ、イルフォードには頭を撫でられた。


 俺はイルフォードたちと別れ、ステアの控室に戻る道すがら、先ほど聞いた話をはんすうしていた。
 ドルガドの二年生、ミカ・ベルジャン……。
 デュラント先輩が事前に調べた情報では、剣術大会では今までいい成績は残していない。
 だが、ティリア戦の話を聞くに、あのリンを追い詰めるほどの実力はあるということだ。
 先ほど聞いたように、ミカが急所を狙ったのが仮にわざとであれば、それだけの力があって正面から戦わなかった理由は何だろう。
 実際に試合を見ていないし、ミカがどういった生徒なのかもわからないしなぁ。
 うーん。シリルは年齢が近いから、ミカのことを何か知っているだろうか。
 そんなことを考えていると、キミーが俺の行く手をさえぎった。

【フィル様、待って! そっちの通路から誰かが来るわ】

 キミーが言っているのは、ドルガドの控室がある通路だ。対抗戦係員ならまだしも、ティリアに続きドルガドの選手と鉢合わせするのはまずい気がする。

【こっちこっち】

 キミーが通路の柱の陰に俺を連れ、暗闇のヴェールで体を包む。闇の妖精の能力で、俺の姿を覆い隠してくれたみたいだ。

【音は隠せないから、静かにね】

 キミーの言葉にまばたきで返事をする。
 それと同時に、ドルガド控室側の通路から二人の少年がやってきた。ディーン・オルコットとミカ・ベルジャンだ。
 控室から離れて足を止めると、辺りに人がいないかを確認する。
 他の人には聞かれたくない話だろうか?
 俺は柱に張り付いて、音を立てないよう注意しながら様子をうかがうことにした。

「ディーン先輩、話って何ですか? もうすぐステア戦、始まっちゃいますよ」

 ミカは物腰柔らかく、穏やかな口調の少年だった。その様子からは、危険な剣術をするような印象は全く受けない。どちらかと言えば、温和な雰囲気さえする。
 だが、ミカを見るディーンのまなしは、隠しきれない怒気をはらんでいた。

「ステア戦の前に、さっきの試合について話がある」
「ティリアが勘違いして、試合に乱入した件ですか?」

 ミカが小首を傾げて尋ねると、ディーンはきつく眉を寄せた。

「俺の目をごまかせると思っているのか。いや、俺だけじゃない。お前の殺気は、イルフォードみたいにわかる奴にはわかる」
「殺気だなんて大げさな。ちょっと熱くなり過ぎちゃっただけですよ」
「本当か? ティリア側が言うように、急所を狙うつもりだったんじゃないのか? あの時、お前の剣は審判の死角に入っていた。もしイルフォードが止めに入らなければ……」
「さっきも言いましたけど、僕が狙った証拠なんてないでしょう? 感覚だけじゃ話になりませんよ。現に審判や観客だって、結局何も言わなかったじゃないですか」

 そこまで言って、ミカは何かひらめいたのか手を叩いた。

「でも、明日の探索のことを考えると、リンを怪我させてしまっても良かったかもしれませんね。僕は反則負けになるでしょうが、チームとして負けなければいいわけですし。身体能力の高いリンが探索に参加できないのは、ティリアにとって相当痛手に……」

 言い終わらぬうちに、ディーンがミカの胸ぐらをつかんで壁に押し付けた。

「お前……どこまで……」

 顔を寄せてにらむディーンに、ミカは苦しそうにしながらもニコリと笑った。

「いやだなぁ、冗談ですよ。メンバーを信じてくれないんですか?」

 キミーが俺の後ろに隠れて、小声で呟いた。

【何かあの子の笑い方って、嫌い】

 聞いた話では、妖精の中でも、闇の妖精は特に人の本質に敏感らしい。
 確かにミカの笑顔は、目の奥が笑っていない印象を受けた。
 ティリアの言い分も、あながち間違いじゃなかったのかもしれないな。
 そして、あの怒り方からすると、少なくともこの件はディーンが指示したことではない。
 昨日少し話しただけだが、ディーンは自分に強い自信があり、剣士としてのプライドが高い。そのプライドがある限り、卑怯な手など使えないと思う。
 人の話を聞かない面倒なタイプだけど、そのあたりは信用できるんだよな。
 ディーンはミカをにらんでいたが、ミカが表情を変えないので舌打ちをして突き放す。
 ミカはよれたえりを直しながら、ため息を吐いた。

「ディーン先輩。今はお互い学生ですし、大将の忠告や叱責は甘んじて受けますが……。卒業したら、ディーン先輩は騎士家、僕の家は子爵家ですよ。対応は少し気をつけたほうがいいんじゃないですか?」

 笑顔を消し、真顔でチラリと見るミカに、ディーンは片眉をピクリと上げる。

「……そうだな。確かに俺は、騎士家の人間だ。だからこそ、卑怯な真似は許しがたい。お前はどうだ? そういった行為は、自分をおとしめると思わないか?」

 見据えるディーンに、ミカは小さく笑った。

「綺麗ごとを言っても、結局は勝たないと評価されないでしょ。特に今回の対抗戦はドルガドが開催国ですから、ディルグレッド国王陛下も優勝は必須だと思っていらっしゃるはずです。楽しみですよね。二日後、この対抗戦でドルガドが優勝すれば、国王陛下や国民が僕たちを賞賛してくれるんですよ!」

 ミカは頬を紅潮させ熱く語っていたが、ディーンの表情は変わらなかった。

「疑わしい剣技で勝っても、賞賛してくれるとは思わないがな。では先ほどの戦いに、お前のえんはないんだな? 敵とはいえ、リンに対して随分ようしゃのない剣筋に見えたが?」

 言われて、先ほどまで気分よく語っていたミカは、途端につまらなそうな表情に変わった。

えんだなんて……ちょっと相手が気に入らないから剣に力が入っただけですよ。先輩だって、ドルガドから出て、好き勝手やってる奴って腹が立ちません? ……あ、そっか、弟さんもそうでしたっけ」

 ミカは「失言でした」と、笑って肩をすくめる。

「賭けをしたんですってね? ステアと。先輩方が話してるのを聞きました。ステアに勝てば、シリルもドルガドに帰って来るんでしょう? 僕、初等部の時にシリルと仲が良かったんですよ。試合で対戦してみたいなぁ」

 シリルとミカって仲が良かったのか? そんな話は聞いてない。
 それに、何となく二人はタイプも違うし……。
 ディーンはシリルの名前に一瞬眉を寄せ、ミカへの嫌悪をにじませる。

「賭けのことは、お前には関係ない。次の試合で、全力を尽くすだけでいい。……またお前が疑わしい行動をとったら、探索は控えの選手に交代するからな」

 そう言い捨て、ディーンはミカに背を向け控室へと歩き出した。

「貴方も僕を排除するつもりなのか……」

 ミカが震える声で低く呟くと、ディーンは足を止めていぶかしげに振り返った。

「……何か言ったか?」

 問われたミカは、一呼吸置いてからにっこりと微笑んで首を振る。

「いいえ、別に。僕も交代させられたくありませんから、ドルガドのために精一杯頑張ります。シリルが戻って来てくれたら、僕も嬉しいな。ディーン先輩も、心配しているのでしょう? 自分のもとを離れるのは、まだ早いとお考えなんですよね。……僕もそう思います」

 ミカの言葉には、氷のように冷たく湿気を含んだ響きがあった。
 のぞき見していた俺はゾクリとして、肌があわつ。
 な……なんか、ミカって、やばい感じがするっ!
 内心震えていると、ドルガドの控室から少年が顔を出した。

「あ、ディーン。ステア戦のことで、話があるんだけど」
「……わかった」

 ディーンはチラリとミカを見て、控室へと向かう。その背中をジッと見つめていたミカは、後を追って歩き出した。

【フィル様、もう大丈夫よ】

 キミーは二人がドルガドの控室に入ったのを確認して、俺にかかっていた闇のヴェールの能力を解いた。
 ホッと息を吐き、周りに注意を払いながら慌ててステアの控室へと向かう。
 情報をいっぱい仕入れたのはいいけど、頭が混乱しそうだ。とにかく、早く戻って皆に伝えよう。
 俺がステアの控室に戻ると、皆は安堵の表情を浮かべた。
 遅くなったことを謝り、見聞きしてきたことを説明する。

「心配するなと言っていたのに、速攻でイルフォードと会ったんですか? しかも、こっそりどころかドルガドの話をしっかり盗み聞きしてくるなんて」

 カイルはうらめしげな顔で言い、キミーはその肩の上でコクコクと頷いた。

【フィル様ってば、本当に目が離せないわ】

 俺は笑ってごまかして、話を本題に戻す。

「と、とりあえず、ドルガドのミカはちょっと危険な感じでした。……で、その時にミカがシリルと仲が良いって言ってたんだけど、本当?」

 俺が尋ねると、青い顔で聞いていたシリルは小さく頷いた。

「学年は違ったんだけど。自分と似てるって言って、僕のことを気にかけてくれてたんだ」
「似てる? ミカとシリルが? ミカがそう言っていたの?」

 初めて見た時は、確かに温和な印象を受けた。だが、中身は大分違う。
 得体の知れない冷たさを持つミカと、ほんわか温かいシリルって似てるとは思えないけどな。
 小首を傾げる俺に、シリルは少しちゅうちょしながらも話し始めた。

「ミカ先輩って、子爵の跡継ぎとして厳しく教育を受けていたんだ」
「受けていた? 過去形だね?」

 言葉の細かなニュアンスに、デュラント先輩が反応する。

「ミカ先輩には初等部に三つ下の弟さんがいるんですが、武術も学業もとても優秀な子だそうです。何かと比べられるから、常に努力しないといけないって話していました。でもある日、ご両親が弟さんを跡継ぎにしようと話しているのを、ミカ先輩が聞いてしまったみたいで……」

 言いづらそうに話すシリルに、デュラント先輩は頷いた。

「そうか。ドルガドは長子相続制ではなく、優秀な子に跡を継がせる形をとっているんだっけ」

 相続争いを避けるため、長子に継がせる制度を設ける国は多い。しかし、優秀で強き者が家を治めていくというのが、ドルガドの考え方なのか。

「だからミカ先輩は、兄さんの陰で苦しんでいる僕と、似てるって言ったんだと思います」
「俺は似てるとは思わない。お前は兄から逃げずに変わろうと努力しているだろう?」

 キッパリ言うカイルに、うつむきがちだったシリルは顔を上げて微笑んだ。

「カイル君……ありがとう」
「ミカか……。何を考えてるのかわからんぶん、次の試合は特に注意が必要ってことだな」

 低くうなるマクベアー先輩に対して、俺は頷いた。

「そうですね。シリルのお兄さんに忠告を受けていたので、そうあからさまな行動には出てこないでしょうけど。気をつけたほうがいいと思います」

 サラ先輩は不安げな顔で、剣術に出場する皆を見る。

「くじで誰が対戦するのかわからないのよね。とくに……シリル君、大丈夫かしら? 私、とても心配だわ」

 うん、俺もそれは気がかりではある。特にミカはシリルに固執している気がしてならない。
 俺たちの視線が集まると、シリルは深呼吸をしてぎこちなく笑った。

「僕、ミカ先輩と当たったとしても大丈夫です。精一杯頑張ります」

 シリル自身、自分の中に不安もあるだろう。だが、それを吹き飛ばそうと頑張っている。
 精神的にも強くなろうとしているシリルの成長が、俺はとても嬉しかった。


   ◇ ◇ ◇


 闘技場に入ると、ティリア戦の時とは違う場の雰囲気を感じた。
 ドルガドの生徒たちからは声のそろった応援が聞こえてくるが、他の観客からはざわざわと落ち着きのないささやき声が聞こえる。そのどれもが、先ほどの試合に対する不審と、次の試合に対する不安のようだ。
 この中で試合やるのって、マクベアー先輩たちも嫌だろうな。
 選手たちにとって、応援のあるなしはとても重要だ。そして、応援内容も選手のやる気に影響する。
 心配して応援されるより、がむしゃらに熱く応援されたほうが断然戦いがある。
 特に今は、ミカのことを聞いて神経が過敏になっている時だしな。
 うーん。この空気をどうにか一新できないものか。
 俺はちょっと考えて、ステアの生徒たちの前を通る際、少し歩を緩めた。
 そして、観客席に向かって大きな声で呼びかける。

「剣術メンバーが頑張れるよう、応援よろしくお願いしまーす!」

 にっこり微笑んで手を振ると、ささやき合っていた生徒たちはハッとする。それから、俺たちに向かって声援を送り始めた。代表メンバーがそれに手を振ってこたえると、声援はさらに大きくなる。
 うんうん。これから手強い相手と戦うんだから、こういう元気な雰囲気じゃないと。
 安堵した俺を、マクベアー先輩が振り返ってニヤリと笑った。

「たった一言で場を変えるとは。さすがだな、フィル」
「応援をお願いしただけですよ」

 褒められるとは思わなかったので、俺は少し照れて視線をらした。
 その時、ふと貴賓席が目に入る。

「ステア王立学校の卒業生として、私も応援してるよ~っっ!!」

 立って叫びながら、アルフォンス兄さんは俺に向かって手を振っていた。
 ……アルフォンス兄さん。そんな目立つ応援をしたら、ステラ姉さんに怒られるよ。
 俺が困りつつ小さく手を振り返すと、アルフォンス兄さんは嬉しそうにブンブンと腕を振る。
 しまった。振り返したのがあだになった。
 貴賓席の後ろで控えていた数人の近衛兵が、アルフォンス兄さんをいさめ始める。
 見覚えのある彼らは、アルフォンス兄さん付きの近衛兵だ。アルフォンス兄さんがドルガドの観光をしている時に、宿に置いてきたというのも彼らだろう。
 近衛兵たちはアルフォンス兄さんを席に着かせると、ステラ姉さんに向かって『任務完了』とばかりに敬礼した。
 ……すっかり指揮権がステラ姉さんに移っているな。
 アルフォンス兄さんの気持ちは嬉しいのだけれど、他国の王族も近くにいるんだから、もうちょっと大人しく応援をお願いしたい。
 ディルグレッド国王も、きっと呆れてるんじゃないか?
 そんなことを思いながら、ディルグレッド国王へと視線を移す。すると、ディルグレッド国王はけわしい顔で、ブルーノ学校長と何やら話をしていた。その視線は、ドルガドの代表メンバーへ注がれている。
 兄の奇行よりも、気になるのはさっきの試合のことか。
 ミカは汚い手を使ってでもドルガドが勝利すれば国王は喜ぶって考えているみたいだけど、ディルグレッド国王の真意はどうなんだろうか。
 ステアとドルガドの両校が闘技場のベンチに到着すると、剣術メンバーが中央へ向かい、くじを引いて戻ってきた。

「どうだった?」

 デュラント先輩の問いに、マクベアー先輩は厳しい顔つきのまま言った。

「初めの試合がカイルとマッテオ、次が俺とディーン、そして最後にシリルとミカだ」

 強いというディーンをマクベアー先輩が請け負ってくれたのは良かったが、シリルはミカとの対戦か……。ある意味、因縁めいているな。
 シリルは硬い表情ながらも、しっかりとした口調で言った。

「覚悟を決めましたから、僕は頑張るだけです」

 マクベアー先輩は、そんなシリルの頭をワシワシと撫でる。

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