転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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11巻

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 ステア王立学校の夏休みを利用した俺――フィル・グレスハートのコルトフィア旅行。
 道中いろいろなトラブルに見舞われたけれど、一番の目的であるアルフォンス兄さんと、コルトフィア王国ルーゼリア王女のお披露目式は無事に終えることができた。
 これでアルフォンス兄さんは正式に、ルーゼリア王女の伴侶としてコルトフィア国民に認められたわけだ。
 グレスハート王国皇太子とコルトフィア王国王女の結婚に向け、これから動いていくことになる。
 とはいっても、実際に婚姻式を行うまでには、まだまだ時間がかかる。
 ルーゼリア王女の成人の儀式を終えてからになるし、婚姻式の準備もあるからだ。
 その成人の儀式だって、今年は大規模になるって話だしなぁ。
 成人の儀式を行う神殿のある森が、魔獣ボルケノに占領されて数年。
 その間、コルトフィアでは成人の儀式をり行うことができなかった。
 先日、俺が友人のカイルや召喚獣の皆の力を借りてボルケノを倒したので、森に入れるようにはなったけど、ボルケノに破壊された神殿の修理や森の整備など、やることはたくさんある。
 多くの若い国民が成人の儀式の再開を待っているし、特に王女の儀式となれば、簡単には済ませられないよね。
 コルトフィアはこれから忙しくなりそう。
 まぁ、忙しさだったら、うちの国だって同じか。
 婚姻式や新しい皇太子妃を城に迎えるための準備がある。
 これから時間をかけて、綿密に計画を立てないと。
 何せ相手は大国のお姫様。失礼があってはならない。
 盛大な婚姻式にしないと、式に来るルーゼリア王女のお兄さん方が、怒って妹を連れ帰っちゃったりして……。
 う~む。シスコンだから、大いにありそう。
 婚姻式はステア王立学校の冬休みの時期を予定している。俺も帰ったら、式の手伝いを頑張らなくちゃ。
 いや、その前に頑張るのは学生生活か。学年も一つ上がって、中等部の二年生になる。
 一年の時はいろいろあったけど、今年は何事もないといいなぁ。


 ◆ ◆ ◆


 コルトフィアの王城で盛大にもてなされたアルフォンス兄さんと俺たちは、来た時と同じ道をたどってステア王国の小さな街まで戻ってきた。
 ここはコルトフィア旅行に行く前、アルフォンス兄さんと待ち合わせをした街だ。
 街外れにある森で馬車から降り、俺はウォルガーのルリを召喚した。
 風属性のウォルガーは別名飛獣とも呼ばれており、空を飛ぶことのできる動物だ。
 手のひらサイズから、人が乗れるほどの大きさまで変化することができる。
 アルフォンス兄さん付きの近衛兵であるリックとエリオットに手伝ってもらいながら、大きくなったルリの背にルリ用のくらと、俺とカイル、友人のアリスの荷物を積み込む。

「だいぶ減らしたんだけど、少し荷物が重いかもしれない。ごめんね、ルリ」

 行きに買ったお土産みやげは先に送ったから、帰りは身軽になるはずだった。
 だけど、帰り道に再訪問したヴィノ村やピレッドの街で、知り合いの皆から婚姻祝いをもらっちゃったんだよね。
 アルフォンス兄さんの分だけじゃなく、なぜか俺の分も用意してあったのは予想外だった。
 俺が結婚するわけじゃないのになぁ。
 パンパンにふくらんだ荷物を見て、ため息を吐く。
 まぁそれでも、ピレッドの新名物『ヴィノの使つかい様のミニ銅像』を、リックたちに頼んでグレスハートの城へ持って帰ってもらえるだけましかぁ。
 ミニとはいっても、銅像だから重いもんな。

【フィル様。これくらいなら大丈夫です】

 けななルリの柔らかな頬を、俺は優しくでる。

「ありがとうね」

 そうして存分にモフモフしてから、アルフォンス兄さんたちを振り返った。

「アルフォンス兄さま。それでは僕らは行きますね」
「本当に行ってしまうのかい? 一泊してからでもいいんじゃないかな?」

 美しい眉をかすかに寄せて、ゆううつそうにため息を吐く。ステアに入国してから、何度目になるかわからないため息だ。
 ……アルフォンス兄さん、まだごねるか。
 ここに来るまでに、あれだけ説得したのに。
 俺は微笑みながら、なるべく優しい声で言う。

「ルリで飛んで行けば、昼過ぎには学校に着いちゃいますから。それに、アルフォンス兄さまだって早く帰国なさらないとダメでしょう?」

 婚姻式の準備をしないといけないし、そろそろ父さんの堪忍袋の緒も切れる寸前だと思う。
 いや、もしかしたらすでに切れているかもしれない。
 何せ俺といる時間を引き延ばすために、行きの時よりもゆっくり帰ってきているのだ。
 これ以上引き延ばしたらダメだろう。

「冬休みに帰ったら、婚姻式のお手伝いしますね。父さまと母さま、ヒューバート兄さまとレイラ姉さまによろしくお伝えください。それから、ティリアに寄ったら、アンリ義兄にいさまとステラ姉さまにもお礼をお伝えください。快適な旅でした、と」

 この旅行に必要な馬車や従者は、ティリア王国皇太子妃であるステラ姉さんが手配してくれたものだ。
 アルフォンス兄さんが突然決めたコルトフィア旅行に、よくぞ対応してくれたと思う。

「わかっているよ。ちゃんと伝える。フィルとアリスとカイルも、学生生活を楽しんでおいで」

 ごり惜しそうに俺の頭を撫でて、アルフォンス兄さんは微笑む。その目には、美しい涙が浮かんでいた。
 俺を見送る時、こんじょうの別れみたいな顔をするのはやめてもらえないかなぁ。

「フィル様、ステア王立学校までの道中お気をつけて」
「グレスハート王国でお待ちしております」

 リックとエリオットがそう言って、臣下の礼をとる。

「うん。ありがとう。……コクヨウ、行くよ」

 ルリに騎乗した俺が腕を広げると、子狼姿になっている召喚獣のコクヨウが地面を蹴って飛び込んできた。
 コクヨウの正体は、グレスハートに伝わる伝承の獣、ディアロスだ。
 でも、それを世間に知られたら大騒ぎになるので普段は子狼姿になってもらい、グレスハートの一部の者を除いて秘密にしている。
 そんなコクヨウを抱っこして、アリスとカイルが乗ったのを確認し、アルフォンス兄さんたちに手を振った。

「それじゃあ、また冬休みに!」

 手を振り返すアルフォンス兄さんたちが、高度が上がるにつれてだんだんと小さくなっていく。
 次に会えるのは、数か月後か。
 胸に残る寂しさを振り払うように、俺はステア王都を指さした。

「お願いルリ、ステア王立学校に向かって」
【はいっ! わかりました!】


 ルリに乗って行けば、ステア王都までさほど時間はかからない。
 俺たちの通うステア王立学校は、ステア王国王都の中心に位置している。
 王都近くの森でこっそりと降り立った俺たちは、中心部に進み校門で学校敷地内に入る手続きを済ませた。道すがら会った同級生や先輩たちと挨拶を交わしつつ、中等部の寮へと向かう。

「ラプノの花が、もう少ししたら満開になりそうだね」

 小道の両側に植えられている低木――ラプノの花は、入学式のあたりが一番の見頃になる。
 夏も終わり、季節が秋になりつつあるって証拠だな。

「本当ですね」
「ええ、とても綺麗だわ」

 カイルとアリスは頷いたが、コクヨウはかすようにタンタンと足を鳴らした。

【花などどうでもよい。わかっているだろうな、寮に戻ったらすぐにおやつのプリンだぞ】

 今日は移動が重なっていたから、おやつの時間がいつもより遅れている。
 急く気持ちはわかるし、我慢してくれているだけ偉いなって思うけど……。
 もう少し花をでる情緒というのを持てないものか。

【フィル、聞いておるのか?】

 考え込んでいた俺に、コクヨウが再度タンタンと足を鳴らした。

「聞いてるよ。寮に戻ったら、おやつにしてあげる。……それにしても、本当にコクヨウは『花よりだんご』って感じだよね」

 ため息交じりに言うと、コクヨウは低くうなる。

【ううむ。今日のおやつはだんごか……。我の気分はプリンなのだが】
「……そういう意味じゃないよ」

 脱力する俺の気持ちも知らず、コクヨウはぺろりと舌なめずりをする。

【考えていたら余計にプリンが食べたくなってきたな。急ぐぞ、フィル】
「はいはい」

 軽快に歩くコクヨウの後ろをついていくと、カイルがポツリと呟いた。

「今年は何事もないといいですよね」
「それは、僕が一番に願っていることだよ」

 去年一年は、本当にいろんなことがあったからなぁ。
 数々のトラブルを思い出して脱力する俺を、先を歩いていたコクヨウが振り返る。

【我としては事件でも起きたほうが、退屈しのぎにいいがな。ボルケノの時のように、魔獣情報を得たら我に隠すなよ】
「教えたらどうする気?」

 返ってくる答えに予想はつくけど、一応聞いてみる。

【決まっている。行って、ちょいと遊んでやるのだ】

 コクヨウの言う『遊んでやる』は、『倒して消滅させてやる』という意味である。
 ニヤリと極悪な笑みを浮かべる子狼に、俺はため息を吐いた。
 伝承の獣ディアロスとはいえ、今は可愛くて小さい子狼の姿をしているんだから、そんな顔で笑わないで欲しい。

「そうなるのが嫌だから、ボルケノの時だって内緒にしてたんだよ」
「結局ばれてしまいましたけどね……」

 そう言って、カイルは肩を落とす。

【力のある我らが魔獣を倒せば、苦しむ者がいなくなる。何が問題だ?】

 コクヨウは瞳をキュルンとさせて、小首を傾げる。
 くっ、可愛い顔をしてからに……。

「すごく困っていて、僕らしか助ける人がいないなら、倒しに行っちゃうかもしれないけどさ。魔獣討伐は本来、クリティア聖教会の仕事なんだよ? 僕たちが勝手に、その領域に踏み入るわけにはいかないの」

 それに、これまで魔獣三匹を倒したとはいえ、俺たちはクリティア聖教会の魔獣討伐隊のような専門職ではない。今までは運良く討伐できたけど、次も無事に倒せるかなんてわからないのだ。
 コクヨウの暇つぶしに付き合っていたら、命がいくつあっても足りないよ。

「とにかく、二年生の目標は、平穏無事に過ごすこと! これに尽きる!」

 俺がグッと拳を握って決意を述べると、コクヨウは不満げに鼻を鳴らした。

【つまらん】
「つまらなくてもいいの」

 そんな俺たちのやり取りを見て、アリスはくすくすと笑う。
 動物の言葉がわかる俺や、仲のいい闇妖精に通訳してもらっているカイルと違い、アリスはコクヨウの言葉がわからない。
 ただ、俺たちが言い合っているのを見て、何となく会話の内容を察しているようだ。
 会話が一段落ついたと見て、アリスは「そういえば……」と話を切り出す。

「二年生になると、私たちにも初めての後輩ができるのね。後輩っていっても皆年上だから、私のことを先輩に見てもらえるか心配だけど……」

 そういえば、今年の一年生は皆、年齢が十歳以上だって聞いたな。
 つまり、今年八歳になる俺や九歳のアリスは、一年生から見ると年下の先輩ってことになる。
 少し不安げな表情を見せるアリスに、俺はにっこりと笑った。

「大丈夫だよ。アリスは優しくて可愛いから、きっと一年生たちのあこがれの先輩になるよ」
「え! あ、ありがとう、フィル。そう思ってもらえるように、頑張る」

 アリスは頬を少し赤らめ、照れた様子でうつむく。
 アリスは心配ない。むしろ、俺のほうが頼りないと思われないか不安だ。
 二歳下だと、どうしても先輩の威厳が足りないもんなぁ。
 そんなことを思っていると、カイルがふと辺りを見回した。
 蝙蝠こうもりの獣人であるカイルは、優れた聴力を持っている。
 それゆえ、俺が気づくよりも先に何かに反応することが多かった。
 コクヨウが特に反応していないところを見ると、緊急性はなさそうだけど……。

「カイル、何か聞こえるの?」

 辺りに耳を傾けつつ、カイルは答える。

「微かにですが、どこかで女の子の声が聞こえるんです。……あっちですね」

 確信をもってカイルが顔を向けたのは、今いる道とは別の細道だった。
 ラピノの植木が並んでおり、道の真ん中に見たことのある大きな犬がいる。
 体長一メートルの大型犬で、尾が三本ある茶色の長毛種だった。
 シーバル・ゼイノス学校長の召喚獣、たんおんけんのカトリーヌだ。
 人懐っこくて、生徒に会えば顔をめまくるので、生徒からは別名ペロリーヌと呼ばれていた。
 俺も一回舐められたことがあるんだよね。あれはとても激しい愛だった……。
 カトリーヌはモフモフしがいがあるし、懐かれるのは嬉しいんだけど、舐められるとしばらく顔がヒリヒリするんだよなぁ。

「あそこにいるのは、ペロリーヌ……ですね」

 カイルは声をひそめ、眉を寄せてカトリーヌを見つめる。
 俺だけでなく、カイルもペロリーヌの被害者だった。

「何でこんなところにペロリーヌ……じゃない、カトリーヌがいるんだろ」

 顔を舐められるのは嫌なので、俺も気づかれないようにヒソヒソと話す。

「学校長はどうしたんでしょうか?」

 カイルの疑問に、アリスは奥を指さして答える。

「カトリーヌのいる位置から、少し奥まったところにあずまがあるでしょ。学校長はたまにあそこでお昼寝しているから、そこにいるんじゃないかしら」

 あぁ、それなら俺もカイルと一緒に目撃したことがある。
 学校長は日課として、カトリーヌを連れて学校の敷地内を散歩している。
 その散歩コースに、何箇所か休憩所を設けているみたいなのだ。
 ということは、カトリーヌは今お昼寝している学校長を警護中ってことかな?

「ん? あれ? じゃあ、待って。女の子の声っていうのは、どこから?」
「あの木からですね」

 俺が再度辺りを見回していると、カイルが並んでいるラピノの木の一つを指し示した。
 カトリーヌのいる位置から、斜め手前にある木だ。
 何かが引っかかっているのか不自然に枝が分かれ、その隙間からスカートのすそとオレンジ色の巻き毛が見える。

「え! もしかして、あそこにいるのって人!? 何であんなところに?」

 俺がきょうがくしていると、アリスは少しあせった様子で言う。

「はまって身動き取れなくなっちゃったのかもしれないわ。早く助けてあげなくちゃ」
「そ、そうだね」

 困っているのであれば、このまま放っておくわけにはいかない。
 頷く俺に、コクヨウがさして興味なさそうに言う。

【好んで入っているのかもしれんぞ】
「好き好んで植木に入る人がいるわけないでしょ」

 寮に戻って早くプリンが食べたいからって、適当に言って。

「ほら、行くよ」

 促す俺に、コクヨウはちょっと不満げな顔をしてついて来る。
 俺たちが急いで駆け寄ると、やはり女の子が背中からすっぽり植木にはまっていた。
 足が地面から浮いているので踏ん張ることができないみたいだ。しかも、立ち上がろうともがいたためか、髪の毛や服が枝葉に絡まってしまっている。
 髪と葉っぱに隠れて、顔がよく見えないな。
 制服じゃないからわからないけど、中等部の寮の近くだから中等部の生徒かな?

「大丈夫? 今、助けてあげるから」
「ペロリーヌも落ち着かせないと、まずいんじゃないですか?」

 カイルに言われて振り返ると、カトリーヌが尻尾をブンブンと振って飛び跳ねていた。

【わぁ! 生徒さんが三人も来たぁ! こんにちはっ! こんにちはぁーっ!】

 元気な声で挨拶をして、体全体でめいっぱい会えた喜びを伝えてくる。
 学校長に待機の命令を受けているのか、とりあえずこちらに飛び掛かってくる様子はないが……。
 確かに興奮しているカトリーヌを、いったん落ち着かせたほうが良さそうだ。

「じゃあ、アリスとカイルでこの子を助けてあげて。僕がカトリーヌの相手をしておくから」
「わかりました」
「私はまず引っかかった髪の毛をほどくわね」

 救出の相談を始めるカイルとアリスを残し、俺はカトリーヌに近寄って優しく声をかける。

「こんにちは、カトリーヌ」
【こんにちはっ! ねぇ、一緒に遊ぶ? 遊ぶ?】

 ちぎれんばかりに尻尾を振って、カトリーヌは「ウォン!」と鳴く。

「え~っと、その前に学校長は?」
【おじーちゃん、あっちでお昼寝してるよ】

 学校長って、カトリーヌに『おじーちゃん』って呼ばれてるんだ……。
 カトリーヌの後方を見れば、少し離れたところにある東屋のベンチで昼寝をしている学校長の姿があった。
 カトリーヌが吠えているのに、起きる気配もない。
 ……あれは完全に熟睡してるな。
 学校が始まる前は、新入生を迎える準備で学校長や先生方は忙しいって、デュラント生徒総長も言っていたもんなぁ。
 相当疲れているのかもしれない。そっとしておいてあげよう。

「ごめんね。今は時間がないから遊べないんだ」

 俺が微笑むと、カトリーヌはだんを踏むようにその場でジャンプする。

【えぇー! こっちに来て一緒に遊ぼう!】

 カトリーヌがそう言ってごねていると、俺の前にコクヨウが出てカトリーヌと対峙した。

【フィルはお前と遊ぶ時間などない!】

 コクヨウ……小さい体なのに、伝承の獣ディアロスの気迫が見える。
 そんなにプリンが食べたいのか。
 コクヨウにされたカトリーヌは、「クゥン」と鳴いて尻尾を丸めた。

【ダメなの?】

 カトリーヌはいつも元気いっぱいだから、こんなにシュンとしている姿は初めて見た。
 見た目は自分の何倍も小さい子狼のコクヨウだが、中身は伝承の獣だもんなぁ。
 そりゃあ、こんなに威圧されたら怖いよね。

「また今度遊んであげるから」
【……本当ね。約束ね】

 コクヨウの様子をうかがいつつも、俺にこっそりお願いしてくる。
 めげないところは、何ともカトリーヌらしい。
 とりあえず、これでカトリーヌが我慢できずに飛び掛かってくるということはなさそうだ。

「こっちは大丈夫だけど、そっちはどう?」

 俺が振り返ると、アリスが枝に引っかかっている髪をほどき終え、カイルが少女を植木から助け出すところだった。
 地に立った少女の着ているドレスは、葉っぱだらけだ。
 少女は恥ずかしいのか、俯きながらその葉っぱを払う。アリスも葉っぱを取るのを手伝ってあげつつ、優しく微笑んだ。

「大丈夫? 怪我はしてない?」

 その問いに、少女は首をゆっくりと横に振る。

「大丈夫です。助けていただき、ありがとうございますわ」

 俯いたまま、スカートの裾をつまんでお辞儀する。


 優雅な仕草や言葉遣いから察するに、きっと身分の高いお嬢様だろう。
 色の白い肌に、オレンジに近い赤い髪がとても合っている。
 髪質がふんわりとしているので、ひと括りにしている髪はポニーテールというより、リスの尻尾のように見えた。
 動くたびに揺れて、全体的に小動物みたいな印象を受ける。
 見たことがない子だな。中等部の新一年生だろうか。

「君、新入生かな? 僕たちは今年、中等部二年生なんだけど……」
「私はキャルロット・スペンサーと申します。今年、中等部に入学いたしますの。どうぞよろしくお願い申し上げますわ」

 そう言って、再びスカートの裾をつまんでお辞儀する。

「よろしく。それで、どうしてあんな状態になってたの?」

 俺が首を傾げると、キャルロットは視線をさまよわせた。

「あ、えっとそれは……この道を散歩しておりましたら、カトリーヌにえられてしまって……」
「カトリーヌに?」

 俺が振り向くと、カトリーヌは「ウォン!」と元気な声で鳴いた。

【こんにちはーって、大きな声でご挨拶したの!】
「私びっくりして、背中から植木に倒れてしまったんですわ。何とか自力で抜け出そうと思ったのですが、動けば動くほど髪やドレスが引っかかってしまって……。気がついたら、あの状態になっていたんですの」
「そうなの。助けを呼んでくれたら、もっと早く手を貸してあげられたのに……」

 アリスが気の毒そうに言うと、キャルロットは視線を下げる。


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