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テロリスト

0. プロローグ 〜スラム〜

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  少年の額から一筋の汗が、ツーっと鼻の横を流れていった。
  唇をつたい、口に入る。
  塩辛い汗が唾液を増やし、ゴクリと喉を鳴らした。
  荒い呼吸が、薄暗い、廃墟と化した広間で目立つ。
  17歳の少年、ユキトの喉元には、ナイフが突きつけられていた。

「おい、また暴れないようにしっかり押さえろよ」

  ユキトの後ろでは大柄な男が、背中に回ったユキトの腕を片手でがっしりと掴み、もう片方の手で後ろ首を、指を食い込ませて掴んでいた。
  広間には見世物を見るかのように、何人もの薄汚い格好が彼を囲んでいる。

「こいつ、なかなかいい服着てんじゃねぇか。全部貰うぜ。」

  ナイフを持った男は、見物を決めていた男を2人呼んで、ユキトの服を脱がせた。

  彼は今までの人生で、集団で襲われたことなど1度もない。
  それどころか、喧嘩すらしたことがない。
  初めて命の危険を感じ、涙を浮かべながらも、喉元にナイフを突きつけられていては、大人しくするしかなかった。

「ちっ、他にはなんも持ってねぇのかよ。んじゃもう用済みだ。じゃあな、坊主。」

  男は持っていたナイフを、ユキトの露わになった右胸に目がけて振りかざした。

  こんなあっけなく死ぬのかよ。
  ユキトは恐怖と悔しさで顔を歪ませながら、死の回避を必死で考えていた。
  その潤んだ目はナイフを持った男のある一点を捉えていた。

「ああぁぁああああ!!!!!!」

  突然叫び声を上げ、ユキトは男の急所を思い切り蹴りあげた。
  男にとって、それは何にも耐え難い苦痛だったろう。
  男は持っていたナイフを落とし、金的を抑えてうずくまった。

「こいつ!まだ暴れやがる!」

  ユキトの腕を抑えていた大男はさらに腕を締め上げ、その様子を見ていた他の人たちも集団リンチに加わる。
  ユキトは多人数ではもう歯が立たず、体を小さくして身を守るしか無かった。

  延々と蹴られ、殴られ、角材の木片がささり、体に血が滲む。

  ふと彼の目に、振りかざされる角材が、時が止まったかのようにゆっくりと写った。

  彼は咄嗟に腕をのばし、振り下ろされる角材を奪うと、その男の顔めがけて思い切り腕を振った。

  角材は男のこめかみに綺麗にあたり、男は目を白くして倒れ込んだ。

  一瞬男たちは、ユキトの抵抗に怯み動きを止めた。
  しかしすぐにリンチが再開されたが、それは先程よりも激しく強くなっていた。


  もう何時間経っただろう。
  ユキトは時が過ぎるのが遅く感じた。

  うぅ…うっ……

  もう痛みを感じない。
  涙も出ない。
  叫び声も枯れ果てた。
  こんな状態でもまだ死んでいない自分に、彼は少しだけ自信を感じた。

  意識が朦朧とし、視界が歪む。

  突如、暴力の嵐が止んだ。
  男たちは広間の入り口に向かって走っていく。

  入り口には、ユキトにとって見慣れた恰幅のいい男が立っていた。
  さっきまでユキトに手をあげていた男たちが、今度はそちらへ襲いかかる。

  恰幅のいい男は右足で思い切り地面を踏んだ。
  すると突然地面が揺れた。
  広間全体がグラグラと揺れる。
  天井は石片や砂埃を落とし、ガタガタと音を鳴らす。

  男たちは立っていられず、足がもつれて地面によろける。
  恰幅のいい男は倒れ込んだ奴らを次々蹴りあげ、ユキトの元へ向かっていった。

  地震がおさまり、恰幅のいい男が入ってきた入り口からは、遅れて白い軍服のような格好の人たちが、槍を手に走ってきた。

  軍服は襲いかかるリンチ集団をものともせず、次々と押さえつけ、縄で縛っていった。

「大丈夫か、ユキト。よく耐えたな。病院で治療してもらおう。」

  そう言って、恰幅のいい男はユキトをやさしく抱えあげた。
  ユキトは視界が霞んだまま、自分を抱き上げている男の顔を見上げる。

「ジェ……ムズ……さん………」

  そのままユキトは、ジェームズの腕の中でゆっくりと目を閉じた。
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