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ハーニーの胸騒ぎ

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「は~…」

ハーニーは、シャイニーを成長の部屋に預けてから何度目かの溜息をついた。
シャイニーの事が心配でたまらないのだ。

「大丈夫?ハーニー。戻ってから溜息ばかりついてるけど…今日は、ゆっくり休んだ方が良いんじゃない?私があなたの分まで演奏するから。気にせず休んで。」

コルネがウィンクをしながらフルートを構えた。

「あ!ごめんなさい…ついついシャイニーの事を考えてしまって…演奏はできるから大丈夫よ。」

ハーニーは、笑顔で慌ててハープを構えた。

……コン、コン、コン……

その時、誰かが誕生の部屋の扉をノックした。

(もしかしたら、エイミーかも…)

ハーニーは、いてもたってもいられず扉まで駆け寄り勢いよく開けた。

……バタン!……

扉は勢い余って脇の壁にぶつかり跳ね返ってしまった。
するとそこには、驚いた表情のエイミーが立ちすくんでいた。

「ど、どうしたのハーニー?あなたらしくもない。」
「エイミー…驚かせてごめんなさい…大丈夫だった?」

ハーニーは申し訳なさと恥ずかしさで顔を赤くしながらエイミーに謝った。

「私は大丈夫よ。気にしないでハーニー。」

エイミーはニッコリと笑顔で答えた後、ハッとした表情で言葉を続けた。

「そうそう。シャイニーの事なんだけど…」
「え!シャイニー?」

ハーニーは、思わず身を乗り出すと、エイミーはクスクス笑いながらハーニーの肩をポンポンと優しく叩いた。

「本当にシャイニーの事が心配なのね。大丈夫よ。シャイニーには友達ができたの。」
「シャイニーに友達が…。」
「そうなの。昨日生まれたフレームなんだけど覚えてる?」

ハーニーは、赤い髪が印象的だった男の子を思い出した。

「ええ。覚えているわ。赤い髪の男の子でしょ?」
「そうそう。そのフレームが凄いのよ…」

エイミーは、先程シャイニーとフレームに起こった出来事を話した。

「フレームに、そんな力があったなんて…」

少なくともフレームは生まれた時は、他の子と変わりはなかった。
まだ話しもできなければ、そんな力もなさそうだったのだ。

(フレームも特別な子なのかしら…でも、そんな話しはサビィ様も仰ってなかったわ…)

「ハーニー…ハーニー、ねぇ!ハーニーったら。」

エイミーは、一点を見つめ考え込むハーニーの目の前で手をヒラヒラとさせた。

「あ!ごめんなさい!」

ハーニーは、ハッとしてエイミーを見た。
彼女がいる事さえ忘れ考え込んでいたのだ。

「とにかく、シャイニーは大丈夫よ。良かったら後で様子を見に来て。フレームの力も見て欲しいし…」

エイミーは、必ず来て!と念を押すと成長の部屋に帰って行った。
1人その場に残ったハーニーはずっと考え込んでいた。

(フレームにも力…何だろう…この胸騒ぎ…)

ハーニーは、自分の胸に広がる感覚に戸惑っていた。

「ハーニー。」

その時、ハーニーの頭上から澄んだ美しい声が聞こえた。顔を上げると予想だにしない天使の姿があった。

「サビィ様…」

ハーニーは驚きのあまり瞬きを忘れ、サビィをジッと見つめていた。
そんなハーニーを見てサビィはクスリと笑った。

「ハーニー。大切な話しがある。私の部屋へ来て欲しい。」

サビィが近くの壁に手を当てると、扉がフッと現れた。
とても高く大きな扉。
扉には8枚の翼が描かれている。

(この扉…天使長室の扉だわ…)

「さぁ…ハーニー、入りなさい。」

サビィがゆっくりと優雅に扉を開けた。

「サビィ様…そんな…恐れ多いです…」

ハーニーは、自分の為にサビィが扉を開けた事に驚き、再びサビィをジッと見つめた。
サビィは、そんなハーニーを見てクスクスと笑い始めた。

「そんなに目を見開いてばかりいると、いつか瞳が落ちてしまうよ。」

「サビィ様…申し訳ありません!」

ハーニーは、ずっとサビィを瞬きもせず見つめていた事に気付き、顔を真っ赤にしながら慌てて頭を下げた。

「冗談だ。ハーニー。頭を上げなさい。さぁ、中へお入り。」

サビィは、更にクスクス笑いながら中に入るよう促した。
ハーニーとサビィが部屋に入ると、壁に現れた扉は跡形もなく消えた。

「急に声を掛け驚かせてしまい悪かった。ハーニー。」

サビィがパチンと指を鳴らすと、ハーニーの前にソファとテーブルが現れた。

「さぁ、まずはお茶を入れよう。良かったらソファにかけなさい。」

ハーニーがソファに座ると、サビィが再び指を鳴らした。
すると、目の前にティーポットとカップが現れ温かい紅茶が注がれた。

「マレンジュリティーだ。私はこれに目がなくてね。」

サビィはソファに掛け、マレンジュリティーを一口飲んだ。

「さぁ、冷めないうちに飲みなさい。」

サビィにすすめられ、ハーニーはマレンジュリティーを口に含んだ。
その瞬間、何とも表現し難い甘さと爽やかな香りが口いっぱいに広がった。

「凄く美味しいわ…いつも飲むマレンジュリティーとは全く違う…」

「ありがとう。私なりに色々と研究してこの香りと美味しさに辿り着いた。散々、失敗もしたが…」
「サビィ様も失敗なさるのですか?」

ハーニーはとても驚いた。サビィは失敗とは無縁であり、全てが完璧だと思っていたのだ。

「私とて失敗はする。決して完璧ではないのだよ。この香りと味わいに辿り着くまで、マロンに何度も試飲させた。たまに、とても酷い味になってしまう事もあってね。そのせいでマロンは、いつもビクビクしながら試飲していた。」
「試飲はマロン様だけなのですか?サビィ様やライル様は試飲されないのですか?」
「私は、最高の味わいに仕上がってから飲むと決めている。だから、試飲はしない。ライルは、なぜかマレンジュリティーの試飲の時は決まって姿を消すのだ。」

ハーニーは、サビィ、ライル、マロンの意外な一面を知り、驚きと共に親近感も湧いていた。
天使長サビィは天使の国をまとめ、全天使の行動や活動を把握している。そして、ライルやマロンはサビィに使え、天使達に変化や気掛かりな事、そして問題が起こるとサビィに報告し指示を受け行動している。サビィの右腕と左腕となる存在で、天使達はこの3人を完璧だと思っていた。

(今日は、色々と驚く事ばかりだわ)

ハーニーは、マレンジュリティーをめぐる3人の攻防を想像し顔を綻ばせた。

「では、それぞれ本題に入ろう。君の胸騒ぎの原因についての話しだ。

ハーニーは驚いた。
なぜ、サビィはこの胸騒ぎを知っているのか…

「サビィ様は、なぜ私の胸騒ぎをご存知なのですか?」

「私は…全天使の事を把握しているのだよ。君の胸騒ぎの原因は、シャイニーとフレームの事だ。フレームに力がある事を私も見抜けずにいた。それも、かなり強い…シャイニーと同等、もしくはそれ以上の力を秘めているのかもしれない。シャイニーが学びながら目覚めていくのに対して、フレームは最初からある程度の力まで目覚めている。心配なのは、フレームがその力の強さに溺れてしまわないか…そして、フレームの力がシャイニーの成長にどのように影響するか検討がつかない事だ。もちろん、2人の力が双方の力を高め合い、素晴らしいパワーを引き出す可能性もある。君の胸騒ぎはこれらの事を敏感に察知した証と言える。いいかい、ハーニー。シャイニーが君を名付け親に選んだ事は決して偶然ではない。ちゃんと意味がある事だ。そして感情は、これから更に大きくなっていく。そして、シャイニーの成長と共に君も成長していくだろう。

「サビィ様、私がシャイニーにしてあげられる事は、支え守る事以外に何かあるのでしょうか?」

「あるとすれば…フレームの事も気にかけてもらえるだろうか?シャイニーとフレームの関係も注意深く見守ってほしい。」
「分かりました。フレームの事も気にかけていきます。」
「ありがとう、ハーニー。もし、何か困った事や心配事があっだ時は、いつでも私の所に来なさい。」

サビィは、笑顔でハーニーを見つめた。

「分かりましたサビィ様。これからシャイニーとフレームを支え見守り、気にかけでいきます。もし、何かあった時は相談させて頂きます。」

サビィは、ハーニーの言葉に安心し笑顔で深く頷いた。

「私の話しは以上だ。ハーニー、何度も手間を取らせてしまい申し訳なかった。」

「いいえ、お気になさらないで下さい。シャイニーとフレームの事ですから、これくらい手間ではありませんわ。2人に関する事ならば、いつでも飛んで参ります。」

ハーニーは笑顔で答えると深く頭を下げた。

「それでは、私はそろそろ戻らせて頂きますね
。」

ハーニーが部屋を出ると、サビィは水盤に映し出されたシャイニーとフレームを見つめた。

「フレームの事は計算外であった…私の気苦労であれば良いが…」

水盤の中で、ユラユラと揺れるシャイニーとフレームは無邪気に楽しそうに笑い合っていた。
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