転生王子はダラけたい

朝比奈 和

文字の大きさ
146 / 376
10巻

10-2

しおりを挟む
「コルトフィア国民に広めるのが重要? それは、ルーゼリア王女殿下の相手としてふさわしいかどうかを問われているということですか?」

 俺の質問に、リベルは神妙な顔つきになった。

「そうです。我が国では今、アルフォンス皇太子殿下とルーゼリア王女殿下のご婚姻に関し、良くない噂が流れております」

 それを聞いて、アルフォンス兄さんはかすかに苦笑した。

「私たちの婚姻が破談になるという話かい?」

 アルフォンス兄さんもやはり知っていたのか。
 その噂なら、俺もピレッドの食堂で偶然耳にしている。
 ただ、ピレッド領主の娘さんがアルフォンス兄さんに好意を寄せていたので、彼女が流した噂じゃないかって思ってたんだよね。だから、ピレッドの街だけの噂だと思ったのに……。

「ご存じでいらっしゃいましたか。実は最近、その噂に加え、破談の理由についての様々な憶測が飛び交っております」
「まだ破談になってもいないのにですか?」

 目をまたたかせる俺に、リベルはため息をつく。

「噂する者の中には、理由を推測することを楽しむ者も多いのです。我々はそういった人々によって情報を得ることもあるので、一概にその者たちを責めることはできません。まぁ、以前はひどい偽情報をつかまされて、そのネタ提供者のところに怒鳴り込んだこともありますけど、今は真偽の見極めができるようにはなって……」

 ブツブツとっぽくなってきたところで、隣にいたユラがリベルの耳を引っ張る。

「イテテテ!」
「話がずれてる……」

 ボソリと言うユラを、リベルは耳を押さえながらにらんだ。
 彼女に対して一言文句を言いたそうだったが、俺たちが見ているからか、グッとこらえる。
 リベルは小さく深呼吸して、俺たちに視線を戻した。

「憶測の内容の中には、二国間でいさかいが起こったのではないかとか、もっと大きな国の皇太子から求婚されたらしいといった話がありました。しかし、最も多かったのはアルフォンス皇太子殿下の人となりに関することです」

 アルフォンス兄さんの性格や言動ってこと?
 破談の理由にされているんじゃ、きっと良くないことを言われているんだろうな。
 アルフォンス兄さんは穏やかな顔のままだったが、俺は微かに眉を寄せる。
 ブラコンすぎて困ることも多いけど、それを除けば優しくて聡明な、尊敬できる兄だ。
 噂をする人たちは、実際のアルフォンス兄さんに会ったことがないから好き勝手に言っているのだろうが、だからこそいい気分はしない。
 俺のそんな雰囲気を感じ取ったのか、リベルとグランは慌てる。

「アルフォンス皇太子殿下のでたらめな噂に関して、我々は以前から好ましくないことだと思っておりましたよ」
「だからこそ、ピレッドの一件でアルフォンス皇太子殿下の聡明さや慈悲深さに触れ、そのような噂はただちにふっしょくすべきだと考えました」
「なるほど。それで、今回の演目というわけか。ピレッドの事件を知る者なら、君たちの歌劇を観れば、きっと事件と劇を結びつける。劇の内容も相まって、私は英雄のごとく思われるだろうね」

 感心するアルフォンス兄さんに、リベルは満足げに頷いた。

「はい。噂には噂をということです。コルトフィア国民の人気を得ることはとても大事です。ここだけの話、コルトフィアの国王様はとても気が優しく、他の人の意見をよく参考にされる方ですので……」

 それ……他の意見にすぐ流されちゃう王様ってことじゃないか? 大丈夫なの?
 王位は世襲だから、王様に向いていない人がその地位にくこともある。周りが支えてくれれば問題ないが、あまり頼りすぎると王の威厳も権力も弱くなるんだよな。
 コルトフィア国王に関するリベルの話は真実なのかどうか気になり、俺はチラッとアルフォンス兄さんを見上げる。
 別段驚いた顔はしていないので、おそらくその通りなのだろう。

「君たちはどうしてここまでやってくれるのかな? 故郷を救った感謝だけが理由だとは思えないのだが……」

 アルフォンス兄さんは瞬きもせず彼らを見据え、その意図を探る。リベルは感嘆の息を吐いた。

「さすが、鋭い御方ですね。ピレッドの領民を救ってくださったことへの感謝は、もちろん嘘ではありません。ただそれよりも、ルーゼリア姫がお選びになったお相手だからこそ、ご協力したいのです」

 ルーゼリア姫……。その呼び方には、どこか親しさが感じられた。
 何だか王族に対する尊敬とは少し違う好意も感じられる。

「もしかして、ルーゼリア王女殿下とお知り合いですか?」

 感じた疑問をそのまま口にすると、三人はコクリと頷いた。

「初めて姫様にお目にかかったのは、十年前です。王家の方々が私たちのいた孤児院に立ち寄った際、私たちは歌を披露しました。その時、姫様が『歌が上手うまいから、歌劇役者になるといい』と勧めてくれました。姫様にとっては思いつきだったかもしれません。でも、それがいつしか、私たちの大きな夢になったのです」

 グランの話で、ユラは当時のことを思い出したのか懐かしそうに微笑む。
 それは今までずっと無表情だった分、ふわりと雪が解けるかのような笑顔だった。

「劇場を立ち上げた際には、お祝いに駆けつけてくださったんです。今もよく公演を観に来てくださいますし、本当にお優しい方です」

 ユラの表情や口調から、本当にルーゼリア王女のことが好きなのだと伝わってくる。
 それに、彼らから語られるルーゼリア王女は、とても素敵な女性なんだとわかった。

「ステアに留学中、ルーゼリアから君たちのことを聞いたことがあるよ。知り合いに、劇団を立ち上げた子たちがいると。ただ、その時に聞いた劇団名は『ジフュリーゲルス・ルーゼリア・カーマイン劇団』だったと記憶しているのだけど……。違ったのかな?」

 小首をひねるアルフォンス兄さんに、グランたちは笑った。

「それは劇団ジルカの初期の名前ですね。ジフュリーゲルスは孤児院の名、ルーゼリアは姫様のお名前、カーマインは孤児院の院長様の名前です」
「私が何度か舌を噛んだので、名前を省略しました」

 困り顔で肩をすくめるリベルに、俺たちは小さく噴き出す。

「ぜひ私たちを信じ、お二人のために協力させていただけないでしょうか。アルフォンス皇太子殿下にも、情報を仕入れる者は当然いらっしゃるでしょうが、せいに詳しい私たちの情報もきっとお役に立つかと思います」

 リベルは背筋を正して、俺たちに頭を下げた。ユラやグランも続いて頭を下げる。
 三人の真剣な様子に、アルフォンス兄さんは静かに頷いた。

「わかった。君たちを信じよう」

 その言葉を聞いたリベルとグランは安堵に頬を緩め、ユラはそっと胸をなで下ろす。

「ありがとうございます! 精一杯お役に立ってみせますので! いやぁ、ホッとしました。我々を信じてくださらなかったら、どうしようかって思っていたんです」

 テンションの上がったリベルの耳を、ユラが再び引っ張る。

「イテテテテ!」
「調子に乗らない……」

 再び無表情に戻ったユラを、リベルが睨んだ。

つねる前に口で言えよ。お前は言葉が足りないんだよ」

 小声で非難するリベルに対し、ユラは謝るどころか小さくため息をつく。

「……面倒」
「面倒ってなんだよ。俺に注意することすら面倒だってのか?」

 なおも声を潜めつつ文句を言うが、ユラは相手にしていられないと思ったのか聞こえないふりだ。

「無視すんなよ。本当に面倒がるなよ。俺、座長だぞ」
「座長? ……フッ」

 鼻で笑われて、リベルは顔を覆う。

「それ一番傷つくやつ!」

 ほとんど表情を変えないユラに対し、リベルの表情はいらち、怒り、なげきとコロコロ変わる。
 そんな二人に、グランは顔を蒼白にしてチラチラとこちらを気にしていた。

「二人ともやめろって。皇太子殿下様方の御前で失礼だろ」

 グランにたしなめられ、ハッとしたリベルとユラは、しゅしょうな様子で頭を下げた。

「……お見苦しいところをお見せいたしました」

 いつもこんな感じなのかな?
 初めこそ王族相手ということもあって気を張っていたみたいだが、安心したことでそれが切れてしまったようだ。
 ちょっと呆気にとられていた俺たちも、頭を下げる三人の姿に顔を見合わせて思わず笑ってしまった。



 2


 我々にできることがありましたら、いつでもご連絡ください、というリベルたちと別れ、俺たちはサルベール観光を再開することにした。
 リベルおすすめのお店でご飯を食べて、のんびり歩きながら闘技場へ向かう。

「ご飯、美味おいしかったなぁ」

 歩きながら自分のお腹をさすると、アリスは笑って頷いた。

「私もちょっと食べ過ぎました」
「サルベールには何度か来たが、あの店は知らなかったよ。さすがリベルだよね」

 アルフォンス兄さんはそう言って、小さく唸る。
 リベルが教えてくれたレストランは、劇場の裏通りにあるサルベール地方料理専門店だった。
 看板やのれんがなく、入り口が奥まった場所にあって、まさに知る人ぞ知るといった感じだ。
 その料理は洗練された盛り付けなのに、優しくてぼくで、どこか懐かしい味がした。
 美味しい料理に満足して歩いていると、アルフォンス兄さんが通りにあるお店の前で足を止める。

「フィル。サルベールに来た記念に何か買おうか? このクッションはどうだい?」

 そう言って、店先に並んでいる山羊の顔のクッションを指差す。

「アルフォンス兄さま。クッションなら羊のものがありますから、これはいらないです」

 俺がきっぱりと断ると、アルフォンス兄さんはしょげた顔をする。
 そんな顔をされると、こっちが悪いことをしているようで胸が痛む。
 だけど、俺が「いいですね」とでも言おうものなら、アルフォンス兄さんは際限なく買ってしまうからなぁ。
 その時、店の奥にいた女性二人が何やらこちらを見てヒソヒソと話しているのが聞こえた。
 地味なドレスを着ているがお付きの者がいるので、貴族のご婦人が街中をお忍びで散策しているのだろう。

「お聞きになりました?」
「ええ。どういたしましょう。アルフォンス皇太子殿下とフィル殿下でいらっしゃいますわ」
「サルベールにご滞在中というお話は、本当でしたのね」

 しまった。うっかり名前を呼んだから、ばれちゃったらしい。
 この護衛の数と服装じゃ、王族だってバレバレだもんなぁ。
 リベルが歌劇で、アルフォンス兄さんのイメージを回復してくれているんだ。これ以上変な噂が立たないよう、ちゃんとしなくちゃ。
 俺がキリリと気持ちを引き締めていたら、胸にモフッと柔らかいものが当てられた。
 先ほどのクッションではない。山羊のぬいぐるみだ。

「じゃあ、このぬいぐるみはどう? フィルの好きなモフモフだよ」

 ニコニコと微笑むアルフォンス兄さんに、俺は脱力した。
 アルフォンス兄さん……。なぜにこの状況で……。
 確かにモフモフだ。ヴィノの毛糸を使っているのかな? 一般的なぬいぐるみとは質感が全然違う。

「モフモフですけど、ぬいぐるみはいりません」


 再度きっぱり言う俺に、アルフォンス兄さんが悲しげな顔をする。

「記念だよ?」

 またそんな顔を……。

「だ、だって、アルフォンス兄さまにいただいたぬいぐるみが、たくさんありますし……。それにもうぬいぐるみが似合うとしでもありませんし……」

 第一、あの女性たちにどう言われるのか。
 俺がチラッと見ると、彼女たちは慌てて目をらし、今度は店主のところに行ってヒソヒソ話している。
 何? 何を話してるんだ?
 俺が山羊のぬいぐるみを抱えて不安になっていると、店主がこちらにやってきた。

「あちらのご婦人が、こちらのぬいぐるみをサルベールの思い出に差し上げたいと……」
「え! 僕にですか?」

 驚いてご婦人の姿をさがすと、彼女たちはお代を支払い終え、もうひとつある店の出口から出るところだった。

「あの、ありがとうございます!」
「素敵な思い出の品を、ありがとう」

 俺が慌ててお礼を言い、続いてアルフォンス兄さんがにっこりと微笑む。
 彼女たちはたちまち顔を真っ赤にして、スカートを少しまんでお辞儀した。

「私たちもアルフォンス皇太子殿下やフィル殿下にお目にかかれて光栄です」
「フィル殿下。大変ぬいぐるみがお似合いです!」

 そう言っておうぎで口元を隠しながら、足早にお店を出ていった。
 立ち去った方向からは、彼女たちの言葉にならない黄色い声が聞こえる。
 あまりの激しさに、俺たちは呆気にとられた。
 ……何なんだ、いったい。

「それにしても、ぬいぐるみがお似合いって……」

 プレゼントしてもらった山羊のぬいぐるみをじっと見つめる。
 嫌味……じゃないとは思う。好意なのだろうけど、何だか釈然としない。
 すると、彼女たちの去っていった方を見つめながら、カイルがポツリと呟いた。

「フィル様とアルフォンス様の威力って、本当にすごいですよね」
「ええ。歩くだけでファンを増やしていらっしゃる気がします」

 カイルに続いて言ったアリスに、俺とアルフォンス兄さんを除いた全員がコックリと頷く。
 全ての女性を魅了するアルフォンス兄さんはともかく、俺にそこまでの力はないと思うけどなぁ。
 すると、突然ハッと何か思いついたように、リックが手をポンと打った。

「アルフォンス殿下、フィル様。できるだけ通りにあるお店に寄りましょう!」
「お店に? 何で?」

 いきなり提案されて、俺は目をパチクリとした。

「良からぬ噂をしているのは、アルフォンス殿下のことをよく知らない者たちです。ですから、彼らに実際の殿下を見て良い印象を持ってもらえば、噂は消えると思います」
「良い印象を? 持ってもらえるかな?」

 俺と一緒にいるときのアルフォンス兄さん、ブラコンが激しいぞ。
 俺が不安を口にすると、アリスはニコニコと微笑む。

「私もリックさんに賛成です。ご兄弟お二人の仲の良い姿は、微笑ましいですもの」

 それは、アリスだからそう思うのではないだろうか。

「お二人がご一緒だと魅力が増して、かなり強力になりますからね。リックさんの案はとてもいいと思います」

 カイルも真面目な顔で頷き、リックの意見に賛同する。
 俺たち兄弟が揃うと、まるで強力な魅了の技が発動するみたいに聞こえるけど……。
 周りの皆から訂正が入らないのもどうなのか。
 まぁ、お店を見て歩きたい気持ちはあるし、それでアルフォンス兄さんのイメージアップがはかれるならいいか。
 アルフォンス兄さんも特に反対する気はないようで、俺たちはリックの意見に乗ることにした。
 そうしてお店に立ち寄りながら歩いていくと、四方の大通りを結ぶ大きな円形の広場に出る。
 広場の中央には塔のようなモニュメントがあり、その奥に闘技場らしき建物が見えた。
 モニュメントの横を通り、闘技場へと向かう。
 規模の大小はあるけれど、どんな国にも必ず闘技場がひとつはある。
 闘技場の大きさや数の多さなら、おそらくドルガド王国はベスト三に入るだろう。
 ドルガドは日常的に剣術大会や体術大会を開くほど、武術が身近にある国だ。ステア王国、ティリア王国、ドルガド王国の三国王立学校対抗戦の会場として、ドルガド王立学校内の闘技場を使用したのだが、生徒専用と思えないほど立派なものだった。
 このサルベールの闘技場は、その王立学校の闘技場よりかなり大きい。
 ドルガド王立学校の闘技場の収容人数が三千人ほどだったから、この闘技場は五千人くらいの規模かな?
 石造りの闘技場正面入り口には、両側に大きな女神像が立っており、建物の壁や柱に様々な彫刻が施されていた。その彫刻の所々に、この国で神聖視されている山羊のヴィノが彫られているのが、なんともコルトフィアらしい。
 いつ建てられたものかはわからないけれど、本当に昔からヴィノは人々とともにある動物だったんだなぁ。

「綺麗な闘技場ですね」

 カイルは目を輝かせて、闘技場を見上げる。
 観光する場所として、闘技場を選んで良かったな。カイル、すごく嬉しそう。

「観客を見ると親子連れも多いんですね。雰囲気も穏やかです」

 アリスと一緒に、俺とカイルも辺りにいる人々を観察する。
 一般的に闘技場の観客は、血気盛んな男性が多い。
 だが、コルトフィアでは女性や子供の姿が多く見られる。
 アルフォンス兄さんはキョロキョロしている俺たちを見て、くすっと笑った。

「サルベールの闘技場の演目は特別だからね」
「他国の闘技場と比べると、確かに違いますよね。私も初めて見た時は、とても驚きました」
「フィル様たちの反応が気になります」

 エリオットやリックはそう言って、俺たちに向かってにっこりと笑う。
 三人とも気になる言い方をする。
 一般的に闘技場で行うこうぎょうは、剣闘士たちの真剣勝負や、模擬戦などだ。しかし、この口ぶりからすると、どうやらそれとは違うらしい。
 期待しながら闘技場へ入る。闘技場はえん形で、席が階段状になっているすり鉢型だった。
 俺たちは中央の席に座って、午後の部が始まるのを待つ。
 演目が始まって、アルフォンス兄さんたちの言っていた意味がわかった。
 サルベールの演目は、劇場型の剣術戦だった。
 物語要素が三割で、戦闘が七割。
 わかりやすく言うと、剣士にふんした役者たちが見世物として戦っている感じだ。
 中学の修学旅行で行った、時代劇村の殺陣たてのショーを思い出す。
 ただ、シナリオは決まっているものの、気合いや緊迫した雰囲気は真剣勝負に近かった。
 広い闘技場の中で、縦横無尽に戦う。そのダイナミックな動きは、迫力満点だ。
 観光の街サルベールにかかれば、闘技場もエンターテインメントだな。
 メインの演目の内容は、お姫様が出かけた先で敵襲に遭い、姫を守りながら戦う騎士たちの話。
 それが終わった後に、十分ほどで終わるコミカルなお話がついていた。
 メインのお話もとても面白かったが、お腹を抱えて笑ったのはコミカルなお話のほうだ。
 主人公はのんきな性格の剣士。山越えをしようとしたその剣士の前に、山賊たちが現れる。
 すると、相手が山賊でも礼儀は大切だと、のんきな剣士は頭を下げて挨拶し始めた。
 山賊が斬りかかっても、同じタイミングでお辞儀をするものだから、なかなか攻撃が当たらない。
 その後もいろんな動作でのんきな剣士は山賊の攻撃を避け続け、最後は反対にのんきな剣士のふとした行動で山賊たちを気絶させてしまう。
 主人公の剣士の道化っぷりが本当に見事で、会場は笑いのうずに包まれた。
 アリスは剣士たちにひとしきり拍手をして、感嘆の息を吐く。

「私、闘技場でこんなに笑ったの初めてです」
「僕もだよ。面白かったね。カイルはどうだった?」

 このサルベールの演目を、カイルはどう評価するのだろう。
 気になって俺が尋ねると、カイルが真剣な顔で剣士役の人を指差す。

「面白かったです。のんきな剣士役の人、かなりのれですよ。相手が後ろから斬りかかっているのに、剣筋を見ないでスレスレで避けました。よろけても倒れないあの体の軸! 本当に素晴らしいです!」

 のんきな剣士の技術力の高さを、興奮した様子で話す。
 なるほど、カイルはそういう楽しみ方をしていたのか。
 コミカルさが目を引くから見過ごされがちだが、言われてみたら普通に戦うよりも難しい動きが多かった。
 のんきな剣士と山賊たちが礼をして、手を振りながら去っていく。
 拍手をしていた観客たちも、役者の姿が見えなくなると席を立って帰る準備を始めた。

「もう終わりなのかぁ。しっかり一刻は観たのに、何だかあっという間だったなぁ」

 俺がしょんぼりすると、アリスが笑って頷く。

「面白いと時間が短く感じられますよね」
「本当ですよね。もう帰らなきゃいけないなんて……」

 そう呟いたカイルは、わかりやすいくらいにガッカリしていた。
 さっきまであんなに楽しそうだったのに、今や見る影もない。
 アルフォンス兄さんは、そんなカイルに優しく微笑む。

「そんなに気に入ってくれたなら、連れてきたかいがある。今日は帰るけれど、また機会があれば連れてきてあげよう」

 カイルは途端に表情が明るくなり、アルフォンス兄さんに深々と頭を下げる。

「ありがとうございます!」

 その時、午後の演目終了を告げる鐘がなり、観客たちは出口へと移動を始めた。
 俺たちも、出口へと向かう観客の列に加わる。

「アルフォンス兄さま。日暮れには早いですけど、このまままっすぐ宿へ帰るんですか?」
「そうだね。今日の観光はここまでかな」

 あぁ、楽しい一日観光も終わりか。
 そんな俺の残念な気持ちが、顔に出ていたらしい。隣に立っていたエリオットとリックが、申し訳なさそうに言う。


しおりを挟む
感想 4,926

あなたにおすすめの小説

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。