転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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11巻

11-2

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「恥ずかしい姿でしたので、呼べませんでしたの」

 俺だって植木にはまったら恥ずかしいんだから、ご令嬢ならなおさらだろう。

「大変な目にあったね」

 俺は先ほどまでキャルロットがはまっていた植木を見つめる。
 ここに背中から倒れこんで、植木にはまったのか。
 俺がじっと植木を観察していると、キャルロットは言いづらそうに口を開いた。

「あ、あの、私、お先に失礼させていただきますわ。服が汚れてしまったので、寮に戻って着替えたくて……」

 そう言われて、俺はハッと気づく。

「あ、ごめん。そうだよね」
「寮に戻るなら、私たちも一緒に行くわ」

 アリスの言葉に、俺も頷いた。

「そうだね。怪我はなさそうだけど、戻る途中でどこか痛くなるかもしれないし」

 いくら何でもこのまま帰すわけにいかない。
 男子寮と女子寮は隣同士。どうせ帰り道は一緒だ。
 しかし、キャルロットは首を横に振った。

「いいえ。助けていただいただけでなく、帰り道までご迷惑をおかけするわけにはまいりませんわ。それに、これ以上こんな姿をお見せしていることが、どうしても耐えられませんの」

 チラッとカイルを見上げ、恥ずかしそうに頬を押さえる。
 それからキャルロットは、スカートをふわりと広げて頭を下げた。

「助けていただき、本当にありがとうございました。それではフィル様、カイル様、アリス様、ごきげんよう!」

 俺たちに改めてお礼を言って、キャルロットは寮の方向へと走り出す。

「え、何で僕たちの名前……って、はやぁっ!」

 あっという間に小さくなっていくキャルロットに、俺たちは呆然とした。
 さっきまで植木にはまっていた人とは思えないスピードである。
 ドレス姿であんなに速く走れるとは驚いたな。

【ほほぅ、人間の小娘にしてはやるな】

 珍しくコクヨウまで褒めている。

「……僕たちの名前、知ってたね」

 俺が彼女の背中を見送りながら呟くと、カイルが唸る。

「フィル様は目立ちますからね。同じ理由で、俺やアリスも知っていたのだと思いますが……ただ、気になることがあるんですよね」
「気になること?」
「なあに?」

 俺とアリスはカイルを見上げ、キョトンとする。

「植木のはまり方です。倒れこんだだけで、ああも見事にはまるでしょうか」

 あごに手を添え唸るカイルに、俺も手を挙げる。

「あ、それ、僕も思った」

 低木に分類されているラプノの木だが、高さは一メートルある。
 普通に倒れこんだくらいで、あんなに綺麗にはまるとは思えなかった。

「植木のそばにある木から落ちたって言われたほうが、断然納得がいくよね」
「でも、ドレス姿よ? 木登りするのは無理じゃないかしら」

 疑問を口にするアリスに、俺は頷く。

「うん。そう思って、考えから外したんだけど……」

 俺たちが木を見上げていると、カトリーヌが「ウォン」と鳴いた。

【あの子、木の上にいたよぉ】
「え! 本当に!?」
【だから木の上でも聞こえるように、大きな声でご挨拶したの。そしたら、植木に落っこちてきたんだぁ】

 その時の状況を、楽しそうに説明してくれる。

「やっぱりあの子、木の上にいたのかぁ」
「ドレス姿での木登りは、相当慣れてないとできませんよね」

 カイルの言う通り、カトリーヌが示した木は比較的登りやすそうではあるが、それは身軽な服の場合だ。
 ドレスとなると、格段に難度が上がる。
 キャルロット嬢、おしとやかそうに見えておてんなのか。

「何やってたんだろ」
「これ、関係がありますかね? さっき助ける際に発見したものなんですが……」

 カイルが俺に手渡したのは、観劇の時に使う望遠グラスだった。
 それを見て、アリスは小さく感嘆の声を漏らす。

「綺麗な望遠グラスね」

 女性的な装飾で、美しい細工もほどこされている。
 望遠グラスとしても、この世界のものでは性能が良さそうだ。

「キャルロットのだよね?」
「おそらく。……何を観察していたんでしょうかね?」

 カイルの質問に、望遠グラスを調べていた俺は動きを止める。

「……鳥、とか?」
「これでですか?」

 だよな。木にじっとしている鳥はともかく、速く動かれたらこの望遠レンズでは追いきれない。
 だったら、いったい何を?
 考え込む俺たちの間に、沈黙が落ちた。
 そんな俺の足を、コクヨウが鼻先でつつく。

【とりあえず、その話は後にしておけ。助け出したのなら、用は済んだろう。ほら、さっさと寮へ行くぞ!】

 そう言って、前足で寮へ戻る道の方を指し示す。

【えぇ、もう行っちゃうのぉ?】

 カトリーヌが寂しそうに「クゥン」と鳴いた。
 大きい姿で甘えられると、たまらなく可愛い。
 思わずほだされそうになった俺に向かって、コクヨウがタン! と地面を大きく踏み鳴らす。

【プリンを食べるのがこれ以上遅れたら、今日はモフモフさせんからな】

 じとりと見つめるコクヨウに、俺は軽く唇をむ。
 くっ! なんて卑怯な……。
 一日の終わりに、必ずコクヨウをモフるのが習慣になっているのに。
 俺は小さなため息を吐き、カトリーヌに向かって言った。

「ごめんね。今度、学校長に言って、遊ぶ時間を作ってあげるから」
【う~……わかった。約束したもんね】

 しょんぼりしつつも頷くカトリーヌを、俺は優しく撫でる。

「うん! 約束」

 カトリーヌが尻尾を振って頷いた時、学校長のいる東屋の方から「へぷちっ!」と可愛らしいくしゃみが聞こえた。

「ん……んぅ? いつの間にか寝ておったか……」

 どうやら今のくしゃみで、目が覚めたらしい。
 ゆっくりと体を起こす学校長に、カトリーヌが飛びついた。

「ぐふっ」

 大きな体での突進に、学校長がうめく。

【おじーちゃん、おはようっ!!】
「ごほっ……。よしよし、大人しくしていたか?」
【いい子にしてたよ!】

 尻尾をブンブンと振って、元気に「ウォン!」と鳴く。

「学校長。そんなところで寝ていたら、風邪をひきますよ」

 俺が声をかけると、学校長の目が真ん丸になった。

「おぉ、君たち学校に戻ってきたのか。フォッフォッフォ、いい天気だったので、ついな」

 長いあごひげを触りながら、大きく笑う。それから俺たちの顔を見回した。

「どうも疲れた顔をしておるようだが、何かあったのかね?」
「あ、はい。まぁ、いろいろと……」

 何と返していいものかわからず、俺とカイルとアリスはお互いに顔を見合わせた。
 学校長は「ふむ」と唸って、髭を触る。

「学校が始まるまでまだ何日かある。それまでに寮で、よく旅の疲れをとるんじゃよ。また学校で元気な姿を見せておくれ」

 どうやら、俺たちの疲れが旅の出来事によるものと思ったらしい。
 学校長は目尻にしわを作って、にっこりと笑う。
 俺たちは笑い、ぺこりと頭を下げた。

「はい。今年もよろしくお願いします!」



 2


 東屋を後にし、俺たちはようやくステア王立学校中等部学生寮に到着した。
 男子寮と女子寮で建物が分かれているため、アリスと別れて俺とカイルは男子寮へ入る。
 寮の玄関ホールは、大きな荷物を抱えた少年たちで溢れ返っていた。

「ちょうど混んでる時に帰ってきちゃったね」
「新一年生の入寮が集中したんでしょう」

 辺りを見回しながら、カイルが言う。
 顔触れを見ると、確かに玄関ホールにいる少年たちは新一年生が大半のようだった。
 一年生は鍵を受け取ったらここで待機して、ある程度人数が集まったら、上級生に寮内の施設と部屋を案内してもらうんだよね。

「入寮手続き、どのくらい時間かかるだろ」

 手続き待ちなのか、案内待ちなのか判断できない。

【くっ! 今日はどこまでも邪魔が入る】

 忌々いまいましげに生徒たちをにらむコクヨウを、俺は抱き上げた。

「はいはい。今日は特別にプリン一個追加するから、機嫌直して」

 コクヨウをなだめていると、一年の群れの中にシリルを発見した。
 シリル・オルコットは、仲の良い同級生だ。

「あれ? シリル」

 声をかけると、彼は嬉しそうに微笑んだ。

「フィル君、カイル君。久しぶり!」
「久しぶり。シリル、案内担当を引き受けたんだ?」

 案内担当は、寮長に選ばれた二年生が行う。
 俺やカイルにも声がかかったが、旅行の日程がはっきりわからなかったから断ったんだよね。

「そうなんだ。寮長に頼まれた時は、どうしようかと思ったんだけど。今までやらなかったことに、いろいろ挑戦してみようと思って」

 そう言って、ひたいいて照れたように笑う。
 シリルも日々成長してるんだなぁ。一年の初めの頃はいつも自信なさそうな顔をしていたけど、最近では明るい表情を見せてくれるようになった。
 頼もしく成長しているシリルが、友人としてとても誇らしい。
 顔も凛々りりしくなってるし、体つきも前より――……。
 微笑ましい気持ちでシリルを見ていた俺は、ピタリと視線を止めた。
 あれ? 若干だけど、前より見上げる視線が高くなってない?

「……シリル、背が伸びた?」

 恐る恐る尋ねると、シリルはパァッとまぶしいほどの笑顔を見せた。

「あ、わかる? 少し背が伸びて、筋肉もついたんだ。夏休み中、実家で兄さんと毎日鍛錬していたおかげかな? 運動するとお腹がすくから、たくさん食べてよく寝ていたんだよ」

 たった……たったひと月でっ!!
 精神だけじゃなく、肉体的にも成長しているとはっ!
 カイルも背が伸びてるんだよなぁ。俺、何であんまり成長してないんだろ。
 がっくりと落ち込む俺の顔を、シリルが心配そうにのぞき込む。

「フィル君、どうしたの?」

 優しいシリルに、まさか自分の小ささをなげいているとは言えない。

「いや、何でもないよ」

 俺は首を横に振り、笑ってす。
 その時、一年生らしき少年が、おずおずとシリルに話しかけた。

「あの……オルコット先輩」
「あ、ごめん。人数集まった?」

 慌てるシリルに一年生は頷きつつ、チラッとこちらを見る。

「はい。あ、あの、そちらの方々って……」
「二年生のフィル・テイラ君と、カイル・グラバー君。優しくて、頭も良くて、武術にも優れている。君たちの先輩だ」
「嬉しいけど、褒めすぎだよ」

 シリルの過度な紹介に、俺とカイルは苦笑する。
 一年生もきっと呆れているだろう。
 そう思って一年生を見ると、その瞳はきらめいていた。

「やっぱり、貴方あなたたちがあの有名な、フィル・テイラ先輩と、カイル・グラバー先輩……」

 感嘆の息をついて呟き、周りにいた一年生も「やっぱりそうか」とざわめく。
 有名? それって、どういう意味で?
 俺が首を傾げたところで、同じ案内担当の生徒がシリルに声をかけた。

「シリル、そろそろ出発しようぜ」
「わかった! じゃあ、フィル君。案内しないといけないから。さ、君も行こう」

 もう少し彼に話を聞きたかったが、それ以上引き留めることはできなかった。

「う、うん。案内頑張ってね」

 一年生を引き連れていくシリルに、俺は小さく手を振る。
 ……俺たちが有名?
 さっき会ったキャルロットも俺たちのことを知っていたし、そんなに目立つのかな?
 心なしか、さっきより多くの視線を感じる気がする。
 何か居心地が悪くなってきたな。これは早々に、ここから退散したほうがいいか?
 そんなことを考えていると、カイルがそばに置いていた俺の荷物を手に取った。

「鍵を受け取ってまいりましたので、部屋へ向かいましょう」

 さっきまで隣にいたのに、いつの間に入寮の手続きをしてくれたんだろう。

「鍵、ありがとう。自分で運ぶからいいよ」

 自分の荷物を取り返そうとすると、カイルは首を振った。

「いえ、今度の部屋は階が変わります。土産の分、かばんが重いですから」

 あぁ、そういえばそうだった。
 一年生の時は二階だったけど、二・三年生は三階なんだよね。

「行きましょう。フィル様」

 カイルは二人分の荷物を持って、スタスタと歩いていく。
 カイルってば、すきあらば俺のお世話をしようとするんだから。
 学校では従者ではなく、対等な友人として接して欲しいのになぁ。
 ため息をついて、カイルの後をついていく。
 すると、ちょうど上の階から、トーマ・ボリスとレイ・クライスが下りてきた。
 授業の班やクラブも同じで、学校で一緒に行動することの多い、とても仲の良い友人たちだ。

「あ! フィルとカイルだ。すごい。レイの勘が当たったねぇ」

 トーマがのんびりした声で言うと、レイはニヤリと笑った。

「な! 俺の言った通りだったろ? 今日あたり到着するって手紙に書いてあったから、時間的にそろそろかなって思ってたんだ」

 得意げに胸を張るレイに、トーマはパチパチと手をたたく。
 そんな二人に俺が小さく噴き出し、カイルも苦笑してレイたちに持っていた鞄を見せた。

「まずは部屋に荷物を置かせてくれ。それからゆっくり話をしよう」

 その言葉に、二人は「それもそうだ」と笑った。


 俺たちはカイルの部屋に荷物を置いた後、新しく割り振られた俺の自室へと集まった。
 場所は、寮の三階の南側にある角部屋だ。
 前の部屋と広さは変わらないが、角部屋だから二つ窓がついている。
 そのうちの一つは、奥行きのある出窓になっていた。
 俺はコクヨウを下ろして、出窓から外を見渡す。

「コクヨウ、見て。すぐ真下にコリアータの木がある。季節になるときっと綺麗だよ」

 コリアータはきんもくせいのような甘い香りのする木で、春になると可愛らしい青い花を咲かせる。
 部屋にいながらにして花見ができるなんて最高じゃないか。
 だが、コクヨウはさして興味がなさそうな顔で言う。

【それよりもフィル、約束は忘れておらんだろうな?】

 約束とは、さっきからずっと催促されているプリンのことだろう。

「はいはい、プリンを食べたいんでしょ?」

 ため息をついて言うと、コクヨウは可愛らしい前足を上に挙げる。

【一個追加なのも忘れずにな】

 きっちり釘を刺してきた。
 やっぱり、コクヨウは『花よりだんご』だな。

「わかってるよ」

 呆れながらも、ふくろねずみのテンガを召喚して、プリンを出してほしいとお願いする。
 袋鼠はお腹に袋があって、収納する以外に、その袋を使って物を移動させる空間移動の能力を持っている。
 袋の入り口を通る大きさで、テンガ自身が行ったことのある場所、知っている品物であれば、距離に関係なく持ってくることができるという、便利な能力だ。
 だから、こうして実家の冷蔵庫から、コクヨウ用のプリンを持ってくることも可能である。
 テンガはコクヨウに六個のプリンを手渡した後、部屋の中をキョロキョロと見渡した。

【フィル様、ここってどこっすか? フィル様のお友達がいるってことは、学校っすか?】

 他の召喚獣たちを召喚し終えた俺は、皆を出窓に乗せてあげながらにっこりと微笑む。

「そうだよ。部屋が新しい場所に変わったんだ」
【へぇ! 眺めが見事ですねぇ】

 こおりがめのザクロが目を輝かせ、だまねこのホタルとルリはよく見ようとぺったりと窓に張りつく。

【前より高いから、遠くまでよく見えるです!】
【見えますね!】

 ダンデラオーのランドウは二本足で立ち上がって、窓から入る太陽の光を受け止めていた。

【フィル、この場所、お日様でぽかぽかするな!】
「この奥行きだったらクッションを置いて、日向ぼっこやお昼寝ができるんじゃない?」

 厚めのクッションなら、ソファーベッドにもなりそうだ。

【ひなたぼっこ! おひるね!】

 テンションが上がったこうけいのコハクは、ピョンピョンと飛び跳ねる。

「うん。皆でお昼寝しようね……って、すでに寝てる子がいる」

 気づけば、コクヨウが大の字で寝転がっていた。
 ……もうプリンを食べ終わったのか。
 見事なまでにぽっこりしたお腹に呆れつつ、口元についたプリンをぬぐう。
 そんな俺に、精霊のヒスイが優しく微笑む。

【フィル、以前のお部屋より景色がよく見えて素敵ですわ。とても気に入りました】
「それは良かったよ」

 召喚獣の皆を部屋に残し、お留守番させることもある。
 できれば、皆が過ごしやすい部屋のほうがいいもんな。
 俺自身も、この部屋はとても気に入った。

「今日みたいに天気がいい日は、太陽の光がたくさん入ってくるし、本当にいい部屋だなぁ」

 日光を浴びて、ぽかぽかふわふわしたコクヨウのお腹を撫でる。
 そんな俺の言葉に、ベッドに腰かけていたレイが笑った。

「そりゃあ、一番人気の角部屋だからな。景色もいいし、明るいし、冬は暖かい。しかも、建物の端だから静かなんだぜ」

 その隣に座っているトーマも、のんびり口調で言う。

「皆、ひそかにこの部屋を狙っていたらしいよ」
「え、そうなんだ?」

 一年生の部屋割りはランダムだけど、二・三年生は寮長と寮の管理人さんが生徒の性格などを考えて決める。
 場合によっては、相性がいい生徒同士を近くの部屋にしてもらえることもあるのだ。

「僕の隣の部屋がカイルなのは、僕たちが友達だからだよね」

 カイルだけでなく、トーマの部屋も近い位置にある。
 仲がいい友達だから、きっと配慮してくれたんだろうな。
 俺がそう推測していると、レイは不満げに口をとがらせる。

「そこ! 部屋割りを聞いてから、俺はそこが引っかかっている。俺もフィルの親友なのに、何で俺の部屋はちょっと遠いんだよ」
「あ、そういえば、レイの部屋だけ少し離れてるね」

 いつも一緒にいるから、仲がいいのは寮長だって管理人さんだって知っているはずなのに。

「日頃の行いじゃないか? レイは寮長に騒がしいって、よく注意されているだろう」

 カイルにチラッと見られて、レイはため息をついて頭を掻く。

「やっぱりそれが原因かなぁ。だけどさぁ、俺だっていつも騒いでるわけじゃないんだぜ? たまたま騒いだ時に限って、寮長が現れるんだよ」

 いるよねぇ。そういう、タイミングの悪い人。
 まぁ、そもそも騒がなきゃいいだけの話なんだけどさ。

「でも、いいのかな? 僕がこんなにいい部屋を使わせてもらって」

 部屋の位置も、周りに友達の部屋があることも、かなりの好待遇である。
 俺をひいしていると、不満に思う生徒もいるんじゃないだろうか。
 そわそわしだした俺を見て、レイは噴き出した。

「いいに決まってるだろ。フィルは去年、オフロ改築案を出して寮の設備を改善したり、仮装パーティーを提案したりしたじゃないか。皆もそのことはよくわかってるし、文句を言うやつなんかいないさ」
「うん。むしろ角部屋がフィルだって聞いて、皆すごく納得していたよ」

 トーマはそう言って笑い、レイは腕組みして頷く。

「そうそう。フィル以外が選ばれたら、そっちのほうが問題になる」
「問題って、そんな大げさな」

 冗談かと思って笑ったが、むしろレイから呆れた顔をされた。

「大げさなもんか。フィルの人気はすごいんだぞ。フィルが入学する前までは、デュラント先輩が不動の一位だったけど、今やそれをしのぐ勢いだ」

 ライオネル・デュラント先輩は、ステア王国の第三王子だ。
 中等部三年で、この学校の生徒総長を務めている。
 聡明で優しく、人望もある。絶対的なカリスマ王子なのである。

「え、嘘だぁ」

 俺のファンクラブがあるのは知っているけど、いくら何でもデュラント先輩をしのぐ勢いなんてあり得ないだろう。
 信じていない俺の様子を見て、レイはカイルに小声でささやく。


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