転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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10巻

10-3

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「サルベールは治安強化などに力を入れているほうですが、薄暗くなると軽犯罪が増えるんですよ」
「ジルカの座長に確認しましたら、この街には有名なスリの集団がいるので気をつけるよう言われました」
「そうなんだ? それならしょうがないね」

 怖いな。スリの集団か。観光地って、やっぱりそういうせっとう事件が多いんだ。
 観光客は街に滞在する日数が少ないから、窃盗被害にあったとしても解決を待たずあきらめて街を出ることも多いだろうし……。

「護衛の方々がいても、気をつけないといけませんね」

 カイルの言葉に、俺は深く頷く。
 確かに、気をつけるに越したことはない。
 その時だった。観客席のどこかから、かんだかい女性の悲鳴が上がる。
 女性の悲鳴を聞いた人々が、何事だろうかと騒然となった。

「殿下方を囲めっ!」

 エリオットの号令で護衛たちが俺とアルフォンス兄さんとアリスを囲み、カイルがふところに隠し持っていたナイフを掴む。

「何が起こった」

 アルフォンス兄さんが辺りの様子をうかがいつつ、俺とカイルとアリスを引き寄せる。
 辺りを警戒していたリックはふと何かに視線を留め、少し拍子抜けした声を漏らした。

「スリ……みたいですね。リスの」
「は? スリのリス……?」

 日本語だったらどちらから読んでも同じ、回文だね。
 って、違う。そんなことに気がついている場合じゃない。

「えっと、リスの泥棒がいるってこと?」

 俺が尋ねると、アルフォンス兄さんが俺を抱き上げてくれた。
 視線が高くなったことで、闘技場の観客席がよく見える。

「私の、私のネックレスが!」

 俺たちのいる中央の通路から、さらに十段ほど下がった位置でその声は聞こえた。
 声の主とおぼしきご婦人が、ふらりと倒れる。
 隣にいた男性がそんな彼女を支え、ある一点を指差した。

「妻のネックレスが盗まれた! 誰か、そのリスを捕まえてくれ!」

 指差した先には赤い宝石のネックレスをくわえたリスが、通路の手すりの上を走っていた。
 本当だ。スリのリスがいる。
 グラント大陸に広く棲息している、土属性のグラントリスだ。
 え、えー……何でリスが、ネックレスをるわけ?
 カラスは習性として、キラキラした光りものを集めると聞いたことがある。
 でも、リスにそんな習性があるなんて聞いたことがないけどな。

「待てっ! このっ!」

 通路近くにいた人たちが、リスを捕まえようと追いかけ始める。
 しかし、リスはそんな人間たちさえ踏み台にして、軽やかに逃げていった。

「イテッ! 誰だよ、俺の頭たたいたのは!」
「いや、お前の頭にリスがいたからさぁ」

 あっちだこっちだと騒ぎになっているその光景は、先ほどのコミカルな話と重なって見えた。
 リスは小さい上にすばしっこいから、普通に掴もうとしたって捕まえられないよなぁ。
 どうしたものかと考え込んでいると、上空から「キューィ」という鳥の鳴き声が聞こえた。
 見上げれば、大きな鳥が翼を広げせんかいしている。
 俺と一緒にその姿を捉えたアルフォンス兄さんは、眉をひそめた。

「風切りわしだね。足にリングがついているから、誰かの召喚獣だろうか」

 風属性の風切り鷲は、風を切り裂く速さで獲物を捕らえるので、その名がついている。
 少しの間なら、風の能力によってあのように旋回することも滞空することも可能だ。
 その特性から、狩人かりゅうどにとても人気のある召喚獣である。
 主人には従順だが、鳥の中でも特にしょうが荒い。あの鋭いくちばしや爪で捕らえられたら、リスも無事ではすまないだろう。
 まずいな。風切り鷲が狙いを定める前に、何とかして捕まえないと……。
 俺は急いでふくろねずみのテンガを召喚する。空間のゆがみの中から、テンガは俺に向かって飛び込んできた。

【フィル様、お呼びっすか? ……って、ぎゃっ! 人がいっぱいっす! フィル様、何でいじわるするっすかぁ】

 周りにたくさん人がいるのに気がついて、警戒心が強くおくびょうなテンガは俺の胸に顔をうずめる。

「ごめんね。いじわるじゃないんだよ。テンガ、あのリスを空間移動で連れて来られない?」

 俺はテンガの体の向きを変えて、逃げるリスの姿を見せる。

「フィル、そんなことができるのかい?」

 驚くアルフォンス兄さんに、俺は小さく唸る。

「多分、大丈夫だと思うんですけど……」

 改めて聞かれると、正直ちょっと自信がなくなってくるな。
 何せ激しく動き回るものを出すように頼んだことはない。
 でも、場所と対象が認識できてさえいれば、おそらく、空間移動能力でお腹の袋から出すことができるはずだ。
 以前、コハクやノビトカゲを出したことがあるのだし、あのリスくらいの大きさなら可能だろう。

【あのリスっすね】

 テンガはじっとリスを凝視して、こっくりと頷いた。

【やってみるっす。待っててくださいっす!】

 元気よく言って、ごそごそと袋の中を探る。すると、リスを捕まえようとしていた人たちから悲鳴が上がった。
 突然テンガの前足が空中に現れ、ヒョイッとリスを掴んだのだ。
 リスを目がけて下降していた風切り鷲も、驚いて空の上で急ブレーキをかける。
 うわぁ、移動元の光景ってあんな風になってるんだ……。
 テンガの能力を知らない人が見ると、ちょっとしたホラーだな。

【フィル様、連れてきたっす!】

 成功したテンガは、得意満面で前足を突き出す。その前足には、大暴れするリスがいた。

【ふぁに? ふぁんにゃの……あ!】

 ジタバタした拍子に、リスは口に咥えていたネックレスを落とす。

「すごい。本当に連れて来られるんだね」

 アルフォンス兄さんはテンガを抱いたままの俺を下ろして、地面に落ちたネックレスを拾う。
 ネックレスは、赤い宝石が花の形になっているものだった。透明度が高く、美しくきらめいている。

「リック。これを先ほどのご婦人に返してあげてくれ」

 アルフォンス兄さんがそう告げると、ネックレスを受け取ったリックは持ち主である夫妻のもとへ走っていった。

【何が起きたの。何!? 何なのよぉぉ!】

 咥えていたものがなくなって、口が自由になったリスは大騒ぎだ。

【何って……フィル様のところに連れてきたっす】

 テンガは事情がわからないので、キョトンと首を傾げる。

【フィルって誰よ! 放してってば!】

 ぷんすかと怒るリスに、テンガは困った様子で俺を見上げた。

【放していいっすか?】
「うーん。放したら一目散に逃げるだろうからなぁ」

 ネックレスは無事に取り返したけれど、また同じようなことをされてはまずい。

「奪ったのには、何か理由があるのかしら? 気になりますね」

 アリスがのぞき込むと、リスはぷっくりと頬をふくらませてそっぽを向いた。

【理由なんか話さない! 私悪くないもん!】

 そんなリスの様子に、カイルは眉間にしわを寄せて睨む。
 いつもカイルのそばにいる闇の妖精に通訳してもらい、リスの言葉を理解したのだろう。

「出会い方といい、生意気なところといい、ランドウに似てますね」

 そう言えばそうだな……。
 俺の召喚獣であるダンデラオーのランドウも、出会ったきっかけはパン泥棒騒ぎだった。
 でも、今回の場合は食料ではないから、ちょっと事情が違うのか。

「理由があるのかもしれないけど、人の物をったらいけないよ。盗られた人がかわいそうでしょ」

 ネックレスが戻ってきて、意識を取り戻したご婦人が泣いて喜んでいる。旦那さんは女性の背をでながら、こちらに向かって「ありがとうございます」と何度も言ってお辞儀をしていた。
 相当大事なネックレスだったらしい。
 その様子を見て、リスも少し罪悪感が生まれたようだ。しょんぼりとうなれる。
 すると、エリオットがアルフォンス兄さんにささやく。

「ネックレスは持ち主に返しましたし、とりあえず別のところに移動しましょう。周りの注目を集めておりますから」

 え? 注目?
 ふと周りを見れば、観客たちがこちらに視線を向け、何やらヒソヒソと話をしていた。

「嘘でしょ。リスがネックレスと一緒に、動物のお腹の袋から出てきたわ」
「あれ、袋鼠じゃないか? グレスハート王国の希少種だよな」
「あぁ、本の挿絵でしか見たことないが、あの能力は間違いない」
「グレスハート……。ってことは、もしかしてあの方々は……」
「今サルベールにいらっしゃるっていう、アルフォンス殿下とフィル殿下!?」
「そうよ。街でお買い物される殿下様方をお見かけしたから間違いないわ!」
「あんなにあざやかに解決なさるなんて、さすがねぇ」

 そんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。
 ……本当だ。注目を集めている。
 リスを守るためとはいえ、テンガの空間移動能力によって目立ってしまった。


 俺たちは騒然とし始めた観客たちから逃げるように、闘技場の裏口から外へ出ることにした。
 案内してくれたのは、風切り鷲を召喚獣にしている闘技場の衛兵、エンリケだ。

「グレスハート王国のアルフォンス皇太子殿下と、フィル殿下をご案内できるとは感激です。間もなく闘技場の裏口ですので」

 とても明るい人らしく、にこにこしながら誘導してくれる。
 笑顔の主人に反してジトーッとこちらを睨んでいるのは、エンリケの肩に乗っている風切り鷲だ。
 正確には俺ではなく、俺の手の中にいるリスを睨んでいる。

【もう少し早く動いていれば、俺だって活躍できたのに……】

 風切り鷲は不機嫌そうに低くつぶやく。リスは微かに震えながら、小さな前足で目を覆った。
 リスの身柄については、こちらで預かることになっている。
 身の安全は確保されているのだが、あんな眼光鋭い目で見られたら、そりゃ怖いか……。
 俺はそんなリスの頭を撫でながら、先を歩くエンリケに向かって声をかける。

「あの……先ほどはすみません。とっさのこととはいえ、お仕事の邪魔をしてしまって……」

 俺が謝ると、彼は驚いた顔で振り返った。

「何をおっしゃいますか! 本来なら私とチャッピーが捕まえるべきところを、お手をわずらわせてしまって申し訳ありません。フィル殿下が迅速に対処してくださったこと、まことに感謝しております」

 心からそう思っているのか、曇りのないまっすぐな笑顔を返される。
 風切り鷲、チャッピーって名前なのか……。
 せいかんな顔のわりに、可愛らしい名前だ。

「エンリケさんとチャッピーも素早い対応でしたよ」
「ええ。事件が起こったらすぐに風切り鷲が現れていましたね」
「とてもかっこよかったです」

 俺とカイルとアリスが褒めると、エンリケは照れ笑いをした。

「ありがとうございます。希少な袋鼠を召喚獣にしていらっしゃるフィル殿下の前で言うのは恥ずかしいことですが、私にとってチャッピーはかけがえのない相棒でして」

 その言葉に、ふて腐れていたチャッピーの目が一瞬にして輝く。それから「キュゥ」と鳴いて、嬉しそうに主人に頬を寄せた。エンリケはそんなチャッピーを優しく撫でる。

「正直言えば私たちが捕らえたかったのですが、まずは捕まって何よりですよ。以前から闘技場で窃盗事件が頻発しておりましたので。まさかリスが犯人だとは思いませんでしたが……」

 すると、それまで黙っていたリスが叫んだ。

【私、今日が初めてだもん!】

 そんなリスに向かって、チャッピーが翼を広げ、かくの声を上げる。

【嘘つけ! お前がここ数日、闘技場内をチョロチョロしてるのは見てるんだぞ!】

 その迫力にリスは一瞬ひるんだものの、チャッピーに向かって言う。

【そ、それは、理由があって……。だけど、今日以外は盗ってないの!】

 どういうことだ? 頻発している窃盗事件に、このリスは関係ないのか?
 もしかして、犯人は他にもいるってこと?
 少し考えた俺は、チャッピーをなだめていたエンリケに尋ねる。

「先ほど、『まさか』と言いましたが……。窃盗事件の犯人の姿って、今回初めて見たんですか?」
「え、ええ。小さくて明るい茶色の影が動くのを見た者はいるんです。しかし、すぐに見失ってしまい、正確に姿を捉えた者はおりません」

 エンリケは俺の質問に少し不思議そうな顔をしつつ答える。

「明るい茶色……ですか」

 リックの呟きに、皆の視線が俺の手の中にいる茶色いリスに集まる。

【やっぱりお前だろう!】

 チャッピーがくちばしを大きく開けて叫び、リスは言い返す。

【違うもん! 私の毛色は茶色って言っても、暗めの赤茶色だもん! ね! 貴方あなた! 明るい茶色ではないでしょ?】

 俺の手をペシペシと叩いて訴えるリスに、俺は唸った。

「う~ん。その時の状況や目撃者の感覚にもよるけど、明るい茶色とはちょっと違う……かなぁ」

 それを聞いたリスは、味方ができたとばかりに「チュチ!」と嬉しそうに鳴く。
 カイルはそんなリスの頭をつついて、ため息をついた。

「色はさておき、これまでは目撃者もいなかった犯人が、あんなに目立つ逃げ方をするのは疑問です。逃げ方が下手へたすぎます」
【下手って何よ! 失礼ね!】

 リスはむくれていたが、確かにカイルの言う通りだ。
 このリスが今までの窃盗に関わっていたなら、すでに姿をはっきり見た人がいてもいいはずだもんな。
 カイルの言葉に、リックやエリオットも唸る。

「確かに、全ての事件がこのリスのせいだと考えるのは少しそうけいすぎますね」
「別に犯人がいることも想定したほうがいいかもしれません」

 アルフォンス兄さんも頷いて、エンリケへ視線を向けた。

「これからも警備を緩めず、しっかり対応してくれ」

 そう告げると、エンリケがビシッと姿勢を正して敬礼する。

「そ、そうですね。犯人が捕まったことにすっかりあんしていました。一層、努力いたします!」

 チャッピーはリスの余罪についてまだ疑いの目を向けていたが、主人が言うならと諦めたみたいだった。


 闘技場から宿に戻ってきた俺は、夕食前にリスを連れてお風呂に入ることにした。
 軽く蒸しタオルで拭いてあげたけど、まだ少し体の汚れが残っていたからだ。
 俺の召喚獣である毛玉猫のホタルも、そろそろ洗ってあげたいと思っていたし、ついでだから一緒に綺麗にしてあげよう。
 不安そうなリスを宥めつつ、宿屋内にある個室の貸し切りもくよく場へ向かう。

「おぉ、想像していた沐浴場より洗い場が広い!」

 ほとんどの人が部屋の沐浴場を使うって言ってたから、そこまで期待していなかったんだけど、三人で使えそうなくらい広い。
 部屋の沐浴場は大人が一人立てる程度で、体の小さい俺でさえ圧迫感を覚えるほど狭かった。
 皆、何でこっちを使わないんだろう。もったいない。部屋から移動するのが面倒なのかな?
 あまり使われてないからか綺麗だし、断然こっちのほうがいいのに。
 まぁ、ぜいたくを言えば、これで湯船があったら最高だけどね。
 沐浴場には、熱湯と水の入ったたるが置かれていた。俺はぬるめのお湯を作って、持参したおけに少しだけ入れ、リスを手のひらに包んで木桶に近づける。
 ここまでは大人しかったけど、水は大丈夫かな?
 リスは手から降りずにまず前足でお湯を触った後、一気に木桶の中に飛び込んだ。

【何これ、あったかーい!】
「良かった。水が苦手じゃないんだね」

 苦手だったら諦めようかと思ったけど、意外に平気みたい。

【水浴びは好きなの。いつもの水より温かくて、とっても気持ちいいわ!】

 リスはお湯にかっては、体を震わせて水を飛ばすのを繰り返す。
 俺はホタルを召喚して、自分とホタルの体を洗い、二匹の毛をかわかしてから沐浴場を出た。
 すると、開けた扉のすぐ前にカイルが立っていた。
 まさかいるとは思わず、俺はビクッと体を震わせる。

「あれ? カイル、どうしてここにいるの?」
「フィル様が沐浴場に向かうとおっしゃっていたので、ここでお待ちしておりました。ここは王族や貴族ようたしの宿屋とはいえ、いろいろな人間が出入りしていますので、お部屋までお送りします」

 確かに宿泊している階は違うものの、この宿には俺たち以外にも貴族やその使用人たちが滞在している。心配してくれるその気持ちはありがたいのだけど……。

「僕の部屋、ここから階段上ってすぐだよ?」

 沐浴場脇の階段を二つ上がり、廊下を何歩も歩かない位置に俺の部屋がある。

「フィル様に何かあったら大変ですから」

 ……何かって、何。身の危険っていうより、トラブルを心配しているのだろうか。

「心配しすぎな気もするけど、待っていてくれてありがとう。カイルがいるって知ってたら、すぐに出てきたのに」
【遅くなってごめんなさいです】

 ホタルは耳をらし、しょんぼりとうつむく。

「いや、楽しく待っていたから大丈夫だ」

 そう言って、カイルは毛が乾いてフワフワになったホタルの頭を撫でる。
 撫でられて嬉しそうにしているホタルを、微笑ましく見つめていた俺だったが、ふと今のカイルの言葉が引っかかった。
 ……ん? 楽しく待っていた?

「待ってる間、何か面白いことでもあったの?」

 俺が小首を傾げると、カイルはハッと息を呑み、油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく俺から視線を逸らした。

「それは……その……」

 カイルが嘘をつくのが苦手なのは知ってるけど、何このあからさまな態度。怪しい。
 じっと見つめていると、カイルのかげから闇の妖精のキミーがぴょこりと顔を出した。

【実はここの廊下に来た時にね、フィル様たちの楽しそうな声が聞こえてきたの】

 そう言って、口元を押さえながら可笑おかしそうに笑う。
 カイルが慌ててキミーに黙るよう指示したが、もう遅かった。
 どうりで……。貸し切り沐浴場に向かうとは伝えていたが、どの個室を使うかまでは言ってない。個室は他にもいくつかあるのに、どうしてここだとわかったのか不思議だったのだ。

「ハッ! も……もしかして、会話の内容まで廊下に聞こえてた?」

 まさか、ホタルの毛を石けん泡で変な髪型にして、リスと一緒に「可愛い!」と絶賛したり、乾かす時に鼻歌を歌ったりした声が聞かれたなんてこと……。
 俺がおそるおそるカイルの顔を窺うと、カイルは口元を手で覆って言った。

「ぶふっ……何も聞いてません」
「嘘だっ! 今、一回噴いたよね!?」

 肩を震わせて思い出し笑いしてるし、絶対聞いてたっ!
 油断してた。沐浴場がよく反響するから、つい気分が良くなって……。
 俺はしゅうしんで顔が熱くなりながら、カイルに訴える。

「カイルはもう扉の前で待つの禁止!」
「それはできません。目を離すと心配ですから」

 そこはゆずれないとかたくなに首を振る。
 そんなカイルと一緒に階段を上りきると、俺の部屋からリックとエリオットが出てきた。
 部屋の鍵は二つあって、何かあった時にそなえて護衛のエリオットたちも持っている。

「あれ、どうかしたの?」
「フィル様宛に贈り物が届きましたので、部屋に置いておきました」

 リックの言葉に、俺はキョトンとする。

「僕宛の贈り物?」

 俺たちがどこをどのルートで旅をするのかなんて、誰にも知られていないはずだ。
 いったい誰からプレゼントが届いたのだろう。

「街でフィル様をお見かけした方々や、闘技場での噂を耳にした方々からです。お近づきになりたくて、ではないでしょうか」
「悪い噂払拭作戦、大成功ですね。闘技場でリスからネックレスを取り返した件もあって、殿下様方やグレスハート王国の好感度が上がっております。あとはジルカの劇の内容とピレッドの件が広まれば、さらに上がることでしょう」

 計画通りだと、リックは満足げに笑う。

「好感度が上がったのは良いことだけど……。贈り物は困ったなぁ」

 そんなつもりで人を助けたわけではないし、贈り物をもらったから親しくなるっていうのも、何だか変な話だ。
 すると、エリオットは目を細めて言う。

「ご安心を。実はアルフォンス殿下のご指示で、贈り物の受け取りは必要最低限にとどめ、あとはメッセージカードのみとさせていただいております」

 さすが、アルフォンス兄さん。俺がどう考えるかなど全てお見通しか。

「必要最低限っていうのは?」
「受け取ったのはコルトフィア王国上級貴族の方々の品です。後々お会いする機会もございますから、ご挨拶した時、いただいた贈り物の内容に触れますと会話がはずみます」

 そう説明してくれるリックに、俺は「なるほど」と頷いた。
 話題がひとつでもあると、俺も安心する。
 社交界や貴族の付き合いは正直よくわからないから、とりあえず名前と何をもらったかくらいは覚えておこう。


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