誤り婚-こんなはずじゃなかった!-

蒼崎 恵生

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「シャル様、こちらでしたか」
「ルイス…!」
 夜の城下町を見下ろしていたシャルの元に、ルイスが訪れる。
「……お前を探していたんだ。話がある」
「それは奇遇(きぐう)ですね。私もです」
「そうか。先に聞く」
「恐れ入ります」

 ひと呼吸おき、ルイスは言った。

「あいな様を倉庫に閉じ込めたメイドを無罪放免にしていただきたいのです」
「何だって!?そんなことできるわけないだろ!」
「シャル様もお分かりでしょう。メイドに処罰を与えたとしてもあいな様のお心は晴れません。それどころか、彼女は自分を責めてしまうと思います。万全とは言えないかもしれませんが、魔法防御陣を施していますし当面はそれで問題ないかと」
「今後の対策とメイドの処罰は別問題だ。犯人から、あいなに手を出した理由を聞き出さなきゃならないんだぞ?」
「それはその通りです。しかし、犯人を捕らえたところで起きてしまったことは変えられません。今後どう動くかが重要なのではないでしょうか?」
「ここで犯人を見逃したら周りの人間に示しがつかないし、何よりあいなが犯人からナメられる。“あの女には何をしてもいい”他の人間にそう思われたくないんだ。だから、しかるべき処分を…!」
「私も同じ気持ちです。あいな様の尊厳(そんげん)が損なわれるような結果は避けたい。ですが、これは私達だけの判断で決めていいことではないはずです。あいな様に、これ以上|憂(うれ)いを感じさせたくないのです」
「それは俺だって同じだ。これ以上精神的な負担はかけたくない」
「でしたらどうか、あいな様のお望みを察して下さいませんか、シャル様…!」

 腕組みをし、シャルはしばし考え込む。個人的には、あいなが望む通りにしてあげたい。しかし、王子としてのけじめもつけないと無責任な人間と見なされ、最悪婚約は破談。そうなればあいなを守れなくなる。

「……分かった。今回はあいなの望みを聞く。でも、国王様への報告は絶対だ。犯人から事の真相を聞き出す。解放はその後だ」
「ありがとうございます。あいな様も大変お喜びになるでしょう」

 無表情ながら、どこか安心した目つきでルイスはうつむく。

「あいなの望みを叶えることが出来て一番喜んでるのはお前だろう。違うか?ルイス」
「その通りですよ、シャル様。彼女を悲しませる事柄がひとつ減って深く安堵(あんど)しています」

 これまでも何度かぶつかり合ってきた二人は、熱い本音を抑えつつ、今までで一番正直な気持ちで互いを見つめた。覚悟を決めた瞳。それでいて、初めて冷静に向き合う瞬間でもあった。

「もうひとつ、シャル様にお話があります。あいな様と交際させていただくことになりました」
「そうらしいな。だが、俺も諦めるつもりはない」
「ええ。あなたならそうおっしゃると思っていました。ですが、諦めるつもりがないのは私も同じです」
「正直に言ってくれるな」
「はい。もう隠しません」

 夜風が二人の髪を撫(な)でた。
 静かながらも強い意思のこもった目つきで、ルイスはシャルを向く。

「自分にできること全てであいな様を守りたい。執事ではなく男として」
「そうか。お前の気持ちは分かった。受けて立つ」

 シャルもシャルで譲らない。

「俺にはあいなが必要だ。今アイツはお前の恋人だが、絶対に振り向かせてみせる」
 両手を腰にやり、凛々りりしい表情でシャルは言った。
「お前達が恋人になったことは認める。俺のせいだからな。でも、言っておくが、あいなは俺と結婚するんだ。王族の間(ま)は俺達夫婦の空間……。執事以上の感情であいなに接すると言うのなら、今後お前は寝室には入るな。命令だ」
「……かしこまりました」

 ルイスは頭を下げ、シャルの心構えを受け取った。正々堂々、二人の勝負が始まる。




「ふふ。やっぱり寝てなんかいないね。シャル達、帰ったよ」
「そうか」

 シャル達が自国に帰った頃、ハロルドはヴィクトリアの部屋を訪ねていた。眠いから一緒に温泉には入らないと言っていたヴィクトリアは、窓際に立ち何やら物思いにふけっている。

「あいなのこと、やけに心配していたね。クロエに知られたら修羅場(しゅらば)だよ?」
「余計なお世話だ。そういうのじゃない」
「ごめんね。でも、単独行動を好む君が僕達の元にやってくるなんて意外だったから」
「あの女が異世界人だと聞いたからそのことに興味があっただけだ。彼女に関する星の動きを見させてもらった」

 占星術を習得しているこの世界の人間にとって、異世界から来た人間を占うことは貴重な体験になる。
 この世界とは異(こと)なる星のエネルギーを浴びた異世界人を占うと、占いを通してその星エネルギーを自分にトレース出来、よって、占い師の占星術レベルが格段に上がるからだ。

 第二皇子のヴィクトリアは王位を継ぐ可能性が低い分、占星術のスキルを上げて自国の役に立つ占い師になることを目標にしていた。その姿勢が真摯(しんし)なものであることをハロルドは知っている。

「なるほどね、納得したよ。僕も、彼女を占った直後、大幅(おおはば)にスキルアップしたからね。
 大変なこともあるかもしれないけど、あいなの運命は明るくて楽しいものになるみたいだね」
「相変わらずお前の占いは甘いな。良い面だけ切り取って暗部(あんぶ)には目を向けようとしていない」
「だって、予言と違って占いは100%当たるわけじゃないもの。だったら楽しい予測だけしておいた方が占われる側も快いじゃない。ヴィクトリアこそ、相変わらずマイナス方面の未来ばかり切り取っているように見えるけど?」
「必要以上に前向きでいるよりずっといい。事前に危機を予測しておけばそれなりの備えができるからな」

 生真面目(きまじめ)に語るヴィクトリアと、軽やかに笑むハロルド。二人は、性格だけでなく占いに対する姿勢も正反対だった。
 ヴィクトリアが星の動きを見る時は、主に人の心の闇や過去に焦点(しょうてん)を当てる。一方ハロルドは、人の美点や長所、未来を占う力に長(た)けている。

「あいなの運命を示す星の動きに備えが必要な何かを見たとでも言うの?」
「……彼女はおかしい。ハロルドもそう思わないか?」

 “彼女”とはあいなのことである。ハロルドはきょとんとした。

「面白い女性だけどおかしいとは思わないかな。人のことを大切にするし、優しいし、明るいし、理想の女性だよ。シャルやルイスが惚(ほ)れ込むのも分かるなぁ」
「明るくて社交的で情に厚い。彼女の性格は不自然だ」
「不自然?どこが?」

 楽天的なハロルドとは対照的に、ヴィクトリアの口調は重々しい。

「人間らしさが欠落(けつらく)している。彼女には人間に必ずあるべき負の感情や葛藤(かっとう)がまるでない。成長の元にもなりうる自己否定感も抜け落ちている」
「自己否定ばかりしてたら卑屈(ひくつ)な人になっちゃわない?そんなあいな、僕は想像できないよ。ヴィクトリアはそういう女性の方がいいの?」
「俺の好みうんぬんの話ではない」
 ため息をつき、ヴィクトリアは言った。
「彼女の前向きさは弱さをひた隠すためのものに見える」

 昔からヴィクトリアの占いは精度が高い。ゆえに、彼の言葉には妙に説得力がある。ハロルドはしばらくの間黙り、その意味を考えた。


 扉の外にクロエの姿があることを、バンクス兄弟は気付いていなかった。

 あいなとの出会いで冷静さを失っていたクロエは一人別の場所で頭を冷やした後、帰る前に一言挨拶をするべくヴィクトリアの部屋に立ち寄ったのだった。だが、中から話し声がしたため、ノックをできなくなってしまった。一人の時間を好むヴィクトリアが、珍しく弟のハロルドと話し込んでいる。

(あいなさんの話…?)
 彼らの会話全てを聞き取ったわけではないが、断片的に聞こえる言葉でだいたいの内容は理解できた。

 あいな。その名前に、クロエの心は再び乱される。爪が食い込むほど両手を握りしめた。
(シャルだけでは足らず、あいなさんはヴィクトリアの気まで引くの!?)
 一度占った相手に対して感情を入れ込む質(たち)のヴィクトリア。そんな婚約者の性格を分かっていても、クロエの胸は不安と嫉妬で真っ黒になった。ヴィクトリアの性格を知り尽くしているからこそそういった思考に傾(かたむ)くと言ってもいい。

(ヴィクトリア、私には好きだとか一切言わないクセに、よく知らない女のことはそうやって気にするの?そんなの許さない……!)

 唇を噛(か)みしめ、クロエは弾かれたようにその場を後にした。今夜はここバロニクス城に泊まるつもりだったが予定変更。
(あいなさんとキッチリ話をつけないと…!)

 負の感情に負けてウジウジ悩む性分(しょうぶん)ではないし、気になったことはうやむやにせずハッキリかたをつけたい。クロエはそういう性格だった。

 さっきはあいなに攻撃的な態度を見せてしまったが、基本的にネチネチしたことは嫌いでサバサバしている。そんなクロエだからこそ、あいなに対する自分の言動を反省もしていた。

(姑息(こそく)なマネは許さないんだから…!卑怯(ひきょう)な女だったら容赦(ようしゃ)しない!)



 秋葉と龍河が出て行った後、あいなはベッドの中で目を閉じていたが全く眠れなかった。体はだるいのに、胸につかえるわだかまりが意識を冴えさえる。考えないために寝ようとしているのに、どうしても秋葉のことを考えてしまう。
(私にできることなんて何もなかったかもしれないけど、龍河(りゅうが)のこと、話してほしかったよ。秋葉……。)


 もうすぐ夕食の時間だが、気持ちが弱っていて食べる気も失せる。長年、無二(むに)の親友だと思ってきた秋葉の存在が一気に遠くなった気がする。
(秋葉は私の恋愛を応援してくれてるのに、こんなマイナスに考えるなんてダメだな……。)

 思った以上にダメージを受けている。
(こんな体調だから、気持ちまで下向きになっちゃうのかな。)
 思考をやめようとしても、やっぱり同じことを繰り返し考えてしまう。


 そんな時、軽やかなノックの音が聞こえ、王族の間(ま)に誰かが入ってくるのが分かった。
(ルイス?もうすぐ夕食だし、声かけに来てくれたのかな?)
 せっかく来てくれたのに悪いけど、今はベッドから出たくない。何て言って夕食を断ろうかと考えていると、寝室のドアが無遠慮に開けられた。月の光しかない薄暗い室内に、隣の部屋の人工的な光が射し込んでくる。眩(まぶ)しくて、あいなは思わず目を閉じた。

 ルイスにしてはガサツな入室だなと思いつつ、あいなは目を瞑(つむ)ったままつぶやいた。
「ルイス?」
「そんなにルイスが恋しいのか?」
「その声は!」

 ゆっくり目を開けると、そこにはシャルがいた。先ほどまでと違い、ラフでカジュアルな服装をしている。

「何でここに!?」
 あいなは目を丸くした。
「王族の間にはもう来ないって言ってたのに……」
「ごめん、あいな。俺の自己完結のせいで振り回した」

 一度は去っていったシャルが自らの意思で王族の間に戻ってきてくれた。そのことがただ嬉しくて、あいなはホッとする。今度こそ迷いのない顔でシャルは言った。

「考えが変わったんだ」
「どういうこと?」
「このまま黙ってルイスに渡す気はない。お前を振り向かせてみせる」
「そんなこと言ったって、私とルイスの関係はなかったことになんてできない」
「今はそれでいい。でもな、今に見てろ?」

 ベッド脇(わき)まで進みあいなに近づくと、シャルは挑戦的な眼差(まなざ)しで彼女を見つめた。薄暗い室内でもよく分かるまっすぐなシャルの視線に、あいなは息をのみ緊張感を走らせる。

「お前は俺のことを好きになる」

 自信過剰かじょうを通り越して自惚(うぬぼ)れ過多(かた)なシャルのセリフに、あいなは面食らった。しばらくボーッとしてしまったが、次第にそのセリフの意味を理解し、みるみる表情をこわばらせる。

「どうしてそんなに平気でいられるの?仮とはいえ、私、ルイスと恋人になったんだよ?」
「平気なわけないだろ?」
 ため息をつき、しかし、揺るがない声音(こわね)でシャルは言った。
「でもな、それを言ったところで何になる?お前を苦しめるだけだ。それに、『願望は叶ったものだ』と思いながら行動すると本当に叶うと言うからな」
「……」

 どうして、私なんかをそこまで?訊(き)けずに、あいなは口を閉ざす。

「それより、何かあったのか?」
「え?」
「体調とは別に、さっきから元気がないように見える」
「……!(どうして気付くの?)」
 秋葉のことで考え込んでいたことを、シャルに気付かれてしまった。
(多少顔に出てたとしても、部屋が暗いから気付かれないと思ったのに。)
 シャルの視線から逃げるように、あいなは毛布で顔を隠した。
(そんなに優しくされたら、私は……。)
 毛布から少しだけはみ出したあいなの頭を軽く撫(な)で、シャルは寝室を出て行った。
「まあ、そのことは後でいい。今はゆっくり寝てろ」
 そう、言い残して。


 シャルの言葉に甘えるわけではないが、しばらく目を閉じて休もう。そう思っていたのに、あいなは眠れなかった。ダイニングが何やら騒々そうぞうしい。食器の割れる音やステンレス製品のぶつかり合う音、それに加え、
「うわっ」
「いてっ……」
「あつっ!」
 シャルの悲鳴がしきりに響いてくる。

(いったい何やってんの!?)

 気になり、あいなはおもむろな足取りでダイニングを覗きに行った。

 王族の間の調理場が大変なことになっている。食器や調理器具、食材が散乱し、足の踏み場も無い。
「これ、どうしたの!?」
「気にするな、お前は寝てろっ」
「気になるよっ。もしかして何か作ってる?困ってるのなら手伝うよ?」
「いいから、お前は寝ててくれ!これは俺がやる!」
「ちょっと…!?」

 シャルに背中をグイグイ押され、あいなは寝室に戻されてしまう。去り際、シャルの両手が粉のような物で真っ白になっているのが視界の隅(すみ)に入った。
(本当に大丈夫かな??)
 あいなは難しい顔で首をかしげ、気も漫(そぞ)ろにベッドへ戻った。


 それから一時間ほどして、寝室に静かなノック音が響いた。

「あいな、出来たぞ。食べれるか?」
「え?」
「うどんだ」

 シャルは寝室の明かりをつけ、どんぶりを載せたお盆を持って入ってきた。気分的に食欲など湧かなかったあいなも、優しい出汁(だし)の香りに空腹感を覚える。部屋が明るくなったことで、なおさら寝ていられなくなった。目をこすり上体を起こす。

 シャルはベッドに備え付けられたサイドテーブルを引き出し、うどんの入ったどんぶりをあいなの目の前に置いた。

「もしかして、シャル一人で全部作ったの?」
「ああ。病の時は消化にいい物を口にした方がいいと思ってな。愛情たっぷりだぞ」

 誇らしげに語るシャル。思ったより上手に出来たことが嬉しいようだ。
(シャル、バロニクス城で夕食作りの手伝いしてくれた時も包丁で指切るくらい料理に不慣れなのに、頑張って作ってくれたんだな。)
 彼の厚意が嬉しいのに、あいなはいまいち素直に喜べなかった。
(こんなに優しくしてくれるのに、シャルだけじゃなくルイスにまで興味を持って、私はここまでされるべきじゃない。それに、クロエさんはシャルのことを今でも好きなんだと思う。)

 そんなことを言うわけにもいかず、適当なセリフでごまかす。

「でも、ここではコックの人達がご飯の用意をするんじゃ……。勝手に倒れた私のせいで夕食の手配とか迷惑かけてないかな」
「コック達には、あいなの夕食はいらないと早めに伝えておいたから問題ない。病人がそんなことまで気にするな。お前の悪いクセだぞ」

 咎(とが)めるような言い方とは裏腹に優しいシャルの表情に、あいなは胸がじんとあたたかくなるのを感じた。

「それならいいけど、でも、シャルがそこまですることないのに」
「どうしても食べさせたかったんだ。日本では、体調を崩した時にはこういう消化にいいものを食べるんだろ?うどんやお粥(かゆ)、スープなどを」
「日本に詳しいんだね」
「お前を迎えに行く前、日本の生活や文化についてひととおり調べたからな。これでも、お前を迎える前と後で、城内もだいぶ変わったんだ。搬入する食材とか寝具とかな」
「知らなかったよ。だから、異世界なのに地球の食材が使えたんだね」

 驚き、納得しつつ、あいなは申し訳なさげにうつむく。

「でも、私に合わせてわざわざ模様替えしたり食事を変えるなんて大変じゃない?そんなことにお金かけるなんてもったいないし」
「お前にはできるだけ快適な暮らしをさせてやりたいと思った。何となく分かってるとは思うが、異世界しかも王族の身内になるのは並大抵のことじゃない。お前にはできるだけ苦労をかけさせたくないし、結婚する上で愛する女を大切にするのは男として当然のことだと俺は考えている。それに、日本の伝統は好きだぞ。合わせるのは別に大変でも何でもない。
 それより、冷める前に食べてみてくれ。口を開けろ」
「えっ!?」

 シャルは箸(はし)を持ち、手製うどんをあいなの口元に持っていった。

「いいっ、恥ずかしいよっ、自分で食べるから」
「いいから、ここは未来の旦那に甘えろ」
「え!?んぐっ……!」

 強引にうどんを口に入れられ、あいなは仕方なくそれを受け入れた。男性に物を食べさせてもらう。マンガや小説によくあるシチュエーションであり、実は人知れずそういった甘い恋愛体験に憧れてもいたのだが、実際に経験してみるとかなり恥ずかしい。顔が赤くなってしまう。しかし、次の瞬間、口に広がるうどんの味にあいなは羞恥(しゅうち)心を忘れた。

「おいしいっ!」
「良かった。おかわりたくさんあるからな」
「いただきます!」

 食べさせたいとごねるシャルから今度こそ箸を奪い、あいなは夢中でうどんを食べ始めた。粉から作ったのか、麺(めん)の形はいびつだし、具や出汁もよく日本で食べていた物と同じ、一般的な物。それなのに、どこか違う、初めて食べるあたたかい味。

 さっき、シャルの手に白い粉が付いていたのを思い出し、あいなはほっこりした。二杯目のおかわりをしてしまう。

「昔、俺が体調を悪くすると、父がよくリゾットを作ってくれたんだ。コックの料理を食べても治らなかったのに、父の作った物を食べるとすぐに元気になるから不思議だった。お前が初めて朝食を作ってくれた時、そのことを思い出した」
「シャルのお父さんって、名前はたしか、カロス国王、だっけ?優しいお父さんだったんだね」
「昔はな。母が亡くなってからは、城を空けることが増えて、今はほとんど話すこともない」
「そうだったんだ」

 平気そうに語っているが、シャルは内心寂しいのではないかと、あいなは思った。

「昔みたいにカロス国王と話せなくて寂しい?」
「まさか。俺はいつまでも子供じゃないし、そんなもんだろ、父と子なんて」
 すでに吹っ切れているかのように爽やかな口調で、シャルは言った。
「でも、こうしてやれるのも父のおかげかと思うと感謝しないとな。過去にそういうことがあったから、手作り料理には特効薬的な力があるんじゃないかと思ったんだ」
「それで、隠れるように一人で作ってたの?」
「ああ。誰か料理のうまいヤツの力を借りた方が効率がいいのかもしれないが、どうしても自分で作りたかった。お前の元気な姿を見たくて、それだけを考えてた」
「シャル……。おいしかったよ、ありがとう。ごちそうさまでした」

 話しながら食べ終え、箸を置くと、あいなは両手を合わせる。

「おかげで元気になったよ」
「ウソつかなくていい、俺には」
 シャルはじっとあいなを見つめる。
「何を悩んでるんだ?遠慮せずに言ってみろ」
「秋葉のことなんだけど……。秋葉と龍河(りゅうが)が両想いだって知らされた時、私、心から喜べなかったんだ」

 あいなは、自分の心をひとつずつ探るように話しはじめる。

「秋葉とは一番の親友で、信用し合ってる者同士だと思ってた。今までお互いの恋愛相談とかたくさんし合ってきたし、頼られるのも、助けてもらうのも、嬉しかった。でも、そう思ってたのは私だけだったんだって、龍河の話聞いて思ったの。秋葉から龍河のこと好きだったって話を聞いた瞬間はそんな気持ちで頭がいっぱいになって。秋葉に対しても、自分に対しても、ショックだった」
「そうだったのか、そんなことが……」

 シャルの反応が予想以上に真剣で、あいなは目頭が熱くなった。こんな話をシャルにしてしまうなんていけないと思いつつ、止まらなかった。

「今まで秋葉から受けてた恋愛相談全部、ウソだったんだよね。秋葉の恋は、龍河以外は全部妥協だったって言ってたから。
 それに、秋葉は、龍河とうまくいかなかった時私とまで気まずくなるのが恐かったから龍河の件を話せなかったって言ってたけど、もし秋葉と龍河がうまくいってなかったとしても、私は秋葉とギクシャクなんてしなかった。そんなことにならない。なるわけない。なのに、秋葉は……。
 結局、私は信用されてなかったんだよ。そう知ってしまったら、なんだか急に、秋葉が遠くなった」
「分かるぞ。その気持ち」

 シャルは共感を示し、あいなの頭を優しく撫(な)でた。
 たったそれだけのことなのに、あいなの気持ちは意外にも早くすんなりと楽になる。重たくのしかかった何かがスッと空に消えたかのように。

「寂しいよな。そういうの……」
 シャルは語る。
「俺も、ルイスに対して長年同じことを思っていた」
「ルイスに?シャルとルイスは何でも分かり合ってて仲がいいんだと思ってたよ」
「元々仲は悪くないし、最近では良くなりつつあるとは思う。ただ、アイツは昔から本音を語りたがらないヤツだったから、昔はそれがひどく悲しかったんだ。なぜアイツがそうなったのか今は理解できるし、もう寂しくはないけどな」
「寂しくないの?」
「あいな。お前がいるからだ」
「えっ?」

 シャルはそっとあいなの手を取り、微笑する。

「俺がお前の立場だったら、秋葉に今の正直な気持ちを隠さず伝える。でも、その意見を押し付ける気はない。どうするかはお前次第だ」
 真剣にそう言ってくれるシャルの気持ちを、あいなは嬉しく思った。
「今は色々思うところもあるかもしれないが、お前と秋葉が過ごした時間は本物だったと思う。じゃなかったら、秋葉はこんなところまで来なかったはずだ」
「うん、そうだよね。秋葉は私を心配してここまで来てくれたんだよね。そういうこと忘れて、自分ばっかり可哀想(かわいそう)みたいな気になって勝手にショック受けて、悪い風にばっか考えて、ダメだったよ」
「人間誰しもそんな時がある。あまり自分を責めるな」
「シャル……」
「それに、秋葉で埋(う)められないものは俺が埋めてやる。心配ない」

 握る手にそっと力を込め、シャルはあいなを見つめる。見守るようなその視線に、あいなは胸が跳(は)ねるのを感じた。

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