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13巻
13-3
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「ん? どうしたの?」
【カルロス!】
コハクに言われて視線を向けると、そこには木の幹から半分だけ顔を出し、ジッとこちらを見つめる三日月熊の姿があった。
マクベアー先輩の召喚獣、三日月熊のカルロスである。
びっくりした。動かないから、全然気づかなかった。
【カルロス~! カルロス~!】
コハクが嬉しそうに呼びかけるが、カルロスはスッと木の陰に隠れた。
【カルロスーッ!?】
挨拶を返されなかったコハクは、ショックを受ける。
本当に、いったいどうしたんだろう。
コハクとカルロスは召喚獣仲間の中でも、とても仲良し。
マクベアー先輩が卒業して会う回数が減ってからは、会うたびに感動の再会かってくらいの挨拶を交わしている。
それを知っているザクロやテンガも、不思議そうな顔をした。
【カルロスはどうしたんでぃ】
【ケンカしたっすか?】
コハクはカルロスが隠れている木を見つめ、悲しげに首を横に振る。
いつもと様子は違うけど、別に怒っている感じじゃないよね。むしろ落ち込んでいる感じ?
俺は隠れたままのカルロスを指さして、マクベアー先輩に尋ねる。
「あの、マクベアー先輩。カルロスが隠れたままこっちに来ないんですけど、何かありました?」
マクベアー先輩はカルロスを振り返って、困り顔で笑う。
「あぁ、実は広場でイヴェルの能力訓練をやっていた時、横でカルロスも訓練をしていたんだが……。その件で落ち込んでいるみたいでな」
カルロスの訓練で失敗でもしたんだろうか。
三日月熊は土属性の能力を持っている。
戦うため自分の拳の表面を砂で固め、頑丈な岩のグローブを作ったり、土や砂で造形物を作ることができるんだけど……。
「何の訓練をしていたんですか? 失敗でもしたんですか?」
カイルが聞くと、マクベアー先輩はちらっとイヴェルに視線を向ける。
「まぁ、失敗といえば、失敗だな」
渋い顔で口ごもるマクベアー先輩の代わりに、ミラー先輩やクリフ・エイデン先輩が説明する。
「カルロスの土の能力を使って、土製の雪窯を作ろうと思ったんだ」
「去年、テイラたちと一緒に大きいのを作っただろう? 野営の時に便利そうだからって、二、三人用のものが作れないか試していたんだよ」
雪窯とは、一人用の小さな雪のかまくらのことである。冬場の狩りで、休憩したりする時に使用するものだ。
去年雪が積もった時、大人六人くらいが入れるほどの、大きなかまくらを作ったんだよね。
そのかまくらを、カルロスの土の能力で作ろうと思ったわけか。
「上手く作れなかったんですか?」
俺が首を傾げると、マクベアー先輩はさらに渋い顔になる。
「できたはできたんだけどな。上手くできたことに喜んだカルロスが、屋根に上ってしまって……。天井が抜けて、落っこちたんだ」
「え! カルロスに怪我はなかったんですか?」
元気がないのも、もしかして怪我をしているのが原因とか?
慌てる俺に、マクベアー先輩は笑って軽く手を横に振る。
「三日月熊は多少の高さから落ちても、怪我しないんだ。体が柔らかいし、毛もふわふわしているからそれがクッションになるらしい」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「そうですか。それなら良かったです。じゃあ、カルロスの元気がないのは、失敗したのが原因ですか? それとも、作ったものが壊れちゃったからとか?」
小首を傾げる俺に、マクベアー先輩はため息を吐いた。
「落ちた時の音が原因だ」
「落ちた時の音?」
「そう。あたりに地響きがするくらい、大きな音を立てて落ちたんだよ。ドーーーン! って」
エイデン先輩が大きく手を広げて、その音の大きさを表現する。
そのジェスチャーに、俺たちは見覚えがあった。
「あ、もしかして、イヴェルが迷子になったのって、その音にビックリして……とかですか?」
俺が顔を窺いつつ尋ねると、ディーンや先輩たちはコックリと頷いた。
「音と同時にイヴェルが走り出した」
ディーンがイヴェルを見て言い、マクベアー先輩が頭を掻く。
「大きな音だったから、イヴェルには怖かったんだろうな」
なるほど。イヴェルが驚いた音は、雷じゃなくてカルロスが落ちた音だったのか。
それでイヴェルが迷子になり、カルロスが責任を感じちゃったわけだな。
いろいろと謎が解けた。
【頑丈だったから、まさか壊れるなんて思わなくて……。驚かせるつもりじゃなかったんだよ】
しょんぼり頭を下げながら、カルロスが木の陰から出てきてこちらにやって来る。
【イヴェル、驚かせてごめんねぇ】
カルロスは申し訳なさそうに、イヴェルに謝る。
しかし、当のイヴェルはディーンと再会した安堵からか、すっかりおやすみモードに入っていた。
【ん~いいよぉ】
重くなる目蓋と戦いながら、前足を挙げて返事をする。
これ絶対に、謝罪の理由がわかってないな。
まぁ、今回は事故のようなものだし、驚かせたことは許してもらえたってことだろうか。
カルロスはまだ少し落ち込んでいるみたいだけど……。
すると、コハクが胸ポケットから出て、スルスルと俺の腕を伝い降り、近くにいたカルロスの頭に飛び移った。それから、カルロスの頭をヨシヨシと撫でる。
落ち込んだ友だちを慰めてあげているのか。
熊を慰めるヒヨコの光景って、不思議だけどなんだか微笑ましい。
俺はくすっと笑って、それからマクベアー先輩たちに向かって言う。
「そろそろ寮に戻りますか? イヴェルも疲れて眠そうですし」
マクベアー先輩はうつらうつらと船をこいでいるイヴェルを見て頷いた。
「そうだな。今日はずいぶん頑張ったし、迷子になって疲れただろう」
「広場に荷物など残っていなければ、ディーンさん、僕たちと一緒に戻りますか?」
「ああ」
マクベアー先輩たちは高等部寮だが、ディーンは中等部寮に滞在している。
高等部寮には東側へ抜けたほうが早いので、マクベアー先輩やハリス先輩たちとはここでお別れだろう。
そう思っていたら、ハリス先輩がポンと胸を叩いた。
「俺たちが中等部まで送ろう!」
その申し出に、俺とカイルが目を瞬かせる。
「あ、大丈夫ですよ。高等部も門限あるでしょうし」
「ええ、この森はよく知っていますから」
高等部の寮はここから離れているから、寄っていたら戻るのが遅くなってしまう。
「走って帰れば充分間に合う。久しぶりに会えたから、テイラたちと話をしたいんだ」
そう言うハリス先輩に、他の先輩方も「俺たちも話したい」と手を挙げる。
まぁ、確かに。マクベアー先輩は交流会の時、一緒に案内係を務めたからたびたびこちらに来て話をしていたが、ハリス先輩たちとは卒業してからすれ違う程度だったし……。
全員の手が挙がったのを見て、マクベアー先輩は豪快に笑った。
「わははは。そうか! じゃあ、皆で送ろう。ただし、気合を入れて帰るぞ」
「ええ! 任せてください。商学の屋台のために、毎日走り込みしてるんで!」
ハリス先輩が言い、エイデン先輩が皆に向かって聞く。
「走って帰るなんて、その訓練に比べたら大したことないよなぁ、皆!」
「「おぉぉ!」」
勝鬨のような威勢のいい声に、マクベアー先輩は再び笑った。
ここまで張り切られたら、お願いするしかないよね。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺は笑って、カイルと一緒にぺこりと頭を下げた。
寮への帰路、ミラー先輩はさっそくとばかりに、メモ帳を取り出した。
「今度の商学の屋台、テイラたちは何を出すんだ? 招待客に出したという、ポップコーンや綿あめという食べ物か?」
中等部のことなのによく知ってるな。マクベアー先輩やディーンから情報を仕入れたんだろうか。
「そうですね。一応、候補に挙がっています」
ドルガドとティリアの招待客たちに大好評だったポップコーンと綿あめ。
彼らの喜びようを目にしたライラは今、『たくさん売るわよぉ!』と商売魂に火がついている。
ただ、ライラが推している綿あめは、作り置きには向かないんだよね。
二年生は班の人数が増えるため、作業できる人数も多くなるが、それでも販売個数は限られるだろう。
綿あめを出すなら、作り置きが可能な商品も用意したほうがいいのかな。
いや、それだったら、ポップコーンに絞ったほうがいいだろうか。
ポップコーンも出来立てが一番美味しいが、綿あめと違い一度にできる個数が多い。味のバリエーションも豊富だから、どんな人にも喜ばれるだろう。
「ちなみに、皆さんはどっちが食べたいですか?」
俺が尋ねると、ハリス先輩たちは眉間にしわを寄せて、真剣に考え込む。
「どっち……どっちか……。難しい質問だな」
「俺はポップコーンがいいな。いろいろ味があるらしいし」
「俺は綿あめを希望する!」
「俺も! マクベアーさんに聞いても、どうしてもふわふわのあめなんて信じられなくてさ」
「だけど、ポップコーンも相当美味いらしいぞ!」
「うわぁ、悩む。正直言えば、どっちも食べたい!」
ワイワイと盛り上がる先輩たちに、俺はくすくすと笑う。
「参考にさせていただきます」
「参考になったなら良かった。楽しみだなぁ、皆!」
ハリス先輩が皆に向かって言うと、エイデン先輩がグッと拳を上げる。
「ああ! 今年も死ぬ気で走るぞ!」
熱く決意するハリス先輩たちに、ディーンは呆気にとられていた。
「皆……そんなに屋台料理が好きなんだな」
その言葉を聞いて、ハリス先輩たちは大きく首を振る。
「いいえ! 俺たちが何よりも好きなものはテイラの料理ですよ!」
「テイラの料理をこよなく愛しているので、同志を集い、会も作りました!」
「その名も『フィル・テイラ料理愛好会』!!」
そう言って、戦隊モノのヒーローよろしく、先輩たちは思い思いにポーズを決める。
「フィル・テイラ……料理愛好会?」
ディーンが俺に視線を向けるのと同時に、俺はそっと顔をそむけた。
俺が作ったわけではないです。
「ディーンさんも入りたかったらどうぞ! 会員募集中です!」
「え!?」
珍しく動揺するディーンに、ハリス先輩たちは白い歯を見せてニコッと笑った。
「他国にいては、なかなかテイラの料理を食べることはできないでしょうが、会員になったら過去の会報も含めて送ります」
ミラー先輩がメガネをかけ直し、不敵に微笑む。
「か、会報まで作ってるんですか?」
初めて聞いたんですけど……。
驚く俺の耳元に、カイルがヒソヒソと囁く。
「一部生徒の間で、話題になっている会報らしいです。レイが言っていました」
「話題になる会報って、いったいどんな内容なの……」
すると、ちょうどミラー先輩が、ディーンに会報について説明を始めた。
「会報ではテイラの料理に関する考察と、愛好会の活動内容が記されています。また、新作が出た際には、料理の詳細を絵つきで解説。食べた感想やそれを手に入れるための苦労も載せています」
「苦労の先に感動あり! 卒業生送別会の会報は、何度読んでも泣ける内容です!」
グッと拳を握って言ったエイデン先輩は、すでに涙ぐんでいた。その周りにいる先輩たちも、深く頷いている。
熱く語られるフィル・テイラ料理愛好会の話を聞きながら、俺は呆然とする。
料理を好きになってくれるのはありがたいが、まさかそこまでとは……。
「フィル様、このままディーンさんが愛好会に入ったら、とんでもないことになるんじゃないでしょうか」
表情を強ばらせて囁くカイルに、俺は目を瞬かせる。
「と、とんでもないことって?」
「ディーンさんが会員になれば、マッテオさんやルディさんだけでなく、ドルガドの生徒たちにも拡散されます。さらに、ルディさんと仲の良いリンさんに伝われば、今度はティリアの生徒たちにも……」
ゴクリと喉を鳴らすカイルに、俺は口元を引きつらせる。
「いや、まさかディーンさんは大丈夫だよ……」
食べることが好きなマッテオやリンなら可能性はなくもないが、ディーンはお菓子が大好きって人じゃない。だから、ハリス先輩たちの情熱は凄まじくとも、ディーンならば嫌なら嫌とハッキリ断ってくれるだろう。
俺は笑って、チラッとディーンに視線を向ける。
「今までにそんな壮絶な戦いがあったのか……」
先ほどまで勧誘に引いていたディーンが、エイデン先輩たちの語る苦労話に、興味を持ち始めていた。お菓子というより、過去のお菓子争奪戦の歴史に心惹かれてしまったらしい。
「……早く別の話題に変えましょう」
「そうだね」
深刻な顔で言うカイルに、俺はコクリと頷いた。
ディーンが勧誘される前に、話題を変えなくては。
そう思って視線を動かした俺は、ハリス先輩の腰に下げている袋がもぞもぞと動いているのに目が留まる。
気のせい? いや、間違いなくもぞもぞ動いている。
「あ、あの……ハリス先輩。袋が動いているんですけど……」
俺の指摘にハリス先輩は驚いた様子もなく、「ああ、起きたのかな」と言って袋を開ける。
ぴょこんと中から出てきたのは、頭の毛先が水色で、それ以外は白い体毛の小猿だった。
バスティ猿という、北にあるバスティニア国に棲む猿だ。
確か頭の毛色が濃い水色だと雄、薄い水色だと雌なんだっけ。ということは、男の子か。
「俺の召喚獣のトトだ。この袋で寝るのが好きでな。トト、皆に挨拶できるか?」
ハリス先輩が袋から出そうとすると、トトはその手をすり抜け主人の頭の上に乗る。
それから、俺たちに向かって、大きな声で挨拶をした。
【こんにちはーっ!!】
その声に驚いたテンガが跳び上がり、すやすやと眠っていたイヴェルの目がぱっちりと開く。
小さい体ながら、ずいぶんと元気のいい子だ。
俺やカイル、呆気にとられるテンガたちを見回し、トトは自己紹介を始める。
【心に熱い情熱と太陽を! 元気印のトトです!】
キャッチフレーズとともに、トトはポーズを決める。
デジャヴ……。このポーズ、さっきハリス先輩がしていたぞ。
熱血な主人には、熱血な性格の召喚獣なのか。
そんなトトの自己紹介に、コクヨウが少し呆れた顔で言う。
【熱い情熱と太陽……? 氷属性に似合わん台詞だな】
【でも、カッコイイっすよ!】
テンガが言い、ランドウも大きく頷く。
【俺もやってみたい! 皆でやろうぜ! フィルの召喚獣はいっぱいいるし】
【やめろ。恥ずかしい】
コクヨウは心底嫌そうに言って、眉間にしわを寄せる。
皆がポーズを決めている姿を想像して、俺は思わず笑いそうになった。
「元気いっぱいな子ですね。バスティ猿、初めて見ました」
「バスティニア国の固有種ですよね? 中等部在学中は、見かけなかったと思うんですが……」
俺とカイルがそう言うと、ハリス先輩は頭に乗ったままのトトを下ろして笑う。
「ああ、中等部卒業後に召喚獣にした子だからな。キーファのツテで、契約することになったんだ」
中等部三年生のキーファ・ピアーズ先輩は、去年行われた対抗戦のメンバーである。
ピアーズ先輩の親戚に動物の保護活動をされている方がいるんだよね。
ハリス先輩のように、ピアーズ先輩に動物を紹介してもらったという生徒を知っている。
ただ、召喚獣契約に至るまでには、人となりや、動物を迎えられる環境にあるかなど、いくつかクリアしなきゃいけない課題があるらしいけど。
「ジェイの召喚獣はイヴェルと同じ氷属性だし、召喚獣にして間もないと聞いたから、ディーンの特訓に誘ってみたんだ」
マクベアー先輩は笑顔で経緯を教えてくれる。
「そうなんだ。誘われた時ちょうど愛好会の会合中だったから、皆もついてきちゃってな。こんなに人数が増えてしまった」
困り顔のハリス先輩に、他の先輩方は照れ笑いをする。
「いやぁ、ディーンさんとお話ししてみたかったからさぁ」
「俺たちも迷惑かなとは思ったけど、滅多にないから」
対抗戦でドルガドの大将を務めたディーンは、他国にも名が知られている若手剣士だからなぁ。
同世代としては、気になる存在だよね。
「俺としてもありがたかった。高等部の生徒とも触れ合う機会が欲しいと思っていたから」
ディーンにそう言われ、先輩方は自分たちの胸を叩く。
「俺たちで良ければ、いくらでも!」
憧れの人にそう言われたら、嬉しいよね。
小さく笑った俺は、ふと気になったことを聞いてみる。
「そういえば、雪豹もバスティ猿と同じで、このあたりでは珍しいですよね。ディーンさんがイヴェルと召喚獣契約するきっかけってなんだったんですか?」
「ハリスと同じで、知人から譲り受けたんだ。昔うちの道場に来ていた、サヴェルナ国の剣士からな」
ディーンとシリルのお父さんは、ドルガドの剣豪グレイソン・オルコット。
家では道場を開いており、剣豪の元で剣を学びたいと、いろいろな国の剣士が訪れている。
サヴェルナ国はバスティニア国よりさらに遠い。一年のほとんどが雪に覆われている国で、ドルガドから馬車で二週間はかかる場所にある。
「そっかぁ、イヴェルはそんなに遠くから来たんだね」
俺がディーンの腕の中のイヴェルを覗き込んで言うと、イヴェルはコクンと頷いた。
【ボク、兄弟の中で一番ちっちゃくて、いつも仲間にいれてもらえなかったの。でも、ご主人さまはボクを選んでくれたんだ】
イヴェルは幸せそうに言って、ディーンの腕に頭をすりつける。ディーンはその頭を撫でながら言う。
「イヴェルは体が小さくて、少し臆病なところがあるが、人の言葉をよく聞く賢さがあるし、諦めずに努力する性格が気に入り、召喚獣契約することにしたんだ」
気が弱いけど、頑張り屋かぁ。
ディーンが気に入ったのがわかる。イヴェルってどことなくシリルに似てるもんね。
カイルも同じことを思ったのか、顔を見合わせてこっそり微笑み合う。
まぁ、俺たちがこのことを口にしたら、きっとディーンは照れ隠しでムッとするだろうから言えないけどさ。イヴェルに対するみたいに、もっと素直になればいいのに。
そんなことを考えつつチラッと見ると、ディーンは難しい顔でイヴェルを見下ろしていた。
「何か心配ごとでも?」
俺が顔を覗き込みながら尋ねると、ディーンは小さくため息を吐いた。
「イヴェルの特訓をしてみたが、探索は難しいかもしれないと思ってな」
「探索って、ドルガドとステアの共同研究のですか?」
カイルの問いに、ディーンはコクリと頷く。
「すでに何回か、マクベアーや研究者たちとともに探索に行ってはいるんだ。そこで一ヶ所、仕掛けのある探索場所があってな。イヴェルの能力を使ってみたいんだが、この性格では難しいかと思って……」
「さっきみたいに何かに驚いて、また迷子になられたら大変だしな」
マクベアー先輩はそう言って、まだしょんぼりしているカルロスの頭を撫でる。
【お役目がんばるよ! 迷子ならないよ!】
イヴェル自身はやる気があるのか、自分を抱くディーンの腕を、小さな前足でテシテシと叩く。
【今日すでに迷子になったばかりではないか】
コクヨウの言葉に、イヴェルはしゅんと項垂れた。
イヴェルの気持ちは汲んであげたいけど、ディーンの不安もわかるよなぁ。
そう思っていると、マクベアー先輩が俺の顔を窺いながら言う。
「フィル、一度ディーンとイヴェルの特訓に付き合ってもらうわけにはいかないだろうか」
マクベアー先輩の提案に、俺は目を瞬かせる。
「僕がイヴェルの特訓にですか?」
「ああ。特訓中、イヴェルが緊張しているようなんだ。フィルがいたら、落ち着くんじゃないかと思って」
「テイラの周りは居心地がいいのか、どんなに荒々しい動物も大人しくなるもんなぁ」
「テイラはどんな動物にも好かれるんだろう」
ハリス先輩たちはニコニコと笑いながら、良い案だと頷く。
いや、荒々しい動物が大人しいのは、コクヨウというボディーガードが後ろについてるせいもあるかと……。
ディーンは不安げな顔で、俺を見つめる。
「助けてもらえるとありがたい。探索は無理でも、特訓が良い経験になると思うんだ」
そう言われてしまったら、断りにくいな。
それに、イヴェルのやる気を見たら、協力しないわけにはいかないよね。
「わかりました。お役に立てるかはわかりませんが、僕で良かったらお手伝いします」
俺の返事を聞いて、ディーンやマクベアー先輩たちはホッと息を吐いた。
【カルロス!】
コハクに言われて視線を向けると、そこには木の幹から半分だけ顔を出し、ジッとこちらを見つめる三日月熊の姿があった。
マクベアー先輩の召喚獣、三日月熊のカルロスである。
びっくりした。動かないから、全然気づかなかった。
【カルロス~! カルロス~!】
コハクが嬉しそうに呼びかけるが、カルロスはスッと木の陰に隠れた。
【カルロスーッ!?】
挨拶を返されなかったコハクは、ショックを受ける。
本当に、いったいどうしたんだろう。
コハクとカルロスは召喚獣仲間の中でも、とても仲良し。
マクベアー先輩が卒業して会う回数が減ってからは、会うたびに感動の再会かってくらいの挨拶を交わしている。
それを知っているザクロやテンガも、不思議そうな顔をした。
【カルロスはどうしたんでぃ】
【ケンカしたっすか?】
コハクはカルロスが隠れている木を見つめ、悲しげに首を横に振る。
いつもと様子は違うけど、別に怒っている感じじゃないよね。むしろ落ち込んでいる感じ?
俺は隠れたままのカルロスを指さして、マクベアー先輩に尋ねる。
「あの、マクベアー先輩。カルロスが隠れたままこっちに来ないんですけど、何かありました?」
マクベアー先輩はカルロスを振り返って、困り顔で笑う。
「あぁ、実は広場でイヴェルの能力訓練をやっていた時、横でカルロスも訓練をしていたんだが……。その件で落ち込んでいるみたいでな」
カルロスの訓練で失敗でもしたんだろうか。
三日月熊は土属性の能力を持っている。
戦うため自分の拳の表面を砂で固め、頑丈な岩のグローブを作ったり、土や砂で造形物を作ることができるんだけど……。
「何の訓練をしていたんですか? 失敗でもしたんですか?」
カイルが聞くと、マクベアー先輩はちらっとイヴェルに視線を向ける。
「まぁ、失敗といえば、失敗だな」
渋い顔で口ごもるマクベアー先輩の代わりに、ミラー先輩やクリフ・エイデン先輩が説明する。
「カルロスの土の能力を使って、土製の雪窯を作ろうと思ったんだ」
「去年、テイラたちと一緒に大きいのを作っただろう? 野営の時に便利そうだからって、二、三人用のものが作れないか試していたんだよ」
雪窯とは、一人用の小さな雪のかまくらのことである。冬場の狩りで、休憩したりする時に使用するものだ。
去年雪が積もった時、大人六人くらいが入れるほどの、大きなかまくらを作ったんだよね。
そのかまくらを、カルロスの土の能力で作ろうと思ったわけか。
「上手く作れなかったんですか?」
俺が首を傾げると、マクベアー先輩はさらに渋い顔になる。
「できたはできたんだけどな。上手くできたことに喜んだカルロスが、屋根に上ってしまって……。天井が抜けて、落っこちたんだ」
「え! カルロスに怪我はなかったんですか?」
元気がないのも、もしかして怪我をしているのが原因とか?
慌てる俺に、マクベアー先輩は笑って軽く手を横に振る。
「三日月熊は多少の高さから落ちても、怪我しないんだ。体が柔らかいし、毛もふわふわしているからそれがクッションになるらしい」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「そうですか。それなら良かったです。じゃあ、カルロスの元気がないのは、失敗したのが原因ですか? それとも、作ったものが壊れちゃったからとか?」
小首を傾げる俺に、マクベアー先輩はため息を吐いた。
「落ちた時の音が原因だ」
「落ちた時の音?」
「そう。あたりに地響きがするくらい、大きな音を立てて落ちたんだよ。ドーーーン! って」
エイデン先輩が大きく手を広げて、その音の大きさを表現する。
そのジェスチャーに、俺たちは見覚えがあった。
「あ、もしかして、イヴェルが迷子になったのって、その音にビックリして……とかですか?」
俺が顔を窺いつつ尋ねると、ディーンや先輩たちはコックリと頷いた。
「音と同時にイヴェルが走り出した」
ディーンがイヴェルを見て言い、マクベアー先輩が頭を掻く。
「大きな音だったから、イヴェルには怖かったんだろうな」
なるほど。イヴェルが驚いた音は、雷じゃなくてカルロスが落ちた音だったのか。
それでイヴェルが迷子になり、カルロスが責任を感じちゃったわけだな。
いろいろと謎が解けた。
【頑丈だったから、まさか壊れるなんて思わなくて……。驚かせるつもりじゃなかったんだよ】
しょんぼり頭を下げながら、カルロスが木の陰から出てきてこちらにやって来る。
【イヴェル、驚かせてごめんねぇ】
カルロスは申し訳なさそうに、イヴェルに謝る。
しかし、当のイヴェルはディーンと再会した安堵からか、すっかりおやすみモードに入っていた。
【ん~いいよぉ】
重くなる目蓋と戦いながら、前足を挙げて返事をする。
これ絶対に、謝罪の理由がわかってないな。
まぁ、今回は事故のようなものだし、驚かせたことは許してもらえたってことだろうか。
カルロスはまだ少し落ち込んでいるみたいだけど……。
すると、コハクが胸ポケットから出て、スルスルと俺の腕を伝い降り、近くにいたカルロスの頭に飛び移った。それから、カルロスの頭をヨシヨシと撫でる。
落ち込んだ友だちを慰めてあげているのか。
熊を慰めるヒヨコの光景って、不思議だけどなんだか微笑ましい。
俺はくすっと笑って、それからマクベアー先輩たちに向かって言う。
「そろそろ寮に戻りますか? イヴェルも疲れて眠そうですし」
マクベアー先輩はうつらうつらと船をこいでいるイヴェルを見て頷いた。
「そうだな。今日はずいぶん頑張ったし、迷子になって疲れただろう」
「広場に荷物など残っていなければ、ディーンさん、僕たちと一緒に戻りますか?」
「ああ」
マクベアー先輩たちは高等部寮だが、ディーンは中等部寮に滞在している。
高等部寮には東側へ抜けたほうが早いので、マクベアー先輩やハリス先輩たちとはここでお別れだろう。
そう思っていたら、ハリス先輩がポンと胸を叩いた。
「俺たちが中等部まで送ろう!」
その申し出に、俺とカイルが目を瞬かせる。
「あ、大丈夫ですよ。高等部も門限あるでしょうし」
「ええ、この森はよく知っていますから」
高等部の寮はここから離れているから、寄っていたら戻るのが遅くなってしまう。
「走って帰れば充分間に合う。久しぶりに会えたから、テイラたちと話をしたいんだ」
そう言うハリス先輩に、他の先輩方も「俺たちも話したい」と手を挙げる。
まぁ、確かに。マクベアー先輩は交流会の時、一緒に案内係を務めたからたびたびこちらに来て話をしていたが、ハリス先輩たちとは卒業してからすれ違う程度だったし……。
全員の手が挙がったのを見て、マクベアー先輩は豪快に笑った。
「わははは。そうか! じゃあ、皆で送ろう。ただし、気合を入れて帰るぞ」
「ええ! 任せてください。商学の屋台のために、毎日走り込みしてるんで!」
ハリス先輩が言い、エイデン先輩が皆に向かって聞く。
「走って帰るなんて、その訓練に比べたら大したことないよなぁ、皆!」
「「おぉぉ!」」
勝鬨のような威勢のいい声に、マクベアー先輩は再び笑った。
ここまで張り切られたら、お願いするしかないよね。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺は笑って、カイルと一緒にぺこりと頭を下げた。
寮への帰路、ミラー先輩はさっそくとばかりに、メモ帳を取り出した。
「今度の商学の屋台、テイラたちは何を出すんだ? 招待客に出したという、ポップコーンや綿あめという食べ物か?」
中等部のことなのによく知ってるな。マクベアー先輩やディーンから情報を仕入れたんだろうか。
「そうですね。一応、候補に挙がっています」
ドルガドとティリアの招待客たちに大好評だったポップコーンと綿あめ。
彼らの喜びようを目にしたライラは今、『たくさん売るわよぉ!』と商売魂に火がついている。
ただ、ライラが推している綿あめは、作り置きには向かないんだよね。
二年生は班の人数が増えるため、作業できる人数も多くなるが、それでも販売個数は限られるだろう。
綿あめを出すなら、作り置きが可能な商品も用意したほうがいいのかな。
いや、それだったら、ポップコーンに絞ったほうがいいだろうか。
ポップコーンも出来立てが一番美味しいが、綿あめと違い一度にできる個数が多い。味のバリエーションも豊富だから、どんな人にも喜ばれるだろう。
「ちなみに、皆さんはどっちが食べたいですか?」
俺が尋ねると、ハリス先輩たちは眉間にしわを寄せて、真剣に考え込む。
「どっち……どっちか……。難しい質問だな」
「俺はポップコーンがいいな。いろいろ味があるらしいし」
「俺は綿あめを希望する!」
「俺も! マクベアーさんに聞いても、どうしてもふわふわのあめなんて信じられなくてさ」
「だけど、ポップコーンも相当美味いらしいぞ!」
「うわぁ、悩む。正直言えば、どっちも食べたい!」
ワイワイと盛り上がる先輩たちに、俺はくすくすと笑う。
「参考にさせていただきます」
「参考になったなら良かった。楽しみだなぁ、皆!」
ハリス先輩が皆に向かって言うと、エイデン先輩がグッと拳を上げる。
「ああ! 今年も死ぬ気で走るぞ!」
熱く決意するハリス先輩たちに、ディーンは呆気にとられていた。
「皆……そんなに屋台料理が好きなんだな」
その言葉を聞いて、ハリス先輩たちは大きく首を振る。
「いいえ! 俺たちが何よりも好きなものはテイラの料理ですよ!」
「テイラの料理をこよなく愛しているので、同志を集い、会も作りました!」
「その名も『フィル・テイラ料理愛好会』!!」
そう言って、戦隊モノのヒーローよろしく、先輩たちは思い思いにポーズを決める。
「フィル・テイラ……料理愛好会?」
ディーンが俺に視線を向けるのと同時に、俺はそっと顔をそむけた。
俺が作ったわけではないです。
「ディーンさんも入りたかったらどうぞ! 会員募集中です!」
「え!?」
珍しく動揺するディーンに、ハリス先輩たちは白い歯を見せてニコッと笑った。
「他国にいては、なかなかテイラの料理を食べることはできないでしょうが、会員になったら過去の会報も含めて送ります」
ミラー先輩がメガネをかけ直し、不敵に微笑む。
「か、会報まで作ってるんですか?」
初めて聞いたんですけど……。
驚く俺の耳元に、カイルがヒソヒソと囁く。
「一部生徒の間で、話題になっている会報らしいです。レイが言っていました」
「話題になる会報って、いったいどんな内容なの……」
すると、ちょうどミラー先輩が、ディーンに会報について説明を始めた。
「会報ではテイラの料理に関する考察と、愛好会の活動内容が記されています。また、新作が出た際には、料理の詳細を絵つきで解説。食べた感想やそれを手に入れるための苦労も載せています」
「苦労の先に感動あり! 卒業生送別会の会報は、何度読んでも泣ける内容です!」
グッと拳を握って言ったエイデン先輩は、すでに涙ぐんでいた。その周りにいる先輩たちも、深く頷いている。
熱く語られるフィル・テイラ料理愛好会の話を聞きながら、俺は呆然とする。
料理を好きになってくれるのはありがたいが、まさかそこまでとは……。
「フィル様、このままディーンさんが愛好会に入ったら、とんでもないことになるんじゃないでしょうか」
表情を強ばらせて囁くカイルに、俺は目を瞬かせる。
「と、とんでもないことって?」
「ディーンさんが会員になれば、マッテオさんやルディさんだけでなく、ドルガドの生徒たちにも拡散されます。さらに、ルディさんと仲の良いリンさんに伝われば、今度はティリアの生徒たちにも……」
ゴクリと喉を鳴らすカイルに、俺は口元を引きつらせる。
「いや、まさかディーンさんは大丈夫だよ……」
食べることが好きなマッテオやリンなら可能性はなくもないが、ディーンはお菓子が大好きって人じゃない。だから、ハリス先輩たちの情熱は凄まじくとも、ディーンならば嫌なら嫌とハッキリ断ってくれるだろう。
俺は笑って、チラッとディーンに視線を向ける。
「今までにそんな壮絶な戦いがあったのか……」
先ほどまで勧誘に引いていたディーンが、エイデン先輩たちの語る苦労話に、興味を持ち始めていた。お菓子というより、過去のお菓子争奪戦の歴史に心惹かれてしまったらしい。
「……早く別の話題に変えましょう」
「そうだね」
深刻な顔で言うカイルに、俺はコクリと頷いた。
ディーンが勧誘される前に、話題を変えなくては。
そう思って視線を動かした俺は、ハリス先輩の腰に下げている袋がもぞもぞと動いているのに目が留まる。
気のせい? いや、間違いなくもぞもぞ動いている。
「あ、あの……ハリス先輩。袋が動いているんですけど……」
俺の指摘にハリス先輩は驚いた様子もなく、「ああ、起きたのかな」と言って袋を開ける。
ぴょこんと中から出てきたのは、頭の毛先が水色で、それ以外は白い体毛の小猿だった。
バスティ猿という、北にあるバスティニア国に棲む猿だ。
確か頭の毛色が濃い水色だと雄、薄い水色だと雌なんだっけ。ということは、男の子か。
「俺の召喚獣のトトだ。この袋で寝るのが好きでな。トト、皆に挨拶できるか?」
ハリス先輩が袋から出そうとすると、トトはその手をすり抜け主人の頭の上に乗る。
それから、俺たちに向かって、大きな声で挨拶をした。
【こんにちはーっ!!】
その声に驚いたテンガが跳び上がり、すやすやと眠っていたイヴェルの目がぱっちりと開く。
小さい体ながら、ずいぶんと元気のいい子だ。
俺やカイル、呆気にとられるテンガたちを見回し、トトは自己紹介を始める。
【心に熱い情熱と太陽を! 元気印のトトです!】
キャッチフレーズとともに、トトはポーズを決める。
デジャヴ……。このポーズ、さっきハリス先輩がしていたぞ。
熱血な主人には、熱血な性格の召喚獣なのか。
そんなトトの自己紹介に、コクヨウが少し呆れた顔で言う。
【熱い情熱と太陽……? 氷属性に似合わん台詞だな】
【でも、カッコイイっすよ!】
テンガが言い、ランドウも大きく頷く。
【俺もやってみたい! 皆でやろうぜ! フィルの召喚獣はいっぱいいるし】
【やめろ。恥ずかしい】
コクヨウは心底嫌そうに言って、眉間にしわを寄せる。
皆がポーズを決めている姿を想像して、俺は思わず笑いそうになった。
「元気いっぱいな子ですね。バスティ猿、初めて見ました」
「バスティニア国の固有種ですよね? 中等部在学中は、見かけなかったと思うんですが……」
俺とカイルがそう言うと、ハリス先輩は頭に乗ったままのトトを下ろして笑う。
「ああ、中等部卒業後に召喚獣にした子だからな。キーファのツテで、契約することになったんだ」
中等部三年生のキーファ・ピアーズ先輩は、去年行われた対抗戦のメンバーである。
ピアーズ先輩の親戚に動物の保護活動をされている方がいるんだよね。
ハリス先輩のように、ピアーズ先輩に動物を紹介してもらったという生徒を知っている。
ただ、召喚獣契約に至るまでには、人となりや、動物を迎えられる環境にあるかなど、いくつかクリアしなきゃいけない課題があるらしいけど。
「ジェイの召喚獣はイヴェルと同じ氷属性だし、召喚獣にして間もないと聞いたから、ディーンの特訓に誘ってみたんだ」
マクベアー先輩は笑顔で経緯を教えてくれる。
「そうなんだ。誘われた時ちょうど愛好会の会合中だったから、皆もついてきちゃってな。こんなに人数が増えてしまった」
困り顔のハリス先輩に、他の先輩方は照れ笑いをする。
「いやぁ、ディーンさんとお話ししてみたかったからさぁ」
「俺たちも迷惑かなとは思ったけど、滅多にないから」
対抗戦でドルガドの大将を務めたディーンは、他国にも名が知られている若手剣士だからなぁ。
同世代としては、気になる存在だよね。
「俺としてもありがたかった。高等部の生徒とも触れ合う機会が欲しいと思っていたから」
ディーンにそう言われ、先輩方は自分たちの胸を叩く。
「俺たちで良ければ、いくらでも!」
憧れの人にそう言われたら、嬉しいよね。
小さく笑った俺は、ふと気になったことを聞いてみる。
「そういえば、雪豹もバスティ猿と同じで、このあたりでは珍しいですよね。ディーンさんがイヴェルと召喚獣契約するきっかけってなんだったんですか?」
「ハリスと同じで、知人から譲り受けたんだ。昔うちの道場に来ていた、サヴェルナ国の剣士からな」
ディーンとシリルのお父さんは、ドルガドの剣豪グレイソン・オルコット。
家では道場を開いており、剣豪の元で剣を学びたいと、いろいろな国の剣士が訪れている。
サヴェルナ国はバスティニア国よりさらに遠い。一年のほとんどが雪に覆われている国で、ドルガドから馬車で二週間はかかる場所にある。
「そっかぁ、イヴェルはそんなに遠くから来たんだね」
俺がディーンの腕の中のイヴェルを覗き込んで言うと、イヴェルはコクンと頷いた。
【ボク、兄弟の中で一番ちっちゃくて、いつも仲間にいれてもらえなかったの。でも、ご主人さまはボクを選んでくれたんだ】
イヴェルは幸せそうに言って、ディーンの腕に頭をすりつける。ディーンはその頭を撫でながら言う。
「イヴェルは体が小さくて、少し臆病なところがあるが、人の言葉をよく聞く賢さがあるし、諦めずに努力する性格が気に入り、召喚獣契約することにしたんだ」
気が弱いけど、頑張り屋かぁ。
ディーンが気に入ったのがわかる。イヴェルってどことなくシリルに似てるもんね。
カイルも同じことを思ったのか、顔を見合わせてこっそり微笑み合う。
まぁ、俺たちがこのことを口にしたら、きっとディーンは照れ隠しでムッとするだろうから言えないけどさ。イヴェルに対するみたいに、もっと素直になればいいのに。
そんなことを考えつつチラッと見ると、ディーンは難しい顔でイヴェルを見下ろしていた。
「何か心配ごとでも?」
俺が顔を覗き込みながら尋ねると、ディーンは小さくため息を吐いた。
「イヴェルの特訓をしてみたが、探索は難しいかもしれないと思ってな」
「探索って、ドルガドとステアの共同研究のですか?」
カイルの問いに、ディーンはコクリと頷く。
「すでに何回か、マクベアーや研究者たちとともに探索に行ってはいるんだ。そこで一ヶ所、仕掛けのある探索場所があってな。イヴェルの能力を使ってみたいんだが、この性格では難しいかと思って……」
「さっきみたいに何かに驚いて、また迷子になられたら大変だしな」
マクベアー先輩はそう言って、まだしょんぼりしているカルロスの頭を撫でる。
【お役目がんばるよ! 迷子ならないよ!】
イヴェル自身はやる気があるのか、自分を抱くディーンの腕を、小さな前足でテシテシと叩く。
【今日すでに迷子になったばかりではないか】
コクヨウの言葉に、イヴェルはしゅんと項垂れた。
イヴェルの気持ちは汲んであげたいけど、ディーンの不安もわかるよなぁ。
そう思っていると、マクベアー先輩が俺の顔を窺いながら言う。
「フィル、一度ディーンとイヴェルの特訓に付き合ってもらうわけにはいかないだろうか」
マクベアー先輩の提案に、俺は目を瞬かせる。
「僕がイヴェルの特訓にですか?」
「ああ。特訓中、イヴェルが緊張しているようなんだ。フィルがいたら、落ち着くんじゃないかと思って」
「テイラの周りは居心地がいいのか、どんなに荒々しい動物も大人しくなるもんなぁ」
「テイラはどんな動物にも好かれるんだろう」
ハリス先輩たちはニコニコと笑いながら、良い案だと頷く。
いや、荒々しい動物が大人しいのは、コクヨウというボディーガードが後ろについてるせいもあるかと……。
ディーンは不安げな顔で、俺を見つめる。
「助けてもらえるとありがたい。探索は無理でも、特訓が良い経験になると思うんだ」
そう言われてしまったら、断りにくいな。
それに、イヴェルのやる気を見たら、協力しないわけにはいかないよね。
「わかりました。お役に立てるかはわかりませんが、僕で良かったらお手伝いします」
俺の返事を聞いて、ディーンやマクベアー先輩たちはホッと息を吐いた。
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