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ラフィの百科事典

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翌日、2人が#慧眼_けいがん__#の部屋に行くと子供達は、体験した仕事の話題で盛り上がっていた。
部屋の隅に目をやると、ストラとマトラが何やら揉めている。

「おい!ストラとマトラ、朝から何を揉めてるんだ?相変わらず成長してないな~俺を見てみろよ。誕生の部屋でシッカリ手伝って成長してきたぜ。」
「あ!フレーム!ちょっと聞いてよ。ストラったら、ファンクさんの手伝いをしている時、ろくに手伝いもしないでボケっとしてたのよ!私ばっかり手伝ってたんだから!」
「おい…だから、俺の話しも聞けって…」

まくしたてるマトラの気迫に、フレームが押されている。

「ね!フレーム!酷いでしょ?シャイニーもそう思わない?」
「え!僕?う~ん…見てないから何とも言えないけど…」
「ほんっとに、いつも私ばっかりなんだから!」

マトラは、シャイニーやフレームの話しを全く聞かずプリプリ怒っている。

「お~い!マトラさ~ん、俺達の話し聞いてるか~?」

フレームは、マトラの耳元で大きな声で問い掛けたが、全く耳に入ってないようだ。

「ダメだ…全く聞いてない。どんな耳してんだ?ストラ、お前本当にボケっとしてたのか?」
「う~ん…そんなつもりはなかったんだけどな~僕、色々な物が気になるんだ。気になり出すと、ついつい見入っちゃって…マトラは、その事を言ってるんだと思う…」

ストラは特に気にする様子もなく、首をすくめながら答えた。

「大丈夫だよ。マトラはすぐに機嫌が直るから。放っておけば平気なんだ。」
「え!それで大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、シャイニー。マトラを見てごらん。」

シャイニーとフレームが、まだ怒り続けているマトラを見ていると彼女が突然振り返った。

「そうだわ!シャイニー、サビィ様の手伝いはどうだったの?きっと、サビィ様は相変わらずお美しかったのでしょうね…」

マトラはサビィの姿を思い浮かべ、ウットリしながら溜め息を吐いた。
シャイニーとフレームは、態度が突然変わったマトラに驚き顔を見合わせた。

「ね、だから言ったでしょ?マトラの言ってる事は気にしなくていいよ。コロコロ変わるから。」
「マトラって、あんなにコロコロ変わるんだ…フレーム知ってた?」
「いや、俺も知らなかった。」
「いつも、こうじゃないけどね。怒ってる時や文句を言ってる時に多いかな~怒りを持続できないみたいだよ。良く言えば、切り替えが早いんだ。でも、怒ってたと思ったら、突然笑い出す時もあるからビックリするよ。」
「ふ~ん…変な奴。」

フレームは、サビィの姿を思い浮かべウットリとしているマトラを見ながら呟いた。
その時、どこからともなくそよそよと爽やかな風が吹きラフィがフッと現れた。

「みんな、待たせたね。さぁ、学びを始めるよ。席に着いて。」

全員が席に着いた事を確認すると、ラフィはにこやかな笑顔で子供達を見渡した。

「2日間に渡っての手伝いはどうだったかな?君達が頑張って手伝いをしていた事は、大人の天使達から聞いているよ。良く頑張ったね。みんな、少し成長したみたいだ…背が伸びて、ほんの少し顔も大人びたようだよ。」

ラフィがニコニコしながら言うと、子供達は自分の頭や顔をペタペタと触り、本当に成長しているか確認している。

「それでは、そろそろ学びを始めるよ。今日は、このブランカ城について話す事にしよう。前にちょっとだけ、天使長ブランカについて触れた事を覚えているかい?」

ブランカ城と言葉にした瞬間、ラフィの顔からスッと笑顔は消え、その瞳に一瞬悲しみが滲んだ。

(ラフィ先生が、また悲しそうな表情をしている…)

シャイニーはラフィの悲しみに気付いたが、彼はすでに笑顔に戻っていた。

「覚えていない子が多いかな?この天使長ブランカは、素晴らしい天使だった。賢く気高く、それでいて明るく…子供達の笑顔が大好きな美しい天使だった…ある時、この天使の国に大変な事が起きた。魔界から悪魔達が攻め入ってきたんだ。」
「え?魔界?悪魔って何…?」

子供達は、ラフィの言葉にざわつき始めた。

「魔界とは、この天使の国とは全く正反対の場所なんだ…そして、その魔界に住む存在が悪魔。本来、悪魔が天使の国に攻め入る事は有り得ない。しかし…ある1人の天使が、闇に囚われ飲まれてしまった。その天使が悪魔達を引き入れてしまったんだ…」

ラフィの話しを子供達は、ただ静かに聞いている。

「僕達は、悪魔達を相手に必死に闘った。そして、この天使の国を守り抜く事ができたんだ。しかし、それは天使長ブランカの死と引き換えとなってしまった…そして、彼女の事を伝えていく為に、このブランカ城が造られた。子供達の笑顔が大好きで、子供達の素晴らしい成長を願っていた彼女の意志を引き継ぐ為に、このブランカ城を学ぶ場所としたんだ。」

話し終えたラフィの瞳は、悲しみをたたえ揺れている。

「君達は、魔界や悪魔がどのようなものか想像すらつかないだろうから…」

ラフィは、どこからともなく分厚い本を出すと、皆に見えるように掲げた。

「この本は、百科事典だよ。ありとあらゆるものが載っている。そうだな…例えば君達が知っているものだと…」

ラフィは百科事典をパラパラとめくり、何かを探している。

「これが良いかな…」

ラフィが百科事典をめくる手を止め、開いているページを指でトントンと叩くと、そのページから白い塊がモクモクと溢れ出て天井に昇っていった。子供達が見上げると、天井一面に雲が広がっている。再び開いていたページを指で叩くと、雲はスーッと百科事典の中に吸い込まれていった。

「うわ~!今の雲だよね?」
「凄い!本から雲が出てきたよ。」

子供達は、百科事典から現れた雲に驚き目を瞬かせた。
ラフィは、そんな子供達を見渡しながら真剣な面持ちで言った。

「実は…君達がまだ目にした事がない悪魔の姿や魔界を、この百科事典を使用して見る事もできるんだ。見てみるかい?ただ…君達は怖いと感じるかもしれないよ。」

子供達は、顔を見合わせ話し合っていたが、決心し頷くと手を挙げ口々に声を上げた。

「確かに怖いけど…見てみたいです!」
「僕も見たい!」
「私も!」

ラフィは頷くと百科事典を開き、再び指でトントンと叩いた。
すると、開いたページからドス黒いモヤがモクモクと溢れ出し、下へ向かって降り一気に床一杯に広がっていった。
そして、モヤはまるで意思があるかのように床から隆起したり、壁を昇りながら少しずつ少しずつ形を変えていった。
足元から隆起したり、壁から天井まで昇る黒いモヤに子供達は不安の色を顔に滲ませながら、キョロキョロと周りを見回した。
暫くウネウネと動いていたモヤは、突然ピタリと動きを止めた。
子供達の声と光で溢れていた慧眼《けいがん》の部屋は、禍々しい雰囲気に包まれた異世界と化していた。
隆起したモヤは枯れて朽ちた木となり、床一杯に広がったモヤは、ゴツゴツとした黒い岩場のようになっていた。
そして、天井まで昇ったモヤは雷電を伴う真っ黒な雲となり、天井を覆い尽くしていた。
遠方では、炎がメラメラと不気味に燃えているのが見え、地響きを伴った叫び声が時々聞こえてきた。
子供達は、初めて見る禍々しく恐ろしい様子に驚き、怖がり震え上がった。

「大丈夫だよ。これは魔界を再現したもので実体はないんだ。いいかい、見ててごらん。」

ラフィが、目の前の枯れた木に手を伸ばすと、手は木を突き抜け触れる言はできなかった。
その様子を見た子供達は、恐る恐る手を伸ばし木や足元の岩場を触ろうとしたが、やはり手は突き抜け触る事はできない。
ラフィが再び百科事典を開くと、見開きのページから黒く大きなものがムクムクと姿を現した。

「そして、これが悪魔だよ。これも実体はないからね。」

それは、大きな黒い翼を広げバサバサと何度も羽ばたいた。
血走った目はギラギラと光り、口は耳まで裂け鋭い牙が生えている。
そして、それは突然舞い上がると魔界と化した#慧眼_けいがん__#の部屋を飛び回った。
子供達は、恐れから悲鳴を上げ部屋の隅に逃げた。
シャイニーも初めて見る悪魔に驚き、皆と一緒に逃げると髪の中からフルルが何事かとソーッと体を覗かせた。
しかし、悪魔の姿を見ると慌てて髪の中に潜り込みガタガタと震えた。

「フルル、大丈夫だからね。」

シャイニーは、髪を触りながら優しく語りかけた。

「シャイニー…」

呼びかけにシャイニーが振り向くと、フレームがガタガタと震えている。

「フレーム!どうしたの?大丈夫?」
「ダメだ…震えが止まらない…」

シャイニーは、慌ててフレームをギュッと抱き締めた。

「フレーム、大丈夫だよ。落ち着いて。」

シャイニーが背中を何度も優しく撫でると、フレームは徐々に落ち着きを取り戻していった。

「あ!そう言えばヒューは大丈夫?」
「ヒューも怖がって髪の中でガタガタ震えてるよ。ヒュー、大丈夫だからな。」

フレームはヒューに優しく話しかけると、深い溜め息を吐いた。

「俺とした事が、初めて見る悪魔に取り乱しちまった。シャイニーは怖くないのか?」
「あれ?そう言えば…怖くないや。どうしてかな…」

シャイニーは、初めて見る魔界や悪魔を見ても不思議と怖いとは感じてなかった。

「シャイニーは凄いな…俺は怖くてたまらない…体がガタガタ震えてるし…シャイニー、本当に強くなったな…俺もこうしちゃいられないよな。」

フレームは笑顔だったが、その瞳にはほんの少し寂しさが滲んで見えた。

「ううん。僕はまだまだだよ。もっと頑張らないと。」
「じゃ、2人で頑張ろうぜ。」
「うん!」

シャイニーは笑顔で答えたが、なぜか心はざわついていた。

(あの悪魔…どこかで、似たような姿を見たような気がする…)

シャイニーは、今はこのざわつきの正体を知ってはいけない気がし、心にソッと蓋をするのだった。

そんな2人の様子を、ラフィがジッと見ていた。

(シャイニーは、悪魔の姿を見ても怖がっていないな…初めて悪魔の姿を見た子供達は、まずは怖がるものだけど…反対にフレームは、怖がり方が尋常ではない…)

2人の反応の違いは顕著であった。
ラフィは、2人を気にかけながら子供達に声を掛けた。

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、この悪魔も実体はないよ。」

ラフィは悪魔を触ろうと手を伸ばしたが、やはり触る事はできなかった。
子供達は恐る恐る顔を上げ、魔界や悪魔の姿を目に焼き付けた。
ラフィは、怖がりながらも魔界や悪魔を観察している子供達を確認すると百科事典を開いた。
すると、禍々しい魔界や悪魔はスーッと吸い込まれるように消えていった。
部屋の隅に逃げていた子供達は、自分の席に戻っていったが、その目にはまだ恐怖の色が見て取れた。

「怖い思いをさせてしまったね。でも、この悪魔達が天使の国に攻め入ってきた事は事実なんだ。僕達は、天使の国を守る為に必死に闘った。天使長だったブランカは子供達を身を呈して守ったんだ。」

ラフィの瞳は、悲しみで滲み暗い影を落としている事にシャイニーは気付いた、

(ラフィ先生が悲しそうなのは、悪魔が攻め入ってきた事が原因なのかな…)

シャイニーが、注意深くラフィの表情を見ていると、マトラが手を挙げて立ち、不安そうな表情で尋ねた。

「ラフィ先生…悪魔達がまた天使の国に攻め入ってくる可能性はあるんですか?」
「それはないから大丈夫だよ。あの闘い以降、僕達は対策を立てたんだ。今の天使の国に彼らが攻め入る隙はないからね。」
「良かった~」

マトラは心底安心し、ホッと息を吐くと席に着いた。
ラフィは、そんなマトラを見てニッコリと笑った。
彼の瞳には既に悲しみは宿っておらず、結局シャイニーはラフィの真意を掴む事ができなかった。

(やっぱり、分からないや…)

シャイニーは周りに気付かれないようにソッと溜め息を吐いた。

「さて…怖がらせてしまったお詫びに、君達が見たいものを、この百科事典から何でも出してみるよ。見たいものがあったら言ってごらん。」

ラフィの言葉にシャイニーは顔を上げた。
周りの子供達は、さっきまで怖がっていたのが嘘のように、目を輝かせ声を張り上げている。

(みんな、ラフィ先生の悲しみには気付かないのかな?)

シャイニーは、子供達が思い思いに叫ぶ叫ぶ姿をキョロキョロと見ていると、ラフィがクスクスと笑い出した。

「あ~ごめん。みんなで一気に言われても聞き取れないから、1人ずつ聞く事にするよ。」

ラフィが子供達を見回していると、誰よりも目をキラキラと輝かせ、誰よりも高く手を挙げているストラの姿が目に止まった。

「それじゃ…目を一際輝かせ、誰よりも高く手を挙げているストラ。君からにしよう。」
「やった!僕が見たいものはフェニックスです。前に見ようとして失敗したし…」

ストラはバツが悪そうに頭を掻きながら言った。

「それじゃ、ストラはフェニックスだね。」

ラフィは、百科事典をパラパラとめくると、ふと手を止め端をトントンと指で叩いた。
すると、そのページから赤色とオレンジ色に輝く尾の長い美しい鳥が姿を現した。
鳥は、百科事典の上で2、3回羽ばくと子供達の頭上を悠々と飛んだ。

「うわ~フェニックスは、こんなに綺麗なんだね。」

子供達は、美しいフェニックスをウットリと見つめた。

「凄い!僕が見たかったフェニックスだ!」

ストラはフェニックスを近くで見ようと、興奮気味に後を追いかけた。
その後、子供達はそれぞれ見たいものを百科事典から出してもらった。
それは、人魚や妖精であったり、歌う花や歌に合わせ踊る小さな虫達、はたまた太陽や星空だったりと様々であった。
シャイニーは、喜びはしゃぐ子供達の姿をぼんやりと見ながら、ラフィの悲しみについて考え続けていた。

「シャイニー、おい!シャイニーってば!」

その声にハッと我に返りフレームを見た。

「フレーム、ごめん。ちょっと考え事してたよ。」

ふと、気付けば彼の側で小さな生き物がビョンビョンと跳ねている。

「フレーム、その生き物は?」
「これは、バウチーとかいう虫らしいぞ。ミルリー星と呼ばれる惑星に生息しているそうだ。見てみろよコイツの顔、ムッとした顔でずっとビョンビョン跳ねてるんだ。面白いだろ?」
「へぇ~面白いね~」
「だろ?何か面白い虫を出してくれって、ラフィ先生に頼んだらコイツを出してくれたんだ。ほら、次はシャイニーの番だぞ。」

フレームは、そう言うと近くに来ていたラフィを見た。

「シャイニーは、何を出して欲しいんだい?」

ラフィの問いにシャイニーは少し考ていたが、何かを思い付いたようにパッと顔を輝かせた。

「ラフィ先生、僕…地球に住む美しい生き物が見たいです。」
「おや?シャイニーは地球を知っているのかい?」
「はい。サビィ様の部屋で望遠鏡で地球を見ました。凄く綺麗で忘れられなくて…」
「なるほど、サビィは美しい地球が大好きだからね。地球に住む美しい生き物だね。分かったよ。そうだな…」

ラフィは、百科事典をパラパラとめくっていったが、あるページで手を止めた。

「そうだ、これにしよう。」

ラフィがページの端をトントンと叩くと、黒い虫がたくさん飛び出してきた。

「ん?ただ黒い虫じゃないのか?」

フレームが部屋を飛ぶ黒い虫を目で追いながら不思議そうに呟いた。

「見ててごらん。」

ラフィがパチンと指を鳴らすと部屋が真っ暗になった。
そして、その虫達は発光し始めチカチカと点滅したのだった。
光を点滅させながら虫達がフワフワと飛ぶ姿は幻想的で、とても美しいものであった。

「わぁ~凄く綺麗ですね…」

シャイニーは、優しげに点滅する美しい光に目を奪われ、思わず溜め息を吐いた。
他の子供達も、美しい光を放つ虫達の動きを目で追いウットリとしているようだった。

「シャイニー、この虫は地球に生息しているホタルという虫なんだ。今、飛んでいるこのホタルは、日本という国で生息しているゲンジボタルだよ。」
「ゲンジボタルか…」

シャイニーは、慧眼けいがんの部屋を飛び美しく発光するホタルを見ながら地球の美しさに思いを馳せた。

(いつか、美しい地球に行ってみたいな…)

シャイニーは、更に地球への思いを強くするのであった。
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