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調理室の火事
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サビィとシャイニーは、炎に包まれた調理室を目の当たりにし呆然とした。
炎がまるで生きているように、メラメラとうごめいている。
「熱い!」
シャイニーはあまりの熱さに驚き、髪の中に隠れているフルルを思い出し心配になった。
「フルル、熱くない?大丈夫?」
フルルはシャイニーの声に反応し、モゾモゾと動いた。
「危ないからなるべく奥に潜っているんだよ。」
フルルが更に奥へと潜った事を確認すると、シャイニーは安心し、再び炎に包まれた調理室に目を向けた。
すると、前方に6枚の翼を携えた天使が立っている。
「ラフィか?」
サビィが声を掛けると、ラフィが振り返った。
「サビィ…シャイニーも一緒なんだね。僕も今来たところだよ。」
サビィは改めて調理室を目にし、その惨状に唖然とした。
「ラフィ…これは、思っていたよりも酷いようだ…」
「そうなんだ。早く消さなければ…シャイニー、危ないから下がって。」
シャイニーが後ろに下がると、ラフィとサビィは炎に向けて両手をかざした。
すると、天井から大量の水が炎めがけて降り注いだ。
最初は、手が付けられないほど勢いのあった炎が、徐々に小さく弱くなり鎮火していった。
思ったより早く消し止められ、ラフィとサビィはホッとしたが、調理室は焼きただれとても調理が出来るような状態ではなかった。
「ストラ!マトラ!ファンクさん!」
シャイニーが呼び掛けながら調理室を見渡すと、ファンクがストラとマトラを守るように覆いかぶさっていた。
「ファンクさん!大丈夫ですか?ストラとマトラは?」
「やぁ…心配をかけて済まなかったね…ストラとマトラも無事だよ。」
慌てて駆け寄ったシャイニーに、微笑んだファンクの顔は煤で黒くなっている。
「ファンクさんは大丈夫?ストラとマトラを守ってたんでしょ?」
「あぁ、大丈夫だよ。炎避けのガードをシッカリと張ったからね。心配してくれてありがとう。」
ファンクがニッコリと笑うと、彼の頬は変わらずリンゴのように赤々としていた。
「シャイニー…心配かけてゴメン…」
ストラとマトラが、ファンクの体の下から這い出してきた。
「念の為、3人が火傷やケガをしていないか見せてもらうね。」
ラフィは、そう言うと3人の体を丁寧にチェックしていった。
「うん。3人とも火傷もケガもしていない。ファンク、あの火の中で良く持ちこたえたね。」
「それは、もう必死だったので…この子達を守らなければ…その思いだけでした。」
3人がケガもなく無事だと知ると、シャイニーは安心し力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまった。
「本当に良かったぁ…」
「シャイニーも驚いたよね。大丈夫かい?」
ラフィが優しく声を掛けたが、シャイニーは言葉が出ずコクコクと頷いた。
「本当に3人とも無事で良かったよ。それで…どうして火事になったのかな?」
ラフィは真剣な表情で、ファンクやストラとマトラに問いかけた。
「ラフィ様、私が悪いんです。もっとシッカリと注意して見ていれば、このような事態は起こりませんでした。」
ファンクは、ガックリと肩を落としている。
「ラフィ先生!ファンクさんは悪くありません。僕が悪いんだ…僕は、シチューの煮込み具合を確認していました。その時、コトコトと煮ている火に興味を持ってしまって…」
ストラは、話しているうちにどんどん声が小さくなり、最後は消え入りそうな声になっていった。
「それで、ストラは何をしたんだい?」
ラフィが、優しくストラに問いかける。
「ラフィ先生…僕は…僕は…シチューを煮込む火から、フェニックスが現れるかもしれない…そう思って…」
ストラの目には涙が滲んでいる。
「ストラ、泣かなくても良い。君は火に魅入られたんだ…その後、どうなったか覚えているかい?」
ストラが泣きながら首を左右に振った。
「ラフィ先生…私、その時のストラが見てました。」
火事のショックから、ずっと黙っていたマトラがその時の事を思い出し、体をブルっと震わせながら言った。
「マトラ…詳しく教えてくれるかい?」
「はい。私が野菜を切っていた時に、何気なくストラを見たら…火を見つめていたんです。でも、その目がどこかおかしくて…声を掛けようとしたら、火が突然大きくなって…あっという間に燃え広がりました。ラフィ先生…ストラに何があったんですか?あんなストラを見たのは初めてです!」
マトラの声は徐々に大きくなり、興奮して息も荒くなっていった。
「マトラ、落ち着いて。大丈夫だからね。深呼吸してごらん。」
マトラが深呼吸を始めると、ラフィは彼女の肩に手を置いた。
すると、マトラは徐々に落ち着きを取り戻していった。
「ラフィ先生、もう大丈夫です。落ち着きました。」
ラフィは笑顔で頷くと、ストラに向き直った。
「次は君の番だよ、ストラ。ちょっと、このままジッとしてて。」
ラフィはストラをジッと見つめ、瞳の奥を覗いて額に手を当てた。
「うん。ストラ、君は大丈夫だよ。特に問題はない。ただ、今回の事もストラの好奇心が発端になっているんだ。好奇心は大切だし素晴らしいけど…ストラの旺盛な好奇心は、気付かないうちに周りに影響を与えてしまうのだろうね。好奇心と上手く付き合う事がストラには必要なんだ。ただ、成長と共に付き合い方も分かってくる。それまでは、何かに興味を持ったら必ず誰かに話すんだ。マトラや僕…誰でも良い。話す事で旺盛な好奇心が抑えられるはずだから。」
「分かりました。ラフィ先生…」
ストラは俯いたまま小さな声で答えた。
「大丈夫だよ、ストラ。君の旺盛な好奇心は、やがて君の力となる。今は好奇心と力のバランスが取れていないだけだよ。」
「はい、ラフィ先生。僕…好奇心と力のバランスが取れるように頑張ります。」
ストラは、ラフィの優しい笑顔と言葉に安心し笑顔で答えた。
シャイニーは彼の笑顔を見てホッとしたが、何かが心に引っ掛かっていた。
(何だろう…この違和感…)
シャイニーは、違和感の正体を突き止めようと集中した。
(あぁ…そうか…ストラの目…)
「ラフィ先生、突然火が大きくなったのはどうしてでしょう?マトラの話しだとストラの目がおかしかったって…」
シャイニーは火が大きくなった事と、ストラの目がおかしかった事に違和感を覚えていた。
「う~ん…ただ、ストラは火に魅入られただけなんだ。それだけでは、火が大きくなる事はないんだ…サビィはどう思う。」
ラフィが振り返り、サビィに声を掛けた。
サビィは腕を組み、物憂げな表情で壁にもたれかかっていた。
「私も、ラフィと同意見だ。ここに来てから、ずっと考えているだが…今は何とも言えない。とにかく、まずはこの調理室をどうにかしなければ…」
サビィの言葉を聞いてシャイニーは、改めて調理室を見渡した。
火元となった竈《かまど》は、すっかり燃え尽きて真っ黒な炭となっていた。
火の勢いが強かったせいで、壁も焼けただれていたり、煤で黒く変色していた。
「この調理室を元通りにするのには、なかなか大変だね。でも、まぁ…何とかなるだろう。サビィ、手を尽くそう。」
ラフィの言葉にサビィは頷くと、もたれていた壁から身を起こした。
「ライル!マロン!」
サビィの凛とした声が響くと、どこからともなく風が吹き始め螺旋《らせん》を描き、2つのつむじ風へと変化していった。
そして、つむじ風の中から跪き、恭しく頭を下げたライトとマロンが現れたのだった。
「サビィ様、お呼びでございますか?」
「あぁ、呼び立ててすまない。まずは、顔を上げてこの調理室を見て欲しい。」
「はい。かしこまりました…って…うわっ!え?これは…火事…」
マロンは、すっかり変わり果てた調理室を目の当たりにして呆然としている。
「これは、また…不測の事態ですね…」
ライルも驚きを隠せない表情で、調理室を見渡している。
「この調理室を元通りにしたい。できるなら夕食に間に合わせたいと考えている。なかなか大変な作業となるが、皆で力を合わせれば出来ない事ではない。シャイニー、ストラとマトラも協力してほしい。」
「はい、サビィ様!」
マトラは、憧れているサビィからの申し出に喜び張り切っている。
「僕が原因を作ってしまったので、ぜひ手伝わせて下さい!」
「サビィ様のお役に立てるのなら喜んで。」
シャイニーとマトラも力強く頷き答えた。
「じゃあ、早速始めるよ。時間は限られているからね。」
ラフィの言葉に皆が頷いた。
「ファンク、ストラとマトラは主に調理台を。ライルとマロンは、この大量の水の処理。シャイニーは煤けてしまった壁を元通りに。そして、ラフィと私は竃《かまど》の復元にあたる。」
サビィが的確に指示を出し、皆がそれぞれの持ち場についた。
「ストラとマトラは、分からない事はファンクに聞くのだ。シャイニーは…まずは、思うようにやってみなさい。分からない時は、私やラフィに聞くと良い。」
(この壁を、元のように真っ白に…)
シャイニーが、以前の真っ白な壁を思い浮かべ手をついた瞬間、その手から眩いばかりの光がほとばしり、壁を包んでいった。
やがて、光は徐々に弱くなりシャイニーの手に吸い込まれるように消えていった。
光が消えた後の壁は、見違えるほどに真っ白になっていた。
(やった!できた!)
コツを掴んだシャイニーは、次々と壁を白く変え、全てが元に戻る頃には、調理室はほぼ元の姿を取り戻していた。
「思ったよりも早く元に戻ったようだね。」
ラフィは、調理室を見渡すとホッと息を吐いた。
「これも皆が一丸となり修繕にあたったからだろう。しかし、ラフィ…これで終わりではない。夕食の用意もしなければいけない。」
「確かにそうだ…ファンク、今日の夕食のメニューは何だい?」
「今日の夕食は、根菜シチューと流れ星のサラダ、マレンジュリのケーキです。」
「なるほど。食材は無事かい?」
「はい。幸いな事に食材は無事でした。」
「それなら、夕食もみんなで手分けして作るのはどうだい?サビィ。」
「それが良いだろう。マレンジュリのケーキは、私とマロンが作ろう。」
「え!また私ですか?」
「当たり前だ。お前以外に誰がいるのだ。」
「分かりましたよ。マレンジュリとなると、いつも私なんですから…」
マロンは、溜め息を吐きながらブツブツと呟いている。
「ライルは料理が苦手だったな。」
「はい、サビィ様。私は主に食器の準備や洗い物を担当しようと思っております。」
(確かにライルさんに料理のイメージはないかも…)
シャイニーが、そんな事を考えながらサビィ達を見ていると、ラフィが話しかけてきた。
「シャイニーは、僕と流れ星のサラダを作るかい?」
「はい、ラフィ先生。とは言え…僕は料理を作った事はありませんが…」
「大丈夫。僕に任せて。サビィ、僕とシャイニーはサラダを作る事にするよ。」
「分かった。では、時間がもうあまりない。それぞれ持ち場につくように。」
サビィが指示を出し終えると、ファンクがホッとしニッコリと笑った。
「ありがとうございます、サビィ様。これで、何とか間に合いそうです。」
サビィは笑顔で頷くとマロンを見た。
「それでは急いで作ろう。マロン、こちらに来なさい。」
「分かりましたよ。サビィ様。」
マロンは、渋々サビィの後をついていった。
「サビィ様、何となく嬉しそう。」
シャイニーが呟くと、ラフィがクスクスと笑いながら言った。
「サビィは、マレンジュリと聞くと居ても立ってもいられないんだ。マロンは、そんなサビィにいつも付き合わせられているんだよ。」
「だから、マロンさんは渋々なんですね。」
「そうそう。あの2人のやり取りは、見ていて面白いよ。さあ、僕達も時間がないから作ろうか。」
ラフィとサビィは、サラダ作りに取り掛かった。
流れ星のサラダは、星形のリンゴをゼリーで固め、色とりどりのサラダに乗せたものである。
ラフィは、鮮やかな手つきで野菜を切り盛り付けていく。
「わ~凄く綺麗なサラダですね。」
「これで終わりじゃないよ。」
ラフィはリンゴを星形に切り抜き、小さな半円形の器に入った青紫色の液体に入れた。
「ラフィ先生、この液体は何ですか?」
「これは、スミレの花から作ったゼリーだよ。これから固めるんだ。」
ラフィは、氷入ったボウルにゼリー液を入れ、その上から手をかざした。
すると一瞬でゼリーが固まった。
ゼリーを型から外しサラダに盛り付け、その上から金粉を降らせた。
「これで、出来あがりだよ。」
「ラフィ先生、凄い…料理も得意なんですか?」
「昔、このサラダが好きだった天使がいてね…2人で良く作ったんだ。久しぶりに作ったよ。」
ラフィは微笑んでいたが、その瞳には寂しさや悲しみが宿っていた。
(ラフィ先生…また、寂しそうな表情だ…)
シャイニーは、ラフィが時折見せる寂しげな表情が気になっていた。
「さぁ、サラダをもっと作らないとね。時間がないから急いで作ろう。」
ラフィの微笑みには、もう寂しさは見られなかった。
(ラフィ先生のあの表情は、サビィ様が言っていたキッカケが関係してるのかな…)
シャイニーはサラダを作りながら、ぼんやりと考えていた。
「シャイニー、どうしたんだい?手が止まってるよ。」
ラフィが、顔を覗き込みながら声を掛けてきた。
シャイニーは、ハッとして慌ててサラダを作り始めた。
「な、何でもありません!」
(いけない!集中、集中…)
シャイニーは、ラフィの事はとりあえず後で考える事にし、目の前のサラダに集中するのだった。
その後、皆が力を合わせ、夕食を無事に作り終える事ができた。
「何とか夕食の時間に間に合ったようだ。皆の協力に感謝する。」
サビィは、笑顔で全員を見渡した。
「本当にありがとうございました。火事が起こった時は、もう夕食は無理だと諦めていましたが、皆さんのご協力のおかげで無事に出来あがりました。」
ファンクは深々と頭を下げた。
「礼には及ばない。ファンク、頭を上げなさい。」
ファンクが頭を上げると、サビィは美しい笑顔で頷いた。
「さて…今回の事は、これから調査に入る。なぜ火事が起きたのか…現時点では検討もつかない。そこで、皆に頼みたいのだが…今回の事は口外しないでもらいたい。他の天使達を不安にさせてしまう恐れがあるからだ。」
全員が頷くと、サビィは更に続けた。
「大丈夫。心配する事はない。後は私達に任せなさい。ラフィ…この後、私の部屋に来てくれないか?シャイニー、今日の手伝いはここまでにしよう。良く頑張った。また明日、私の部屋に来なさい。ストラとマトラは、夕食が終わるまでファンクの仕事の手伝いをしてほしい。今日は、あのような事があり彼も動揺しているだろう。」
ストラとマトラはファンクの手伝いに戻り、ラフィはサビィと共に天使長室へと向かった。
(夕食の時間まで、まだ少し時間があるな…部屋に戻ろうかな…フルルの様子も確認したいし。)
シャイニーは、フルルを労るようにソッと髪を触ると自分の部屋に向かった。
炎がまるで生きているように、メラメラとうごめいている。
「熱い!」
シャイニーはあまりの熱さに驚き、髪の中に隠れているフルルを思い出し心配になった。
「フルル、熱くない?大丈夫?」
フルルはシャイニーの声に反応し、モゾモゾと動いた。
「危ないからなるべく奥に潜っているんだよ。」
フルルが更に奥へと潜った事を確認すると、シャイニーは安心し、再び炎に包まれた調理室に目を向けた。
すると、前方に6枚の翼を携えた天使が立っている。
「ラフィか?」
サビィが声を掛けると、ラフィが振り返った。
「サビィ…シャイニーも一緒なんだね。僕も今来たところだよ。」
サビィは改めて調理室を目にし、その惨状に唖然とした。
「ラフィ…これは、思っていたよりも酷いようだ…」
「そうなんだ。早く消さなければ…シャイニー、危ないから下がって。」
シャイニーが後ろに下がると、ラフィとサビィは炎に向けて両手をかざした。
すると、天井から大量の水が炎めがけて降り注いだ。
最初は、手が付けられないほど勢いのあった炎が、徐々に小さく弱くなり鎮火していった。
思ったより早く消し止められ、ラフィとサビィはホッとしたが、調理室は焼きただれとても調理が出来るような状態ではなかった。
「ストラ!マトラ!ファンクさん!」
シャイニーが呼び掛けながら調理室を見渡すと、ファンクがストラとマトラを守るように覆いかぶさっていた。
「ファンクさん!大丈夫ですか?ストラとマトラは?」
「やぁ…心配をかけて済まなかったね…ストラとマトラも無事だよ。」
慌てて駆け寄ったシャイニーに、微笑んだファンクの顔は煤で黒くなっている。
「ファンクさんは大丈夫?ストラとマトラを守ってたんでしょ?」
「あぁ、大丈夫だよ。炎避けのガードをシッカリと張ったからね。心配してくれてありがとう。」
ファンクがニッコリと笑うと、彼の頬は変わらずリンゴのように赤々としていた。
「シャイニー…心配かけてゴメン…」
ストラとマトラが、ファンクの体の下から這い出してきた。
「念の為、3人が火傷やケガをしていないか見せてもらうね。」
ラフィは、そう言うと3人の体を丁寧にチェックしていった。
「うん。3人とも火傷もケガもしていない。ファンク、あの火の中で良く持ちこたえたね。」
「それは、もう必死だったので…この子達を守らなければ…その思いだけでした。」
3人がケガもなく無事だと知ると、シャイニーは安心し力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまった。
「本当に良かったぁ…」
「シャイニーも驚いたよね。大丈夫かい?」
ラフィが優しく声を掛けたが、シャイニーは言葉が出ずコクコクと頷いた。
「本当に3人とも無事で良かったよ。それで…どうして火事になったのかな?」
ラフィは真剣な表情で、ファンクやストラとマトラに問いかけた。
「ラフィ様、私が悪いんです。もっとシッカリと注意して見ていれば、このような事態は起こりませんでした。」
ファンクは、ガックリと肩を落としている。
「ラフィ先生!ファンクさんは悪くありません。僕が悪いんだ…僕は、シチューの煮込み具合を確認していました。その時、コトコトと煮ている火に興味を持ってしまって…」
ストラは、話しているうちにどんどん声が小さくなり、最後は消え入りそうな声になっていった。
「それで、ストラは何をしたんだい?」
ラフィが、優しくストラに問いかける。
「ラフィ先生…僕は…僕は…シチューを煮込む火から、フェニックスが現れるかもしれない…そう思って…」
ストラの目には涙が滲んでいる。
「ストラ、泣かなくても良い。君は火に魅入られたんだ…その後、どうなったか覚えているかい?」
ストラが泣きながら首を左右に振った。
「ラフィ先生…私、その時のストラが見てました。」
火事のショックから、ずっと黙っていたマトラがその時の事を思い出し、体をブルっと震わせながら言った。
「マトラ…詳しく教えてくれるかい?」
「はい。私が野菜を切っていた時に、何気なくストラを見たら…火を見つめていたんです。でも、その目がどこかおかしくて…声を掛けようとしたら、火が突然大きくなって…あっという間に燃え広がりました。ラフィ先生…ストラに何があったんですか?あんなストラを見たのは初めてです!」
マトラの声は徐々に大きくなり、興奮して息も荒くなっていった。
「マトラ、落ち着いて。大丈夫だからね。深呼吸してごらん。」
マトラが深呼吸を始めると、ラフィは彼女の肩に手を置いた。
すると、マトラは徐々に落ち着きを取り戻していった。
「ラフィ先生、もう大丈夫です。落ち着きました。」
ラフィは笑顔で頷くと、ストラに向き直った。
「次は君の番だよ、ストラ。ちょっと、このままジッとしてて。」
ラフィはストラをジッと見つめ、瞳の奥を覗いて額に手を当てた。
「うん。ストラ、君は大丈夫だよ。特に問題はない。ただ、今回の事もストラの好奇心が発端になっているんだ。好奇心は大切だし素晴らしいけど…ストラの旺盛な好奇心は、気付かないうちに周りに影響を与えてしまうのだろうね。好奇心と上手く付き合う事がストラには必要なんだ。ただ、成長と共に付き合い方も分かってくる。それまでは、何かに興味を持ったら必ず誰かに話すんだ。マトラや僕…誰でも良い。話す事で旺盛な好奇心が抑えられるはずだから。」
「分かりました。ラフィ先生…」
ストラは俯いたまま小さな声で答えた。
「大丈夫だよ、ストラ。君の旺盛な好奇心は、やがて君の力となる。今は好奇心と力のバランスが取れていないだけだよ。」
「はい、ラフィ先生。僕…好奇心と力のバランスが取れるように頑張ります。」
ストラは、ラフィの優しい笑顔と言葉に安心し笑顔で答えた。
シャイニーは彼の笑顔を見てホッとしたが、何かが心に引っ掛かっていた。
(何だろう…この違和感…)
シャイニーは、違和感の正体を突き止めようと集中した。
(あぁ…そうか…ストラの目…)
「ラフィ先生、突然火が大きくなったのはどうしてでしょう?マトラの話しだとストラの目がおかしかったって…」
シャイニーは火が大きくなった事と、ストラの目がおかしかった事に違和感を覚えていた。
「う~ん…ただ、ストラは火に魅入られただけなんだ。それだけでは、火が大きくなる事はないんだ…サビィはどう思う。」
ラフィが振り返り、サビィに声を掛けた。
サビィは腕を組み、物憂げな表情で壁にもたれかかっていた。
「私も、ラフィと同意見だ。ここに来てから、ずっと考えているだが…今は何とも言えない。とにかく、まずはこの調理室をどうにかしなければ…」
サビィの言葉を聞いてシャイニーは、改めて調理室を見渡した。
火元となった竈《かまど》は、すっかり燃え尽きて真っ黒な炭となっていた。
火の勢いが強かったせいで、壁も焼けただれていたり、煤で黒く変色していた。
「この調理室を元通りにするのには、なかなか大変だね。でも、まぁ…何とかなるだろう。サビィ、手を尽くそう。」
ラフィの言葉にサビィは頷くと、もたれていた壁から身を起こした。
「ライル!マロン!」
サビィの凛とした声が響くと、どこからともなく風が吹き始め螺旋《らせん》を描き、2つのつむじ風へと変化していった。
そして、つむじ風の中から跪き、恭しく頭を下げたライトとマロンが現れたのだった。
「サビィ様、お呼びでございますか?」
「あぁ、呼び立ててすまない。まずは、顔を上げてこの調理室を見て欲しい。」
「はい。かしこまりました…って…うわっ!え?これは…火事…」
マロンは、すっかり変わり果てた調理室を目の当たりにして呆然としている。
「これは、また…不測の事態ですね…」
ライルも驚きを隠せない表情で、調理室を見渡している。
「この調理室を元通りにしたい。できるなら夕食に間に合わせたいと考えている。なかなか大変な作業となるが、皆で力を合わせれば出来ない事ではない。シャイニー、ストラとマトラも協力してほしい。」
「はい、サビィ様!」
マトラは、憧れているサビィからの申し出に喜び張り切っている。
「僕が原因を作ってしまったので、ぜひ手伝わせて下さい!」
「サビィ様のお役に立てるのなら喜んで。」
シャイニーとマトラも力強く頷き答えた。
「じゃあ、早速始めるよ。時間は限られているからね。」
ラフィの言葉に皆が頷いた。
「ファンク、ストラとマトラは主に調理台を。ライルとマロンは、この大量の水の処理。シャイニーは煤けてしまった壁を元通りに。そして、ラフィと私は竃《かまど》の復元にあたる。」
サビィが的確に指示を出し、皆がそれぞれの持ち場についた。
「ストラとマトラは、分からない事はファンクに聞くのだ。シャイニーは…まずは、思うようにやってみなさい。分からない時は、私やラフィに聞くと良い。」
(この壁を、元のように真っ白に…)
シャイニーが、以前の真っ白な壁を思い浮かべ手をついた瞬間、その手から眩いばかりの光がほとばしり、壁を包んでいった。
やがて、光は徐々に弱くなりシャイニーの手に吸い込まれるように消えていった。
光が消えた後の壁は、見違えるほどに真っ白になっていた。
(やった!できた!)
コツを掴んだシャイニーは、次々と壁を白く変え、全てが元に戻る頃には、調理室はほぼ元の姿を取り戻していた。
「思ったよりも早く元に戻ったようだね。」
ラフィは、調理室を見渡すとホッと息を吐いた。
「これも皆が一丸となり修繕にあたったからだろう。しかし、ラフィ…これで終わりではない。夕食の用意もしなければいけない。」
「確かにそうだ…ファンク、今日の夕食のメニューは何だい?」
「今日の夕食は、根菜シチューと流れ星のサラダ、マレンジュリのケーキです。」
「なるほど。食材は無事かい?」
「はい。幸いな事に食材は無事でした。」
「それなら、夕食もみんなで手分けして作るのはどうだい?サビィ。」
「それが良いだろう。マレンジュリのケーキは、私とマロンが作ろう。」
「え!また私ですか?」
「当たり前だ。お前以外に誰がいるのだ。」
「分かりましたよ。マレンジュリとなると、いつも私なんですから…」
マロンは、溜め息を吐きながらブツブツと呟いている。
「ライルは料理が苦手だったな。」
「はい、サビィ様。私は主に食器の準備や洗い物を担当しようと思っております。」
(確かにライルさんに料理のイメージはないかも…)
シャイニーが、そんな事を考えながらサビィ達を見ていると、ラフィが話しかけてきた。
「シャイニーは、僕と流れ星のサラダを作るかい?」
「はい、ラフィ先生。とは言え…僕は料理を作った事はありませんが…」
「大丈夫。僕に任せて。サビィ、僕とシャイニーはサラダを作る事にするよ。」
「分かった。では、時間がもうあまりない。それぞれ持ち場につくように。」
サビィが指示を出し終えると、ファンクがホッとしニッコリと笑った。
「ありがとうございます、サビィ様。これで、何とか間に合いそうです。」
サビィは笑顔で頷くとマロンを見た。
「それでは急いで作ろう。マロン、こちらに来なさい。」
「分かりましたよ。サビィ様。」
マロンは、渋々サビィの後をついていった。
「サビィ様、何となく嬉しそう。」
シャイニーが呟くと、ラフィがクスクスと笑いながら言った。
「サビィは、マレンジュリと聞くと居ても立ってもいられないんだ。マロンは、そんなサビィにいつも付き合わせられているんだよ。」
「だから、マロンさんは渋々なんですね。」
「そうそう。あの2人のやり取りは、見ていて面白いよ。さあ、僕達も時間がないから作ろうか。」
ラフィとサビィは、サラダ作りに取り掛かった。
流れ星のサラダは、星形のリンゴをゼリーで固め、色とりどりのサラダに乗せたものである。
ラフィは、鮮やかな手つきで野菜を切り盛り付けていく。
「わ~凄く綺麗なサラダですね。」
「これで終わりじゃないよ。」
ラフィはリンゴを星形に切り抜き、小さな半円形の器に入った青紫色の液体に入れた。
「ラフィ先生、この液体は何ですか?」
「これは、スミレの花から作ったゼリーだよ。これから固めるんだ。」
ラフィは、氷入ったボウルにゼリー液を入れ、その上から手をかざした。
すると一瞬でゼリーが固まった。
ゼリーを型から外しサラダに盛り付け、その上から金粉を降らせた。
「これで、出来あがりだよ。」
「ラフィ先生、凄い…料理も得意なんですか?」
「昔、このサラダが好きだった天使がいてね…2人で良く作ったんだ。久しぶりに作ったよ。」
ラフィは微笑んでいたが、その瞳には寂しさや悲しみが宿っていた。
(ラフィ先生…また、寂しそうな表情だ…)
シャイニーは、ラフィが時折見せる寂しげな表情が気になっていた。
「さぁ、サラダをもっと作らないとね。時間がないから急いで作ろう。」
ラフィの微笑みには、もう寂しさは見られなかった。
(ラフィ先生のあの表情は、サビィ様が言っていたキッカケが関係してるのかな…)
シャイニーはサラダを作りながら、ぼんやりと考えていた。
「シャイニー、どうしたんだい?手が止まってるよ。」
ラフィが、顔を覗き込みながら声を掛けてきた。
シャイニーは、ハッとして慌ててサラダを作り始めた。
「な、何でもありません!」
(いけない!集中、集中…)
シャイニーは、ラフィの事はとりあえず後で考える事にし、目の前のサラダに集中するのだった。
その後、皆が力を合わせ、夕食を無事に作り終える事ができた。
「何とか夕食の時間に間に合ったようだ。皆の協力に感謝する。」
サビィは、笑顔で全員を見渡した。
「本当にありがとうございました。火事が起こった時は、もう夕食は無理だと諦めていましたが、皆さんのご協力のおかげで無事に出来あがりました。」
ファンクは深々と頭を下げた。
「礼には及ばない。ファンク、頭を上げなさい。」
ファンクが頭を上げると、サビィは美しい笑顔で頷いた。
「さて…今回の事は、これから調査に入る。なぜ火事が起きたのか…現時点では検討もつかない。そこで、皆に頼みたいのだが…今回の事は口外しないでもらいたい。他の天使達を不安にさせてしまう恐れがあるからだ。」
全員が頷くと、サビィは更に続けた。
「大丈夫。心配する事はない。後は私達に任せなさい。ラフィ…この後、私の部屋に来てくれないか?シャイニー、今日の手伝いはここまでにしよう。良く頑張った。また明日、私の部屋に来なさい。ストラとマトラは、夕食が終わるまでファンクの仕事の手伝いをしてほしい。今日は、あのような事があり彼も動揺しているだろう。」
ストラとマトラはファンクの手伝いに戻り、ラフィはサビィと共に天使長室へと向かった。
(夕食の時間まで、まだ少し時間があるな…部屋に戻ろうかな…フルルの様子も確認したいし。)
シャイニーは、フルルを労るようにソッと髪を触ると自分の部屋に向かった。
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