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出会いと琴の悲しみ

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シャイニーは、雲の切れ間に見える街を目指し飛んで行った。
最初は小さく見えていた街が次第に大きく、そして近くに見えてきた。
街がどんどん近くなると、民家の屋根で小鳥の集団がお喋りをしている姿が見えた。

(あ!あの鳥、図書室で借りた "地球に生息する生物 " で見たな…何だっけ?え~と………あっ!思い出した!そうだ…スズメだ!小さくて可愛いな~)

「天使さん、こんにちは。私達に何か用かしら?」

シャイニーの視線に気付いた1羽のスズメが話しかけてきた。 

「こんにちは、スズメさん。僕、天使の国から修業で来たところなんだ。スズメさん達を見たのが初めてで、思わずジッと見ちゃったんだ…」
「まぁ!そうだったのね。でも、どうしてこの街を修業に選んだの?」
「実は…琴ちゃんに会いたくて来たんだ。君達は、琴ちゃんがどこにいるか知ってる?」
「琴ちゃん…?」
「うん。人間の女の子なんだ。悲しそうに泣いている琴ちゃんを見て…僕に何かできる事はないかなって考えてるんだ。」
「泣いている女の子…もしかしたら、あの子かも…」
「スズメさん、知ってるの?」
「良く見かける子なんだけど、いつも悲しそうに俯いてるの。昨日も見かけたわよ。おばあちゃんと歩いてたの。今日の夜、蛍を見に行くとか何とか言ってたわ。」
「え!蛍!この街に蛍がいるの?」
「ええ。この道を真っ直ぐ行くと林があるの。そこには小川が流れていて蛍がたくさん飛んでいるわ。」
「スズメさん、ありがとう!早速行ってみるよ。」
「どういたしまして。でも、蛍は夜にならないと見られないわよ。」
「うん。それまで、この街を探索してみるよ。」
「それが良いわね。何か分からない事があったらいつでも聞いて。この辺りにいつもいるから。」
「うん。ありがとう、スズメさん。」

シャイニーは、スズメと別れて街を探索し始めた。
家が立ち並ぶ道路をキョロキョロしながら歩いていると、前から散歩中の犬がやって来た。
犬はシャイニーを見ると、鼻を鳴らし尻尾をパタパタと振って立ち止まった。

「ん?マリンどうしたの?ほら、行くわよ。」

飼い主の女性がリードを引いても犬は動かず、シャイニーをジッと見つめている。

「君の名前はマリンなんだね。僕はシャイニーだよ。よろしくね。」
「シャイニー、私マリン!よろしくね。」

シャイニーが優しく頭を撫でると、マリンは喜び前足を激しくばたつかせた。

「え!マリン…急に喜んでる…何かいるの?」

女性は。マリンの目線を辿ったが何も見えなかった。

「何もいないじゃないの。変な子ね。ほら、行くわよ。」

マリンは、女性に引きずられながらも名残惜しそうにシャイニーを見つめていた。

「マリン、またね。」

シャイニーは、手を振りながら見送ると溜め息を吐いた。

「本当に人間には、僕の姿が見えないんだな…」

シャイニーは、胸に広がる寂しさに蓋をし再び歩き始めた。
暫く歩くと、どこからか子供達の賑やかな声が聞こえてきた。

(楽しそうな声が聞こえる…)

シャイニーが、その声に引き寄せられるように進むと公園が見えてきた。
公園では子供達が楽しそうに遊び。その近くでは母親達が集まり話をしていた。

(あ!ブランコがある…地球にもブランコがあるんだ。)

シャイニーは、子供達が笑顔で遊んでいる姿を見て嬉しくなった。

(僕達も天使の国で、たくさん遊んだな~何だか懐かしいや。あの人達は、仲良く何を話しているのかな?)

シャイニーは、夢中で話をしている子供達の母親の近くに行ってみた。

「あら?たっちゃんママ、素敵なネックレスしてるわね。」
「あぁ、これ?パパがこの間の結婚記念日にプレゼントしてくれたのよ。」
「相変わらず、優しいパパで羨ましいわ~愛されてるって感じよね。」
「本当よね。ウチなんて釣った魚に餌はやらない見本のような人よ。」
「あら!みーちゃんママも?ウチもよ。たっちゃんママのパパの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいよ。」
「ホント、ホント、たっちゃんママは良いわよね~」
「そんな事ないわよ。ウチのパパは優しいけど、だらしないし…あ!そろそろ拓実の英会話の時間だわ。」
「もう、そんな時間?たっちゃんママ、またね。」
「話しの途中でごめんなさい。拓実~そろそろ行くわよ。」

この声を聞いて、ジャングルジムから1人の男の子が駆け寄って来た。
男の子と母親が、手を繋ぎ急ぎ足で公園を後にすると、今まで笑顔で話していた2人の母親が突然、眉間にシワを寄せコソコソと話し始めた。

「私さ~たっちゃんママって何か癇に障るのよね~」
「みーちゃんママも?私もなのよ~たっちゃんママって、いつも愛されてます~みたいな雰囲気出してるじゃない?今日も、これ見よがしのネックレス!絶対に自慢よね~」
「そうそう!何もあんなネックレスしてくる事ないわよね~」

シャイニーは、母親達の会話を聞いて驚いた。

(え…どうして?さっきまであんなに仲良さそうだったのに…)

シャイニーには全く理解できなかった。

(どうして、友達の事をそんなに悪く言うんだろう…?それに…何だか楽しそうだよ…)

シャイニーは、悪口を言っている母親達に話しかけた。

「仲が良い友達じゃないの?悪く言うのはどうして?」

しかし、母親達にその声は届く事はなく楽しそうに話し続けていた。
シャイニーは胸の奥がチクッと痛くなり、胸を押さえその場にうずくまった。
すると、心配したフルルが髪の中から飛び出し顔を覗き込んできた、

「フルル…大丈夫だよ。心配させてごめんね。もう行こうか。」

シャイニーの言葉にフルルは頷き、再び髪の中に潜り込んだ。

(胸がまだ痛いや…でも、琴ちゃんを探さないと…ここでうずくまってる場合じゃない。)

シャイニーは、自分に言い聞かせて立ち上がった。
気付けば、辺りは暗くなり始め、公園で遊ぶ子供達の姿も既になかった。

「もうすぐ夜か…琴ちゃん、もう蛍を見に行ってるかな?僕も行ってみよう。確か、この道を真っ直ぐだったよね。」

シャイニーは、スズメに教えてもらった蛍が住む小川に向かって歩いていった。
道の両側に立ち並ぶ家々には電気が灯り、夕食の支度をしている香りが鼻をくすぐった。

「もう夕食の時間なんだ…何だか僕もお腹が空いたな~そう言えば…食事はどうしたら良いのかな?ラフィ先生に聞いてみよう。」

シャイニーは、旅立ち前にラフィから渡された指輪に話しかけてみた。

「ラフィ先生、シャイニーです。聞こえますか?」

すると、すぐに指輪からラフィの声が聞こえてきた。

「やぁ!シャイニー、どうしたんだい?」

いつもも変わらない、ラフィの明るく優しい声にホッとした。

「ラフィ先生、食事を取りたい時はどうしたら良いですか?」
「その時は、食べたい物を思い浮かべてごらん。すぐに目の前に現れるよ。」
「分かりました。ちょっとやってみますね。」

シャイニーがサンドイッチを頭に思い浮かべると、目の前にポンッ!とサンドイッチが現れた。

「ラフィ先生、できました!」
「うんうん。思い浮かべた物は、食べ物に限らずほぼ何でも現れるからね。」
「分かりました。ラフィ先生、ありがとうございます。」
「分からない事や困った事があったら、いつでも僕やサビィを呼ぶんだよ。」
「はい!」

ラフィと話し終えると、シャイニーは早速サンドイッチを頬張った。

「このサンドイッチ凄く美味しい!ファンクさんが作ったのかな?」

サンドイッチを食べ進める度に、少しずつシャイニーの心の痛みは軽くなり、食べ終わる頃にはすっかり消え、心は軽くなっていた。

「ごちそうさまでした。さぁ!琴ちゃんに会いに行こう。すっかり暗くなってるから急がなきゃ。」

シャイニーは、翼を広げ小川まで羽ばたいていった。

小川に着くと、たくさんの人々が蛍を見に集まっていた。

「蛍を見に来ている人がこんなにいるんだ…琴ちゃん、来てるかな…」

キョロキョロしながら琴を探していると、淡い光があちらこちらで瞬き始めた。

「あ!蛍だ…やっぱり綺麗だな~」

蛍は淡い光で弱々しく見えるが、短い命を精一杯生きている力強さも感じられた。
儚くも強さを感じる美しい光に、シャイニーはすっかり目を奪われた。
蛍を見に来ている人々も同様に目を奪われているようだった。

「琴ちゃん、ほら蛍だよ。綺麗だね~」

シャイニーは、耳に飛び込んで来た年配の女性の声にハッとした。

(え!琴ちゃん?)

声が聞こえてきた方向に目を向けると、その女性の隣で小さな女の子が俯き、首を左右に振り続けていた。

「困ったね~あんなに蛍が好きだったのに…」

(あ!あの子…琴ちゃんだ!)

シャイニーは急いで琴のそばに行き、しゃがんで顔を覗き込んだ。
琴の瞳からは、涙がポタポタと落ちている。

(琴ちゃん、やっぱり泣いてる…)

「琴ちゃん、どうしたの?蛍見ないの?」
「蛍…なんて…ヒック…み、見たくない…ヒック…」

シャイニーは、自分の声が聞こえたのかと思い驚いた。

「僕の声が聞こえるの?」

琴は、質問には答えず泣き続けている。

「やっぱり、聞こえてないのかな…」

シャイニーは、少しでも琴の心が温かくなるように、頭を優しく撫でた。

「蛍なんて大嫌い!」

琴は一言叫ぶと、座り込み膝を抱え声を上げて泣き出してしまった。

「琴ちゃん、分かったから…もう家に帰ろうね。」

女性の言葉に、琴は泣きながら頷くと立ち上がり、手を繋ぎ歩き出した。
2人の後を着いて行くと、ほどなく色とりどりの美しい花が咲く庭がある家が見えてきた。
2人がその家へと入って行くと、シャイニーも続いて入って行った。

「おかえり、琴ちゃん。早かったね。蛍は飛んでたかい?」

リビングでテレビを観ていた年配の男性が、2人に気付くと笑顔で話しかけた。

「それがね。じぃじ…琴ちゃん、泣き出しちゃったのよ…」
「そうか…仕方ないな…あの事故から、まだ1年も経ってないんだ。毎年家族で見に来てた蛍も、琴ちゃんには辛かったかもしれんな…」
「そうね…かえって可哀想な事しちゃったわね…」

2人は、悲しみが滲んだ瞳で琴を見つめた。

「じぃじ、ばぁば…ごめんなさい…せっかく、連れて行ってくれたのに…」

琴は絞り出すような声で呟くと、再び泣き出した。

「いいのよ、琴ちゃん。私達が悪かったの。今の琴ちゃんには、蛍を見るのも辛かったのよね。」

(この2人は、おじいさんとおばあさんなんだ…琴ちゃんは、どうしてこんなに泣いてるんだろう?)

「さぁ、ご飯にしましょう。今日は琴ちゃんが大好きなオムライスよ。」

祖母は、イスに琴を座らせるとテーブルにオムライスを置いた。
しかし、少し口に運ぶとスプーンを置いてしまった。

「ごちそうさま…部屋に行くね。」

琴は、立ち上がると自室のある2階へと上がっていった。

「琴ちゃん…」

祖父母は、心配そうに琴の背中を見つめている。
シャイニーはそんな2人を見ると、居ても立っても居られず琴の後を追った。

ーーーパタンーーー

部屋に入ると琴は。窓側に置かれた学習机に向かっていった。
机の周りには、ランドセルや絵の具のセット、鍵盤ハーモニカが置かれ、机の上には写真立てが飾られていた。
琴は、椅子に座ると写真立てを手に取った。
シャイニーが手元を覗き込むと、写真には満面の笑顔の琴と、優しそうな両親が写っていた。

「ママ…パパ…どうして琴を置いて行ったの?琴も一緒に連れて行って欲しかったよ…琴はひとりぼっち…」

琴は写真立てを握り締めたまま、机に突っ伏してしまった。

「琴ちゃん…一体何があったの?僕にその理由を見せてくれる?」

シャイニーは、そっと琴の頭に手を置き目を閉じた。

(僕に君の悲しみの原因を教えて。)

すると、車の後部座席で琴が母親と楽しそうに歌を歌っている姿が、シャイニーの頭に浮かんだ。
運転席で父親がバックミラー越しに2人を見ながらニコニコとしている。

「琴、歌が上手くなったな~」
「パパ、琴はもう2年生よ。学校でいっぱい歌を歌ってるもん。」
「そうだよな~琴も2年生だもんな。立派なお姉さんだ。」
「そうよ。琴はお姉さんだもん。」
「ウフフ、まだまだ甘えん坊さんだけどね。」

母親がニコニコしながら琴を見ている。

「ママに甘えるのはいいの!」

琴は、甘えるように母親に抱きついた。
その時、父親から笑顔が消えた。
右側から信号無視をした大型トラックが、琴達が乗る車に向かって突っ込んで来るのが見えたのだ。

「危ない!」

父親は、トラックを避けようとハンドルを左に切り、母親は琴を守る為にシッカリと抱き締めた。

ーーードカーンッ!ーーー

琴と両親が乗った車は、避けきる事ができずトラックとぶつかった。
その反動で車は横転し、上下逆さまとなってしまった。
琴は、母親の腕の中で閉じていた目を開けた。

「ママ…何が起こったの?」

腕の中から様子を伺うと、車内の様子が一変していた。
運転席で父親は血塗れでグッタリしている。
琴は慌てて母親を見たが、母親も頭から血を流していた。
幼い琴も、この様子が尋常ではない事が理解できた。

「ママ…ママ…起きて。ねぇ、ママ。」

琴が軽く体を揺すると母親が薄っすらと目を開けた。

「琴ちゃん…無事なのね…良かっ…た…」

母親は、そのまま目を閉じ動かなくなった。
琴は涙を流しながら抱きついた。
母親がいつものように、優しく抱き締めてくれるのを待った。

「ママは大丈夫よ。琴ちゃん。」

そう言って、抱き締めてくれると信じて待ち続けた。
しかし、いくら待っても母親は、グッタリとしてピクリとも動かなかった。

「ママーーーッ!」

琴の悲痛な叫びが車中に響いたその時だった。

「生存者がいるぞ!」

車外から声が聞こえ、ひしゃげた車のドアを壊し、救急隊員が顔を覗かせた。

「お嬢ちゃん、大丈夫?ケガはない?」

琴が頷くと、救急隊員は車から引きずり出した。

「パパとママが車の中にいるの。」

涙を手の甲で拭いながら訴えると、救急隊員は琴の頭を優しく撫でた。

「パパもママも、おじさんが車から出してあげるから大丈夫だよ。良く頑張ったね。」

その後、琴は病院に搬送され入院し、祖父母から両親の死を知らされたのだった。
その知らせを聞いた琴は、一瞬理解が出来なかった。
しかし、目の前で動かなくなった両親の姿を思い出し、瞳から涙が一筋溢れた。
そして、涙は後から後から溢れ続け止まる事はなかった。

(琴ちゃん…)

シャイニーは、琴の悲しみの原因を知ると胸を鷲掴みにされたような痛みが走った。

(まだ小さいのに…辛かったね…)

シャイニーは、机に突っ伏し泣き続ける琴をソッと抱き締めた。
その瞬間、琴が体をピクリとさせ顔を上げた。

「ママ…?」

琴はキョロキョロと周りを見た。

「ママに、ギュッとされたみたいに温かったけど…」

シャイニーは驚き琴を見た。

「僕が抱き締めた事に気付いた…?」

琴が、不思議そうに首を傾げ写真を見ている。

「もしかして、ママが抱き締めに来てくれたの?」

そう呟くと、琴は写真立てをギュッと抱き締めた。

「ママにお返しのギュッだよ。」

シャイニーは、寂しそうに笑う琴を見て決心した。

(僕が琴ちゃんを護る…琴ちゃんの笑顔を取り戻すんだ…)

シャイニーは、大切そうに写真立てを抱き締める琴の頭を優しく撫で続けるのだった。


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