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ラフィの苦しみとサビィの嘆き

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ラフィは、サビィの部屋の前に来ると、大きく深呼吸した。

(さて、サビィにどう話すか…思ったより事は重大かもしれない…)

ラフィは、意を決して8枚の羽が描かれた扉をノックした。

「ラフィか?待っていた。構わず入れ。」

サビィの声を確認すると、ラフィは中に入っていった。
サビィは、ゆったりとソファに座り優雅にマレンジュリテイーを飲んでいる。

「サビィ…待たせて悪かったね。ちょっとしたハプニングがあってね。」

ラフィは、いつもの穏やかな笑顔でサビィの前のソファに座った。
すると、目の前にティーポットとカップが現れ、香り豊かなマレンジュリテイーが注がれた。

「新作のマレンジュリテイーだ。飲んでみてくれ。」
「これ…まさか試飲?」

ラフィはティーカップを持ち、香りを確かめながら尋ねた。

「まさか、マロンがとっくに試飲している。」

ラフィは、軽く頷きマレンジュリテイーを口に含んだ。

「これは…今までになく香り豊かだ。良くこの香りを引き出せたね。」
「私は、マレンジュリに関しては不可能な事などない。」

サビィは、フッと笑うとラフィを見た。

「それで、ハプニングとは何だ?」
「あぁ、実は…フレームと時計のクルックが一悶着起こしてね。」

その言葉を聞いてサビィは、眉根を寄せ、持ち上げていたティーカップを慌ててソーサーに戻した。

「今、クルックと言ったか?」
「そう、あのクルックだよ。サビィ。」

ラフィは、何かを思い出したかのようにクスクスと笑っている。

「クルックは、今はフレームの部屋にいるのか…」
「そうなんだ。クルックがフレームの態度が悪いと言い出してケンカになったよ。」
「またクルックが、鞭で叩いたのだろう。全くクルックの気の短さは昔と変わらない。」

サビィは、眉間にシワを寄せながら首を左右に振った。

「そうそう。フレームがクルックの鞭でグルグル巻きにされていたよ。」
「クルックがやりそうな事だ…」

サビィは、深く溜め息をついた。

「サビィもクルックには手を焼いてたよね。毎朝、必ず叩き起こされていたし。」
「その話しをするな。あれは、私の最大の汚点だ。」
「時計に毎朝お説教するのは、サビィくらいだろうね。」
「鞭を使って起こすなどフェアじゃない。そもそも、私はクルックの起こし方が気に入らなかった。」
「でも、鞭の前に音楽で起こすよね?それで起きなかったのはサビィだよ。」
「私は、朝が苦手なのだ。無理やり起こされるのは心外だ。」
「あの時も、そう言ってクルックにお説教してたよね。しかも毎朝。」

ラフィは、その時の光景を思い出しクスクス笑った。

「あの時、私もまだ子供だった。ラフィ…そんな話しをしに来たわけではないだろう。」
 
サビィは。ラフィの話しを遮り、本題に入るよう水を向けた。

「そうなんだサビィ。実はフレームの事なんだ。」

気付けば、ラフィの顔から穏やかな笑顔は消えている。

「フレームに何かあったのか?」
「うん…実は、フレームの心の中には炎が宿っているんだ。この炎の燃え方がフレームの心を左右させるようだ。何かに集中している時は青い炎。誰かを助けたい…心に寄り添いたいと思った時は、黄色やオレンジの炎…これらの炎は、フレームを良い道へと導くはずだ。でも…怒りや嫉妬、苦しみや悲しみのような感情が大きくなるにつれ、この炎はフレームを闇の道へと導く可能性がある。」
「ラフィ…その事にいつ気付いた?」
「今日、気付いた。今日だけで様々なハプニングがあった。そのハプニングがフレームの心の中に宿る炎について教えてくれたんだ。ストラが呼び寄せたドラゴンをシャイニーが帰した時…フレームの心に小さな小さな炎が灯った。それは、嫉妬の炎だった。フレームが気付く前に消し止めたから、心に違和感は残ったものの、その正体に彼は気付いていない。でもね…その後、クルックとケンカした時…フレームの炎は赤くメラメラと燃えていた。初めて怒りの感情が芽生えたんだ。」

そのまで話すとラフィは、マレンジュリテイーを一気に飲み干した。
すると、ティーポットが現れ、ラフィのカップに再びマレンジュリテイーを注いだ。

ーーーコポコポコポーーー

シンとした室内に、マレンジュリテイーが注がれる音だけが響き渡る。

「それで…ラフィから見てフレームは、危険だと感じるのか?」
 
ラフィは少し考えた後、首を左右に振りながら答えた。

「まだ、分からない…フレームは、とても優しい子なんだ。シャイニーが困っていると遠くにいても駆け付けるような子だ。鍵は…フレームが心の中の炎をコントロールする力。赤黒い闇の炎に決して飲み込まれる事がない強い心。」
「ラフィ…君にならフレームの心の中の炎をコントロールできるか?」
「この天使の国の中にいる間なら…でも、僕がコントロールしては意味がない。フレーム自身がコントロールできないといけない。」

サビィは、深い溜め息をついた。

「ラフィ…シャイニーはどうだ?君から見ても、やはり特別な子だと感じるか?」
「そうだね…シャイニーの秘めた力は未知数だよ。あのドラゴンをすんなりと元の世界に帰したからね。これから、徐々に目覚めていくはずだよ。僕は、シャイニーとフレームの2人が、同時期に誕生した事は大きな意味があると思っている。その意味は、今は分からないけどね。」
「ラフィ、これからフレームを注意深く見ていてもらいたい。そして、シャイニーも…」

ラフィは、深く頷いた。

「明日から、本格的に学びが始まるからね。2人については、注意深く見ていくよ。」
「ラフィ、感謝する。しかし、君の洞察力は相変わらず素晴らしい。やはり…あの時、君が天使長の座に就くべきだったのではないか…?」
「どうしたんだい?そんな事を言って…サビィらしくもない。洞察力だけでは天使長の座に就けないよ。それに…ブランカの後に天使長を継ぐ事は、僕には到底無理な話しだった…」

スッとサビィから顔を背けたラフィの瞳には、深い悲しみが彩られていた。

「僕は、サビィのように闇を光に変化させる力もないしね。それに、サビィの美しさや気品に右に出る者はいないよ。僕は、ブランカの意思を継ぐ道を選んだ。ブランカが志半ばで果たせなかった事…沢山の子供達を、素晴らしい天使に育てる教育係りの道。僕は成し遂げたいんだ…」

再びサビィを見据え語るラフィは、苦しみや悲しみに耐えながらも微笑んでいた。

「さぁ!僕は、そろそろ戻るよ。シャイニーとフレームの事は、とりあえず任せてほしい。長居して悪かったね。おやすみ、サビィ。」

ラフィは、笑顔のままサビィに背を向けた。

「ラフィ…君は辛いのに、なぜ笑う?君の心を楽にする為に、私にできる事はないのか?」

サビィは、部屋を出て行こうとするラフィに問い掛けた。
一瞬、ラフィは足を止めたが、首を左右に振ると後ろ手に扉を閉めた。

ーーーパタンーーー

固く閉ざされた扉は、まさにラフィの心そのものであった。

「クソッ!」

ーーーガシャン!ーーー

サビィがテーブルを叩くと、ティーポットやカップがぶつかり音を立てた。
サビィらしからぬ行動は、心に湧き出るやるせなさの表れだった。

「ずっと、苦しんでいる君を救う事もできず、何が天使長だ…」

サビィは、俯きながらキツく唇を噛むのだった。
ラフィは、扉に寄りかかりサビィの呟きを聞いていた。
天を仰ぎ見たラフィの瞳から一筋の涙が流れた途端、泉のように涙が溢れ出た。

「ブランカ…ごめん…ちょっと泣いて良いかな…僕は、まだまだ強くなれないみたいだ…」

ラフィは声を押し殺し、暫くの間、涙を流し続けるのであった。


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