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第十話 包まれたら

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  普段ベッドで寝起きする人間に、床敷きの布団はひどく新鮮に見えた。質素といえばそれまでだけどシンプルで目に涼しい。その静かな佇まいは、朝から欠航に右往左往するわ、一晩の宿を申し出た恩人と唇を重ねるわと落ち着きのない自分とは正反対だ。

 凌介が風呂から戻る前にこの火照りをどうにかしないといけない。しかし、しばらく遠ざかっていたこの感覚をどう扱えばよいか、正直、佳樹は思い出せずにいた。もう長いこと、男としては機能の欠けた日々を送っていたからだ。

「まじで勃ってるよ……」

 ショーツ越しの己の膨らみに思わず声が出た。けれど不思議と納得している自分もいた。凌介の隣にいると、甘ったれの本性がやけに満たされるのだ。そもそも出会いから情けない姿を晒したおかげで今さら格好つける必要もない。布団に体を横たえると、そこで寝起きする人間の匂いが胸に優しく流れ込んだ。

(せんせえ……佳樹……よしき……)

 いろんな話をしたはずなのに、思い出せるのは自分の名前を呼ぶ声だけだ。たまらなくなって目を閉じた。凌介も今ごろ自身を慰めているに違いない。行き会う野良猫同士がするようなキスであんなになって浴室に消えていったのだから。いったいどんな想像してるんだろう。佳樹先生を裸に剥いて、なんの穴とも知れない場所に必死で腰を打ちつけていたりして。

 そんな妄想を繰り広げるうち佳樹の背骨に甘い痺れが忍び寄った。肩甲骨がきゅうっと縮んで、反対に足先がピンと攣る。とうとう堪えた末の排尿に似た快楽とともに下肢が緩んで、出すべきものも出さないまま絶頂を覚えた。

「りょーすけぇ……」

 ごろんと寝返りを打って、佳樹は謙虚にも布団の三分の二を空けた。ただでさえ冷えて心地よかったシーツが自分の体温にこなれはじめたらいっそうしっとり体を包む。後ろめたさは一瞬脳裏をよぎって消えた。あるのはほかほかした眠気と気怠さだけだ。温かい。眠い。遠くで自分を呼ぶ声がするのに脱力した体はちっとも言うことをきかなかった。
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