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10巻
10-2
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「コルトフィア国民に広めるのが重要? それは、ルーゼリア王女殿下の相手としてふさわしいかどうかを問われているということですか?」
俺の質問に、リベルは神妙な顔つきになった。
「そうです。我が国では今、アルフォンス皇太子殿下とルーゼリア王女殿下のご婚姻に関し、良くない噂が流れております」
それを聞いて、アルフォンス兄さんは微かに苦笑した。
「私たちの婚姻が破談になるという話かい?」
アルフォンス兄さんもやはり知っていたのか。
その噂なら、俺もピレッドの食堂で偶然耳にしている。
ただ、ピレッド領主の娘さんがアルフォンス兄さんに好意を寄せていたので、彼女が流した噂じゃないかって思ってたんだよね。だから、ピレッドの街だけの噂だと思ったのに……。
「ご存じでいらっしゃいましたか。実は最近、その噂に加え、破談の理由についての様々な憶測が飛び交っております」
「まだ破談になってもいないのにですか?」
目を瞬かせる俺に、リベルはため息をつく。
「噂する者の中には、理由を推測することを楽しむ者も多いのです。我々はそういった人々によって情報を得ることもあるので、一概にその者たちを責めることはできません。まぁ、以前はひどい偽情報を掴まされて、そのネタ提供者のところに怒鳴り込んだこともありますけど、今は真偽の見極めができるようにはなって……」
ブツブツと愚痴っぽくなってきたところで、隣にいたユラがリベルの耳を引っ張る。
「イテテテ!」
「話がずれてる……」
ボソリと言うユラを、リベルは耳を押さえながら睨んだ。
彼女に対して一言文句を言いたそうだったが、俺たちが見ているからか、グッと堪える。
リベルは小さく深呼吸して、俺たちに視線を戻した。
「憶測の内容の中には、二国間で諍いが起こったのではないかとか、もっと大きな国の皇太子から求婚されたらしいといった話がありました。しかし、最も多かったのはアルフォンス皇太子殿下の人となりに関することです」
アルフォンス兄さんの性格や言動ってこと?
破談の理由にされているんじゃ、きっと良くないことを言われているんだろうな。
アルフォンス兄さんは穏やかな顔のままだったが、俺は微かに眉を寄せる。
ブラコンすぎて困ることも多いけど、それを除けば優しくて聡明な、尊敬できる兄だ。
噂をする人たちは、実際のアルフォンス兄さんに会ったことがないから好き勝手に言っているのだろうが、だからこそいい気分はしない。
俺のそんな雰囲気を感じ取ったのか、リベルとグランは慌てる。
「アルフォンス皇太子殿下のでたらめな噂に関して、我々は以前から好ましくないことだと思っておりましたよ」
「だからこそ、ピレッドの一件でアルフォンス皇太子殿下の聡明さや慈悲深さに触れ、そのような噂は直ちに払拭すべきだと考えました」
「なるほど。それで、今回の演目というわけか。ピレッドの事件を知る者なら、君たちの歌劇を観れば、きっと事件と劇を結びつける。劇の内容も相まって、私は英雄のごとく思われるだろうね」
感心するアルフォンス兄さんに、リベルは満足げに頷いた。
「はい。噂には噂をということです。コルトフィア国民の人気を得ることはとても大事です。ここだけの話、コルトフィアの国王様はとても気が優しく、他の人の意見をよく参考にされる方ですので……」
それ……他の意見にすぐ流されちゃう王様ってことじゃないか? 大丈夫なの?
王位は世襲だから、王様に向いていない人がその地位に就くこともある。周りが支えてくれれば問題ないが、あまり頼りすぎると王の威厳も権力も弱くなるんだよな。
コルトフィア国王に関するリベルの話は真実なのかどうか気になり、俺はチラッとアルフォンス兄さんを見上げる。
別段驚いた顔はしていないので、おそらくその通りなのだろう。
「君たちはどうしてここまでやってくれるのかな? 故郷を救った感謝だけが理由だとは思えないのだが……」
アルフォンス兄さんは瞬きもせず彼らを見据え、その意図を探る。リベルは感嘆の息を吐いた。
「さすが、鋭い御方ですね。ピレッドの領民を救ってくださったことへの感謝は、もちろん嘘ではありません。ただそれよりも、ルーゼリア姫がお選びになったお相手だからこそ、ご協力したいのです」
ルーゼリア姫……。その呼び方には、どこか親しさが感じられた。
何だか王族に対する尊敬とは少し違う好意も感じられる。
「もしかして、ルーゼリア王女殿下とお知り合いですか?」
感じた疑問をそのまま口にすると、三人はコクリと頷いた。
「初めて姫様にお目にかかったのは、十年前です。王家の方々が私たちのいた孤児院に立ち寄った際、私たちは歌を披露しました。その時、姫様が『歌が上手いから、歌劇役者になるといい』と勧めてくれました。姫様にとっては思いつきだったかもしれません。でも、それがいつしか、私たちの大きな夢になったのです」
グランの話で、ユラは当時のことを思い出したのか懐かしそうに微笑む。
それは今までずっと無表情だった分、ふわりと雪が解けるかのような笑顔だった。
「劇場を立ち上げた際には、お祝いに駆けつけてくださったんです。今もよく公演を観に来てくださいますし、本当にお優しい方です」
ユラの表情や口調から、本当にルーゼリア王女のことが好きなのだと伝わってくる。
それに、彼らから語られるルーゼリア王女は、とても素敵な女性なんだとわかった。
「ステアに留学中、ルーゼリアから君たちのことを聞いたことがあるよ。知り合いに、劇団を立ち上げた子たちがいると。ただ、その時に聞いた劇団名は『ジフュリーゲルス・ルーゼリア・カーマイン劇団』だったと記憶しているのだけど……。違ったのかな?」
小首を捻るアルフォンス兄さんに、グランたちは笑った。
「それは劇団ジルカの初期の名前ですね。ジフュリーゲルスは孤児院の名、ルーゼリアは姫様のお名前、カーマインは孤児院の院長様の名前です」
「私が何度か舌を噛んだので、名前を省略しました」
困り顔で肩を竦めるリベルに、俺たちは小さく噴き出す。
「ぜひ私たちを信じ、お二人のために協力させていただけないでしょうか。アルフォンス皇太子殿下にも、情報を仕入れる者は当然いらっしゃるでしょうが、市井に詳しい私たちの情報もきっとお役に立つかと思います」
リベルは背筋を正して、俺たちに頭を下げた。ユラやグランも続いて頭を下げる。
三人の真剣な様子に、アルフォンス兄さんは静かに頷いた。
「わかった。君たちを信じよう」
その言葉を聞いたリベルとグランは安堵に頬を緩め、ユラはそっと胸をなで下ろす。
「ありがとうございます! 精一杯お役に立ってみせますので! いやぁ、ホッとしました。我々を信じてくださらなかったら、どうしようかって思っていたんです」
テンションの上がったリベルの耳を、ユラが再び引っ張る。
「イテテテテ!」
「調子に乗らない……」
再び無表情に戻ったユラを、リベルが睨んだ。
「抓る前に口で言えよ。お前は言葉が足りないんだよ」
小声で非難するリベルに対し、ユラは謝るどころか小さくため息をつく。
「……面倒」
「面倒ってなんだよ。俺に注意することすら面倒だってのか?」
なおも声を潜めつつ文句を言うが、ユラは相手にしていられないと思ったのか聞こえないふりだ。
「無視すんなよ。本当に面倒がるなよ。俺、座長だぞ」
「座長? ……フッ」
鼻で笑われて、リベルは顔を覆う。
「それ一番傷つくやつ!」
ほとんど表情を変えないユラに対し、リベルの表情は苛立ち、怒り、嘆きとコロコロ変わる。
そんな二人に、グランは顔を蒼白にしてチラチラとこちらを気にしていた。
「二人ともやめろって。皇太子殿下様方の御前で失礼だろ」
グランに窘められ、ハッとしたリベルとユラは、殊勝な様子で頭を下げた。
「……お見苦しいところをお見せいたしました」
いつもこんな感じなのかな?
初めこそ王族相手ということもあって気を張っていたみたいだが、安心したことでそれが切れてしまったようだ。
ちょっと呆気にとられていた俺たちも、頭を下げる三人の姿に顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
2
我々にできることがありましたら、いつでもご連絡ください、というリベルたちと別れ、俺たちはサルベール観光を再開することにした。
リベルおすすめのお店でご飯を食べて、のんびり歩きながら闘技場へ向かう。
「ご飯、美味しかったなぁ」
歩きながら自分のお腹をさすると、アリスは笑って頷いた。
「私もちょっと食べ過ぎました」
「サルベールには何度か来たが、あの店は知らなかったよ。さすがリベルだよね」
アルフォンス兄さんはそう言って、小さく唸る。
リベルが教えてくれたレストランは、劇場の裏通りにあるサルベール地方料理専門店だった。
看板やのれんがなく、入り口が奥まった場所にあって、まさに知る人ぞ知るといった感じだ。
その料理は洗練された盛り付けなのに、優しくて素朴で、どこか懐かしい味がした。
美味しい料理に満足して歩いていると、アルフォンス兄さんが通りにあるお店の前で足を止める。
「フィル。サルベールに来た記念に何か買おうか? このクッションはどうだい?」
そう言って、店先に並んでいる山羊の顔のクッションを指差す。
「アルフォンス兄さま。クッションなら羊のものがありますから、これはいらないです」
俺がきっぱりと断ると、アルフォンス兄さんはしょげた顔をする。
そんな顔をされると、こっちが悪いことをしているようで胸が痛む。
だけど、俺が「いいですね」とでも言おうものなら、アルフォンス兄さんは際限なく買ってしまうからなぁ。
その時、店の奥にいた女性二人が何やらこちらを見てヒソヒソと話しているのが聞こえた。
地味なドレスを着ているがお付きの者がいるので、貴族のご婦人が街中をお忍びで散策しているのだろう。
「お聞きになりました?」
「ええ。どういたしましょう。アルフォンス皇太子殿下とフィル殿下でいらっしゃいますわ」
「サルベールにご滞在中というお話は、本当でしたのね」
しまった。うっかり名前を呼んだから、ばれちゃったらしい。
この護衛の数と服装じゃ、王族だってバレバレだもんなぁ。
リベルが歌劇で、アルフォンス兄さんのイメージを回復してくれているんだ。これ以上変な噂が立たないよう、ちゃんとしなくちゃ。
俺がキリリと気持ちを引き締めていたら、胸にモフッと柔らかいものが当てられた。
先ほどのクッションではない。山羊のぬいぐるみだ。
「じゃあ、このぬいぐるみはどう? フィルの好きなモフモフだよ」
ニコニコと微笑むアルフォンス兄さんに、俺は脱力した。
アルフォンス兄さん……。なぜにこの状況で……。
確かにモフモフだ。ヴィノの毛糸を使っているのかな? 一般的なぬいぐるみとは質感が全然違う。
「モフモフですけど、ぬいぐるみはいりません」
再度きっぱり言う俺に、アルフォンス兄さんが悲しげな顔をする。
「記念だよ?」
またそんな顔を……。
「だ、だって、アルフォンス兄さまにいただいたぬいぐるみが、たくさんありますし……。それにもうぬいぐるみが似合う歳でもありませんし……」
第一、あの女性たちにどう言われるのか。
俺がチラッと見ると、彼女たちは慌てて目を逸らし、今度は店主のところに行ってヒソヒソ話している。
何? 何を話してるんだ?
俺が山羊のぬいぐるみを抱えて不安になっていると、店主がこちらにやってきた。
「あちらのご婦人が、こちらのぬいぐるみをサルベールの思い出に差し上げたいと……」
「え! 僕にですか?」
驚いてご婦人の姿を捜すと、彼女たちはお代を支払い終え、もうひとつある店の出口から出るところだった。
「あの、ありがとうございます!」
「素敵な思い出の品を、ありがとう」
俺が慌ててお礼を言い、続いてアルフォンス兄さんがにっこりと微笑む。
彼女たちはたちまち顔を真っ赤にして、スカートを少し摘まんでお辞儀した。
「私たちもアルフォンス皇太子殿下やフィル殿下にお目にかかれて光栄です」
「フィル殿下。大変ぬいぐるみがお似合いです!」
そう言って扇で口元を隠しながら、足早にお店を出ていった。
立ち去った方向からは、彼女たちの言葉にならない黄色い声が聞こえる。
あまりの激しさに、俺たちは呆気にとられた。
……何なんだ、いったい。
「それにしても、ぬいぐるみがお似合いって……」
プレゼントしてもらった山羊のぬいぐるみをじっと見つめる。
嫌味……じゃないとは思う。好意なのだろうけど、何だか釈然としない。
すると、彼女たちの去っていった方を見つめながら、カイルがポツリと呟いた。
「フィル様とアルフォンス様の威力って、本当にすごいですよね」
「ええ。歩くだけでファンを増やしていらっしゃる気がします」
カイルに続いて言ったアリスに、俺とアルフォンス兄さんを除いた全員がコックリと頷く。
全ての女性を魅了するアルフォンス兄さんはともかく、俺にそこまでの力はないと思うけどなぁ。
すると、突然ハッと何か思いついたように、リックが手をポンと打った。
「アルフォンス殿下、フィル様。できるだけ通りにあるお店に寄りましょう!」
「お店に? 何で?」
いきなり提案されて、俺は目をパチクリとした。
「良からぬ噂をしているのは、アルフォンス殿下のことをよく知らない者たちです。ですから、彼らに実際の殿下を見て良い印象を持ってもらえば、噂は消えると思います」
「良い印象を? 持ってもらえるかな?」
俺と一緒にいるときのアルフォンス兄さん、ブラコンが激しいぞ。
俺が不安を口にすると、アリスはニコニコと微笑む。
「私もリックさんに賛成です。ご兄弟お二人の仲の良い姿は、微笑ましいですもの」
それは、アリスだからそう思うのではないだろうか。
「お二人がご一緒だと魅力が増して、かなり強力になりますからね。リックさんの案はとてもいいと思います」
カイルも真面目な顔で頷き、リックの意見に賛同する。
俺たち兄弟が揃うと、まるで強力な魅了の技が発動するみたいに聞こえるけど……。
周りの皆から訂正が入らないのもどうなのか。
まぁ、お店を見て歩きたい気持ちはあるし、それでアルフォンス兄さんのイメージアップがはかれるならいいか。
アルフォンス兄さんも特に反対する気はないようで、俺たちはリックの意見に乗ることにした。
そうしてお店に立ち寄りながら歩いていくと、四方の大通りを結ぶ大きな円形の広場に出る。
広場の中央には塔のようなモニュメントがあり、その奥に闘技場らしき建物が見えた。
モニュメントの横を通り、闘技場へと向かう。
規模の大小はあるけれど、どんな国にも必ず闘技場がひとつはある。
闘技場の大きさや数の多さなら、おそらくドルガド王国はベスト三に入るだろう。
ドルガドは日常的に剣術大会や体術大会を開くほど、武術が身近にある国だ。ステア王国、ティリア王国、ドルガド王国の三国王立学校対抗戦の会場として、ドルガド王立学校内の闘技場を使用したのだが、生徒専用と思えないほど立派なものだった。
このサルベールの闘技場は、その王立学校の闘技場よりかなり大きい。
ドルガド王立学校の闘技場の収容人数が三千人ほどだったから、この闘技場は五千人くらいの規模かな?
石造りの闘技場正面入り口には、両側に大きな女神像が立っており、建物の壁や柱に様々な彫刻が施されていた。その彫刻の所々に、この国で神聖視されている山羊のヴィノが彫られているのが、なんともコルトフィアらしい。
いつ建てられたものかはわからないけれど、本当に昔からヴィノは人々とともにある動物だったんだなぁ。
「綺麗な闘技場ですね」
カイルは目を輝かせて、闘技場を見上げる。
観光する場所として、闘技場を選んで良かったな。カイル、すごく嬉しそう。
「観客を見ると親子連れも多いんですね。雰囲気も穏やかです」
アリスと一緒に、俺とカイルも辺りにいる人々を観察する。
一般的に闘技場の観客は、血気盛んな男性が多い。
だが、コルトフィアでは女性や子供の姿が多く見られる。
アルフォンス兄さんはキョロキョロしている俺たちを見て、くすっと笑った。
「サルベールの闘技場の演目は特別だからね」
「他国の闘技場と比べると、確かに違いますよね。私も初めて見た時は、とても驚きました」
「フィル様たちの反応が気になります」
エリオットやリックはそう言って、俺たちに向かってにっこりと笑う。
三人とも気になる言い方をする。
一般的に闘技場で行う興行は、剣闘士たちの真剣勝負や、模擬戦などだ。しかし、この口ぶりからすると、どうやらそれとは違うらしい。
期待しながら闘技場へ入る。闘技場は楕円形で、席が階段状になっているすり鉢型だった。
俺たちは中央の席に座って、午後の部が始まるのを待つ。
演目が始まって、アルフォンス兄さんたちの言っていた意味がわかった。
サルベールの演目は、劇場型の剣術戦だった。
物語要素が三割で、戦闘が七割。
わかりやすく言うと、剣士に扮した役者たちが見世物として戦っている感じだ。
中学の修学旅行で行った、時代劇村の殺陣のショーを思い出す。
ただ、シナリオは決まっているものの、気合いや緊迫した雰囲気は真剣勝負に近かった。
広い闘技場の中で、縦横無尽に戦う。そのダイナミックな動きは、迫力満点だ。
観光の街サルベールにかかれば、闘技場もエンターテインメントだな。
メインの演目の内容は、お姫様が出かけた先で敵襲に遭い、姫を守りながら戦う騎士たちの話。
それが終わった後に、十分ほどで終わるコミカルなお話がついていた。
メインのお話もとても面白かったが、お腹を抱えて笑ったのはコミカルなお話のほうだ。
主人公はのんきな性格の剣士。山越えをしようとしたその剣士の前に、山賊たちが現れる。
すると、相手が山賊でも礼儀は大切だと、のんきな剣士は頭を下げて挨拶し始めた。
山賊が斬りかかっても、同じタイミングでお辞儀をするものだから、なかなか攻撃が当たらない。
その後もいろんな動作でのんきな剣士は山賊の攻撃を避け続け、最後は反対にのんきな剣士のふとした行動で山賊たちを気絶させてしまう。
主人公の剣士の道化っぷりが本当に見事で、会場は笑いの渦に包まれた。
アリスは剣士たちにひとしきり拍手をして、感嘆の息を吐く。
「私、闘技場でこんなに笑ったの初めてです」
「僕もだよ。面白かったね。カイルはどうだった?」
このサルベールの演目を、カイルはどう評価するのだろう。
気になって俺が尋ねると、カイルが真剣な顔で剣士役の人を指差す。
「面白かったです。のんきな剣士役の人、かなりの手練れですよ。相手が後ろから斬りかかっているのに、剣筋を見ないでスレスレで避けました。よろけても倒れないあの体の軸! 本当に素晴らしいです!」
のんきな剣士の技術力の高さを、興奮した様子で話す。
なるほど、カイルはそういう楽しみ方をしていたのか。
コミカルさが目を引くから見過ごされがちだが、言われてみたら普通に戦うよりも難しい動きが多かった。
のんきな剣士と山賊たちが礼をして、手を振りながら去っていく。
拍手をしていた観客たちも、役者の姿が見えなくなると席を立って帰る準備を始めた。
「もう終わりなのかぁ。しっかり一刻は観たのに、何だかあっという間だったなぁ」
俺がしょんぼりすると、アリスが笑って頷く。
「面白いと時間が短く感じられますよね」
「本当ですよね。もう帰らなきゃいけないなんて……」
そう呟いたカイルは、わかりやすいくらいにガッカリしていた。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、今や見る影もない。
アルフォンス兄さんは、そんなカイルに優しく微笑む。
「そんなに気に入ってくれたなら、連れてきたかいがある。今日は帰るけれど、また機会があれば連れてきてあげよう」
カイルは途端に表情が明るくなり、アルフォンス兄さんに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
その時、午後の演目終了を告げる鐘がなり、観客たちは出口へと移動を始めた。
俺たちも、出口へと向かう観客の列に加わる。
「アルフォンス兄さま。日暮れには早いですけど、このまままっすぐ宿へ帰るんですか?」
「そうだね。今日の観光はここまでかな」
あぁ、楽しい一日観光も終わりか。
そんな俺の残念な気持ちが、顔に出ていたらしい。隣に立っていたエリオットとリックが、申し訳なさそうに言う。
俺の質問に、リベルは神妙な顔つきになった。
「そうです。我が国では今、アルフォンス皇太子殿下とルーゼリア王女殿下のご婚姻に関し、良くない噂が流れております」
それを聞いて、アルフォンス兄さんは微かに苦笑した。
「私たちの婚姻が破談になるという話かい?」
アルフォンス兄さんもやはり知っていたのか。
その噂なら、俺もピレッドの食堂で偶然耳にしている。
ただ、ピレッド領主の娘さんがアルフォンス兄さんに好意を寄せていたので、彼女が流した噂じゃないかって思ってたんだよね。だから、ピレッドの街だけの噂だと思ったのに……。
「ご存じでいらっしゃいましたか。実は最近、その噂に加え、破談の理由についての様々な憶測が飛び交っております」
「まだ破談になってもいないのにですか?」
目を瞬かせる俺に、リベルはため息をつく。
「噂する者の中には、理由を推測することを楽しむ者も多いのです。我々はそういった人々によって情報を得ることもあるので、一概にその者たちを責めることはできません。まぁ、以前はひどい偽情報を掴まされて、そのネタ提供者のところに怒鳴り込んだこともありますけど、今は真偽の見極めができるようにはなって……」
ブツブツと愚痴っぽくなってきたところで、隣にいたユラがリベルの耳を引っ張る。
「イテテテ!」
「話がずれてる……」
ボソリと言うユラを、リベルは耳を押さえながら睨んだ。
彼女に対して一言文句を言いたそうだったが、俺たちが見ているからか、グッと堪える。
リベルは小さく深呼吸して、俺たちに視線を戻した。
「憶測の内容の中には、二国間で諍いが起こったのではないかとか、もっと大きな国の皇太子から求婚されたらしいといった話がありました。しかし、最も多かったのはアルフォンス皇太子殿下の人となりに関することです」
アルフォンス兄さんの性格や言動ってこと?
破談の理由にされているんじゃ、きっと良くないことを言われているんだろうな。
アルフォンス兄さんは穏やかな顔のままだったが、俺は微かに眉を寄せる。
ブラコンすぎて困ることも多いけど、それを除けば優しくて聡明な、尊敬できる兄だ。
噂をする人たちは、実際のアルフォンス兄さんに会ったことがないから好き勝手に言っているのだろうが、だからこそいい気分はしない。
俺のそんな雰囲気を感じ取ったのか、リベルとグランは慌てる。
「アルフォンス皇太子殿下のでたらめな噂に関して、我々は以前から好ましくないことだと思っておりましたよ」
「だからこそ、ピレッドの一件でアルフォンス皇太子殿下の聡明さや慈悲深さに触れ、そのような噂は直ちに払拭すべきだと考えました」
「なるほど。それで、今回の演目というわけか。ピレッドの事件を知る者なら、君たちの歌劇を観れば、きっと事件と劇を結びつける。劇の内容も相まって、私は英雄のごとく思われるだろうね」
感心するアルフォンス兄さんに、リベルは満足げに頷いた。
「はい。噂には噂をということです。コルトフィア国民の人気を得ることはとても大事です。ここだけの話、コルトフィアの国王様はとても気が優しく、他の人の意見をよく参考にされる方ですので……」
それ……他の意見にすぐ流されちゃう王様ってことじゃないか? 大丈夫なの?
王位は世襲だから、王様に向いていない人がその地位に就くこともある。周りが支えてくれれば問題ないが、あまり頼りすぎると王の威厳も権力も弱くなるんだよな。
コルトフィア国王に関するリベルの話は真実なのかどうか気になり、俺はチラッとアルフォンス兄さんを見上げる。
別段驚いた顔はしていないので、おそらくその通りなのだろう。
「君たちはどうしてここまでやってくれるのかな? 故郷を救った感謝だけが理由だとは思えないのだが……」
アルフォンス兄さんは瞬きもせず彼らを見据え、その意図を探る。リベルは感嘆の息を吐いた。
「さすが、鋭い御方ですね。ピレッドの領民を救ってくださったことへの感謝は、もちろん嘘ではありません。ただそれよりも、ルーゼリア姫がお選びになったお相手だからこそ、ご協力したいのです」
ルーゼリア姫……。その呼び方には、どこか親しさが感じられた。
何だか王族に対する尊敬とは少し違う好意も感じられる。
「もしかして、ルーゼリア王女殿下とお知り合いですか?」
感じた疑問をそのまま口にすると、三人はコクリと頷いた。
「初めて姫様にお目にかかったのは、十年前です。王家の方々が私たちのいた孤児院に立ち寄った際、私たちは歌を披露しました。その時、姫様が『歌が上手いから、歌劇役者になるといい』と勧めてくれました。姫様にとっては思いつきだったかもしれません。でも、それがいつしか、私たちの大きな夢になったのです」
グランの話で、ユラは当時のことを思い出したのか懐かしそうに微笑む。
それは今までずっと無表情だった分、ふわりと雪が解けるかのような笑顔だった。
「劇場を立ち上げた際には、お祝いに駆けつけてくださったんです。今もよく公演を観に来てくださいますし、本当にお優しい方です」
ユラの表情や口調から、本当にルーゼリア王女のことが好きなのだと伝わってくる。
それに、彼らから語られるルーゼリア王女は、とても素敵な女性なんだとわかった。
「ステアに留学中、ルーゼリアから君たちのことを聞いたことがあるよ。知り合いに、劇団を立ち上げた子たちがいると。ただ、その時に聞いた劇団名は『ジフュリーゲルス・ルーゼリア・カーマイン劇団』だったと記憶しているのだけど……。違ったのかな?」
小首を捻るアルフォンス兄さんに、グランたちは笑った。
「それは劇団ジルカの初期の名前ですね。ジフュリーゲルスは孤児院の名、ルーゼリアは姫様のお名前、カーマインは孤児院の院長様の名前です」
「私が何度か舌を噛んだので、名前を省略しました」
困り顔で肩を竦めるリベルに、俺たちは小さく噴き出す。
「ぜひ私たちを信じ、お二人のために協力させていただけないでしょうか。アルフォンス皇太子殿下にも、情報を仕入れる者は当然いらっしゃるでしょうが、市井に詳しい私たちの情報もきっとお役に立つかと思います」
リベルは背筋を正して、俺たちに頭を下げた。ユラやグランも続いて頭を下げる。
三人の真剣な様子に、アルフォンス兄さんは静かに頷いた。
「わかった。君たちを信じよう」
その言葉を聞いたリベルとグランは安堵に頬を緩め、ユラはそっと胸をなで下ろす。
「ありがとうございます! 精一杯お役に立ってみせますので! いやぁ、ホッとしました。我々を信じてくださらなかったら、どうしようかって思っていたんです」
テンションの上がったリベルの耳を、ユラが再び引っ張る。
「イテテテテ!」
「調子に乗らない……」
再び無表情に戻ったユラを、リベルが睨んだ。
「抓る前に口で言えよ。お前は言葉が足りないんだよ」
小声で非難するリベルに対し、ユラは謝るどころか小さくため息をつく。
「……面倒」
「面倒ってなんだよ。俺に注意することすら面倒だってのか?」
なおも声を潜めつつ文句を言うが、ユラは相手にしていられないと思ったのか聞こえないふりだ。
「無視すんなよ。本当に面倒がるなよ。俺、座長だぞ」
「座長? ……フッ」
鼻で笑われて、リベルは顔を覆う。
「それ一番傷つくやつ!」
ほとんど表情を変えないユラに対し、リベルの表情は苛立ち、怒り、嘆きとコロコロ変わる。
そんな二人に、グランは顔を蒼白にしてチラチラとこちらを気にしていた。
「二人ともやめろって。皇太子殿下様方の御前で失礼だろ」
グランに窘められ、ハッとしたリベルとユラは、殊勝な様子で頭を下げた。
「……お見苦しいところをお見せいたしました」
いつもこんな感じなのかな?
初めこそ王族相手ということもあって気を張っていたみたいだが、安心したことでそれが切れてしまったようだ。
ちょっと呆気にとられていた俺たちも、頭を下げる三人の姿に顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
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我々にできることがありましたら、いつでもご連絡ください、というリベルたちと別れ、俺たちはサルベール観光を再開することにした。
リベルおすすめのお店でご飯を食べて、のんびり歩きながら闘技場へ向かう。
「ご飯、美味しかったなぁ」
歩きながら自分のお腹をさすると、アリスは笑って頷いた。
「私もちょっと食べ過ぎました」
「サルベールには何度か来たが、あの店は知らなかったよ。さすがリベルだよね」
アルフォンス兄さんはそう言って、小さく唸る。
リベルが教えてくれたレストランは、劇場の裏通りにあるサルベール地方料理専門店だった。
看板やのれんがなく、入り口が奥まった場所にあって、まさに知る人ぞ知るといった感じだ。
その料理は洗練された盛り付けなのに、優しくて素朴で、どこか懐かしい味がした。
美味しい料理に満足して歩いていると、アルフォンス兄さんが通りにあるお店の前で足を止める。
「フィル。サルベールに来た記念に何か買おうか? このクッションはどうだい?」
そう言って、店先に並んでいる山羊の顔のクッションを指差す。
「アルフォンス兄さま。クッションなら羊のものがありますから、これはいらないです」
俺がきっぱりと断ると、アルフォンス兄さんはしょげた顔をする。
そんな顔をされると、こっちが悪いことをしているようで胸が痛む。
だけど、俺が「いいですね」とでも言おうものなら、アルフォンス兄さんは際限なく買ってしまうからなぁ。
その時、店の奥にいた女性二人が何やらこちらを見てヒソヒソと話しているのが聞こえた。
地味なドレスを着ているがお付きの者がいるので、貴族のご婦人が街中をお忍びで散策しているのだろう。
「お聞きになりました?」
「ええ。どういたしましょう。アルフォンス皇太子殿下とフィル殿下でいらっしゃいますわ」
「サルベールにご滞在中というお話は、本当でしたのね」
しまった。うっかり名前を呼んだから、ばれちゃったらしい。
この護衛の数と服装じゃ、王族だってバレバレだもんなぁ。
リベルが歌劇で、アルフォンス兄さんのイメージを回復してくれているんだ。これ以上変な噂が立たないよう、ちゃんとしなくちゃ。
俺がキリリと気持ちを引き締めていたら、胸にモフッと柔らかいものが当てられた。
先ほどのクッションではない。山羊のぬいぐるみだ。
「じゃあ、このぬいぐるみはどう? フィルの好きなモフモフだよ」
ニコニコと微笑むアルフォンス兄さんに、俺は脱力した。
アルフォンス兄さん……。なぜにこの状況で……。
確かにモフモフだ。ヴィノの毛糸を使っているのかな? 一般的なぬいぐるみとは質感が全然違う。
「モフモフですけど、ぬいぐるみはいりません」
再度きっぱり言う俺に、アルフォンス兄さんが悲しげな顔をする。
「記念だよ?」
またそんな顔を……。
「だ、だって、アルフォンス兄さまにいただいたぬいぐるみが、たくさんありますし……。それにもうぬいぐるみが似合う歳でもありませんし……」
第一、あの女性たちにどう言われるのか。
俺がチラッと見ると、彼女たちは慌てて目を逸らし、今度は店主のところに行ってヒソヒソ話している。
何? 何を話してるんだ?
俺が山羊のぬいぐるみを抱えて不安になっていると、店主がこちらにやってきた。
「あちらのご婦人が、こちらのぬいぐるみをサルベールの思い出に差し上げたいと……」
「え! 僕にですか?」
驚いてご婦人の姿を捜すと、彼女たちはお代を支払い終え、もうひとつある店の出口から出るところだった。
「あの、ありがとうございます!」
「素敵な思い出の品を、ありがとう」
俺が慌ててお礼を言い、続いてアルフォンス兄さんがにっこりと微笑む。
彼女たちはたちまち顔を真っ赤にして、スカートを少し摘まんでお辞儀した。
「私たちもアルフォンス皇太子殿下やフィル殿下にお目にかかれて光栄です」
「フィル殿下。大変ぬいぐるみがお似合いです!」
そう言って扇で口元を隠しながら、足早にお店を出ていった。
立ち去った方向からは、彼女たちの言葉にならない黄色い声が聞こえる。
あまりの激しさに、俺たちは呆気にとられた。
……何なんだ、いったい。
「それにしても、ぬいぐるみがお似合いって……」
プレゼントしてもらった山羊のぬいぐるみをじっと見つめる。
嫌味……じゃないとは思う。好意なのだろうけど、何だか釈然としない。
すると、彼女たちの去っていった方を見つめながら、カイルがポツリと呟いた。
「フィル様とアルフォンス様の威力って、本当にすごいですよね」
「ええ。歩くだけでファンを増やしていらっしゃる気がします」
カイルに続いて言ったアリスに、俺とアルフォンス兄さんを除いた全員がコックリと頷く。
全ての女性を魅了するアルフォンス兄さんはともかく、俺にそこまでの力はないと思うけどなぁ。
すると、突然ハッと何か思いついたように、リックが手をポンと打った。
「アルフォンス殿下、フィル様。できるだけ通りにあるお店に寄りましょう!」
「お店に? 何で?」
いきなり提案されて、俺は目をパチクリとした。
「良からぬ噂をしているのは、アルフォンス殿下のことをよく知らない者たちです。ですから、彼らに実際の殿下を見て良い印象を持ってもらえば、噂は消えると思います」
「良い印象を? 持ってもらえるかな?」
俺と一緒にいるときのアルフォンス兄さん、ブラコンが激しいぞ。
俺が不安を口にすると、アリスはニコニコと微笑む。
「私もリックさんに賛成です。ご兄弟お二人の仲の良い姿は、微笑ましいですもの」
それは、アリスだからそう思うのではないだろうか。
「お二人がご一緒だと魅力が増して、かなり強力になりますからね。リックさんの案はとてもいいと思います」
カイルも真面目な顔で頷き、リックの意見に賛同する。
俺たち兄弟が揃うと、まるで強力な魅了の技が発動するみたいに聞こえるけど……。
周りの皆から訂正が入らないのもどうなのか。
まぁ、お店を見て歩きたい気持ちはあるし、それでアルフォンス兄さんのイメージアップがはかれるならいいか。
アルフォンス兄さんも特に反対する気はないようで、俺たちはリックの意見に乗ることにした。
そうしてお店に立ち寄りながら歩いていくと、四方の大通りを結ぶ大きな円形の広場に出る。
広場の中央には塔のようなモニュメントがあり、その奥に闘技場らしき建物が見えた。
モニュメントの横を通り、闘技場へと向かう。
規模の大小はあるけれど、どんな国にも必ず闘技場がひとつはある。
闘技場の大きさや数の多さなら、おそらくドルガド王国はベスト三に入るだろう。
ドルガドは日常的に剣術大会や体術大会を開くほど、武術が身近にある国だ。ステア王国、ティリア王国、ドルガド王国の三国王立学校対抗戦の会場として、ドルガド王立学校内の闘技場を使用したのだが、生徒専用と思えないほど立派なものだった。
このサルベールの闘技場は、その王立学校の闘技場よりかなり大きい。
ドルガド王立学校の闘技場の収容人数が三千人ほどだったから、この闘技場は五千人くらいの規模かな?
石造りの闘技場正面入り口には、両側に大きな女神像が立っており、建物の壁や柱に様々な彫刻が施されていた。その彫刻の所々に、この国で神聖視されている山羊のヴィノが彫られているのが、なんともコルトフィアらしい。
いつ建てられたものかはわからないけれど、本当に昔からヴィノは人々とともにある動物だったんだなぁ。
「綺麗な闘技場ですね」
カイルは目を輝かせて、闘技場を見上げる。
観光する場所として、闘技場を選んで良かったな。カイル、すごく嬉しそう。
「観客を見ると親子連れも多いんですね。雰囲気も穏やかです」
アリスと一緒に、俺とカイルも辺りにいる人々を観察する。
一般的に闘技場の観客は、血気盛んな男性が多い。
だが、コルトフィアでは女性や子供の姿が多く見られる。
アルフォンス兄さんはキョロキョロしている俺たちを見て、くすっと笑った。
「サルベールの闘技場の演目は特別だからね」
「他国の闘技場と比べると、確かに違いますよね。私も初めて見た時は、とても驚きました」
「フィル様たちの反応が気になります」
エリオットやリックはそう言って、俺たちに向かってにっこりと笑う。
三人とも気になる言い方をする。
一般的に闘技場で行う興行は、剣闘士たちの真剣勝負や、模擬戦などだ。しかし、この口ぶりからすると、どうやらそれとは違うらしい。
期待しながら闘技場へ入る。闘技場は楕円形で、席が階段状になっているすり鉢型だった。
俺たちは中央の席に座って、午後の部が始まるのを待つ。
演目が始まって、アルフォンス兄さんたちの言っていた意味がわかった。
サルベールの演目は、劇場型の剣術戦だった。
物語要素が三割で、戦闘が七割。
わかりやすく言うと、剣士に扮した役者たちが見世物として戦っている感じだ。
中学の修学旅行で行った、時代劇村の殺陣のショーを思い出す。
ただ、シナリオは決まっているものの、気合いや緊迫した雰囲気は真剣勝負に近かった。
広い闘技場の中で、縦横無尽に戦う。そのダイナミックな動きは、迫力満点だ。
観光の街サルベールにかかれば、闘技場もエンターテインメントだな。
メインの演目の内容は、お姫様が出かけた先で敵襲に遭い、姫を守りながら戦う騎士たちの話。
それが終わった後に、十分ほどで終わるコミカルなお話がついていた。
メインのお話もとても面白かったが、お腹を抱えて笑ったのはコミカルなお話のほうだ。
主人公はのんきな性格の剣士。山越えをしようとしたその剣士の前に、山賊たちが現れる。
すると、相手が山賊でも礼儀は大切だと、のんきな剣士は頭を下げて挨拶し始めた。
山賊が斬りかかっても、同じタイミングでお辞儀をするものだから、なかなか攻撃が当たらない。
その後もいろんな動作でのんきな剣士は山賊の攻撃を避け続け、最後は反対にのんきな剣士のふとした行動で山賊たちを気絶させてしまう。
主人公の剣士の道化っぷりが本当に見事で、会場は笑いの渦に包まれた。
アリスは剣士たちにひとしきり拍手をして、感嘆の息を吐く。
「私、闘技場でこんなに笑ったの初めてです」
「僕もだよ。面白かったね。カイルはどうだった?」
このサルベールの演目を、カイルはどう評価するのだろう。
気になって俺が尋ねると、カイルが真剣な顔で剣士役の人を指差す。
「面白かったです。のんきな剣士役の人、かなりの手練れですよ。相手が後ろから斬りかかっているのに、剣筋を見ないでスレスレで避けました。よろけても倒れないあの体の軸! 本当に素晴らしいです!」
のんきな剣士の技術力の高さを、興奮した様子で話す。
なるほど、カイルはそういう楽しみ方をしていたのか。
コミカルさが目を引くから見過ごされがちだが、言われてみたら普通に戦うよりも難しい動きが多かった。
のんきな剣士と山賊たちが礼をして、手を振りながら去っていく。
拍手をしていた観客たちも、役者の姿が見えなくなると席を立って帰る準備を始めた。
「もう終わりなのかぁ。しっかり一刻は観たのに、何だかあっという間だったなぁ」
俺がしょんぼりすると、アリスが笑って頷く。
「面白いと時間が短く感じられますよね」
「本当ですよね。もう帰らなきゃいけないなんて……」
そう呟いたカイルは、わかりやすいくらいにガッカリしていた。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、今や見る影もない。
アルフォンス兄さんは、そんなカイルに優しく微笑む。
「そんなに気に入ってくれたなら、連れてきたかいがある。今日は帰るけれど、また機会があれば連れてきてあげよう」
カイルは途端に表情が明るくなり、アルフォンス兄さんに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
その時、午後の演目終了を告げる鐘がなり、観客たちは出口へと移動を始めた。
俺たちも、出口へと向かう観客の列に加わる。
「アルフォンス兄さま。日暮れには早いですけど、このまままっすぐ宿へ帰るんですか?」
「そうだね。今日の観光はここまでかな」
あぁ、楽しい一日観光も終わりか。
そんな俺の残念な気持ちが、顔に出ていたらしい。隣に立っていたエリオットとリックが、申し訳なさそうに言う。
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